第7話 狂人達の殺し合い(まぐわい)
第7話 狂人達の殺し合い
ある日正直が円蔵の店に行くと、青太が楽しそうにナーサリー・ライムの話をしてきた。彼はここのところ誰彼構わず彼女の話をしてくる。彼女のことを考えるあまり、料理を失敗することも多々有るほど、彼は浮足立っていた。
「お前、よっぽどそのナーサリーとかいう子が気に入ったんだな。」
正直は苦笑しながらそう返す。
「うん、本当にそうだよ。今まで惚れた子たちには悪いけど、彼女達への気持ちは幻想だったんだ。僕は今初めて本当の恋をしている。」
青太は嬉しそうにそういう。正直は浮かない顔で軽く頷いていた。
そこに、店の入り口が開く。いらっしゃいませ、そう言おうとしただろう青太の言葉は、途中で息を飲んで止まった。
死神が、春色の陽気を纏って入店してきた。
入ってきたのは件のナーサリー・ライムだった。彼女は青太に笑いかける。
「そろそろ傷も治ったころでしょう? 愛し合いに来たわ。」
ナーサリーはにこやかにそう殺気に満ちた言葉を青太に向けた。彼の方も喜びに溢れて、軽やかにカウンターを飛び越え、いそいそとエプロンを外し、それを投げ捨てた。
「うん、体はもう万全だよ。過不足無く愛し合える。」
青太もそう満面の笑顔で殺意を返した。急だけど行ってくると円蔵に言い、笑いながら頷く円蔵に促されて連れ立って店を出ようとする。が、正直が青太の腕を掴み、止めた。青太はムッとしたような戸惑いの表情を正直に返す。
「一応言っておく、殺し合いはやめとけ。」
一瞬息を飲んだ後、正直は意を決し言い出す。青太は不愉快そうに首を傾げる。
「何それ、正直も他の人みたいに、僕が間違っていると言い出すの?」
青太はそう険しい口調で問いただしてくる。唾を飲み込んだ正直はそれに頷いた。
「そうだ。愛し方は人それぞれとは言え、殺し合いはいけねえ。後に何も残らない、明らかに間違っているんだよ。頭の悪い俺でもわかるくらいにな。」
正直はそう厳しい口調で言う。が、青太は不機嫌そうに首を傾げ続ける。
「何を言っているのか、意味がわからないよ。」
青太はなおも不思議そうに首を傾げ続けた。そして、腰に空いている方の手をやる。
「邪魔をするなら、正直だろうと殺すよ?」
青太はそう言ってドスに手をかける。この言葉は、脅しでは無い。それを理解している正直は手を離した。
「・・・命までかける筋合いはねえな。が、言っておくが、このままだとお前は間違い無く後悔する。確実にだ。」
正直はそう言ってやる。が、青太は理解できないと肩をすくめる。
「愛し合うのに、後悔なんて有るかな?」
青太は突き放すようにそう言った。正直はくるりと踵を返す。
「忠告はしておいたからな。」
正直も、そう言い返しておく。それに首を傾げながら、青太はナーサリーとともに店から消えていった。
扉が閉まると、正直は外に聞こえんばかりの強さで舌打ちをした。
愛し合う二人の逢い引きが始まる。青太とナーサリーは連れ立って、情事をなす場所を選びはじめた。考えながら、いいところが有る、と青太はお洒落なカフェを提案するように言い出し、ナーサリーを連れていく。
果たして到着したのは、崖の下側、岸壁に近い平地だった。足元の草を踏みながら、ここなら足元も硬すぎず柔すぎず、いいでしょ? と青太が笑う。そのロケーションを見て、わかってるなあ、とナーサリーは笑った。
「位置はこのままで結構? すぐさま始められるかしら?」
ナーサリーは試すように、岸壁を背にした青太に聞いた。
「いつでもいいよ。満足に愛し合うには、このままがいいでしょう?」
それに、青太がしっかりと答えた。やっぱりわかってるわ、とナーサリーは喜色を隠さず笑った。
「それじゃあ、始めましょう。」
ナーサリーがそう言い出し、それと同時に緊張感が辺りに張り詰めた。これから殺し合いの始まりである。
開始早々、ナーサリーは服の裾から、投擲用のナイフを両手に取り出し、間髪入れず青太の喉元目掛けて投擲した。服に仕込んだ百以上は有るナイフが彼女の武器だった。
それに対し、青太は無様に転がりながらナイフを避ける。迂闊に動きを小さくすると、次のナイフの狙いが定めやすい、わざと大きく動く狙いだ。・・・もっとも狙いはそれだけじゃないと、ナーサリーは看過しているのだが。
その攻防がしばらく続いた。青太はやや後方に飛びのいていくため、少しずつ崖が近付いていく。こうなると青太の方は動きづらくなる。その位置への移動、それは両者共に狙い通りだった。
ナーサリーは少しずつ観察を続け、動きの筋を読み始めた。ナイフの射出の間隔は短くなる。そしてとうとう、青太が反応するには厳しいタイミングになった。そこで青太は持っていたドスを投擲する。ナーサリーが投げた二本のナイフの間、わずかに片方に触れたドスは、弾き合いもう一本にぶつかり両方を弾き返した。たった一瞬しか存在しない両者を打ち落とせる唯一のルートに的確にドスを投げるのだから、青太はやはり強い。ナーサリーは恍惚感を感じ始める。
が、そこは殺しに行くのは全力で。快楽を感じながらも、ナーサリーは次のナイフを一対投げる。ドスを投げたのも時間稼ぎにしかならない、青太は大きく転がり避けた。
が、次の瞬間状況が変わる。青太は、転がりながら、ナーサリーが過去に投げたナイフを両手に拾っていたのだ。これこそ青太の狙い、崖を背にした理由である。ナイフを避ければ後方に飛んでいく、その後方が岸壁ならそこで止まり、近くに落ちるはずである。それを拾えば状況は大きく変わる。
ナーサリーはナイフを投擲する。が、同じ数のナイフを、青太は持っている。そして、彼は物に触れるとその最適な使い方を知ることができる。彼は二本のナイフを投擲して、ナーサリーが投げた二本を打ち落としていた。想像通りの強さに、ナーサリーは快感で体を震わせる。そして、新たな一組を両手に持ち、投擲した。
青太は、さっきはナイフを拾っていたため迎撃できた。もはや手の中には何も無い、これでは弾けない、かわす動作も出せる時間は無い。勝負は、決まったか。
否。青太は飛んでくるナイフを両手で掴み取った。ナイフの最適な使い方がわかるなら、ナーサリーの狙いさえ推測すれば軌道はわかる。ならばそれを掴むことも可能。ナーサリーの続けざまの二撃も、ナイフを投げ返して撃墜してみせた。
ナーサリーがナイフを投げ、青太がつかみ、投げ返して打ち落とす。それを幾度か繰り返した。青太の反応は脅威だ。狙いさえ読めれば掴めるとは言え、どこの急所を狙うのか、いや、動きを止めるための攻撃も含めるのだ、それこそどこを狙うかなど候補は山のようにある。それを青太はおそらく目線の動きで、もしかしたら気配を読み取る第六感も含めて、全て掴み取ってみせたのだ。ナーサリーは青太が武器を持たない瞬間を見極め、最早隠しすらせず快感に身を震わせた。青太も同じ気持ちなのか、わずかに体が震えていた。
「いいわ、これこそ私が求めた愛し合い! これこそ私が求めていたものよ!」
ナーサリーが思わず口走っていた。青太は照れたように頭を掻いた。それを睨みつけるように、ナーサリーは誘う視線を向ける。
「これなら、私の全力が出せる。」
嬉しそうにそう呟いた瞬間、ナーサリーは左手に二本、右手に一本、合計三本のナイフを取り出した。青太が驚いたような表情をした、それは「まさか」の思いか、それとも、「やっぱり(はぁと)」か。
どちらにしろ、やることは変わらない。ナーサリーは三本のナイフを、両手で二本同時、そして間髪入れず利き手でもう一本投擲した。青太はかわすしかない、転がって斜め後ろへ。そこはもう崖の真ん前、これ以上転がって避けることはできない窮地である。
青太は素早く立ち上がる。ナーサリーも即座にナイフを三本用意し、射出する。が、青太もやられてはいない、その両手には一本ずつナイフを拾っていた、それを左で一本投擲し、一つ打ち落としながら両手で残りの二本を掴み取った。
これで両者共に手に持つは三本のナイフ、同じように投げ打ち消し合った。が、それはナーサリーが予想する結末への道のりでしかない。最早青太は空手、次の投擲でとどめが刺さる。ナーサリーは瞬時にナイフを三本取り出す。
が、その瞬間青太が地面を蹴った。一瞬戸惑いながらも、手は投擲を目指す。が、それより早くきらめきが飛びかかってきた、頸動脈を掻ききった、血が噴き出す。
・・・そのきらめきはナーサリーのナイフだった。青太は地面ではなく、ナイフを蹴ってナーサリーの急所を狙っていたのだ。物の最善の使い方がわかるのなら、蹴って万全に使える方法もわかるのだ、青太は予想以上だった。
意識が薄れながら、ナーサリーは喜びに満ちた大笑いを響かせる。青太が近付いてくる。途中で彼のドスを拾っていた、それを感じ取っていたナーサリーは体を震わせる。
「愛し合うからには、死の瞬間を感じたいんだ。」
青太が申し訳なさそうに言う。
「私もよ。完全に命が途絶える前に、息の根を止めて。」
ナーサリーが力弱く頷いた。それに応えるように、青太はナーサリーの心臓にドスを突き刺した。ナーサリーが、青太も絶頂に体を震わせた。青太は自分の股間に汁がほとばしるのを感じ取っていた。
ナーサリーが完全に動かなくなると、青太はスッキリした顔でドスを引き抜いた。
「ありがとう、ナーサリー・ライム。君との睦み合いは、心の底から気持ち良かった。」
そう言い残し、青太はゆっくりとその場を去っていった。
ここは流刑地、通称マッドマンズユートピア。狂人にとっては理想郷と言われている。
ここでは狂人であっても、いやだからこそその理想のために殺される人もいるのだった。




