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マッドマンズユートピア  作者: 間形 昌史
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エピローグ 愛ゆえに

 青太はベッドの上で、何気なく天井の梁を見詰めていた。意味も無く手を伸ばしてみて、そして意味は無いのだから、その手も戻した。

 彼は無気力状態に陥っていた。ナーサリーと愛し合い、至上の快楽を味わった彼は、それゆえに何もやる気が無くなっている。

 ナーサリーと愛し合った、それは彼も良く覚えている。が、その相手はもう死んでいるのだ。彼が(あい)した、それゆえに彼女は既にいない。となると、あの快感は二度と味わうことができないのだ。あれほど濃密な愛はもう二度とできないだろう。

 ならば自分は、何のために生きているのだろう。あの愛を知ってしまった今、半端な愛情じゃ満足できやしない。にもかかわらず、濃密な愛は二度と来ないのだ。つまりは、残りの一生はつまらない毎日の繰り返しである。感動を知ってしまった今では、最早苦痛でしかない。

 人は何のために産まれるのか、それはきっと愛し合うためだ、あの体験を経た今はそう考えるほど、青太の感激は深い。が、愛し合い方がまずかった。彼の場合は、殺し合いである。絶頂を感じた瞬間、そのパートナーはいなくなるのだ。最早その後自分は抜け殻だ。ナーサリーと一緒に、自分も殺したも同然だな、青太は何気無くそう考える。

 正直の忠告は、本当だったんだな。今にして彼は気付いた。相手を殺してしまえば、二度と快楽は手に入らぬのだ。だがしかし、彼は殺し合い以外の愛情表現を知らない。

「僕は、間違っていたんだな。」

 青太は、そう口にする。が、次の瞬間、無気力ながら不思議そうに小さく首を傾げた。

「だけど、何を間違っていたんだろう。」

 青太は、心底理解できないまま、そう呟いた。狂人ゆえ、その狂い方は自分ではわからなかった。

 どんな言葉を発しても、それらはすぐに無に帰す。青太は言葉も発しない無気力に戻る。不意に、青太はベルトに挟んでいたドスに触れた。それはナーサリーと愛し合ったその時を忘れないように、血の一滴すら拭わずそのまま鞘に入れていた。彼女とのまぐわいを思い出すように、その柄をしっかり握った。


「青太は相変わらずか?」

 釣竿を持って円蔵の店に現れた正直は、挨拶代わりにそう声をかけた。円蔵が渋い表情で頷く。

「ええ、今日も何もする気が起きないようです。・・・愛し合う相手と殺し合うとは、それほどのことなのでしょうね。」

 円蔵が苦々しく言う。

「当たり前だ。愛し合い方はそれぞれ、だが殺し合うのは駄目だ、事をなした時点で、相手がいなくなるんだからよ。その時は気持ち良くてもよ、後に残るのは失望感だけだ。・・・だから俺は言ってたんだ、後に何も残らないってな。やっぱり、それを聞くような頭の状態じゃなかったようだがな。」

 正直はそう言って溜め息をついた。一応「狂った」という表現が嫌いな円蔵のために言い方を和らげておいた。円蔵は気にしなかったようで、静かに頷いていた。

「まあ、それはいい。今はとにかく気分を紛らわせてやらんと。奴を釣りに誘いに来た。話振りからすると、当然いるよな。」

「ええ、もちろん。先ほど物音がしたので、おそらく起きてる模様ですよ。」

 正直の言葉に円蔵はそう言って頷いた。それを確認して、正直は奥の方へ行く。青太の部屋を乱暴にノックした。

「おい、青太、釣りに行こうぜ。お前、ガンガン釣るだろう。釣れるのは楽しいはずだ、出てこいよ。」

 正直はそう大きな声で呼びかける。が、様子が変だ。部屋の中はシンと静まり返っていて、人の気配すら感じられない。

「何か有りましたか?」

 異変に気付き、円蔵が駆け寄ってくる。それに正直は小さく首を横に振った。

「あの感じの奴が何か有ったなら、もう決まってるだろうよ。」

 正直はそう返事し、覚悟した表情で扉に向き合い、そして開いた。


 そこには、青太が首を吊って死んでいた。


 ベルトを張りに通し、あのドスを胸にしっかり抱きしめたまま、・・・そう死後硬直もおそらくまだだろうに、彼はしっかりドスを胸に抱きしめたまま死んでいた。円蔵がショックのあまり口元を抑えていた。

「なあ、神様、これがあんたの創った人間の成れの果てだ。俺達はこの地では当たり前に生きている、それだけなのに、自ら死ぬ奴がいるんだ。」

 正直は、やりきれない表情でそう呟いた。その目元を大粒の涙が一つ、こぼれていった。

「なあ、神様、狂ってるってことは、そこまで悪いことなのか?」

 正直は、誰に言うでもなくそう口走っていた。


 次の瞬間、荒めのノックの音がその場を壊していった。店の入り口からだ。感慨にふける暇もない、と二人は扉に向かい、そして開けた。

 そこには痩せながらも背丈だけは高いのっぽの男が、頭を掻きながら立っていた。

「あんのう、わたすは、人肉しか食べられない体質なんだけども、この辺に新鮮な死体とかねえべか、死因が病気じゃなくて、できれば若い方がいいんだけども。」

 のっぽの男は、出会って早々訛った口調でそう言い出した。正直はそう都合良く有るわけが、と言いかけて、気付き円蔵と目を見合わせて、青太の部屋の方を振り向いた。

「・・・有るな、随分都合が良すぎるけど。」

 正直がそう言うと、のっぽの男は嬉しそうに笑った。

 果たして、正直と円蔵は青太の死体を下ろし、その男に引き渡すことにした。

「首吊り自殺だ。本当に死んだばかりだから糞尿の始末はしてない、そっちでしてくれ。後大事な物持って硬直してるけど、そこらへんは上手く処理してくれよ。」

 正直はそうのっぽの男に言ってやった。が、そこでのっぽの男は遠慮がちになり始めた。

「あ、あの、いいのかな、わたす、この人を食べちゃって。ほんぬんが嫌なら、わたす、申じ訳ねえなと思って。」

 のっぽの男がそう言って頭を掻いた。円蔵が戸惑ったが、正直はカラカラと笑った。

「大丈夫だと思うぜ。こいつは何だかんだ言って、この土地が気に入ってたからな。この土地の人間が喜ぶなら、それも本望だと思うぜ。」

 正直は明るくそう言ってやる。円蔵も明るい顔になって頷いた。二人のその様子を見て、のっぽの男も嬉しそうに青太の死体を持っていった。

 二人は店の中に戻る。

「それにしても、人手が少なくなったのは痛手ですな。正直さん、手伝ってみませんか?」

「俺はカレー作ってみて、鍋と具材丸ごと焦がしたこと有るけど、それでもいいか?」

「他の人に頼むしかないようですね。いい人がいませんかな。」

 二人のそういう笑い話が聞こえた。


 こうして、彼らはまた日常を送っていく。

 勘違いが有るかもしれないから再度書こう、彼らは日常を送っていく。そう、ここまで書いた話は全て、当事者にとっては日常である。

 この土地では珍妙で頓珍漢で、素っ頓狂なことに見えるかもしれない。しかし、人々は喜び、悲しみ、泣き、笑い、友情を育み、時には喧嘩もして、それでも共に生き、愛し合い、そして愛ゆえに傷付き自ら死んでいく。この土地でも、外の世界と同じ感情を持つようなことしか起こっていないのだ。

 ここは流刑地、通称マッドマンズユートピア。理想郷とは、つまるところ日常を送れること、それが全てである。狂人達はこの地でしか日常を送れない。だが、それも結局は日常。この地に過ごす者達にとってはそれが普通でしかないのだ。

 この作品を書いたのは、特に他意は無い、ただ単にこのような日常を送る人間もいると紹介したかっただけである。


 作品の最後に、この土地にいる私から一つ祈っておこう。

 皆さまが、決してこの土地に来ることが無いようにと。


                           マッドマンズユートピア 完

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