橋
私は、コンビニで買ったレターセットの便箋に遺書を書き、家の住所を書いた封筒に入れ、糊付けをした。もうすでに切手は貼ってある。後はポストに投函するだけだ。
駅前のファーストフード店で遺書は書いた。
遺書の冒頭は真っ赤な嘘だ。
私には書けなかった。
身を売って、妊娠して、もう胎動を感じるまで赤ちゃんが育ってるのが原因で自殺する
とは。
だから、曖昧ににごして書いた。
お母さんに軽蔑されたくなくて。
(お金、どうしよう。)
学校カバンの中に入っているクッキー缶の中には100万円以上入ってる。
この1年で売った私の体の対価。1回5万円。
高いような気もするが、女子高生で真面目そうな黒髪。顔もまあまあ整ってるらしい私は、5万は最低金額らしい。私にお相手さんを紹介してくれていた、街で知り合った女の子が教えてくれた。その子に紹介料1万を払っていたから手元に入ったのは4万円だったけど。ほとんど使ってないから、回数が簡単に計算できてしまう………
部屋の掃除は基本私がしていたが、たまに母が勝手にやっていた。
私は、クローゼットの中にお金を入れて、どきどきしていた。もしかしたら、クッキー缶の中を見るかも。見つかったら、こんな大金、言い逃れは出来ない……などと考えながら………見つけて欲しかったのだろうか?
寄付?どこに?コンビニ?銀行?
今はどこにでも防犯カメラがある。もし、もしも大金を寄付したのが私ってバレたら?なんでそんなに持っていたのか調べられるかも。
遺書に悪い人に騙されたって書いちゃったから、防犯カメラに映る大金を寄付する私を警察が見たら犯罪に巻き込まれたかもってなって調べられるかも。そしたら。もしかしたら、私がやってた事が全部お母さんにバレるかも。
ダメだ。寄付は出来ない。
逝こう
フラッと立ち上がって店を出る。
手紙はカバンにしまった。
行き先は、ネットで調べた自殺の名所の橋だ。
その場所は電車とバスを使えば、2時間ちょっとで着く。
幸い?私には移動手段がある。去年の誕生日にオトウサンに買ってもらった原付バイク。半分冗談だったのに、誕生日プレゼントに欲しい物を聞かれバイクが欲しいと言ったら、16万もするバイクをポンッと買ってくれた。
そのあと、自分で分割で払うって言ったけどプレゼントだからと言われ貰ってしまった。
駅前の駐輪場にとめていた原付バイクのメットインに通学カバンを押し込んで原付を駐輪場から出した。
道は携帯だより。原付では3時間かかるらしい。
もう5時を過ぎているから着くのは8時を超えると思う。夜の山なんて入ったことはない。不安な気持ちで一杯になる。
でも、どうしても今日。今日イカナキャ。
明日になれば考えが変わったり怖くなってしまうかもしれないし。
無心で原付を運転した。
その橋があるという山の麓までは1回道を間違えたので、3時間半もかかってしまった。
もう10月も中旬。学校の制服に厚手のカーディガンだけでは、とても寒かった。
ふぅ。
と息を吐く。
ヘルメットをハンドルに引っかけてカバンはメットインの中にそのままにしておく。
お金は……なんだかめんどうになってきた。このままにしておきたい。ふゆと秋介に使って欲しい。でも、明らかに怪しすぎるだろう。こんな大金。
少し考えて、16万を遺書を書いた残りの封筒に入れて、「恵介さんへ」と書く。そして、10万を別の封筒に入れて、「ふゆと秋介に使って下さい」と書いて、遺書(結局ポストに投函はできなかった。遺書が郵便で届く………想像すると、お母さんに、とても申し訳なくなってポストに入れることができなかった)と一緒にカバンの上に置いた。これくらいなら、去年から近くのスーパーで1年近くアルバイトをしていたので、怪しくは思われないだろう。通帳は捨ててキャッシュカードに暗証番号のメモを貼って机の引き出しの中に置いてきた。本人じゃなくても通帳を再発行できるかは知らない。(あっ、未成年だから親ができるのかな?)詳しく調べられたらお金の動きが少ないのに、こんな大金と怪しまれるかも………
頭が痛くなってきた。
やっぱり……と16万が入った封筒を無造作にポケットに突っ込む。クッキー缶を手に持つのは嫌だったので、いつもカバンに入れているゴミ用のコンビニ袋に入れた。
暗い山道を少しずつ携帯のライトを頼りに登って行く。1時間ほど、真っ暗な山を登って橋はあった。暗い中の山登りよりも山の寒さの方が身にしみた。
橋は、もし私が正常だったら物凄く怖かっただろうと思う。でも、私は頭にモヤがかかっているような感覚だった。昼間のあの瞬間から心にフィルターをかけたのだ。
深く考えたら、ダメ。
私は逝く。それしかない。
逆に暗すぎて周りがよく見えないから躊躇しなくていいかもって思った。
何回も着信が入ってる携帯を見つめる。
最近はあまり電話してこなかったのに、今日は母からの着信が多い。全部無視してる。
知らない駅からの帰りの電車の中で携帯内のアプリやメール履歴、ネット履歴は全て消してある。アドレスもお母さん以外は消した。
スカートのポケットに携帯を入れる。
そこら辺に転がっていた大きめな石を握りしめて橋の真ん中に行く。真っ暗で何も見えないかと思っていたのに木が遮らない橋の上は意外と月明かりで周りがよく見える。橋も木で作られてるわけではなく、鉄筋でしっかりしている。
幅は2メートル、長さは20メートルぐらい。
石を投げ入れる。しばらくしてドプンと音がした。下の方はよく見えないけど高さはあるようだ。
橋の欄干になんとかよじ登り、立った。
この橋を選んだ理由。
それは、ここが自殺の名所であることはもちろんだが、それ以外にもう1つ理由があった。
この橋から身を投げるとなぜか死体が見つからないことが多いらしい。
全部が全部ではないが、結構な確率で見つからないらしい。ネットの噂だからどこまで本当かは分からないけど。
でも、今の私の体の状態を考えると見つからないで欲しかった。自殺した本当の理由を母に知られたくなかった。
クッキー缶をコンビニ袋から取り出して袋をポケットに入れる。
ここ数ヶ月、あの日から触ったことはなかった。
クッキー缶を開けて、中身を橋の下にばらまいた。ポケットの封筒を取り出して、こちらも同じように中身をばらまく。
月明かりで紙が舞い、綺麗な光景が見えた……
汚いお金が作り出す綺麗な光景………
お金に罪はない。
罪があるのは私。
反省しても後悔しても取り戻せないものがある。
水の力には浄化作用があるって聞いたことがある。紙は溶けて浄化出来るはず………
私も水に溶けて浄化できるだろうか?
お腹をなでなでする。
(赤ちゃん、いるの?産んであげられなくてごめんね。でも、私もイくから。一人じゃないから。)
産むという選択肢はなかった。
お母さんに知られたくなかったし、交際相手でもない人の子どもを産んで育てるのも無理だし、どうにか最後まで隠してどっかのトイレで産んでそのまま遺棄なんてできるわけがないし。
だから、自殺ってバカげているだろうか?
でも………
橋の欄干に立ったまま、すこし飛び込むことに躊躇しているとさ~っと風が吹いた。
私の背中を後押しするように。
その風に誘われるまま私は空を飛んだ。




