第4話 人の皮を被った獣
さて、話は変わり、今回は別の人物に焦点を当てよう。彼らはこの物語の主役たる青太や、近しい人物である円蔵や正直、その誰とも交わらない、いわばこの話は余談である。であるが、このマッドマンズユートピアと呼ばれる土地を見ていくに当たり、避けては通れない人種でもある。
この土地の異常さを思い知ってもらうため、あえて彼らの話をしよう。
二人の人物が流刑地の街と街をつなぐ道路を歩いていた。一人は金髪碧眼の、紺色の衣をまとい、首に十字架のネックレスを下げた長身の男。彼の名はクリスチャン・ビリーヴァー、職業は神父である。
もう一人は小柄な少女。その肌は日に焼けて小麦色をしており、服の丈は上下とも短く、へそと太股があらわになっている。その背中には山野を切り開くためか、鉈を背負っている。首にはクリスチャンと同じように十字架のネックレスをしていた。彼女は、好野綾という名前だ。
二人はこの流刑地を旅して回っている。
と、その二人の前に三人の汚れた服をした男達が飛び出してくる。その手には銃が握られていた。
「強盗だ! 動くな!」
その三人組はそう言って、二人に銃を向けた。が、そこで綾の顔に気色が満ちた。
「やった、殺せる!」
綾はそう喜びに満ちた言葉を叫んだ。それに強盗三人組が戸惑ったその瞬間、綾は背中から鉈を取り出し、すぐさま近くの強盗の頭に叩き付け、かち割った。残りの強盗二人が呆然とする。
「ボクは、人を殺すのが大好きなんだ! こういう場面なら正当防衛だから、容赦無く殺せて楽しいよ!」
綾はそう言い、ニッコリと笑う。その異質さに気付き、二番目に近くにいた強盗が逃げ出そうとするが、その前に鉈が炸裂し頭が飛び散った。
「待て、悪かった、俺達が悪かったから許してくれ!」
最後の一人は恐怖のあまり銃を取り落として、へたり込みながらそう叫んだ。容赦を見せず綾がにじり寄ろうとする。
「綾、待ちなさい。」
そこを、クリスチャンが止めた。
「人殺しは罪です。いくら悪事を働いたとは言え、こうやって反省してるのです。無駄に罪を重ねることはないでしょう。」
クリスチャンは、そうたしなめた。綾は頬を膨らませながらも、従って鉈をおろす。強盗の残り一人は、ほっと胸を撫で下ろした。
「ところで御仁、あなたは神を信じますか?」
不意に、クリスチャンがそう強盗に問うた。
「神? いや俺は無宗教だけども。」
強盗は何の気も無しにそう答えた。
「それは失礼しました。綾、こいつは殺してもかまいません。」
クリスチャンはそう言いなおした。綾が喜々として鉈を構えなおし、強盗が焦る。
「何でだ! 人殺しは罪だって、あんた言っただろう!」
強盗が縋りつくようにクリスチャンに叫ぶ。クリスチャンは涼しい顔で笑った。
「人というのは神の言葉を聞くものです。聞く気が無いならそれは人間ではありません。ただの獣です。」
クリスチャンは平然とそう答えた。強盗の顔が絶望で固まり、そしてすぐに綾の鉈で粉砕された。
「まったく、この私が殺人教唆で有罪になるなんて、この国はおかしいですね。私の罪を数えるなら、動物愛護法違反でしょうに。」
クリスチャンはそう平たい感情で溜め息をついた。
「まあ、合ってると思うけどね。ボクも人を殺したし。それにしてもやっぱりキリスト教はいいねえ、いくらでも人を殺す理由が作れるんだもの。」
綾は狂おしくそう朗らかに笑った。
彼らの旅の目的は、キリスト教の布教である。が、やっていることは他宗教教徒の抹殺に他ならなかった。確かにキリスト教徒の割合は増えるだろうが、間違っていることに彼らは欠片も気付いていない。
二人が山間の道を進んでいくと、急に開けた土地に出た。前の方に大きな門が建っており、その両脇には門番らしき和装の人間が、槍を持って立っていた。二人は前に進んでいく。
「止まれ! この先は神々に認められた者のみ進める地だ!」
門番の片方がそう言って二人を止めようとしてくる。クリスチャンは頷いて、静止を全く意に介せず進もうとする。門番たちが慌てて槍を差し挟んで止めた。
「話を聞いていないのか! そこら辺の者が通って良い場所ではない!」
門番は肩を怒らせてそう叫びかかってくる。クリスチャンは肩をすくめながら、鼻で笑った。
「何を言っているのです? あなたは神々と言いました、しかしこの世界に神は我らの主のみしかいません。複数形で言っている以上指しているのは別の存在、そんなものはこの世に存在しない、認められるだのいう概念は存在しない以上、私たちが進めない理由が有りません。」
クリスチャンは見下すように門番に言った。門番はキレかけたようで、槍を構えようとする。
が、それより早く綾の鉈が門番の頭を叩き割っていた。もう片方の門番が驚愕し、口を大きく開けて絶句していた。
「確認してなかったけど、いいんだよね殺して。」
「もちろんです。ここにいるのは異教徒、ただの獣ですから。」
ニッコリ笑う綾に、クリスチャンは平然とそう言った。もう片方の門番が慌てふためく。
「そうか、聞いたことが有る、殺人宣教師クリスチャン・ビリーヴァー! 自分とは宗教の異なる者達を、殺害して回るイカれたキリスト教徒がいると!」
そう残った門番が叫ぶ。クリスチャンは薄く笑った。
「人の名前を覚えるとは、最近の獣は賢くなりましたね。まあ、殺人はしていませんが。」
クリスチャンはそう拍手をして見せた。が、門番の方は黙ってはいられない。穂先をクリスチャンに向け、槍をしっかりと構えなおした。
が、次の瞬間には綾が鉈を振るい、木製の槍を叩き切ってしまった。穂先がどこかへと飛ぶ。門番も、それでも槍を棒として振るいなおし、綾に向けて突いたが、綾はそれを軽くかわし、次の瞬間には門番に鉈を振るい、腰で両断してしまった。門番の成れの果ては無様に吹き飛んで転がった。
「この先に何が有るのかなあ。」
綾はそう楽しそうに言い、門を押す。
「先ほどの口振りでは我々人間にとっては害悪でしょう。駆逐が必要かもしれませんね。」
クリスチャンはそう言い加えて綾の後を進んだ。
果たして門は開かれ、その先に大きな建物が見えた。とりあえず二人してそちらの方へ進んでみる。
その建物は木製で、窓の数は多く、部屋が多い模様だ。どうやら多数の人間が共同生活を送っているような生活臭が感じられた。
その本体から続く離れに、人の気配がした。二人はそちらの方をうかがう。
そこは厨房のようだった。そこから女二人掛かりで大きな鍋を持ち、外に並んだテーブルに運んでいるところだった。
「今日は天気がいいから、外で食べるのは気持ちがいいだろうね。」
女の片方がそうにこやかに言う。相方も頷いた。
彼女達が鍋をテーブルに置き、もう一度厨房へ向かおうとしたところで、潜んでいた綾が飛び出し、女二人をサクッと殺した。軽い悲鳴があがる。それを聞いたらしく、厨房の中から金属を叩き合う音が響いてきた。
「敵だ、敵襲だ! 暴漢だ、みんな出てきておくれ!」
女の声でそう叫びがあがった。金属を叩く音が煩わしいのか、綾はすぐに厨房の中に飛び込んで、肉が弾ける音がした、金属の音がやんだ、どうやら音の主を殺してきたらしい。そしてすぐに外に帰ってきて、大きな玄関に向けて鉈を構えなおす。
「さあ、来るなら来い!」
綾は見得を切るようにそう言った。
果たして、玄関からは屈強な男達が出てきた。が、数が多い。ぞろぞろと、両手どころか両足を使っても数えきれないほどの男達が湧いて出てきた。
「これは、ずいぶん群れますねえ。」
クリスチャンは思わず呆れた口調で呟いた。
「やった、こんなに沢山殺せる!」
綾の方は爛々と目を輝かせるだけだった。彼女にとっては敵が多いというのは「殺しても良い数が多い」という喜びでしかない。
「貴様ら、何をしている! 我らの同胞を、しかも女を殺すとは何事だ!」
男達の先頭に立つ一際大きな、棍棒を持った大男がそう叫びかかってくる。それに対して、クリスチャンは耳の前に手を広げる仕草をして見せた。
「獣の鳴き声は何を言っているかわかりませんね。人間の言葉が話せれば良いのですが。」
クリスチャンはそう言って話を聞く気が無いのを示した。棍棒の大男の顔が引き締まる。
「なるほど、どうやらうわさに聞く殺人宣教師クリスチャンか。だが、我々も八百万の神々に守られている身。簡単にやられはせんぞ!」
棍棒の大男がそう誇るように言う。それを聞いて綾の目がさっきとは別のキラキラした輝きをまとった。
「何その言い方! 異能の術でも使えるの?」
綾が興味深げに聞く。棍棒の大男は嘲るように笑った。
「それは無理よ。神々そのものならともかく、我らは従者の人間。人間の限界など越えられぬ、異能の術など使えぬよ。」
大男がそう笑って答える。言い終わる前に綾は駆け出し、大男の頭めがけ鉈を振り下ろす。
「じゃあ興味無いよ。殺すだけ。」
その言葉とともに、鉈が煌いた。
が、大男は棍棒を振り上げ、それを受け止めた。綾の目に驚愕が映る。
「見たか、その代わり我々は人間の限界に到達しているのだ! 普通では扱えない鋼鉄の棍棒もこの通りだ!」
大男は誇るように大笑いした。が、その間に綾は二撃目、鉈を振るい胴を横に薙ぎ払う。肉に鉈が食い込み、大男が悲鳴をあげ、自慢の棍棒を取り落としてしまっていた。
この大男は綾の能力を見誤っていた。一見鉈を軽々振るう腕力が武器と思われがちだが、その本当の武器は速さである。ただ振るうのではなく誰よりも速く振るう、確かに完全に鍛え上げられていれば反応を超えるほどではないが、それが二度三度と続けば対応は不可能である。
大男は棍棒を拾い上げようとする、いや、したようだった。その前に綾が三撃目を振るい腰骨を砕き、もはや大男は立てなくなっていた。すぐさま四撃目、完全に胴が切り離された、大男はもがきながらようやく棍棒に触れることができたが、それを振るうこともできずにそのまま息絶えた。
「何だと、あの強豪の矢田がこんなにあっさりと!」
男達に動揺が走る。が、彼らはすぐに気を取り直した。綾の周りを取り囲む。そう、複数で囲んで同時に攻撃すれば、勝ち目は充分である。
取り囲む男達の数を数え、推測し、その多勢に無勢を確認した時、綾は満面の笑みを浮かべた。
「こんなに殺していいなんて、快感だ!」
綾は喜びに体を震わせる。
一方その輪の外で、もう一つ輪ができていた。その中心には綾から離れたクリスチャンがいる。
「殺人宣教師クリスチャン・ビリーヴァー。その名は恐ろしいさ、恐ろしいが、本当に怖いのはあくまであの女の子だ。『連れた女の子に異教徒を殺させる。』その噂は聞いてるぜ。だが、ということはお前自身は怖くないってことだ。」
その輪の中の若者がそうクリスチャンに刀を向けて言う。クリスチャンは何言ってるかわからないとばかりに、そしてやはり聞く気は無いとばかりに耳の前に手を当てた。
「お前の態度などどうでもいい! 首謀者のお前を殺せばあの女の子も引くかもしれん、やらせてもらう!」
若者はそう言って、合図を出した。隣の男がクリスチャンに飛びかかってくる。クリスチャンは溜め息をついた。
「獣に襲われてしまっては、仕方が無いですね。」
クリスチャンはそう言って、両手を軽く振った。次の瞬間その両手には拳銃が握られており、さらに次の瞬間にはその片方を振るい、飛び掛かってきた男の額を打ち抜いていた。取り囲む皆が呆然とする。
「何で・・・戦う力など持っていないはずじゃ?」
若者がそう惚けながらつぶやく。
「キリストは命の大切さを説きました。それを信ずる私も、余計な殺生はしません。たとえ獣相手といえども、私の命に危険が無ければ、武器は使いません。
逆に言えば危険が及べば当然防衛はします。これは独り言ですがね、・・・私は誰相手にも、自分は戦う能力が無いなどと言ったことが有りませんよ?」
クリスチャンは誰とも目線を合わせずそう言って、舌を出した。
「! やってしまえ!」
不利を感じた若者は合図を出し直す。周りを囲む男達も強者である、対応しづらいように二方向から飛び掛かる。が、その両方をクリスチャンは、眉間を撃ち抜いて落としてしまった。
今度は真逆の二方向から同時、両手を一直線に伸ばして撃ち落とす、ならばと今度は三方向から攻撃。さすがのクリスチャンも転がってかわす、と三発の銃声、転がりながらクリスチャンは三人の急所に銃弾を撃ち込んでいた。
戸惑いながらも攻撃は続く、がクリスチャンは的確に撃ち落としていった。
「馬鹿な・・・そんな・・・馬鹿な・・・」
合図を出していた若者は茫然とそう言う。その額をクリスチャンの銃弾が貫き、若者は力無く崩れ落ちた。
そして気が付くと、クリスチャンの前には一人の老人しか残っていなかった。が、クリスチャンは戦慄する。冷や汗をかきながら確信する。彼こそ、この群れのリーダーだと。
その通り、目の前の老人はこの地の首領だった。彼は八百万の神を信じ、神の加護を信じ自らを鍛え上げた。その域は、先の大男の発言が間違いだったと思わせるほど、人の限界を越えたと思わせる能力の持ち主だった。だからこそこれだけの人間が付いてきたともいえた。少なくともその実力は、確実にクリスチャンより上、気配だけで察した。
その老人が、獅子すら狂い出さんばかりの殺気をクリスチャンに向けていた。既に狂っているクリスチャンは冷静に、的確に老人の急所を狙い銃弾を放つ。
が、老人はその瞬間刀を抜き、すべての銃弾を切り落としていた。クリスチャンは感心する。何という速さ、そしてそれ以上に何と強い。
「神に祈って打ち鍛えた刀で、弾丸より速く斬ればどんな攻撃も打ち砕かん。」
老人はそうクリスチャンに凄む。クリスチャンは銃を持つ手の隙間で拍手をした。
「全く、凄い技だ。これでは私の銃弾は彼には届かない。」
クリスチャンはそうはっきりと口にした。老人が満足げに笑み、いざクリスチャンにとどめを刺さんと足に力を入れた。
刹那後方から綾の鉈が飛んできて、老人の頭は西瓜割りのように赤い中身をぶちまけた。老人の体はその場に崩れる。
「まあ、どんなに強い獣も、相手を間違えば勝ち目はないですよね。」
クリスチャンが冷静に、冷酷にそうつぶやいた。綾が喜びに体を震わせ、そして終わった達成感とばかりに伸びをしてみせた。
「で、これで全員ですかね?」
クリスチャンはそう言いながら、建物の方を何気なく見た。すると、上の方で小さな目線と目が有った。その周りの多数の気配はその瞬間一気に引いていく。
「あれは、子供たちかな?」
その近くを見ていたらしい綾がそう口にする。
「そうだとも、この流刑地中から救った子供たちだ。」
そこで、声がした。どうやらクリスチャンが撃った中に、即死を免れた者がいたらしい。
「この流刑地では、殺人が日常茶飯事だ。親を亡くした子供など無数にいる。我々は神々の慈悲を信じ、そのような孤児を拾い、養ってきた。それでも我らを悪と呼ぶか!」
生き残った男がそう叫び、クリスチャンは気にせず額を撃ち抜いた。
「言い返さなくていいの?」
綾がからかうように言うが、クリスチャンはきょとんとしている。
「言い返す? 私には獣の鳴き声しか聞こえませんでした。どう聞いても鳴き声は鳴き声、意味など感じ取れませんでしたが。」
クリスチャンはそう言いながら、耳と、それから頭を指差して見せた。そうだったね、と綾がカラカラ笑う。
「まあ、でも、その雛がいるのは確実。どう処理するの?」
「ふむ、丁度良く巣に籠っていますし、手軽に駆除しましょう。」
綾の言葉に、クリスチャンはそう言って厨房に入る。綾が後ろから見てると、クリスチャンは鍋を温めていたらしき調理台の前にいた。そこにはまだ火がついている薪が燻っている。綾が納得して手を叩いた。
子供達は、動揺していた。熱を感じる。下の階から膨大な熱を感じる、どうやら建物に火を付けられたらしい。木造の建物はすぐに熱と煙で覆われていく。
「窓から飛び降りれば、助かるかも!」
一人が、そう言って窓に飛び付く。その瞬間彼の額に銃弾が撃ち込まれた。彼はその場に倒れ込む。
窓から外に出ようとしても、銃で撃たれ殺される。子供達はそのことを思い知った。が、外に出なければ皆は蒸し焼きである。ということは、・・・どうやっても自分達は助からない。それを悟り、とある少年は茫然としていた。隣では少女が恐怖のあまり、意味の無い笑い声を出し始めていた。
果たして館からは、怨嗟と悲鳴と笑い声が響いてきた。
「さすがにこれはうっとおしいかな。」
「獣の鳴き声などどれも同じに聞こえますがね。」
綾とクリスチャンはそう世間話のように言っていた。そこで綾のお腹が鳴った。
「うーん、動いたからお腹がすいたなあ。」
「まあ、獣退治は重労働でしたからね。」
綾の言葉にクリスチャンが答え、それから彼らは屋敷から少し離れたテーブルの上の鍋を思い出した。開けてみると鍋一杯のミネストローネが有った。
「ふーん、和風の奴らだったのに食べ物は洋風なんだ。」
綾が感心しながら、テーブルの上に用意されていた器に二人分盛りつけた。怨嗟と悲鳴と笑い声を聞きながら、二人は舌鼓を打った。
「最近の獣は料理もするのですか、賢くなりましたね。」
クリスチャンはそう感心していた。
ここは流刑地、通称マッドマンズユートピア。狂人たちの理想郷、普通の人間にとっては地獄、狂っていなければ生き残れない土地である。
おそらく、クリスチャンと綾は当分生き残るだろう。狂人であっても生き残れるとは限らないが、彼らは生き残るのにふさわしいほどの狂人であるから。




