宣誓
ガタッガタガタガタ
!!!!
な、何っ!!?腕が……足が……
真夏実は馬車の中にいた。周りは木箱に囲まれている。人ひとり入れる空間に座った状態で寝かされていた。一応、お尻の下には毛布が二重に敷かれていたがいつから洗ってないのか、かなり汚れた毛布だった。
右腕はロープで馬車に繋がれ、左腕は多少の稼働範囲はあるが両足を縛っているロープに繋がっていた。足は両方の足首の所で縛られている。
何、何?なんで?
私、生きてるの?
ここは?
………動いてる?乗り物に乗ってる??
なんで……なんで縛られてるの?
ガタガタッ
真夏実がパニックを起こしている中、馬車はどんどん進んでいく。馬車に一度も乗ったことがない真夏実はそこが馬車の中だというのも最初はわからなかった。
しかし、真夏実はまだ楽観視していた。なぜか助かっている自分。川に飛び込んだはずが制服は濡れていない。縛られてはいるが、体に痛いところはなく、毛布に寝かされていた。
誰か助けてくれた人がまた自殺しないように縛ってるのでは?そう思った。
「あの、すみません。誰かいますか?」
何回か真夏実が声を出すと、男の声がした。
大きなダミ声。大きな声のハズなのに、何を言ってるかわからない。すると、前の方からダミ声の男の声とは違う男の怒鳴り声がした。また何を言っているのかわからない。
真夏実が乗ってる乗り物が止まった。そして、近づいてくる生き物の気配。先ほど怒鳴り声を出した男が何か言いながら、真夏実が座っている壁のすぐ外で生き物から降りた気配がした。
ガチャガチャという音が後ろの方で聞こえ、ドアが開いた。真夏実が不自由な体をひねって後ろを見ると、鬼がいた。
違う。鬼のような男だ。
その男が真夏実に何かを怒鳴るように言った。
……理解出来ない。また何かを怒鳴って下品な声で笑いながらドアをバンッと閉めた。またガチャガチャという音がして、男が生き物に乗る気配がして、また何かを誰かに向け怒鳴って言い、真夏実が乗っている乗り物は動きだした。
真夏実は、更にパニックになったが、今度は声を出さなかった。
鬼のような男は日本人ではなかった。髪が真っ赤で髭がぼさぼさに伸びていた。体はとても大きく真夏実が見たことないような格好をしていた。多分あれは鎧というやつだと思う。そして、よく見えなかったが背中に大きな、多分、剣のような物を背負っていた。
(どこ、ここ。言葉も違った。何で?)
もう、声も出ず、恐怖に固まっていると
ポコッ
お腹の中でそれが動いた。
忘れてた。それのことを。
ポコポコッ
橋から飛び降りるまでは嫌な気持ちにしかならなかったお腹の中での動き。
それが今、恐怖を感じてる中で感じるとホッとしてしまった。
いるよ。自分がいるよ。
そう言って動いてくれたように思った。
訳が分からない状態だが1人ではなかった。
お腹を左手で撫でる。またポコッと動いた。
(いるんだね。ここに。)
そして私は……聞いてしまった。
(ねえ…………………………………………………生きたいの?)
ポコッ
返事が来た。
お腹の中にいるのは未知の生物じゃないのかも。私の敵でもなく排除しなくてもいい存在なのかも。
もう『それ』とは呼べない。
昨日まで否定して一緒の死を選んだのに、訳がわからない非現実な状況で『この子』を受け入れようとしている自分が嫌になる。
でも『この子』は一生懸命、自分はここにいるよ、生きたいんだよってずっと主張していた。
なでなで。お腹を撫でる。
ポコッ
その返事に安心する私がいる。
さっきまで恐怖しかなかった。
それなのに、今はこの子のおかげで少し心に余裕が出来た。
(ポコポコするから……ポコちゃん?かな
あなたは生きたいんだね。
私………っ!!?
なんてことしちゃったんだろっ。あなたはこんなに生きたいって言ってる、言ってたのに。
私は………橋から飛んだ。なんで生きてるのか分からないけど、確かに飛んだ。
この子を………生きたいって言ってるこの子を道連れにしようとしたんだ………最低だ、私。
ごめん……ごめんね……ごめんなさい………)
ポコッ
(っ!!ポコちゃん!
あぁっ……お返事くれたの?
ごめんねっ……ごめんね……)
ポコッポコッ
真夏美の思いに本当に返事をくれている様なタイミングでお腹が動く。
そのポコッポコッと動く命に今まで感じなかった愛しい気持ちが溢れだしてきた。
(ポコちゃん………
私………やっぱり最低で勝手な奴だ。
だって、あなたが、ポコちゃんがここにいてくれて嬉しいんだもん。そうだ、嬉しい………
私は………許されないことをした………アレもそうだし、自殺しちゃったし、この子を道連れにしようとさした。
ううん。道連れって言葉は誤魔化しだ。
私は……私は……自分の“こども”を殺したんだ。今、ここに生きていてくれてるけど、1度殺したのは変わらない事実………
ほんと……最低だ………
現実から逃げて見ないふりして………
知ってたのに無視し続けてて、最後は殺した。
ごめんなさい……ごめんなさい……
高校なんて辞めれば良かったんだ。ママにバレても、この子を産みたいって言えれば良かった。
私………なんてことを………)
ポコポコポコッ
何かを訴えるように、今までで1番ポコちゃんが動いた。少しそれが痛くて、ポコちゃんを宥めるようにお腹をさする。
お腹をさすっていると激しい動きもおさまって時折、ポコッと動くだけになった。
宥めるためにお腹をさすったのに、宥められたのは真夏美だった。
(私、こんなんじゃ駄目だ。駄目なんだ。)
「一生、許されない事をしてしまった……」
自分に聞かせるように声に出す。
(そう。許されない罰。
だけど………私は助かった。
ううん……神様がいるのなら、助けたのは私じゃない。この子だ。
許されなくても、私がすることは………
『一生かけてこの子に償いをする』
それしか………ない、よね………)
(ねぇ、ポコちゃん……
私をあなたの『ママ』にしてくれる?もう何があってもあなたを手放さない。そう、誓うから………あなたを愛して、あなたのママになりたい………ほんとに勝手すぎるママでごめんね?
でも、強くなるから。
あなたを守れるように………)
ポコポコッ
またいいタイミングでポコちゃんが動いた。
それが、“いいよ”って言ってくれたみたいで。
絶対に、もう逃げない。
私はこの子の『ママ』になる。
真夏美はそう自分に誓った。




