プロローグ
俺は坂口裕翔。どこにでもいる普通の会社員…ではなく社畜だ。今週も勝手に帰りやがる優秀な上司の仕事をえっちらおっちら片付けながら、胃の中にゼリーと濃い珈琲を流し込む簡単なお仕事を死にながら終わらせ、始発で出勤し終電ギリギリに退社。そんな生活を続けてはや5年。幸い休日出勤は今のところ無いものの、平日は食事をとることも出来ない日が殆んどだ。そんな俺の唯一の心安らぐ時間はゲームをしているときだ。戦闘ゲームやレース、その他もろもろをやりまくっているとむしゃくしゃした気持ちを解消することができるのだ。ゲームのお陰で俺が会社をやめなくても済んでいるとも言えなくもない。
そしてまた、今日も一年前に買ったゲームを開封してやっていくのだ。
…………そう思っていた時期もありました。
『俺……お前のこと、もっと知りたい』
死んだ目をしているおれのパソコンディスプレイには俺がよく使っている拳闘士とは似ても似つかない線のほっそいイケメン(頬染め)。と、選択肢がみっつ。
▶《マジで!?》
《ダメです、こんなところをサルビア様に見られたら…》
《私もユキア様のこと、もっと知りたいです》
そう、俺は今、三歳下の妹である那緒が持ってきた乙女ゲーム、【夜明けのフリージア】をやらされているのだ。
ことの始まりは、今から2週間ほど前。独り暮らしの俺のところに突然やって来た那緒が何でもないように言い放った言葉からだった。
「あ、お兄ちゃん」
「ん?」
「お母さんが今度、お兄ちゃんのパソコン借りるねって言ってたよ」
「…は?」
「お兄ちゃんが会社にいってる間にパソコンでやりたいことがあるんだって」
「はぁぁぁああ!?なんで!?え!?は!?どうゆうことだよ!!」
「お兄ちゃん五月蝿い」
「母さんパソコン持ってんじゃん!なんで態々お兄ちゃんの借りにくるんだよ!」
「壊れたから修理に出してるらしいよ?あんまり詳しくは知らないけど」
「じゃあ那緒が貸してやれよ!お前も持ってんじゃん!」
「やだよ。やりたいことあるし」
「お兄ちゃんだってやだわ!お前お兄ちゃんのパソコンん中みられたらやばいって知ってるだろ!?」
「あたしに言われても知らないよ」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
俺は那緒に怒鳴りながら頭を抱えた。パソコンだぞ!?此処が公共の場のパソコンならいざ知らず、寂しい独り身の男のプライベートなパソコンのフォルダを漁られてみろ…恐ろしいことになってしまう(主に母さんへの弁明が)。母さんのことだから、フォルダを何処かに隠したところで簡単に見つけて開いていくだろうし、そうなったら俺はもう実家に帰ることも出来なくなってしまう!!
どう考えても切羽詰まりまくった状態で、ウンウン唸っている俺に、我が妹は随分と綺麗で何処か恐ろしい笑顔をこちらに向けてきた。
「…ねえ、お兄ちゃん。そんなにお母さんに貸すの嫌なの?」
「当たり前だろ!?下手したらお兄ちゃんはもう家に帰れなくなるんだぞ!?」
「んな大袈裟な。じゃあさ、あたしが代わりに貸すからちょっとお願い聞いてくれる?」
「…は?お前さっき、〝やりたいことある〟って言ってなかったか?」
「言ったよ?」
「…その〝やりたいこと〟はどうすんだよ。母さんに貸したら、修理終わるまで返してくれないぞ?」
「だから、それはお兄ちゃんがやってくれれば良いじゃん」
「はい……?」
どうやら那緒は、とある乙女ゲームを衝動買いしたらしいのだが、クリアするときに付いてくるグラフィックカードとボイスにしか目がいっておらず、どんなジャンルのゲームかさえも一切分からないで買ってしまったようだ。そして、いざやってみれば、あんまり面白くなかったらしい。
「妙にタイミングよくてムカつくし、キャラが動かせないのがイライラする」とのお言葉だったが、乙女ゲーとはそうゆうものだし戦闘ゲームやマ○オカートじゃないんだから動くわけがない。
そんなに言うなら売れば良いじゃないか、そう言ってみたら、那緒曰く全クリせずに売りに出すのはなんか負けたようで悔しいらしい。そんな事もわからないの?っていう怒りを孕む蔑んだ目を向けられたし、お兄ちゃんわかんないよ。
「はぁ…わかった。じゃあそれで手を打とう」
「よっしゃ!!あ、お兄ちゃん。そのゲーム、ワンクリア結構速く終われるらしいから、全クリしといてね」
「は!?」
「いやぁ、なんか調べてみたらクリアの仕方で色々となにかが変わってくるんだって」
「いやいやいや、せめて一個だけでも自分でクリアしろよ!お前のゲームだろこれ!?」
「だって暫くパソコン使えないし。でも売るなら早い方がいいじゃん?」
「そんな条件呑めるか!俺だってやりたいことあるんだぞ!」
「……じゃあ、お母さんにはお兄ちゃんが貸すってなるけど…良いの?」
「ぐっ…」
「別に~あたしはどっちが貸しても良いんだけどなぁ~」
「………」
「どうする?お兄ちゃん?」
小さいときからずっと一緒にいた可愛い俺の妹。その背後に、黒い笑みが見えたのはきっと気のせいだ。…と思いたい。
〝じゃ、あたし今から彼氏とデートだから〟
と独り身の兄を残し、手を振りながら出ていった薄情な妹から受け取ったゲームが【夜明けのフリージア】なのである。
流石の俺も、攻略サイトを確認しながらしないと精神が持たない。何が楽しくて男が男を落とさにゃならんのだ!しかも全員美形。あと、たまに出てくるバグみたいな選択肢なんなんだよ!《マジで!?》だの《うそん…》だの…制作陣ちょっと出てこい!
とキレてみても、言うとおりにしないとあの妹は言うことをきいてくれないので大人しくゲームを進める。
…ん?妹に弱すぎだって?女兄弟がいるやつは分かると思うぞ、この気持ち。あいつらに逆らったらマジで恐ろしいことになるからな。マジで。
「はぁ…………俺の休日達がぁぁぁ……」
時刻は23時を回り、白く輝く月も空高く昇っている。明日もまた会社があるし、洗濯もして、風呂にも入って食事もしないといけない。やることが多過ぎて机につっ伏せた俺は、ここ暫くの疲れがたまってたのか、意識がブラックアウトしていくのがわかった。
『さあ、行こう。僕らのお姫様』
全クリしたやつしか聞けない、攻略者全員のお姫様呼び。これで事故を、冤罪(?)を回避できる!!
安心しながら俺の意識は下に下に落ちていった。
皆様はじめまして。処女作でありながら見切り発車が目立ちすぎではありますが、どうか生暖かい目で見守っていただければと思います。
細心の注意を払ってはいますが誤字や脱字を見つけられましたら、教えて下さい。
ありがとうございました(。 •ω•)。´_ _))