恐怖症
音が聞こえたのか、匂いがしたのか……文句をずっと言っていた金髪の女がこちらを見て「うわっ。汚い。」と叫んだ。
その声に反応したのか、外から女の人が飛び込んで来た。
「どうしたんだい?」
女の人が、固まっている私と真っ赤な髪の男、静かに佇む大柄な男、なにか喚いている金髪の女を順に見た。
「あぁ、依頼達成したんだね。ジル、あんたはその子を部屋に連れていってあげなよ。すぐにでも依頼主の所に連れてくんだろ?ユーリ、あんたは固まってないで、その子をゆっくり降ろしてあげな。ああ。赤ちゃんいるのに転移したのはきつかったのかね?」
女の人が近づいてくる。
ジルと呼ばれた大柄な男は、黙らない金髪の彼女を無言で部屋の外に連れていった。
「お願い……ごめんなさい……お願い……離して……ごめんなさい……」
私はまた込み上げてくるものを出さないように努力しながら、ブツブツと呟くしかできないでいた。
近づいてきていた女の人が汚れているのにそっと私を固まっているユーリと呼ばれた真っ赤な髪の男から引き取って下に降ろしてくれた。
「これは……拒否反応だね。」
女の人が私の腕を持ち上げ、汚れている顎を持ち上げて首も覗き込む。
「あんた、名前は?」
女の人に優しく聞かれて、震える声で答えを返した。
「真夏美。」
「マナミね。お腹に赤ちゃんがいるのは知ってるよね?」
そう聞かれたからコクンッと頷く。
「旦那は?」
私は首を横に降る。
「なんなんだよ。」
“男”の声に反応した体がガタガタ震えだすのを両腕で抱きしめて止めようとした。
ここまで連れてきてくれて、口は悪いのにその声音は優しくて、不機嫌そうな声でもその中に心配そうな声音を隠してて。
そんな人に吐いてしまった事を今すぐにでも謝らなければいけない。
そう思うのに体がいうことを聞いてくれない。
「あんたと一緒ってこと。」
「あっ?」
「マナミは男がダメなんじゃないかと思ってね。ほらっ、拒否反応の蕁麻疹が出てる。」
そう言われて私も自分の腕に目線を投げるとまだらに真っ赤になった腕があった。
自業自得のあの事が原因で私は男の人が苦手になった。
最後のあの日。このお腹の子の……
そこまで考えたけど、封印した記憶にまた蓋をする。
「あのっ。本当にごめんなさい。」
女の人が優しく背中を撫でてくれたから、震えがおさまってきた。
私はそのまま床に額を擦り付けて、真っ赤な髪の男に謝罪をする。
「ほらほら。そんな体制になったらお腹に負担が来るよ?体、起こしな。ユーリ、この子謝っているけど?あんた、怒ってんの?」
「別に。こんなん対したことじゃねーよ。お前も頭上げろよ。」
「でも………」
「汚ったねぇけどな。洗えば落ちる。お前も立って体洗いに行けば?」
ユーリが私を立たせようと手を伸ばしたが、寸前で触るのは止めて、そのまま部屋から出ていった。
「ほら、マナミも立ちな。」
女の人がまた優しい手つきで私を立たせてくれた。そのまま、着ている服の手の裾で私の汚れた口元を拭ってくれた。
「あっ……ごめ、ごめんなさいっ!!」
「謝られるより違う言葉がいいな。」
「えっと……ありがとう、ございます。あのっ?」
「あたしの名前はリンだよ。」
「リンさん……洋服……」
ついでに顔周りや飛び散ってしまった首もリンが自身の洋服で拭いてくれた。申し訳ない……
「こんなの、洗えば落ちるさ。気にしない、気にしない。」
幸い?床へは付着していなかった。
「何で男が駄目なのかは聞かないよ。あたしも昔は性奴隷とかやってたせいでさ、一時期、全く男を受け付けない時期があったよ。だけどさ、何かツラいことあっても、時間が経てば乗り越えられるもんだよ。」
リンさんがサラッと言った告白。
リンさんはとても綺麗な人だった。スラッと高身長でスタイルが良くて、紫色のウェーブがかった腰まである髪。少しだけきつめの顔をしているけど、緑色の優しい瞳が印象を和らげている。
性奴隷。日本では聞かない言葉で、サラッと言えるほど軽くはないことだったと思う。
私を安心させるためだけに軽いかんじで教えてくれたんだと思う。
だから私は、正直に言わないとって思った。
リンさんが勘違いしていることを正さなきゃって。
旦那もいなくて男に震えていて、お腹に赤ちゃんがいる女の子を見て、勘違いしてること。
言わなくちゃ。
これは自業自得何だって。
ポコちゃんのママになりたいって。強くなるって決めたでしょ。
自分で恥ずべきことをしたんだって。男の人を苦手になる資格もないくせに。
なのに………
「マナミ?身寄りがあるならそこまで送って行ってあげる。ないなら、私たちの村で赤ちゃん産みなよ。仲間にネイっていう、魔法得意な子がいるから、そんな首輪、すぐに外してもらえるからね?ほらっ、まずはお風呂だねっ。ほら、泣かないで、こっち着いてきなっ。」
て、優しく包み込むように言ってくれるから。
蔑みなんて一つもないにこにこしたリンさんの表情を歪めることが出来なくて………
私は泣きながらリンさんに着いていくしかできなかった。




