第5話 「道具」の使い方を的確に知る能力
「なあ、青太、釣りに行かないか?」
ある日、正直がそう誘ってきた。隣にいた円蔵も、数が釣れたら店にも出せそうだ、と朗らかにしているが、青太は一人渋い表情だった。
「釣りって、基本待つだけだよね? 僕、そんなに気が長い方じゃないんだよね。ひたすら待つだけの時間って、耐えられなそうだよなあ。」
青太は、そう言って溜め息をつく。
「それが面白いんじゃないか。当たりが来るかどうか、ただ待ってゆっくり時を過ごすのも趣が有るってもんだ。」
「そう、そう思えるって正直は変なところ気が短いのに、変なところ気が長いよね。」
正直の言葉にそう相槌を打って、それから一瞬、青太は正直の癇に障ってないかと表情を窺った。が、正直はそりゃ言えてるとむしろ上機嫌に笑っていた。
「まあ、正確に向き不向きは有るだろうが、それも竿の使いようだろう。上手い奴はすぐに食いつかせるからな。」
正直は笑いながらそう竿を差し出してくる。青太はその言葉でピンと来るものがあり、それを受け取ってみた。次の瞬間、青太は大きく頷く。
「うん、これならやれそうだ。試しに行ってみるよ。」
青太は笑いながらそう言う。コロリと変わりように正直は首を傾げたが、趣味に付き合ってもらえるとあってそんなに気にせず、上機嫌で川へ先導を始めた。
一時間後、青太は次々と魚を釣り上げ、すでに用意されたクーラーボックスはほぼ満杯だった。
「何だそりゃ、入れ食いすぎるだろう!」
正直は驚き呆れていた。
「まあね、釣りは竿の使いよう。僕は道具を持てばそれの最良の使い方がわかるからね、どう動かせば魚も食いつくのかわかるんだ。」
青太は胸を張ってそう言う。
「釣りの趣きも何も有ったもんじゃねえな。」
正直はそう言って溜め息をつく。彼はまだ一匹も釣っていない。
「しかし、見事にヤマメばかりだな。確かに俺はヤマメが良く釣れるところだって言ったがな。」
正直はクーラーボックスを見てそうぼやくように言った。
「ヤマメが好む動きをしているからね。そりゃヤマメばかり食いつくはずだよ。」
「他の川魚も好みそうだがね。動きの差が繊細すぎるだろう。」
平然と言う青太に、正直はそう呆れて言う。
「けど、さっきから食いつかなくなってるね。ここ四、五分当たりが無いよ。」
続けて青太は、そう言って首を傾げる。
「まあ、こんなに大量にお仲間がいなくなってるわけだからな。そりゃヤマメも警戒するだろうさ。」
正直はそう肩をすくめて言う。それを聞いて、青太は頷きながら竿を引き上げた。
「じゃあもう終わろうよ。これだけ釣ったなら充分じゃない? 待つだけの時間は好きじゃないから、僕はもう帰りたいな。」
青太は退屈そうにあくびをしながらそう言った。
「お前、本当に釣り向いてないな。だけど俺が釣らずに終わるのは嫌だ。ポイントを変えてもうちょっと続けるぞ。お前は見てるだけでいいから、と言うか釣ろうとするとお前の方に行くだろうから見てるだけにしてくれ。」
正直はそう言いながら、竿を引き上げ上流へ向かう。青太もちょっとくらいなら付き合おうと、クーラーボックスを持って付いていった。
正直が、仕切り直して釣り糸を垂らす。
「まあいいけど、できるだけ早く釣ってね。」
青太は何げなくそう言う。が、それを聞いて正直が不機嫌そうに眉を吊り上げた。
「そういう意味は無いんだろうが、釣れてるお前が言うと挑発にしか聞こえんぞ。訂正を・・・」
正直がそう凄み始め、青太が思わず口に手を当て謝罪の準備をしたところで、竿がピクリと動いた。正直はすぐに向き直す。当たりだ。
「いや、俺が訂正する、好きに言え! なんせ俺は今釣るからな!」
正直が言い直し腕を動かす。青太も言い直すでもなく興奮して大声を出している。正直が糸を手繰り寄せ、現れたのは、ヤマメとは別の魚だった。
「あれ、これ、何の魚?」
青太がポカンと口を開けて正直にそう聞く。
「ニジマスだ。ヤマメ釣りじゃ外道になるのか。」
正直は不機嫌そうにニジマスを針から外した。
「ヤマメより美味しそうだけど。」
「確かに味は上だろうが、目的はヤマメだから外道には違いない。複雑な気分だ。」
首を傾げながらクーラーボックスを開ける青太に、そのボックスに魚を投入しながら正直が悔しそうに答えた。
釣れたものは釣れたから帰ることにしよう、そう二人は話した。話しながらも、二人とも脚は動かさなかった。
「まあ、それはいいとして、青太、質問が有る。」
正直が言い出す。
「お前、恨まれる憶えは無いか?」
正直はそう聞いてくる。やっぱりなあ、と青太は相槌を打つ。
「正直、あんまり無いよ。人を殺したのはこっち来てから初めてだし、愛し合った人以外は正当防衛だもの。」
青太はそう答える。正直は頭を押さえた。
「それじゃあ、俺の方か? 俺はちゃんと警告してるし、ただの逆恨みなんだがな、しかも大人数で来るような奴はしつけたはずなんだが。」
正直はそうぼやく。そして二人して、辺りを見回した。
すると周囲から、忍び装束のような黒衣を着込んだ連中が湧いて出るように現れ二人の周りを取り囲んだ。その後ろから大きな槍を持った、傾いたような派手な朱色の面をつけた、戦国武将のような雰囲気の男が続き、最後にこの場には似つかわしくない金髪の優男が現れた。
「私は有巣ミラー京と言う。そこの少年、秋森青太だったな、に用が有る。」
金髪の優男、京が青太を指差しながら言う。青太は少し驚き、その隣で正直はやっぱりな、と胸を張る。
「僕に、何の用だって?」
青太はそう聞き返す。
「簡単な話だ、仇討ちだよ。隣の傾いた面の男、彼が持つ槍を良く見るが良い。」
京はそう言って、横の男が持つ槍を手で示す。武将のようなその男も、見やすいように槍を前に構えた。鋼鉄でできたその槍に、青太は見覚えが有った。
「それは、テレサ・グースが持っていた槍!」
驚く青太の言葉に、京はニヤリと笑う。
「そうだとも。私は彼女を愛していた。たとえ彼女に思い人がいようと、一心に慕っていたのだ。
だが、彼女は殺された。私はもちろん仇を討ちたかった。それならもちろん彼女の槍で、と思ったが、あの槍を扱うには私には力不足だった。
だが、神はいらっしゃった。この私の前に、千石武士という一騎当千の生粋のもののふを遣わしたのだ。彼は見事彼女の槍を使いこなした。ここで彼の力を借りて、彼女の借りを返させてもらう。」
「紹介仕った千石武士だ。儂は強き者と戦うことこそ本望。あのテレサ・グース殿を倒すものならば役者として不足は無い。利は一致した、儂と戦ってもらうぞ。」
京の説明の後、武士がそう名乗りを上げ、槍を構えた。青太もベルトに挟んでいたドスを取り出す。
「へえ、用が有るのはこいつか、ならば俺は関係無いよな。先に帰らせてもらうが、かまわないだろう?」
殺気立つ青太の隣で、正直が平然と軽い口調でそう京に声をかけた。が、帰ってきたのは舌打ちであり、正直は予想が外れて表情を崩した。
「誰に物を言っているのだ、不男。私は美しい者に惚れ込むたちだ。テレサ・グース、彼女は実に美しかった。そのパートナーも、悪の道に徹するのは美学も感じよう。助けを求めた千石殿も美しき武術の使い手、今対峙する青太とやらも、テレサ・グースを倒すほどだ、話す価値は有る実力がある、おそらく美しいと確信している。
だが、お前は何だ不男よ、顔も醜ければ、友人が危機だというのに安穏として、心まで不細工か。そのような男に用は無い。私に話しかけすらするな。目障りだ。」
京はそう吐き捨てるように言った。正直は少しの間あんぐりと口を開けた後、堪忍袋の紐が切れる音を響かせて、荒々しくクーラーボックスを地面に置き、自前のナイフを抜き、構えた。
「ぶっっっっっっ殺す! てめえは絶対俺がぶち殺してやる、青太も手出しすんじゃねえぞ、邪魔したら殺すからな!」
正直は完全に切れた口調でそう宣言した。青太が空いている方の手で肩をすくめてみせた。
武士だけではなく周りの黒装束も構え、彼らが動き出した時が戦いの始まりだった。まずは黒装束達は牽制を仕掛けてくる。それに乗り、正直が近場の林の方へ動いていった。黒装束としては分断策を狙ったのだろうが、青太も正直も一人で戦ってきた人間であり、そちらの方がやりやすい、だからこそ二人とも乗った形になる。正直と取り囲む黒装束の半分ほどが林の方に動いていき、青太達からは見えなくなった。
そこで黒装束の一人が仕掛けてくる。短めの日本刀のようなもので切りかかってくる。青太はドスで受け、鍔迫り合いのような形になる。青太は隙を狙い、相手の刀にさっと触れた。
次の瞬間、青太は引きながら転がり、一人目の刀を受け流しながら、横から振るわれていた二人目の刀をかわしていた。
そこから、黒装束の軍団の連撃が来る。が、青太は全て紙一重でかわしながら、相手の首筋を切り付け、心臓をドスで突き刺し、あるいは目にドスを突き立て、屍の山を築いていった。
青太は最初の掛け合いで刀に触れた時、その刀の最適な使い道を見極めていた。黒装束はみなその最高の使い方をしてきたのだ、逆に青太にとっては太刀筋を見極めやすくなっていたのだ。黒装束達は、青太とやり合うにはあまりにも修練しつくしていたのだった。
そして、最後の黒装束も切り捨てて、目の前が開けた。武士が槍の構えを一時解き、拍手を送っていた。武士は大笑いする。
「良いぞ! それでこそ我が敵、儂が全力を尽くす相手じゃ。」
武士は面越しでもわかる満面の笑みで槍を構え直した。青太はわずかに震える。ここから先は楽じゃないだろう、おそらくあの槍には触れることはできない、いや、仮に触れることができたとしても、おそらく考えて行動しては対応が間に合わないほど相手の攻撃は早く、鋭いだろう。
そう考えていた刹那、武士の姿が揺らいだ。次の瞬間には目の前にいて、槍で突きを放ってくる。
青太は横っ飛びでかわす、槍はそのまま薙ぎ払いへ変化する、青太は横っ飛びからそのまま転がり距離を取り直す。
体勢を立て直す、と立ち上がった瞬間、武士は縦に槍を振るってくる。体勢など考える暇は無い、更に横っ飛びをして、青太は何とかかわした。
その動きの中でも、青太は勝負を捨てない、秘かにドスを逆手に持ち替えていた。ここはテレサ・グースの時と同じく投擲を狙う。
武士が横薙ぎに槍を振るってきた。そこで青太は後ろに大きく飛び、同時にドスを武士の喉を狙って射出する。が、それはあっさり武士の槍捌きによって弾かれてしまう。
「テレサ殿の死に様は聞き及んでいる、投擲は最初から頭の中に有った。」
武士が不敵に笑う。これで青太は武器を無くし、絶対絶命である。
武士が突きを放ってくる。青太は最早横っ飛びすらできず、わずかにかわすことしかできなかった。そこから槍は横薙ぎに変わる、青太は何とか動きと同じ方向に飛び、少しでも威力を殺すことしかできなかった。重い槍は青太の脇腹を打ち付ける、息が詰まり、転がりながら大きくむせる。
青太のダメージはかなりのもの、左手を砂地に、右手を手近な岩に付き、何とか起き上がる。恐らく動きは鈍くなっている、次の一撃をかわすことは不可能だろう。
それを理解しているのか、武士はゆっくりと近付いてくる。簡単すぎたと肩をすくめている、少なくとも武器を持っていない青太にとって、最早勝ち目は無い。
はずの状況で、しかし青太は一発を狙っていた。両手で触れる「武器」を確かめながら。
武士が近付いてくる。ゆっくりと、間合いに入り、そしてちょうど槍が届く距離で、とどめを刺さんと槍を構え直した。
その瞬間、青太は左手で砂を掴み、そして武士の顔に思いっきり投げつけてやった。この段から攻撃が来るとは思っていなかったようで、それは思いっきり武士の目元にぶつかった。砂が目に入り、武士は慌てる。槍の構えを解いて、目を抑える。
が、目に入り込んだ砂など、そう簡単に取れる物ではない。武士は視界を失い、慌てて槍を構え直すが、青太はもう前にはいなかった。彼は右手で触れていた小ぶりの岩を持ち上げ、横から武士に近付き、そして岩で思いっきり頭を殴りつけた。
衝撃で武士は槍を取り落としてしまった。慌ててしゃがみ拾おうとするが、何しろ砂で視界は潰れている、手探りではすぐに拾い上げることができない。
その間に青太は二撃、三撃と岩で繰り返し武士の頭を打ち付けていった。とうとう武は立てなくなり、地面に転がったが、青太は容赦しない、徹底的に武士の後頭部を殴り続け、とうとう頭蓋が割れ、最後には脳髄が飛び散った。
青太は荒い息をする。勝った、何とか何も無いところから、砂と岩を「道具」として発見し、それを最善に利用することによって青太は勝ちを得たのだ。能力も全て活かし様。
それから、青太は血に濡れた岩を持ったまま、京に向き直した。彼は大いに怯んでいた。
「さて、君はどうしよう。」
青太が言い、京が怯えて震え上がった。
「た、助けてくれ、私が悪かった、逆恨みで仇討ちなど目指すべきではなかったのだ! そうだ、死の淵に陥ってようやく気付いた、私は間違っていたのだ! 認める、だから命だけは許してくれ!」
京はそう体の全てを振り絞るような声で懇願してくる。青太はほんの一瞬だけ考え、すぐに持っていた岩を地面に置いた。
「わかった、僕は殺さない。」
青太はそう言いきった。今日は予想外の言葉を聞いたようで、驚き聞き返すような目線を返してきた。
「僕は君を殺さない。僕はね、殺し合いと言うものは愛情表現、好き会うものがやるものだと思っているんだ。で、僕はいきなり襲ってきた君が嫌いだ。だから、僕は君を殺したくない。君に対して恨みこそ有るんだもの、愛情表現なんてしたくないでしょ?」
青太はそう再度言いきった。その言葉を聞いて、京は変に納得したように頷いていた。少なくとも助かったとは思っているようだった。
「ありがとうございます、すみませんでした、失礼します!」
京は気が変わる前にと、一目散に逃げだしていった。
「まあ、僕はの話だけど。」
青太は、京に聞こえないほど小さな声でそう付け加えた。次の瞬間走る京に、林から一人の影が飛び付いていった。それは血だらけになった正直である。彼の方も黒装束を撃退したようで、恨みある京を逃すまいと飛びかかり、首をしっかりつかむと、曲がるはずの無い方向に捻じり折ってしまった。京はそのまま倒れ込み、絶命してしまった。
「悪いな、俺に残してもらってよ。」
京が死んだのを確認して、正直は立ち上がり、青太に笑いかけてきた。
「そりゃ、君の邪魔したら君に殺されるからね。それに愛情表現をあんな奴にしたくなかったのも本当だし。」
そう青太は朗らかに笑い返した。
「じゃあ、一悶着有ったけど帰ろうか。」
正直がそう切り返し、二人は笑いながら円蔵の店に戻っていった。店に入ると、円蔵は軽く驚き、シャワーの方が先ですなと笑っていた。
身なりを整え直して、青太と正直はカウンターに座った。
「それでは、客に出す前に味見をしてもらいましょう。」
円蔵はそう言って二人が釣った魚を焼いて二人の前に置いた。早速青太はヤマメに食らい付く。彼は目を丸くして驚いた。
「おいしい! 自分で釣った魚って、こんなにおいしんだね!」
青太はそう言って笑う。
「応ともよ、俺が釣ったニジマスも美味いぞ、客に出せないのがもったいないくらいだ。」
正直もそう笑い返す。
ここは流刑地、通称マッドマンズユートピア、狂人達の楽園。殺し合いが混じっていても、彼らにとっては何でもない日常である。




