第6話 本当に愛する人
ある日、青太はお使いを頼まれた。円蔵の知り合いの猟師から野生動物の肉を貰ってきて欲しいとのことだった。青太はしっかり荷物を受け取り、帰り道の途中で正直に会い、荷物持ちを手伝ってもらいながら、二人駄弁りつつ帰り道を歩いていた。
と、そこに大きな悲鳴が聞こえてきた女性のものだ。森の方から、髪を金に染めた美人が、折角の顔をぐしゃぐしゃに崩しながら走ってきた。青太達を見付けると、助けて! と縋り付いてきた。
その後ろから、東南アジアやアフリカの原住民が付けてそうな極彩色の仮面を付けた、上半身裸の男達が、槍を持って追いかけてきたのだ。
「君達、このお姉さんに何か用なの?」
青太が、いぶかしみながら訪ねる。男達は槍を向けて、威嚇するような声を出して凄んできた。
「その女は我らが神に捧げる供物とするのだ! 邪魔するならお前も殺すぞ!」
その中の一人がそう叫びかかってくる。
「確かに犯罪はしたけど、何でこんな目に遭うのよ・・・」
美人は青太にすり寄りながらそう泣きじゃくっていた。その顔を、青太がじっと見ていた。
「お姉さん、美人だね。僕惚れちゃったよ。」
青太は、顔を赤らめてそう言う。そして荷物を地面に置き、美人を正直に預けて、自信は仮面の男達に、ベルトに挟んだドスを抜きながら向かっていった。男達は仮面で表情は読み取れなかったが、明らかに敵愾心を向けてくる雰囲気である。
青太が有る程度近付き槍の間合いに入ると、男達は槍を振るってくる。突きが来る、が、青太はそれをひらりとかわす。次々と槍でついてくるが、それは全く青太に当たらない。正直こないだ千石武士とやり合った後では、こんなものあくびが出るほど単調でしかなかった。
男達はどんどん焦れていき、とうとう青太の周りを囲み、一斉に突いてきた。が、青太はそれを跳んでかわし、槍の交差点の上に乗った。
「突きだけじゃ槍を使いこなしてはいないよ、正直期待外れの部類だ。」
青太はそう吐き捨てると、槍の上を疾走して、首領と思しきひときわ仮面が大きな男に駆け寄り、心臓にドスを突き刺してあっという間にとどめを刺してしまった。
男達が衝撃で固まる。その隙にもう一人心臓を貫いて殺した。動きは再開するが、どんなに槍を突き入れても青太はかわし、駆け寄り、心臓にドスを突き立てて殺していった。最後には、仮面の男達の屍の山が築かれた。
ことが終わり、青太はゆっくり美人に歩み寄った。彼女は感激した様子で青太に抱き着いた。
「あなた、凄いわ、私のナイトよ! 私も惚れちゃったわ!」
美人は冗談半分でそう言う。青太もまんざらではない笑顔を浮かべた。
「そう、じゃあ僕達相思相愛だね。」
青太が嬉しそうにそう言った。美人は頷きながらも、何か不穏な物を感じた。首元に風を感じる。
と、首元を狙った青太のドスを、正直が止めていた。美人が驚愕し、青太は不機嫌そうな表情を浮かべた。
「何するのさ、僕らは好き合っているんだよ? 何で邪魔をするのさ?」
青太はそう不満を正直にぶつける。
「いや別に、邪魔する気はないけど、周りを全部片付けてからゆっくりいちゃいちゃした方がいいんじゃねえかと思ってな。」
正直はそう言って、周りを指で示した。確かに気配がする。この美人を狙っているのは仮面の男達だけではないらしい。
「悪魔を呼ぶために、生贄が必要だ。」
魔女を思わせるしわがれた男の声でそう聞こえてきた。
「秘薬を完成させるためには、女の生き胆が必要でね。」
凛とした女の声でそう聞こえてきた。
「女はとにかく犯す! 快楽に身を任せることこそ本望だ!」
下品た男の声がした。
青太はそれを確認し、ドスを引いた。
「なるほど、蹴散らさないとゆっくり愛し合いもできやしないみたいだ。待っててよ、今全部倒してくるから。」
青太はそう言って、森の方へ消えていった。そこで緊張から解き放たれた美人はその場にへたり込む。
「何なのあの子、私のこと惚れたっていうのに、命を狙ってくるなんて。愛し合いと殺し合いを勘違いしてるんじゃないの。」
美人が愚痴るように言い、正直が大笑いする。
「その通りさ。あいつは愛し合う方法が殺し合いだと思い込んでいる。この土地に相応の狂人さ。ここでまともな人間と会える方が間違ってるよ。」
正直がそう説明した。美人は戦慄する。ということは、周りの脅威が去っても、あの少年を上手くなだめないと自分の命は無いのだ。
「まあ、そこは上手くやってくれよ。俺はあいつの代わりに荷物を届けないといけないから、もう行くぜ。」
正直はそう言い、青太が置いた荷物に手をかけた。そこに美人が縋り付く。
「ちょっと、私を見捨てていくの! 私は下手を打つと殺されるのよ?」
「ああ、別に構わないぜ。俺はあんたみたいなタイプ嫌いだし、助ける理由は無いな。あいつが惚れたのだって、吊り橋効果的な思い込みだ。それで友人の快楽が果たせるなら、喜ぶ理由こそ有れ、助ける気にはならないよ。」
美人の言葉に正直はあっさりそう答えた。美人はそれこそ最後の砦を残そうと正直にわーきゃー喚きまくった。が、むしろ正直が不機嫌な顔になり、ナイフを美人の首元に突き付けてきた。
「ピーピー騒ぐんじゃねえ! 俺はうるさい女は嫌いだ。黙らないと俺が殺すぞ!」
正直はそう凄んできた。その様子を見て、本気だと察した美人は必至で口を止めた。
それに満足した様子の正直は、ナイフをしまって荷物を持ち直す。
「それでいい。あんた、思ったより賢いな。この土地で生き残れる可能性は無くはなさそうだ。頑張れよ。」
そう言い残して、正直は行ってしまった。美人は一人取り残され、どうすればいいのか必死に考えていた。
その一方、青太は最初の敵と対峙していた。黒いローブを被った白髪交じりの男、若白髪なのか顔は年取って見えない、が若くも見えない年齢不詳な外見だ。
「君は何であの人を狙うのさ。」
青太は試しに聞いてみる。
「悪魔を召還するのさ。私は黒魔術を極め、本物の悪魔を呼び出せる手前にいるのだよ。最後に必要なのは若い女の生贄。手ごろな奴を狙うまでさ。」
ローブの男は老婆のような声でそう言う。青太が肩をすくめる。
「黒魔術、悪魔ねえ。とても正気には思えないけど。実在しないんじゃない?」
青太は呆れるように言った。それにローブの男が笑い返す。
「これを見ても、そう言えるかねえ。」
そう言って、ローブの男は持っていた杖を構えた。するとその前に火の玉が生じた。
青太が驚く中、男はその火の玉を青太目掛けて振るってきた。火の玉が飛んでくる、青太はかわす、後ろに有った木の表面に炎が当たって焦げた。本物の火だ。驚いた青太を見て、ローブの男は満足げに笑った。
どうやら、男は本物の黒魔術とやらを使えるらしい。これなら悪魔召喚も本当かもね、青太は感心する。
その目の前で、ローブの男は杖を構え、その前に五つの火の玉を出現させた。そして杖を振るい、青太に飛ばしてくる。
それに対し青太は、正面突破、火の玉に向かって駆け出した。ローブの男が驚愕する中、青太は火の玉をすり抜け、男の目の前にたどり着いていた。
「知ってる? 火ってのはさ、一瞬しか触れなければ、ちょっと熱いだけで済むんだよ。」
青太はそう言って笑い、ローブの男の首を掻ききった。血しぶきが上がり、男が倒れる。
「黒魔術を知っていても、物理法則を知らなければ意味は無かったみたいだね。」
青太はそう笑い、その場を去って次の敵の元へ向かった。すると、藪を漕いだところで鉄の分銅が襲い掛かってきた。青太は咄嗟に転がってかわす。
体勢を立て直した、その前にいたのは忍び装束の女だった。
「・・・忍者?」
戸惑いながら言う青太に、忍び装束の女は頷いた。
「そうとも、忍術をかじった者だ。」
女は張りのある声でそう答えた。
「で、何で君はあの人を狙うの?」
青太は一応そう聞いてみた。
「秘伝の薬を作るのに女の生き胆が必要なのだ。残る材料はそれのみ。」
女はそう答える。
「人の命を奪って作る薬なんて、ろくなものじゃなさそうだね。」
「効果抜群の媚薬ゆえ、否定はせぬ。」
呆れたように言う青太に、忍び装束の女はそう答えたので、青太も本気で呆れるしかなかった。
が、それでも戦いは始まってしまう。女は獲物を振るい始めた。それは、分銅付きの鎖がつながった鎌、いわゆる鎖鎌である。それを投擲するようにふるってくるので、青太は大きく飛んで逃げた。武器の性質上下手に当たると身動きが取れなくなる、完璧にかわすしかない。
今度は振り回すように分銅を振るってくる、後ろに大きく跳んでかわした。次の瞬間軌道が変わり鎌の方が飛んでくる。のけぞり後ろに転がって何とか逃げる。
普通に考えて、リーチが長い分青太は不利である。また分銅が飛んできて、青太は大きく後ろに飛んだ。
が、青太はそれと同時にドスを投擲した。それは真っ直ぐ忍び装束の女の首に突き刺さった。リーチが長い相手など、既に経験済み、応用で倒せる。女は息ができなくなっても、鎖鎌を振るったが、それは荒く当たらない。そして、とうとう女は倒れてしまった。
青太は忍び装束の女が息絶えていることを確認し、ドスを抜き取った。そして、後ろを向き直す。
そこには次の相手、棍棒を持った禿げた大男が待ち構えていた。それに対し、青太はすぐさまドスを構えた。
「俺には何で女を狙うのか聞かねえのか?」
大男がそう軽口を利いてきた。
「『女は犯す』でしょ。これは改めて聞く必要は無いよ。」
青太はそう吐き捨てるように言った。大男がニヤリと笑い、一歩踏み出してくる。
大男が棍棒を振るう。青太はわずかに横にかわした。が、足に鉛をぶつけられたような痛みを感じ、咄嗟に転がりながら足の具合を確かめる。打撲を受けた程度か、だが痛みは確かに有る。青太は何が有ったのか棍棒の先を見た、すると地面がえぐれている。どうやら棍棒をかわしても地面を砕き、それが飛び散り周りにダメージを与えるらしい。これは予想以上に厄介だ。
大男が追撃を仕掛けてくる。大振りの本元は当たらない、が、地面がえぐれるのは痛手になりうる、大きくかわす。転がりながら体勢を立て直すと、今度は素早い振り下ろしをかましてくる。驚きながらも、青太は後ろに飛ぶ。同時に、ドスを射出した。狙いは、相手の頸動脈。
が、後ろに転がりながら見たところ、なんと大男はそれを歯で噛みしめて止めていた。何ということだ、青太は愕然とする。
「さっきの忍び装束との戦い、見てたのさ。懐に入れなければ投げてくると思ってたぜ。」
男はドスを吐き捨てながら、高らかに笑った。これで青太の攻撃手段はほぼ無い、後は消耗戦になればいつかは棍棒に当たるだろう、何かの助けが無ければ、青太の負けは確定だ。
その瞬間、大男の斜め後ろから銀に輝くナイフが飛んできた。そのナイフは頸動脈を見事に切り裂き、大量の血が流れ出始めた。
「何、だ、こりゃ?」
大男が理解できない様子で首元に手をやっていた。そして、いまだ理解できないままその場に倒れていった。
何と、助けが無ければ死ぬところに、本当に助けが来るとは。しかし、いったい誰が?
青太はナイフが飛んできた方向を見る。茂みをかき分けやってきたのは、黒白のゴシックロリータのような恰好をした、銀髪の、幼さと大人びた色気を兼ね備えた美少女だった。
「私はナーサリー・ライム。スペルは違うけど、日本語発音ではおとぎ話と同じ表記のナーサリーライムよ。」
美少女、ナーサリーはスカートのすそを掴み、そう恭しく自己紹介した。
「君が助けてくれたの? ありがとう・・・」
青太がそう言っている途中で、ナーサリーは洋服の裾から素早くナイフを取り出し、青太の頸動脈目掛けて投擲してきた。青太は驚きながらも横に転がり、何とかかわした。
「何するのさ、いきなり殺しにくるなんて!」
青太は、戸惑いながらそう叫びかかる。不思議な違和感を覚えながら。
「あら、あなたがわからないはずないわ。当然のことだもの。」
ナーサリーは平然とそう言った。そして唾を飲み込み、再度口を開く。
「私、あなたが好きなの。一目惚れよ。」
ナーサリーは頬を真っ赤に染めて、そうはっきり告白した。青太はそれを理解し、胸が高鳴った、自分も顔が赤くなっているのを感じた、股間が硬くなった。
「そう、そう! 君は、わかってくれるんだね! 当然の愛し方を! 僕以外、なぜか理解してくれなかった、当然の愛し合い方を!」
青太は、興奮しながら叫ぶ。ナーサリーは顔を赤くしたまま頷いた。青太は感激する。
「僕も今わかったよ、僕は君に惚れ込んだ。本当の愛を、今知った。君こそ僕の本当の伴侶だ、僕も愛してるよ。」
青太は、告白を返した。ナーサリーは照れたように頷いた。そして、転がっていたドスを拾い、青太に渡してきた。
「今すぐ愛し合いたいけど、あなたはさっきの男の攻撃で足を痛めてるわ。それが治ったころ、万全で殺し合いましょう。」
ナーサリーはそう言い残し、静かに去っていった。青太はその背中を、見えなくなるまで見詰めていた。ただ見ているだけで、それだけでも幸せだった。
先ほどの美人は、戦々恐々と青太が進んだ方向を見つめていた。何しろ青太が負けると危機が迫り、勝ったら勝ったで青手により危害が加わるのだから、恐れないのは無理である。
やがて、その方向から青太が戻ってきた。美人は身構える。
「周りの奴らは、倒してくれたの?」
美人がそう聞く。
「うん、助けも有って、何とか全員。」
青太がそう答えた。が、それはそれで今度は何とか青太の気をそがないといけない。美人が頭をフル回転させようとしたが、そこで青太が上の空なのに気付いた。
「ごめん、君に悪い知らせが有る。」
青太がそう言い始める。何かと美人は身構えたまま聞く。
「君に惚れたというのは、間違いだった。たった今、他の人に本気で惚れたんだ。だから、君とは愛し合えない。・・・一応周りの敵は始末したから、それをお詫びの代わりとして勘弁してほしい。」
青太は、そう言った。つまり、青太は自分を殺しに来ないと知って、美人はホッと息を付いた。それならそれでいいと、美人は納得の言葉を返した。今のところはありがとうと。
そうして、青太はあっけなくその場を去っていった。身の危険が遠ざかり、美人は安堵した。
が、次の瞬間、後ろから音がした。茂みを越えてくる音、モヒカン頭の大男がそこに現れた。
「兄貴の邪魔しないようによ、息を殺して見守ってたら、とんだお宝を手に入れたぜ。俺も兄貴と同じでよ、女を犯すのが好きなんだよな。」
モヒカン頭はそうニタニタ笑った。美人はそこで、何で自分が青太を頼ったのか思い出した。自分は襲われていたから、助けてもらっていたのだ。
ならば逆説的に、その守りがいなくなればどうなるか。襲われる、以上である。
「知ってるか、女は首を絞めながら犯すと、締まりが良くなるんだぜ。」
モヒカン頭はそう気持ち悪く笑いながら近寄ってきた。美人はもう、狂ったように笑うしかできなかった。
ここは流刑地、通称マッドマンズユートピア。狂人達には理想郷、常人にとっては地獄。やはり普通の人間はここでは生きられないようである。
そしてここでの結びはもう一つ。
「ナーサリー・ライムか、早くまた会いたいな。」
青太はそう呟き、立ち止まり足をさすった。
この地では狂人であるからこそ実る恋も有る模様である。




