第3話 有言実行の男
町はずれの道を、不細工な小男が歩いていた。
いや、顔付き自体は、パーツ一つ一つが不細工かと言うと、そこまで酷いわけではない。が、顔の要素全てが中の下程度のパッとしない物が寄せ集まった結果、酷く格好悪く見えるのであった。
彼の名は芳賀正直。彼もまた流刑地に住む人間であった。
正直は道端の花に気を取られ、余所見をして歩いていた。前に気配を感じ、ふっと向き直した。
するとそこには金髪リーゼント頭とケバい姉ちゃんのカップルがいて、向こうも話に夢中で前を見ていなかった。正直はよけきれず、金髪リーゼントにぶつかる。
「おい、兄ちゃん痛いじゃねえか、どこ見て歩いてるんだ!」
いかつい顔の金髪リーゼントはそう正直に凄んでくる。
「そっちこそ脇見してたじゃねえか! 俺はよけようとしたぞ! そっちが謝りやがれ! 謝らねえと殺すぞ!」
しかし、正直は怯まず言い返す。
「何因縁付けてんだ! 殺す? できるならやってみろよ」
そう金髪リーゼントが言い終わる前に、正直は腰に下げたナイフを取り出し、金髪リーゼントの首筋、頸動脈のところに突き刺していた。
「・・・、なんで本当に、」
言いながら金髪リーゼントは首から血を吹き出しながら倒れていった。並んでいたケバい姉ちゃんが悲鳴を上げる。
「言っただろう、殺すと。俺はちゃんと警告したぞ。」
正直は返り血を浴びながら平然と言う。ケバい姉ちゃんは悲鳴を上げ続ける。それがまた正直の癇に障った。
「おい姉ちゃん、うるさいぞ、黙ってくれ。そうしないと殺す。」
正直はそうケバい姉ちゃんにナイフをちらつかせながら言う。姉ちゃんはここ一番の金切り声で悲鳴を上げた。
正直は姉ちゃんの首にナイフを突き立てた。悲鳴になっていた息はその傷跡から漏れていく。
ケバい姉ちゃんも相方の上に重なるように倒れていった。
「まったく、俺はちゃんと警告したぞ。話を聞いてくれるまともな人間はこの世にいないのかよ。」
正直はそう溜め息をついた。
芳賀正直はこの近所じゃ有名な人物である。通り名は有言実行の男。それは良い意味ではなく、普通なら脅し文句として使う言葉を、言った通りに実行するという悪名として使われている。
そんな正直は、人殺しをしたことなど気にせず道を歩き続ける。と、そこに黒塗りの車が通った。この地ではガソリンは手に入りづらいが、かつての水力発電装置が残っているため、有るところには電気自動車が有ったりする。とは言え造れる職人も少ないため、持ち主は金持ちの層だろうな、と正直は思った。
が、そこでその黒塗りのワゴン車は斜めに進路を取り、道をふさぐような形で止まった。そしてそこから黒尽くめの格好をした男が二人飛ぶように降りてきて、銃を正直に向けてきた。
「何だ? 物騒なことを。俺はそんなん狙われる憶えはねえぞ。」
正直はそうぼやきながら、腰のナイフを抜きなおした。
「理由は僕が説明しよう。」
すると、車から続いて降りてきた、髪が日に焼けたように赤茶色になった少年がそう言った。後に金髪の眼鏡をかけた執事めいた服を着た美青年も降りてくる。
「憶えているかい? 君はこないだ、麻薬の売り手を殺した。」
「ああ、有ったな。俺は薬が嫌いなんだよ。だから薬を売るのをやめろ、さもないと殺すぞと警告してたんだ。それを無視して売り続けてたから殺した。それが何か?」
少年の言葉に正直はそう何の気も無しに答えた。少年は舌打ちをする。
「何か、じゃないよ。彼は我々龍華会の売人だったんだ。それを殺されたんじゃうちのメンツは丸潰れだ。」
少年はそう続ける。龍華会というのは流刑地にいるヤクザである。外の世界と違い取り締まる役がいないため、割と影響力は大きい。確かそこの親分には息子がいると正直は聞いている、多分目の前の少年がそうなのだろうと推測した。正直は溜め息を漏らす。
「あくどいことやって成敗したら逆恨みか。お宅らはよっぽど目が曇っているらしい。」
正直は愚痴に近い言葉を返す。
「何とでも言え、我々はこの流刑地の天下を握る龍華会だ! 謝っても許さん、殺してやる!」
そう少年は憤った。しかし正直は鼻で笑って帰す。
「許す? 逆だろ、許さないのはこっちの方だ。いきなり喧嘩売ってきやがって、こっちもイライラしてるんだよ。そうだな、失禁して足腰ガクガク震えさせて立てずに後ずさりながら、恐怖のあまり赤ちゃん言葉になって必死に命乞いしたら許してやるよ。」
正直はそう舐めるようにじっとりとした目線を向けながら龍華会の少年に宣言した。
「やれ。」
元から交渉するつもりなどない龍華会の少年はそう合図を送る。それをきっかけに、黒服たちが発砲を始めた。
それに対して正直は雄叫びをあげた。雄叫びをあげながら、振り向いて逃走を始める。相手の作った状況で戦うのは不利だ、まずは体勢を立て直す。正直は考え、円蔵の喫茶店を目指すことにした。あそこなら店内で攻撃されることも無い、状況を仕切りなおすには最適だろう。
正直はそうして円蔵の喫茶店へ向かう道に続く交差点へとたどり着いた。そこを曲がればあとは一本道、正直は交差点に駆け入った。
が、そこに黒服の集団が待機していた。正直を見ると発砲を始める。正直はとっさに転がってかわし、そのままの勢いで転がって交差点を渡る形になった。
上手く建物に隠れたので、正直はそのまま走ってその場を離れる。ここの道が駄目なら次の角は、と思うが、すでに先回りされているのでは、と念のため角から顔を出し様子をうかがう。
すると案の定黒服が見えた。まだ視認されないうちに顔をひっこめる。で、後ろから敵が来ていないことを確認し、ちょっと道を戻った。
どうやら円蔵の店に行くことは読まれているらしい。が、かなり遠回りしてはどうか。円蔵の店は町はずれにあるが、市街地はそれを囲むように扇状に展開している。しかもおあつらえ付きに途中長い塀を通るので、さっきの黒服達からは見えないように裏側に回り込めるのである。そこならどうかと長く走って、回り込める交差点に着いた。
正直が顔をわずかに出して気配をうかがうと、何ということだろう、既にそこには黒服達が待機していた。しかもここの奴らは正直に気付き、発砲を始めた。
くそ、完全に読まれてやがる! 正直は円蔵の喫茶店を諦めた。ならばと次の行く候補を考える。
正直が出入りしている場所の中に、とある小屋が有る。そこは出入り口が一つで、そこを守れば外からは入ることはできない構造になっている。そこに籠って守りを固めるのはどうだ? しかもそこには正直の一部の知り合いしか鍵を開ける番号を知らない金庫に、銃を隠してある。守る算段は充分である。
正直はその小屋の前に着く。敷地内に人がいないのを確認して、扉を開けた。
中には黒服が二人待ち構えていて、銃を向けてきた。正直はすぐに扉を閉め踵を返し、再度走り始める。
どうやら相手は自分の行動パターンを熟知しているらしい。そのことに気付いた正直は、しかし笑っていた。
ならば、自分が一番行かなそうな場所に行けばいい。正直が行ったのは、流刑地でも浮いた存在の、ファンシーな小物を扱った店屋である。正直は扉を開けた。
・・・しかしそこにも、先ほどの龍華会の少年と、執事然とした金髪と、黒服の群れが銃を正直に向けて待ち構えていた。正直は愕然とする。
「畜生、何で!」
正直は思わず悲鳴をあげた。
「簡単ですよ、この私、ハート・マインドシーカーの力ですよ。」
そこで、執事然とした金髪、ハートというらしい、が一歩前に出た。
「私は、心理学と行動学を極めたものです。その頭脳を使って、世界中の銀行を強盗して回って、大量の財産を築いたものです。不幸にも公園の地面に埋めていた計画案が大規模な土砂崩れであらわにならなければ捕まらなかった、言うならば人間心理の面では一度も負けたことが無いのですよ。
その頭脳をもってすれば、あなたがどこへ向かうのか、そしてどこで読まれていることに気付き行動を変えるのか、どのように行動を変えるのかなど予測は簡単ですよ。まあ、仕込みで何日か観察させていただきましたがね、それで充分です。」
ハートは誇るように言った。それに対して、正直は鼻で笑ってやる。
「どうせ捕まったんならよお、お前の頭脳にも穴が有るってことじゃねえか。俺にも勝ち目は有らあ。」
「いえ、不可能ですよ。どのように穴を突こうとするかも計算済みです。私が負けたのは心理の働かないイレギュラーな事態が起こったときのみ。心理の読み合いなら負ける理由が有りません。」
からかうように言う正直に、ハートはそう勝ち誇ったように言い返してきた。
「ならやってみやがれ!」
そう叫ぶより早く、正直は前に駆け出していた。しかし、その足元に的確に足止めの銃弾が撃ち込まれ、正直は怯み急ブレーキをかけた。
なおも正直の胸に銃口は向いていた。正直はとっさに「あなたは右に飛ぶ!」右に飛んでかわそうとするが、先に読みをハートに言われてしまっていた。銃口は的確に胸を向いたままだ。
そこで切り返して「左に転がる!」左に転がるが、これもしっかり読まれていた。銃口は胸の方向から少しも逸れていない。
読まれているならと、「前に進む、振りをして後方に逃亡する!」一瞬だけ前に体を傾けてから全力で振り返り逃亡、だがこれも読まれているのか! 正直は背中に感じる銃口を、濃密な死の気配を感じながらも、もがくために走る。その後ろをハートが追いかけてくるのを察しながら。
正直は店の外に出る。わずかに遅れてハートが出てきた。その瞬間ナイフを振りかざして襲い掛かった! しかしそれすらも読まれていたのだろう、ハートは蹴りを放ち、的確に正直のみぞおちを打ち付けた。
正直は後方に吹き飛びながら、転がり体勢を立て直す。銃口が正直をしっかり捉えている。今度は撃つ気配が有る、正直はとっさに横に飛んだ。銃弾を何とかかわし、そして転がりながら体勢を立て直そうとした時、正直の顔が泥のようなものに突っ込んだ。いや、臭い。これは糞、おそらく馬糞だろう。ハートと龍華会の皆々が大爆笑を浴びせた。
「いやあ、予想通りだったね、正直君。私は龍華会から、ただ殺すだけではなく、恥をかかせて殺すように命じられていたのですよ。だから、あなたの行動を予測して、その先、確実に頭を入れるところに馬の糞を用意させてもらいました。寸分の狂いもなかったですよ、単純な人ですねえ。」
ハートはそう胸を張り、嘲り笑いを正直にぶつけてきた。正直はわなわなと震え、そして紐を切る音のような空気を変える気配が響いた。
「殺す! 殺す殺す殺す、ぶっ殺す! 絶対殺す、どんなに懇願しても許さねえ! 俺が絶対にお前を殺してやる!」
正直はブチギレてそう喚き散らした。それを聞いてハートが大変可笑しそうに笑う。
「その煽り文句もほぼ予想通りですよ。その言い方は完全に小物のそれですねえ。完璧に読み切った私に負ける可能性は有りません!」
ハートは勝ち誇ったようにそう嘲りの文句を言い放った。言い終わるのも待たず、正直は低い姿勢で、まっすぐハートに向かって駆け出した。
「それも予想通りです!」
ハートは言いながら、銃を発射した。それは正直の動きを読み切った、目を貫き脳を破壊する必殺の一撃だった。
ところが、その銃弾は正直の頭をかすめ血を吹き出させたものの、狙ったところには命中しなかった。ハートが驚愕する。
「何、予想より速いだと?」
ハートは思わずそう叫んでいた。彼はどこで正直が怯み減速してしまうか、それを計算して軌道を予測したのだ、なのにそれより速いとはどういうことだ?
それがハートの限界だった。今の正直は、怒りのあまり我を忘れている。恐怖など、どこかに置き去りにしたように欠片も感じていなかった。自分が追い込まれていることすら忘れているのだ。ハートは普段の正直を観察しすぎて、彼が本当に切れたときどういう心理になるのかなど計算に入れてなかったのだ。
恐怖にすくみ最大速が出せない計算など、もはや間違いでしかなかった。ハートはようやく正直の心理に気付き、恐怖を感じないときの行動を予測、おそらく正直が近付くまでには唯一のチャンス、最後の銃弾を放つ。
が、それはさっきより肉を多くえぐり、骨をかすめただけで、致命傷には至らない。ハートの心理学は元の計算が完璧すぎた。それ故にそれを修正する経験など皆無、計算をし直すことに全く慣れていなかったのだった。
果たして、もはや正直はハートの懐の中だった。正直はナイフを振るう。それはハートの頸動脈を切り裂き、ハートは血を吹き出し倒れていった。
血まみれになりながら、正直は龍華会の少年に向き直す。少年を始め、龍華会の面々は恐怖の声を上げた。あくまで追い詰めたのはハートの力が有ってこそ、実力で勝てるのか?
「何をしている、撃て、撃つんだ! 数で押し切れば勝てない相手じゃない!」
少年がそう合図を出す。黒服達は一斉に攻撃を始めた。
だが、正直は強い。少なくとも予測していなければかすめることもできないほど正直の動きは速いのであった、正直は銃弾をかいくぐり、一人目の黒服の頸動脈を掻き切った。しかも返す刀で隣の黒服の喉にナイフを突き立て、二人目を始末した。
そのあとは至近距離で両方向から打ち合いフレンドリーファイアを起こし、もう二人倒れた。その隙に正直は三人目の頸動脈を掻き切った。
もはや黒服達は恐怖のあまり、立ち向かうことすらできなくなっていく。この段になると、一人二人と逃げ出し始め、とうとう残っている全員が逃亡を始めた。足がすくんで動けない少年を残して。
「さて、あとはお前一人だな。」
そう言って、正直は悠然と少年に近付く。少年は、あまりの恐怖に失禁してしまう。そして足腰をガクガク振るわせ、その場にへたり込み、なおも後ずさり正直から距離を取ろうとする。
「ご、ごめんなちゃい、僕が悪かったでちゅ! 許ちてくだちゃい! どうか、どうかお願いでちゅ、命だけは、命だけは許しちてくだちゃい!」
少年は恐怖のあまり赤ちゃん言葉になってそう懇願してくる。そこで、正直は顎に手をやり、考え始めた。
「うむ、失禁して、腰ガクガク言わせながら、後ずさりして、赤ちゃん言葉で、必死に懇願か。最初に言った許す条件全部満たされたな。これじゃ殺せねえや。」
正直はそう言って、ナイフを仕舞いながら軽い溜め息をついた。
「ゆる、許してくだちゃるのでちゅか?」
少年はそう言って、祈るように手を組み正直に向き直した。
「ああ、俺は一度言ったことを覆したりしない。ただし、今回だけだぞ。次来たら、容赦なく殺すからな。」
正直はそう言って、軽く少年に凄んだ。それでも少年は、今助かるという喜びに満ちた顔だった。
「わかりまちた! もうあなたには手を出ちまちぇん! 失礼しまちゅ!」
少年はそう言うと、やっとのことで立ち上がり、脱兎のごとく駆け出していった。
狂人というと、むやみやたらに傷付けるイメージが有るかもしれない。だが実際は、当人なりの筋が有る、それだけである。
まあ、狂った人間というのはその筋がおかしいところに付いているものだがね。
数日後、正直は円蔵の喫茶店に行った。出迎えた青太は、ふっと正直の頭を見た。
それはこないだのハートに付けられた傷の部分である。そこは傷はほぼ塞がっているものの、毛がまだ生えておらず、一見禿に見える部分だった。それが正直の癇に障った。
「お前、謝れ! この頭は、襲われた時の傷の跡だ! それを珍奇な物を見る目をしやがって! 円蔵さんとこの雇い人だろうと容赦しねえぞ! 謝らないと殺す!」
正直は思わずそう凄んだ。それを聞いた青太は真面目な表情になり、直角に腰を曲げ頭を下げた。
「ごめんなさい! その、そういう頭の禿げ方は珍しいなって、ちょっと興味の目を向けてしまいました。襲われた傷の跡なら、この土地では日常茶飯事なのに、変な目線を向けてしまって、その、本当にごめんなさい!」
青太はそう、はっきりと謝辞を述べた。青太が頭を上げると、正直は朗らかに笑っていた。
「兄ちゃん、そうだよ、それでいいんだ! 悪いことをしたら謝る、それでいいんだよ! 世の中にはそんな当たり前のこともできない輩が多いからな、ちゃんとしてる奴は素晴らしいぞ!」
正直はそう青太の肩を叩いてカラカラと笑った。
「気に入ったぞ、兄ちゃん! おい、円蔵さん、俺のおごりでこいつにコーヒーを入れてくれ!」
正直は円蔵にそう大声で言った。
「って、僕はここの従業員だから、賄いも出るし、おごってもらうわけには・・・」
青太はそう頭をかくが、円蔵はコーヒーを二杯用意した。
「人も少ないし、休憩がてら付き合ってあげてください。それも店の仕事ですよ。」
円蔵は笑ってそう言う。
「まったく、円蔵さんには敵わないよ。」
青太は溜め息交じりで苦笑いし、エプロンを外して席に着いた。しばらく歓談が続いた。
ここは流刑地、通称マッドマンズユートピア、狂人の楽園である。
狂人同士、馬が合うということも結構有るらしい。




