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マッドマンズユートピア  作者: 間形 昌史
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第1話 マッドマンズユートピア

 20××年、再犯罪率の高さに業を煮やした日本政府は刑法の抜本的改革を行った。それは犯罪を犯した人間は罪の重さに関わらず流刑地送りにするものである。どんな情状酌量の余地が有ろうと、病的理由が有ろうと全ての犯罪者は流刑に処されることとなった。


 今日もまた流刑に処すための護送車が走っていた。後部の犯罪者の席には四人の人間が乗り込んでいた。

「やあ皆さん、折角一緒に流刑になるのですから、お互い自己紹介でもどうですか。」

 その中の一人、間抜けな印象を見せる容姿の中年男性がひょうきんな口調で言い出した。この状況でそんなことを言い出せるあたり、見た目にはそぐわず意外としっかりしている人物のようだ。

「そう言い出すお前さんは、何をやったどなただい。」

 向かいに座る、首筋にはタトゥーがのぞく筋骨隆々のいかつい男がそう返す。

「ああ、私は役間梅人(やくまうめひと)。麻薬や覚醒剤の密売をしていたんだが、とうとう見付かっちまってね。」

 間抜けに見える中年男性、梅人がそう答えた。いかつい男が眉をひそめる。

「ああ、噂は聞いてたよ。初めに無料でヤクを配り、やめられなくなった奴からがめつく稼いだ奴がいるってな。」

「ほう、そうすると旦那もこの筋の人間で?」

 いかつい男の言葉に梅人がそう聞き返す。

「ああ、俺は玉野鉄法(たまのてつのり)。抗争相手の組長を刺し殺した、いわゆるヤクザの鉄砲玉だ。」

 いかつい男、鉄法はそう答える。梅人が楽しそうに笑った。

「なるほど、こちらも噂には聞いてましたよ。最近は刑を重くし過ぎて、手を下した本人以外裁けないそうですね。ヤクザの抗争も逆に増えているそうで。」

「まあ、その代わり当事者は一生娑婆の空気が吸えなくなる。元から死ぬ気とは言え、気がめいるよ。」

 梅人の言葉に、鉄法はそう言って沈んだ表情をした。

「終わったことは気になさらぬ方が良いでしょうな。では、隣にいる嬢ちゃんは何を?」

 梅人はそう続けて隣に座る少女に向き直す。

瓜田春(うりたはる)。罪は売春。」

 少女、春はそう答えた。

「ほう、若いのにやりますなあ。」

 梅人はそう言って笑う。

「これでも一応高校生だよ。まあ、入学式から三日目に逮捕されたんだけど。」

 春はそう言って苦笑いする。

「少年法も無くなりましたしなあ。どんなに若かろうと犯罪者は流刑地送りになりましたから。

 そう言うと、そちらの少年も中々に若いですなあ。」

 梅人は笑いながら、今度は鉄法の隣にいる白い髪の優男に話しかけた。

「僕? 僕は秋森青太(あきもりあおた)。高校三年生だ。」

 白い髪の優男、青太はそう答えた。

「その髪は色を抜いたのですかな? 随分ヤンチャしたようで。」

 梅人がそう笑うと、青太はムッとした顔をした。

「失礼だな、僕はちゃんと真面目に学校に行ってたよ。この髪は自然、生まれつき白髪なんだ。」

 青太はそう言い返す。梅人はそれでも楽しそうに笑う。

「それは失礼。それでは何の罪で捕まったので?」

 梅人はそう切り返す。すると青太が沈んだ顔をした。

「実を言うと、わからないんだ。僕は何一つ悪いことを、罪に問われるようなことをしていない。反戦活動に参加していたから、何かのでっち上げの冤罪じゃないかと思う。」

 青太はそう遠い目をしてそう答えた。梅人は笑う。

「なるほど、刑法の改定はその手の冤罪、特にでっち上げの類を隠すため何て噂も有りましたしなあ、もしかしたらそうなのかもしれませんね。」

 梅人は陽気にそう言った。

「無駄話をしている時間ももう残ってないようだぜ。近付いてきた。」

 鉄法は車の進行方向、窓越しに見える風景を見ながらそう言った。つられて残りの三人も前を見る。

 そこから見えたのは高い壁、更にその上方には有刺鉄線が幾重にも張り巡らされていた。噂では高圧電流も流れているらしい。

「あの先が、マッドマンズユートピアか・・・。」

 鉄法が沈んだ声で呟いた。

 これから先が彼らが向かう流刑地である。それは関東の西部に作られた、そこから先は日本国として認知されない、文字通りの無法地帯。その中ではどんな残虐な行為も平然と容認される。ついたあだ名がマッドマンズユートピア、狂人の理想郷。つまりは、普通の人間にとっては地獄である。


 流刑地への大きな扉に着くと、すぐさま四人は車から降ろされ、大きな音を立てて開く鉄扉に通された。

「ううむ、身体検査も何も無いのか。」

 鉄法が首を傾げながら扉をくぐった。中は暗闇になっており、後方の扉が閉まると何も見えなくなった。が、程無く前方の扉が開いていき、空間が開けた。

『囚人の皆様は即座に内部に進んでください。』

 機械音のアナウンスが響いた。

「まったく、中に入れてくれと頼んだわけでもないのに急かしやがる。」

 梅人がぼやきながら進んでいく。他の三人も前に進んだ。全員出たところで扉が閉まっていく。

 そこは、森の真ん中だった。細いかろうじてという感じの道が有る他は、木々で埋もれている。

「この中を進めってことか。」

「みたいですね。随分な道だ、これから先が思いやられます。」

 鉄法と梅人がそう言い合い、溜め息をついた。

「でもこういう自然っていいなあ。普段見ないから楽しくなってきたよ。」

 青太はそう言って笑顔を見せる。

「まあ、私達にとっては新天地なんだし、前向きに捉えた方が良さげね。」

 春はそう言って苦笑いした。


 しばらく歩くと、開けた土地に出た。そこは滝壺だった。

「あー、水、有り難いわね、ちょっと歩いたから喉が渇いたわ。」

 春がそう言って溜め息をつく。

「だが、こんな土地の水なんか飲めるのか?」

 そこで鉄法がそう疑問を口にする。春が気分をくじかれてしかめっ面になった。

「少なくとも、毒の類は無さそうだよ。」

 先に進んでいた青太が滝から続く川を指差して言った。その指先には魚が泳いでいた。

「毒が流れているなら魚は死んでるはずだよ。だから毒は無い。まあ、澄んでるかどうかは飲んでみないとわからないけど。」

 青太はそう言って喉を鳴らし、自ら率先して水を手ですくい、飲んでみた。皆の注目が集まる。

 青太は、驚いた表情をした。

「まずいの?」

 春が恐る恐る聞く。

 すると、青太は首を大きく横に振った。

「逆だよ、美味しい。この水、凄く澄んでる。」

 青太はそう仰々しく笑った。皆が拍子抜けしてがっくりとコケかけた。

「まあ、澄んでるならいいわよ。私も飲む。」

 春はそう言って川に近付く。そして水を一掬い、ごくりと飲んだ。春の目に輝きが宿った。

「美味しい! むしろこれまで飲んだ水の中で一番美味しいわ!」

 春はそう叫んで水を救い、飲みまくった。それを見て笑いながら青太も何度か水を救い飲んだ。それならと鉄法も青太とは別の意味で喉を鳴らし、水を飲みに川のそばへ向かう。満足した青太と春は川から離れる。

「いやー、嬉しい話ね、こんな美味しい水が味わえるなんて。この土地も悪くないかも。」

「そうだね、とても流刑地と思えないよ。」

 春と青太はそう笑い合う。その脇で、梅人がモジモジしていた。

「どうしたの梅人さん、水飲まないの?」

 青太はそう話しかけてみる。梅人がビクッと青太を見返した。

「いや、私はいいですよ、そんな気分じゃないです。」

 梅人は、汗を垂らしながらそう答えた。が、その後の目線は水を飲む鉄法の背中に向かう。それが欲しがっているように見えて、青太と春は見合い、首を傾げ合う。

「水、美味しいのにねえ?」

 春がそう言って肩をすくめた。

 その瞬間、青太の背後から藪をこぐ音が聞こえた。とっさに青太は春を押し倒す。

「ちょっ、 、青太、何を・・・」

 春が顔を赤らめながら抗議しようとするが、二人の上を通った影を見て、すぐに顔を青ざめ絶句した。

 それは狼のようだった。野生の獣が春を狙って飛びかかっていたのだ。まともに立っていたら喉を噛み千切られていただろう。

「何、あれ、狼!?」

 春が横になったまま恐怖に震えながら言う。

「いや、野生の狼は絶滅したはずだよ。だからおそらくは、野生化した犬だ。」

 青太は冷静に、起き上がりながらそう答える。そして、犬らしき獣を見る。

 それは、確かに犬だった。良く見るとシベリアンハスキー、だが毛は汚れに満ちており、完全に野生の物だと理解できる。青太が野犬に向き直し、梅人は怯えて二人の更に後ろに隠れてしまった。

 そんな三人の前に、鉄法が割って入った。

「皆、ここは俺に任せろ。」

 鉄法がそう見得を切る。そして服の前を引きちぎり、その下に現れたのはサラシ、そしてそこに巻かれた鞘に入る、一本の直刃の短刀。

「ドス! いくらヤクザ者だからって!」

 梅人がそう驚いた。そして青太が軽く頷く。

「そうか、鉄法さんが身体検査が無いのを驚いたのって!」

 青太がそう得心して叫ぶ。

「そうとも、これを隠し持っていたからだ。組の皆に護身用だと言われ持たされたが、まさか獣相手に使うとはな。」

 鉄法はそう苦笑いして短刀を抜いた。

 野犬も、こちらが武器を持っていることは理解しているらしい。だが、飢えているのか一歩も引かない。

 鉄法が、構えやすくするためか短刀を持つ手を後ろに半身の体勢を取る。その隙を野犬は見逃さなかった。前に出た鉄法の腕に噛み付いた。

「馬鹿め、所詮獣か!」

 だがその瞬間鉄法は短刀を逆手に持ち替えて素早く野犬の首に突き立てた。野犬はまともに噛まない内に絶命した。

「鉄法さん、大丈夫!?」

 青太がすぐさま駆け寄る。短刀を鞘に収めながら振り向いた鉄法の腕には浅くだが傷跡が有り、血が流れていた。一瞬落ち着いて起き上がった春がまた青ざめる。

「まあ、深くは噛まれていない。傷さえ押さえれば何とかなる、と思う。」

 鉄法はそう言って苦笑いした。青太が一切笑いの無い真面目な顔で見返した。

「大丈夫じゃありません。破傷風の菌が入れば死に至る可能性も有ります。野犬だから狂犬病も怖い。」

 青太はそう言って傷をじっくり見ていた。鉄法は一瞬あっけに取られて呆け、それから苦笑いをした。

「そうだな、そう言われると危険は有る、か、困ったな。」

 鉄法は、青太の冷静さに当てられたのか、自分も冷静にそう言った。

「とりあえず、人を探さないと。止血するにも布が必要だ。」

 青太がそう分析する。

「そうと決まったら、前に進まないと。おっさん、さっきからいいとこ無いんだから、今度はあんたが先に行ってよ!」

 春はそうって梅人の尻を蹴る真似をする。

「いや、わかりましたから、行きますから!」

 梅人は参ったとばかりにそう言い返し、滝壺から進む道を見付け、さっさと先に進む。あまり離れてもいけないと、青太が早足になった。

 その瞬間、前から梅人の大きな驚き声が聞こえてきた。何か有ったのかと青太が並びに行き、するとあの冷静な青太が大きな驚き声をあげた。また獣か何かと鉄法が走り、二人に並ぶと声には出さないが驚きあきれあっけに取られた様子だ。

 最後に残った春はワンテンポ遅らせ、野獣の類じゃないことを確認してから三人に並び、あんぐりと口を開いた。

 そこには一つの建物が有った。小屋のような作りだが、中はそこそこ広そうだ。

 その建物には看板がかかっていた。曰くその建物は「喫茶店 地の果て」。

「喫茶・・・店? こんなところに、喫茶店が、・・・有るの・・・?」

 青太が、四人を代表するように呟いていた。


「あら、いらっしゃい。」

 扉をくぐると、女主人がキセルを吸いながらけだるげな表情でそう出迎えた。四人は胡散臭げな視線を女主人に向ける。

「ここは喫茶店、なのか?」

 鉄法が代表するようにそう問う。

「そうともさ。ここは喫茶店、お茶から食事まで出せるものなら何でも出す、そういう場所さ。」

 女主人はまたキセルを一吸いして、そう答える。室内は対面式のテーブルが並び、カウンターの上にはコーヒーでも沸かすのかサイフォンも置かれており、確かに喫茶店らしかった。そういうものも有るのだと四人は納得するしかない。

「それより御客人、あなた方新入りだね? お金は持っているのかい?」

 女主人はそう問いを返してきた。そこで四人はハッと気付く。

「現金・・・持っていないなそんなもの。」

 鉄法はそう言ってうめく。

「僕も持ってないや。ここで通用するとは思ってなかったよ。」

「私もよ。お金なんて使うことになるとは考えもしなかったもの。」

 青太と春はそう言って顔を見合う。

「私も現金は持っていないですね。・・・一応聞いておきますが、ここではいくらくらいで食事をできるのですかな?」

 そう言って梅人が軽い口調できいてみる。女主人はキセルを大きく吸った後口を開いた。

「一万円。定食一杯で一万円よ。」

 女主人はそう答えた。思わず青太が口をあんぐり開ける。梅人は戸惑うより激昂した様子だ。

「あなた、それはさすがにボッタくりすぎでしょう! 定食一杯で一万円もするなんて!」

 梅人がそう叫びかかると、女主人は大層可笑しそうに大爆笑した。四人はあっけに取られる。

「いやあ、笑ってすまないねえ。あまりにあんたがたが『世間ズレ』しているものでね。ここでの常識を教えようか。」

 一しきり笑った後で、女主人はかしこまってそう言い出した。四人とも事情がわかってないので聞きに回る。

「まず、ここができた直後から話そうか。ここは最初は貨幣なんて流通してなくてね、物々交換が主流だった。だけど元は社会の中で暮らしていた人間達、それじゃやっぱり上手く行かなかった。

 そこで動き出したのが、表で裏金作りをしていた人たち。ああ、表の社会の裏になるのかややこしいけどねえ、彼らが動いて、紙幣を作り流通させた。それでこの土地も上手く回りでしたんだよ。

 だけどそこで彼らは欲を出してね、儲けるために金を作りすぎたんだよ。市場には金が有りすぎてインフレを起こしちまった。この土地の金はもはや価値を無くしちまったんだよ。

 で、結局は外で使われてる金が信用できるって、わずかに入る紙幣を使い始めた。ここで落ち着くかと言うと、それもまた違ってね、財政界の大物が贈賄でここに送られた時、紙幣が通用すると聞いて大量の一万円札を持ち込んだんだよ。

 そうすると、また紙幣の価値が下がったんだよ。完全に価値が無くなることこそ無かったけど、インフレにはなった。結果、この土地では一万円は十分の一の価値に下がった。というわけで、ここで一万円と言うのは、外の世界の千円分なのさ。何も高くないねえ。」

 女主人はそう説明を終えた。なるほど、有り得ることだと四人は納得するしかない。

「まあ、あんたがたは金を持ってないんじゃ、意味の無い話かもしれないけどね。」

 女主人は、そこでそう言って笑った。

「いいえ、それじゃ、金目になるものを持っていたらどうなんですか!」

 そこで、梅人が叫ぶように言い出した。残りの青太達三人は驚いた眼で梅人を見返し、女主人が興味深げに梅人の顔を覗き込んだ。

「ほほう、あんた、何か持っているんだね? そうさね、ここは元から不法地帯。ヤバイものでもいくらでも買い手はいるよ。外の世界相当の相場で買い取ろうじゃないか。」

 女主人は楽しげにそう笑う。それに対し、梅人はトイレを借りたいと言い出した。女主人は親指で場所を示す。

 梅人がトイレの中に入ると、嘔吐する声が聞こえてきた。春が心配そうに震えて、その手を青太が取って落ち着かせていた。

 梅人が出てくる。手には中身がぎっしり詰まったコンドームを持っている。カウンターに向かい、口を結んでいた紐をほどくと、梅人は中身の白い粉を女主人に見せた。

「外で出回っている覚醒剤です。この量なら百万円は下らないでしょう。」

 梅人は、そう女主人に言った。

「そうか、水を飲まなかったのは、胃の中にこれを隠していたから。飲めなかったんだ。」

 青太はそう得心する。それを聞いて春と鉄法も納得していた。それを見た女主人は笑う。

「なるほど、これは上物ね。だけども、百万は高いわ。攻めて六十万くらいにまけてもらわないと。」

 女主人が言うと、梅人はムッとした顔になった。

「それこそ今度こそボッタクリでしょう。売るなら九十万は出してもらわないと、売りませんよ。」

 梅人は駆け引きするようにそう言った。が、女主人は嬉しそうに笑う。

「九十万? よし、買った。」

 女主人はそうハッキリと言った。梅人がうろたえる。

「いや、九十万とは言いましたが、百万の価値は有る物で、」

 梅人はそうしどろもどろ言うが、

「いや、九十万なら売るって口調だったわよね? だから九十万、買った。」

 女主人は再度そうハッキリ言いきる。

「あ、ちなみに他の店を営んでる輩の家は遠いから、今のうちに売った方が賢明よ。」

 女主人は梅人に対して、そう言い加えた。梅人は歯噛みする。

「わかりましたよ! あなたに売ります! その代わりきっちり九十万分、こっちでいう九百万円ですか、払ってくださいよ!」

 梅人が押し負けて、それで商談は成立した。

「凄いな、この女の人元から本来の価値より値下げさせることだけが目的だったんだ。凄い吹っかけ方だなあ。」

 青太が妙なところで感心していた。

 取引が成立したので、物と交換で金が渡された、が、

「ちょっと、明らかに額が少ないでしょう! これは、おそらく百枚くらいしか無いじゃないですか! しかもほとんど千円札です! どうなっているのですか!」

 梅人がそう激昂する。確かに量も少なく、明らかに一万円札ではない、ほとんどが千円札だ。

「ああ、それは十万円札なのさ。言葉が足りなかったねえ。」

 女主人は、楽しそうにそう笑う。

「追加で説明したげよう。一万円札が多すぎて価値が暴落した、それはさっき言った通りさ。一方、千円札は逆に流通量が少なくてね、ここでは価値が高いのさ。千円と一万円、価値が逆転してると思えばわかりやすいかね。」

 女主人は、そこで煙を吐いて続ける。

「参考までに硬貨は額の十倍、外の世界と同じ価値だね。五千円は千円の五倍、言うならば五十万円札さ。ちなみに一番価値が有る紙幣は二千円札、流通量が無いからここでは二百万円として扱われてるね。外の世界の二十万円分さ。」

 女主人はそう言って笑う。

「価値が百倍ってどんだけよ。」

 春が呆れてそう漏らす。

「もはや古紙幣の話みたいだよ。」

 青太も呆れてそう口にした。

「わかりましたよ、そういうなら信じましょう、嘘だったら許しませんからね!」

 梅人はいらだちながらも、そう大声で行って札束を懐に入れた。

「嘘は言わないよ、私も商売人だからね。まあ、あくまでここの常識の上だけどね。」

 女主人はそう言って意地悪く笑った。

 そこで梅人は青太達に向き直した。

「皆さん、折角だからここで食事を取りましょう。疲れも有るでしょうし、休憩です。同時に流刑地に入ったよしみです、おごりますよ。」

 梅人は青太達にそう言った。春の顔がぱあっと明るくなった。

「本当? 実は私、お腹すいてたんだ!」

 春はそう言って梅人に抱きついた。

「梅人さん、さっきは役立たずみたいに言ってごめんね!」

「言わないで下さいよ、気にしてたんですから。」

 春の言葉に応じる梅人は、そう言いながらもまんざらでも無い笑顔だった。青太と鉄法は、顔を見合わせて、思わず笑った。とりあえずここはごちそうになっておこう。皆の意見は一致した。

「ついでに狂犬病のワクチンもどう? 一本十万円よ。」

「あなたもとことんアコギですねえ!」

 言い加える女主人に、梅人がそう切れるように突っ込むように言った。皆が笑った。


 食事のおまけで鉄法の噛まれた傷も軽く手当してもらい、四人は落ち着いて食事を取ることができた。土地が良いのかはたまた疲れているところに食べたからか、ここでの食事はいつもより美味しく思えた。さっき水を飲み損ねた梅人はレモネードも頼んでいたが、これも大層美味しかったらしい。

 この土地はフィルターになる紙が手に入らないのでタバコはキセルが主流、とかたわいもない話をしながら食事を終える。四人がちょっと緊張を説き、息をついた。

 と、そこに荒く扉が開く音がした。皆がそちらを向く。

「あら、お客さんかい?」

 何の気無しに言う女主人に、入ってきた二人組のうち、カウボーイハットをかぶった覆面の男が、銃を向けた。

「生憎だな、強盗だ。」

 その覆面の男は女主人に銃口を向けて言う。一緒に入ってきた背の低い小汚い顔をした男も銃を向ける。

「そうかい、金なら出す。命だけは、」

 そう言っている途中で、あっさり銃声が鳴り、女主人の眉間に穴が開き、女主人は言葉も無く倒れていった。

「残念だったな。ここでは皆殺しの方が儲かるんでね。」

 男は何の罪悪感も持たない口調でそういう。そして女主人に近かった鉄法に銃口を向け直す。呆然としていた四人はその瞬間危険を感じて動き出した。鉄法と梅人はとっさにカウンターを飛び越えて裏に回り、端に近かった青太は春を引っ張って陰に隠れた。銃声がまた響き、さっきまで鉄法がいたあたりのカウンターがへこんだ。

「よし、幸いカウンターの素材は硬いぞ、金属だ。あとは反撃の武器さえ有れば。」

「あー! 有りますよ、鉄法さん!」

 カウンター越しに気配を探る鉄法に、下を見ていた梅人が言う。鉄法は急いで目線を梅人が指し示す方向に向けた。

 そこには護身用だったのか、リボルバー式の銃が二つと、小振りの斧が有った。斧の方はどうしようもないが、銃は有り難かった。

「確実に使えるのは俺だけ、か。」

 鉄法がそう言って銃に手を伸ばすと、震えた手でもう片方の銃を梅人が掴んだ。

「一応私も裏の社会の人間です、力不足かもしれませんが、お手伝いさせてください。」

 梅人は空笑いをしながらも、真っ直ぐ鉄法の目を見た。鉄法は頷く。

「女子供にやらせるよりはいい。任せたぞ。」

 鉄法はそう言って、梅人も頷き返した。

 果たして銃撃戦が始まった。強盗の方は弾を多く用意しているのか、気配が動くと容赦なく撃ってきた。それに対し、予備の弾丸が見付からず、なおかつ守る形の鉄法達は上手く動けていない。少しずつ動きながら、頭を出して一瞬で狙いを付けて打たなければいけない。狙いが上手く付かなければ、牽制だけで撃たないことも肝心だ。頭を出した瞬間銃口が真っ直ぐこちらに有れば、撃つより早く隠れた方が身の危険は少ない。

 こうして銃撃戦が続いていく。強盗側の方から見たら、思ったより長く続いている。手間かけさせやがるぜ、と覆面の男は一人ごちるように呟いた。

 だが、戦況はこちらが圧倒的有利だ、覆面の男は考えながら、弾倉を交換した。こちらは弾丸の数は大量、対して相手はほとんど無いのだろう、向こうからの攻撃をケチっている有り様だ。直撃したら困るが、その可能性はほとんど無い。何せ向こうは逃げながら戦っているのだ、その中で上手く狙いを付けられることは不可能に近い。

 まあ、相手方も逃げるのが上手く、こちらが狙いを付けられたときはとっさにかわしてくるのが癪に障るけどな。覆面の男が舌打ちする。

 と、そこで銃を持っていない白髪頭の少年が、ちらっと脇からこちらの様子を窺ってきた。それがなぜか気にかかったが、彼が撃ってくる可能性など無いのだ、銃を持つ二人に標準を向け直した。

 しかし、次の瞬間フォークが覆面の男に飛びかかってきた。覆面はそれを腕で払う。

 それ皮切りに、ナイフだのスプーンだの、食事に使う道具の類が、勢い良く強盗二人に飛んできた。時には皿まで飛んできた。どうやら銃を持つ二人に加勢しようと、白髪頭の少年と、もう一人いた少女が適当に食器を投げてきているらしい。大したダメージが有るわけでもないが、集中力は割かれる。覆面の男は再度舌打ちする。

「気にするな、銃を持つ奴らに集中しろ! こんなもの腕ではたけばいい!」

「ラジャーっす、お頭!」

 覆面の言葉に、小汚い男が返事をする。そして小汚い方は銃を持ち替える。

 その瞬間、カウンターの陰から飛んできたナイフが、小汚い男が持っていた銃に直撃した。小汚い男は銃を取り落とし、その銃は壁を跳ね返り、カウンターの端、青太の目の前に転がる。

「まずったぞ!」

 覆面は叫ぶ。が、それは演技だ。青太の前に転がった銃には、安全装置がかかったままなのだ。そのままでは銃は撃てないが、普通の人間にはそんなことわからない。おそらく流刑地に来て早々の面子、普通の少年が銃を扱ったことなど無いだろう、安全装置で撃てない銃など怖くない。

 覆面の男は青太を後回しにし、元から撃ってきていた二人に狙いを定める。予想通りこの機を逃すかと二人が狙ってきた。強そうな筋肉質の方に標準を合わせ、撃つ。彼は即座に隠れ弾は外れ、しかし同時に梅人の撃った弾も外れた。勝負は仕切り直しになる。

 はずだった。その時、覆面の視界の端で、予想外のことが起きていた。白髪の少年が、あっさりと安全装置を外していた。確かに銃の側部に有るレバーを弄れば簡単に外れるものではあるが、普通の人間は有ることすら知らない方が多い、知っていても即座にそれとはわからないはずなのに。

 だが現実としてその少年は外してみせた。ならばその瞬間、彼は大きな危険である。覆面は銃を青太に向け直そうとした。

 が、それより早く、青太は銃を両手でしっかり持ち、狙いを定めて引き金を引いていた。覆面の眉間に穴が穿たれ、覆面は倒れた。隣にいた小汚い男は愕然とする。

「何で、そんな完璧に、セーフティも外して、狙いも正確なんだ!」

 小汚い男はそう言って、新しい銃に手をかけた。が、青太がまたも発砲、小汚い男の眉間にも穴が開き、倒れていった。

「これで一件落着だね。」

 青太はそう言って息を付き、笑って鉄法達を見た。が、そこには銃を向けてくる鉄法がいた。梅人はどうして銃を仲間に向けるのかという思いと、同時にその理由を理解してしまう二重の戸惑いに慌てふためき、春は驚いた様子で止めようと鉄法に駆け寄る。

「鉄法さん、何で青太に銃を向けるの!」

 春が抗議するようにそう言うが、鉄法はそれを無視して青太を睨み付ける。青太は、どこか諦めが混じったような冷静な目をしている。

「青太、一つ聞きたいことが有る。お前、本当に堅気の人間か?」

 鉄法は青太に、本人も戸惑った様子で聞く。それに対し、青太はゆっくりと銃を床に置き、両手を上げてみせた。

「ああ、そうだよ。僕は一切裏の社会に関係の無い、普通の子供だ。」

 青太は、冷めた表情でそう言う。それに軽く頷きながら、冷や汗をかいて鉄法が続ける。

「そうか。だったらなぜ、銃の使い方がわかるんだ? 安全装置もそうだが、何より狙いの付け方が完璧だ。一夕一朝じゃ身につくものじゃないはずだ。」

 鉄法は、緊張がこもった声でそう聞いた。それに対して、青太は両手を上げたまま、最早生を諦めたような身軽さで答え始める。

「言い出せなかったけど、実は僕には特殊な能力が有るんだ。僕は道具を持った瞬間、その道具の最適な使い方がわかるんだ。何と言うか、道具が話しかけてきて教えてくれる感覚。そんな能力を僕は持っているんだ。」

 青太はそこで、片手で自分の髪を触ってみせた。

「付喪神、というのは知っているかな? 年を経た物が妖怪になるものだ。ツクモ、というのは九十九を表す言葉と同じ音でもあり、百に近い長い年月を表す。その九十九は百から一なので、白という漢字を当てはめることもできる。九十九歳で白寿とかさ。

 で、ツクモガミって言うのは、白髪の通称と同じ音なのさ。おそらく、生まれついての白髪頭だった僕は付喪神と通じるものが有ったんだと思う。だから道具の思いがわかり、最適な使い方がわかるんだ。まあ、後半は僕の想像だけど。」

 青太はそう説明を終えた。鉄法はなおも、緊張した様子で唾を飲み込んだ。

 確かに、青太の言う事が本当なら、銃を手軽く使えた理由にはなる。が、それが本当なのか、現状では確勝が無いのだ。鉄法は銃を向けながら困った。

「鉄法さん、これらを使えば証明できるのでは?」

 そこで、梅人がカウンターの脇に有ったものを見付け、鉄法に指し示した。鉄法はちらりと一瞬だけ脇を見て、銃を青太に向けながらもそれを手に取る。

「わかった、それじゃあこれを外して見ろ。」

 鉄法は青太に向かって、それを放り投げてきた。青太は片手でそれを受け取る。

 それは、知恵の輪だった。かなり複雑な構造で、すぐには解き方がわかるはずも無い。

「主人と客、どっちが好きだったかわからないがな、現状にはうってつけだ。それをすぐ解けるなら、本物だろう。」

 鉄法は硬い笑顔を青太に向けた。青太はそれに対し、知恵の輪に向き直すと、一瞬集中し、次の瞬間には手を細かく動かして、何段階も有る行程を一気に解いて外してみせた。鉄法達三人が驚きの声をあげる。

「まったく、こんなやり方は邪道なんだけど、知恵の輪が嫌がるからあまりやらせないでほしいな。」

 青太はそう軽く愚痴ると、作法を逆回しにして一番奥まで組み直して知恵の輪を鉄法に投げた。鉄法は銃の狙いを外し、それを受け取り脇に置いた。

「なるほど、それじゃ念のためだ、これも解いて見せてくれ。」

 鉄法はちょっと柔和になった表情で、その隣に有った物を青太に投げてよこした。両手で受け取ったそれは、ルービックキューブだった。一面もそろっていない。

 青太は溜め息一つ、ルービックキューブに向かって集中すると、どの面もみないままくるくると回していき、鉄法に放り投げた。鉄法が受け取ったそれは、全部の面がそろっていた。鉄法達三人は驚く。

「これでいいかな。僕の能力の証明は。正直道具から嫌がられそうなやり方ばっかりで嫌な気分だけど。」

 青太はそう言って、本気で機嫌を損ねた顔をしてみせた。鉄法はようやく朗らかな笑いを浮かべ、頭を掻いた。

「ああ、変な疑いをかけて悪かった。本当に申し訳ない。」

 鉄法はそう言って軽く頭を下げた。それを合図にして春がカウンターを飛び越え青太に抱きついてくる。梅人も緊張を解いて、大きな息をついた。

「別にいいよ。僕の能力が特殊なのは言うまでも無いし。疑いが解けたなら、それでいいや。」

 青太はそう言って、抱きつかれているのも照れるでもなく、ただただ溜め息をついたのだった。

「まあ、それは置いといて、だ、この場はどうするべきかな。」

 気を取り直すように咳払いをして、鉄法が言い出す。

「はい、あたし殺人現場に長くいたくないんですけど!」

 そこで春が手を挙げ、そうハッキリと言った。梅人も頷く。

「万が一主人を殺したのが私達だと勘違いされたら困りますしねえ、ややこしい場に長く留まるべきではありませんね。」

 梅人もそう言う。鉄法もうむと同意の頷きを重ねた。

「それは僕も同意するよ。だけど、どうせならこの店の金品全部持っていった方がいいんじゃないかな。」

 青太は同意しつつ、そう追加した。それを聞いて、鉄法と梅人はハッと気付く。

「確かに、この世界じゃどれだけ金を使うかわからないしなあ。」

「私だけが金を持っている状況は、逆に不安ですね。確かに頂いた方がよろしいでしょうね。」

 二人はそう頷き合い、レジの代わりになっていた箱に雑に札束が入っているのを確認すると、袋を探し、その中に札を豪快に入れた。

 その間に、青太は強盗達の死体に近付いていく。

「ちょっと、何するの?」

 春が気味悪そうにそう言ってくる。

「あの強盗達の持っている武器を確かめるんだ。使えるものはもらって言った方がいい。この先は無法地帯、自分で使うにしろ売るにしろ、武器が有るに越したことはないよ。」

 青太はあっさりそう言って、死体の体に身に着けている銃を調べていく。

「何と言うか、特殊能力以上にその冷静さが凄いな。」

 金を確保した鉄法がそう呆れた様子で行った。

「お褒めにあずかり光栄です!」

 青太は嬉しそうに笑顔を返した。

 結局強盗達からは未使用の銃が三つ見付かった。一応男三人が護身用に一丁ずつ持つことに決めた。


 この日、結局その後は人がいるような場所に着かず、四人は野宿をすることになった。火の番かつ見張り役がいないといけないので、二人ずつ交代で番をすることになった。遅い時間に慣れていない若い二人が先の方が良いと、青太と春が火を囲み起きて、鉄法と梅人が寝始めた。二人とも疲れていたのか、すっかり寝息を立てて寝ていた。

「今日は散々な日だったね。」

 春がそう口を開く。

「青太が冷静で助かってるわよ。私なんか慌ててばっかりだったもの。」

 春が軽口を言うようにそう言い出す。

「それなら良かったよ。僕が助けになっているなら幸いだ。」

 青太も軽い口調でそう返した。

「それにしても何でそんなに冷静でいられるの? 不思議なくらいだよ。」

 春はそう言って笑う。それに青太が渋い顔をした。

「そうじゃないと、生きてこれなかったからね。」

 青太は、重い口調てそう言い始める。

「僕は、知っての通り特殊な能力を持っていた。だから、それは他人からは気持ち悪がられることだから。

 本当に小さな子供の頃、貰ったばかりのおもちゃを、説明も無しに使いこなしたことが有るんだ。その時の親から向けられた、気味悪がられる視線が忘れられないよ。・・・それがおかしなことだと、僕はその親の視線で気付いたんだ。きっとその時から、僕の神経はスイッチが入ったままなんだよ、冷静に、状況を見て、おかしなことをしないようにって。」

 青太は、そう苦笑するように言った。春の顔が重っ苦しくなった。

「そうなんだ、悪いこと聞いちゃったかな、ごめん。」

 春はそう詫びた。しかし、青太は首を横に振る。

「別に、悪いことじゃないよ。両親も悪い人じゃなかった。むしろ善人だったよ。これ以上ない普通の善人。普通すぎて僕を受け入れるだけの度量は無かったのかもしれないけど、隠して生きていけば、いい思い出しか残らないくらいには良い人達だった。」

 青太は懐かしむようにそう言う。それを聞いて、春も苦しそうに遠い目をした。

「そう、私も家族の事思い出しちゃった。つっても、両親は離婚して物心ついた時には母親しかいなくてね。その母親も、一種の風俗で働いてた。別にそこは気にしてなかった。どんな仕事だろうと、片親で私を食わせていけるんだもの、誇りに思ってたくらいよ。

 ただ、道徳心は薄い子になっちゃたわね。軽い気持ちで火遊びして、捕まって。警察に面会に来た母親が、凄い泣いてるのを見て、初めて駄目なことしちゃったんだなって気付いた。遅かったなあ。」

 春はそう語った。青太は何も言わず、ただ小さく頷いた。

 と、そこで物音が聞こえてきた。それは藪をこぐ音。人間か、獣か、どちらにしても危険になりかねない。

「警戒! 春、一応二人を起こして! 人だとしても強盗の類かもしれない。」

 青太は小さな声で叫んだ。それに応じて春が鉄法と梅人を起こしにかかる。

 近付いてくる音、それを青太は必死に分析する。獣のように、探り探りくる音ではなく、真っ直ぐこちらを目指している。おそらく人間。青太は立ち上がり、ベルトに挟んでいた銃を取り出し、安全装置を解除した。いつでも撃てる覚悟をしていく。

 鉄法と梅人が起き上がり、事態を理解したころ、その影はやってきた。それは、黒衣を着た金髪の女性。着ている服は喪服のようだった。そして、一際目立つことに、手には長い槍を持っていた。

「あなたは、何者だ?」

 青太は、警戒心を隠さず叫ぶように問うた。それに対し、黒衣の女性は鼻をスンと動かした。

「その匂い、間違いないわ、その銃、覆面の強盗から奪ったものでしょ?」

 答える代わりに、黒衣の女性はそう問い返してきた。青太は背筋を震わせる。

「あなた、なぜそれを?」

 青太はさらに問い返した。と言うのも、確かに青太が持っている銃は、昼間に覆面の強盗から拝借した物だからだ。

 それに対して、黒衣の女性は槍を持たない方の手を自分の胸に当てた。

「私はテレサ・グース。あなた達の誰かが殺したあの覆面の強盗の、パートナー、わかりやすく言うなら内縁の妻と言えば良いのかしら? それよ。」

 黒衣の女性、テレサはそう語り始めた。

「あの人は、確かに小物で悪人だったわ。他人の金を奪って、それで生活していて、簡単に人を殺すし、ろくでもない人間だったわ。

 だけど、それでも私にとっては愛する人だった。私にとっては代えがたい、かけがえのない人だったの。狂おしいほど愛してたわ。」

 テレサはそう語り、狂わんばかりの怒りを込めた目を青太達に向けてきた。

「だから、仇を取りに来たの。あの人を殺した糞野郎を、無残に苦しめて殺すため。さあ、誰が殺したのか言いなさい。他の奴は許してやるわ。」

 テレサは低い声で叫ぶように言った。それに対して、鉄法と梅人も銃を持ち、青太と三人して構えた。

「なるほど、仲間意識は有るようね。」

 テレサはそう言って、軽く笑う。そして、槍を鉄法に向ける。

「あなた、その筋の人間ね? 容疑者としては第一候補よ。あなたが私のあの人を殺したの?」

 テレサはそう鎌をかけてくる。

「そうだったらどうする?」

 鉄法は肯定も否定もせず、そう答えた。

「ただ殺す、それだけよ。」

 テレサはそう言って、体勢を低くした。飛び掛からんばかりの勢いだ。

 この状況で手加減はいらない。鉄法は引き金を引く。

 テレサに向かっていった弾丸を、しかしテレサは槍を素早く振るい、弾いた。

「なん、何だその速さは!」

 鉄法は驚愕して叫ぶ。鉄法は無我夢中で、銃を連射した。

 が、そのことごとく槍で弾かれた。しかも、別方向から撃った青太や梅人の弾すらも弾いて見せたのだ、この女隙が無い。青太は最早牽制を諦め弾を温存しているくらいだ。

 早々に鉄法の銃は弾切れになった。ならば、と鉄法は服の隙間から、サラシに巻いたドスを取り出し接近戦の構えだ。

 テレサが踏み込んでくる。大きく槍で薙ぎ払いにくる。それに対し、鉄法もタイミングを計り、一歩前に踏み出した。何とか穂先に当たらないタイミングを、鉄法は懸命に生きる道を探し出したのだ。

 果たして、穂先はかわすことができた。が、槍の柄で思いっきり叩かれ、鉄法は大きく横に吹っ飛び、木にぶつかって、幹を粉々に砕きながら止まった。ダメージは大きく、鉄法は血を吐きむせた。春が言葉にならない悲鳴をあげる。

 ようやく顔を挙げる鉄法に対し、テレサは穂先を首元に突きつけた。これでとどめか、鉄法は覚悟する。

 が、それは違った。

「あなた、違うわね。」

 テレサは冷静に、そう指摘した。苦しそうな鉄法の顔は表情が変わらなかった。

「あなたの銃撃は、全く急所を狙えてなかった。あの人は眉間を一発で打ち抜かれていたの。あなたじゃないわ。本当にあの人を殺したのは誰? 死ぬ前に教えなさいな。」

 テレサはそう鉄法に言った。

「・・・俺だ。・・・俺以外に、誰が、銃を使えるって、言うんだ。・・・俺だ、俺が殺した。」

 鉄法は呻くように青太を庇ってそう言った。それに対し、テレサはわずかに踏み込み、穂先を叩き付けるように鉄法に振るい、頭をかち割った。

「私、嘘つきは嫌いよ。」

 テレサは冷酷にそう吐き捨てた。

 それに対し、梅人がキレた調子で、大きな咆哮をあげる。

「畜生、鉄法さんの仇、殺しますよ!」

 梅人はそう吠えて、銃を乱射した。それに対し、テレサは微動もせず立っていた。悲しいかな、梅人が撃った弾は一つもテレサに当たらず、掠ることすらしなかった。弾切れになった銃を、梅人は泣きながら、引き金を引き続けた。

 それを、テレサは槍で軽く薙ぎ払った。斜めに斬れた梅人の体は、あっさりとズレながら崩れていった。春の悲鳴は最早小さくかすれていた。

「弱いのが邪魔するのも嫌いよ。」

 そう言って、テレサは槍を構え直し、そして・・・春に、向き直した。

「この様子じゃ、意外と女の子が犯人だったりねえ?」

 テレサはそう意地悪くじっとりした目線を春に向けた。春は最早声一つ出せない。

 が、そこに青太が割って入った。

「やめろ、彼女はやってない。あの覆面を殺したのは僕だ!」

 そう、青太は挑むようにそう叫んだ。テレサが舌なめずりをする。

「ほう、狙いが真っ直ぐ眉間に向かっている。確かに正解みたいだねえ。」

 テレサはそう言って、喜色に富んだ笑みを浮かべた。青太は応じず銃を向け続ける。

「いいんだけどさあ、あんた、そんなもので本当に勝てると思ってる? あなたが撃った銃弾、どんな避け方を私がしたか、あんたならわかってるんだろう?」

 テレサは低い体勢から表情を覗き込むようにそう青太に問うた。青太が苦い表情をする。

「ああ、あなたが攻撃する隙を狙って撃った、その銃弾は槍に弾かれてた。やけに大振りに見えるだろうけど、あれは弾丸を打ち落としながら槍を振るう最短ルートだったんだ。」

 青太はそう返す。春が思わず息を飲む。テレサはなおも観察するように青太の顔をじっと見る。

「それでもあんたは挑むのかい?」

「勝ち目が有る以上、諦める理由が無いよ。」

 テレサの言葉に、青太が睨み付けながら言う。テレサが楽しそうに笑う。

「なるほど、恐怖は有るみたいだねえ。それでも引かないのは、勇気、と言うより使命感。」

 テレサはそう言って再度舌なめずりする。

「あんた、その後ろの小娘に惚れてるね?」

 テレサはそうハッキリと指摘する。青太は苦し紛れに、片目を瞬きした。

「気付かれているね。ああ、そうだ、僕は春に惚れている。好きになっている、愛している。」

 青太はハッキリとそう宣言した。春が驚いて青太の背中を見直した。

「そう? こんな世界に放り込まれて早々の、吊り橋効果じゃない?」

「そうかもしれない。だとしても、僕は今のこの気持ちに嘘はつかない。他人には春を殺させるものか!」

 問いただすテレサに、青太はそうキッパリと言い返した。春はこんな状況ながら、感激して口を手で覆ってしまった。

 それに対し、テレサは構えを引いた。銃を向けたまま、青太は睨み続ける。

「なるほど、わかったよ坊や。そうならさ、」

 テレサはそう言いながら春を指差した。

「その嬢ちゃんを先に殺すよ。」

 テレサは不気味に笑いながらそう言った。春が何度目になるかわからない声にならない悲鳴をあげ、青太はテレサを睨み続ける。

「私は、あの人を殺されたんだ、愛する人をね。それに復讐するなら、そいつの愛した人を先に殺して、無力感を感じさせてから嬲り殺してやる。それでこそかたき討ちになるだろう?」

 テレサはそうにこやかに言った。

「まったく、旦那も旦那なら、嫁も嫁だな。あなたも小物で、最悪の人間だ。」

 青太は吐き捨てるようにそう言う。テレサは嬉しそうに笑った。

「お褒めにあずかり光栄だね。私とあの人は、似た物夫婦だったからね。」

 テレサはそう言って声をあげて一頻り笑うと、振り向き歩き出した。

「仕切り直そう。今のままじゃあんたより先には殺せない。夜明けまでは待ってやる。その後襲いかかるから、覚悟しとけよ。」

 テレサはそう言いながら去っていった。青太は試しに背中を撃ってみようかと思ったが、打ち返される気配しかしなかったので諦めた。ここで無駄弾は使いたくない。

「これ、助かったの?」

 春が、その場にへたり込む。

「夜明けまでは、だけどね。」

 青太はそう言って銃の構えを解いた。ガックリ来たようで春の顔が崩れる。

「だけど大丈夫だよ、勝ち目はかなり高くなる。」

 青太はそう言って、鉄法の死体の方に向かった。そして、彼の死体の手元に落ちていたドスを手にする。

「鉄法さん、あなたの心を借ります。」

 青太はそう神妙な顔で言った。春の顔が、ちょっとにやける。

「それで、勝てるかな?」

「命懸けで戦うヤクザが命を懸ける武器だよ、勝てない理由は無いよ。」

 問いかける春に、青太は不敵に笑った。それで春は安心する。

「大丈夫だよ。春、君はあの女に殺させない。」

 青太は、春に向かってにっこり笑った。


 あのテレサと言う女は嘘つきが嫌いだと言った、だから本人も嘘をつかず、夜明けまでは無事だろう。青太はそう分析した。少なくとも青太が見張るので、春は寝た方が良い、青太はそう言っていた。

 春は緊張で寝られなそうだと思っていたが、疲れも有るのかいつの間にか木に寄り掛かり眠っていた。目が覚めてみると、鉄法と梅人の遺体には軽く土がかけられていた。手持無沙汰だからやっただけ、と青太はうそぶいていた。ついでなのかいつの間にかドスの鞘も確保して、ドスはベルトに挟みつつポケットに上手く収めてあった。

 時間的には夜明けはちょっと過ぎていた、しかし攻めてこないことを見ると、相手は別な場所を狙っているだろう、そう青太は分析した。かと言ってこの場は攻められると動きづらい。なので、こちらも場所を変えることにする。

 青太に手を引かれ、春も移動を開始する。前夜のことが有るから、春はちょっと顔を赤らめていた。

 目的地は、前日通ったちょっと開けた場所。真ん中に大きな木がそびえたっている。

「あの木の下に行けば安心できるかなあ。」

 春はそう言って、無意識に木の下へ行こうとする。それを、青太が強く手を引いて止めた。

「駄目だよ、彼女はあの木に待ち構えている。」

 青太はそう言った。理解できずに見返す春をよそに、青太は春から距離を取るように前に進み、木と春の間に立つようにして、銃を大きな木の生い茂る葉っぱの中に向けた。

「いるんだろう、テレサ! 出て来い、勝負してやる! 来ないなら、こちらから撃ち込むぞ!」

 青太が大きく叫ぶ。それに応じるように葉が大きく揺れ、そこからテレサが飛び降りてくる。春は思わず大きく叫んだ。

「あーあ、上手く闇討ちしようと思ったのに、良くわかったねえ?」

 テレサが狂った笑いを浮かべて言う。

「観察と推理が有れば簡単さ。一つ、僕達が動きやすい場所を探すのはアナタもわかっている。二つ、匂いをたどってきたあなたは、僕達がここを通って知っているのがわかっている。そして、人間は大樹に安心を求める気質だ。だから、無防備で近付くとあなたは予想する。それを逆に読めば簡単さ。」

 青太はニヤリと笑い、テレサを睨み付ける。テレサも、笑いを浮かべながら睨み返してくる。

「まあ、奇襲は無くなったんだ。全力で殺し合おうじゃないか。」

 テレサはそう低く叫ぶように言ってきた。

「僕は、あなたと殺し合いなんて御免なんだけどね。」

 青太がそう吐き捨てるように言い返した。

 果たして決戦の火蓋が切られる。


 青太がテレサと春の間を防ぐように立っている。テレサは、それが揺らぐかどうか試してみる。大きく孤を書くように回り込みながら春へと駆け出す。

 が、すぐに青太は間に割って入る。そして銃で射撃を仕掛けてくる。テレサは弾丸を槍で弾く。いくらテレサが俊敏とは言っても、真っ直ぐ春を殺させてはくれない。まあ、本気で惚れてるならそうでしょうね、とテレサは得心する。

 そして、ならば次のやり方、とテレサは槍を青太に向ける。青太も気を引き締め直した表情をする。先に青太を殺さない程度に戦闘不能にして、それから春を殺す算段だ。

 青太は、自分に矛先が向いてるのを良しとして、ここぞとばかりに銃を連射し始めた。しかし悲しいかな、青太が持つ銃はセミオートの連射機能など付いておらず、一回一回引き金を引かねばならない。人間の反射神経でなせる範囲の連射なら、テレサの素早さで弾き飛ばすことが可能だ。

 連射される、ことごとく弾き返す。そしてとうとう、青太の銃が反応しなくなった。弾切れである。こうなるとテレサの方が有利である。テレサは真っ直ぐに青太に駆け寄る。青太も、銃を捨て、ベルトに挟んだドスを抜き、そしてテレサに向かって駆け出す。

 その仕草を、テレサはしっかり観察していた。そして勝てると確信した。と言うのも、青太はドスを逆手に持っていたのだ。

 この手の刃物は逆手に持つと、力が上手く入らず斬るのには不向きである。青太ほどの人間が、それをわからないはずが無い。

 ならば、青太の狙いは一つ、突きである。ドスを突き入れる形ならば、力は十二分に入る。おそらく、青太の決め手は近接しての突き入れ、それを狙っているに違いない。

 テレサは愉悦の笑みを浮かべる。槍使いのテレサにとっては、それが最も攻撃しやすい形だからだ。槍と言えば穂先での突きをイメージしがちだが、それ以上に怖いのは薙ぐ形の攻撃である。打ち鍛えた鋼鉄製のテレサの槍は、柄の部分でも充分なダメージを与えることができる。全力で薙ぎ払えば多少内側に入られても、行動不能になる程度には傷付けられるのだ。

 その考えを知ってか知らずか、青太も駆け寄ってくる。両者間合いを詰め合い、槍の間合いに入った。

 その瞬間、テレサは猛烈な薙ぎ払いを仕掛ける。近付けるなら近付いてみなさい、この槍が打ち砕いてやる! テレサの腕に力が入った。

 しかし、テレサは次の瞬間戸惑った。青太は、その瞬間バックステップを使ったのだ。瞬時に槍の間合いから離れたのだ。攻撃のために近付いたのではないのか? テレサは困惑する。たとえ一旦間合いを取ったとして、再突入までには体勢を整えることができる。どうやっても刺突できる間合いには入ることはできないのに。

 そして、次の瞬間愕然とした。青太は腕を振るった。ドスが届く距離ではないはずなのに。なのに、更に次の瞬間にはドスがテレサの喉に刺さっていた。テレサが愕然とする。

 青太は、ドスを投射したのだ。特殊能力が有る青太には、その道具の最適な使い方がわかる。まさにこの場合の短刀の最適な使い方、テレサの間合いの外からの射出を、青太はしてみせたのだ。

 そんな、馬鹿な。テレサはそう呟きたかったが、喉をやられ声が出せなかった。そのまま仰向けに倒れ、息絶えた。


 テレサが動かないことを確認すると、青太は近付き、喉からドスを引き抜いた。そして、春に向けて手を上げてみせる。

「やったよ! 勝った!」

 青太はにこやかな顔でそう叫ぶように言った。春が駆け寄り、青太に抱きついた。

「ありがとう、守ってくれて、生き残ってくれて本当にありがとう。」

 春は泣きながら青太にそう言う。

「青太、私も青太のことが好き。私を守ってくれる青太が好き。本当に愛してる。」

 春は、続けてそう言う。青太は喜びに震え、万感の笑顔を見せる。

「本当に、僕達愛し合えるんだ。」

 青太は本当に嬉しそうにそう言った。

「そうだよ、青太、ずっと一緒にいたい・・・」

 そう言っている途中で、不意に春の脇腹に激痛が走った。何が、と春が首を向けてみる。

 青太が、春の脇腹にドスを突き立てていた。

「・・・どうして?」

 春が、青い顔で青太に聞く。青太は満面の笑顔を見せる。

「どうして、って愛し合っているから当然じゃないか。愛し合うとは殺し合うこと。愛の表現として相手を殺しに行くのは当たり前のことじゃないかい?」

 青太は笑顔のまま不思議そうに、本当に不思議そうにそう、明らかに間違ったことを言う。言いながら、差し入れたドスで抉っていた。

「・・・狂ってる。」

 春が、理解ができない表情をしながら、絶望した口調で言う。それを最後に、春もその場に倒れ込んだ。青太は確実にとどめを刺すために春の頸動脈を掻き切った。血を吹き出し、春は完全に絶命した。

「わからないなあ、こんな当たり前のことなのに、みんな僕をおかしいって言うんだ。愛し合う同士が殺し合うのは当然のことなのに。わからないなあ。」

 青太はそう言って首を傾げる。笑顔はわずかに曇っていた。

 しばらく人を愛した感動にふけった後、青太はまたどこに行くでもなく歩き出した。


 ここは流刑地、通称マッドマンズユートピア。狂人たちには理想郷、普通の人間にとっては地獄以外の何物でもない。

 狂人でなければここでは生きていくことすらできない。戦いを勝ち抜いた彼もまた、狂人以外の何物でもないのだろう。

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