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そのひとなるは勇者のママなり  作者: リーシャ
2/10

遺書



前々から、それ(・・)が1番かもって思っていた。



お母さんは悲しんでくれるかもしれないけど、最近、全く会話もないし、お母さんにはもう、新しい家族がいるし、あの家に私の居場所はないし。私がいなくなってもすぐに私のことなんか忘れると思う。



反対の電車に乗り、いつもの駅で降りる。

家には誰もいなかった。学校が終わってホームについたのが昼過ぎだったのに、もう3時を越えていた。いつも順調に帰れば45分で着くのに、家に帰り着くまでに3倍以上もの時間がかかってしまった。


2階のリビングに入ると、母の手作りのドーナツが置いてあった。


それに、泣きそうになる。


昔はたまにの特別なごちそうおやつだったドーナツ。いつもは買ってきたお菓子なのに、たまに、母が突然「今日は手作りおやつにしまーす!」と言い始め一緒に作った。


あまり料理が上手ではなかった母の代わりに私が大半の作業をしていたが、母と一緒に作り一緒に食べる手作りおやつは1番のごちそうだったのだ。



それも、再婚して変わった。

専業主婦になって、このままではいけないと思ったのか母は料理教室に毎日のように通い、料理の腕をめきめきとあげていった。下の子達がお菓子を食べれるようになると、当たり前に手作りのおやつも作るようになった。


今の母の料理はもう、昔の母の味ではない。プロ並に美味しい。


でも……私は時たま無性にあのかなりこげた卵焼きとか味が全くしないホットケーキが食べたくなる。



真夏ちゃんへ

試験どうでしたか?

ドーナツ作ったから食べてね

ふゆちゃんのお迎え行って買い物

してきます

ママ



ドーナツのお皿の横に可愛いウサギ柄のメモ用紙が置いてあった。グーッ。お腹がなる。お昼を食べてなかった。


ポコッ


催促がきた……


でも、手は出さない。


私は、キッチンの棚にあるゴミ袋を取りに来たのだ。地域指定のゴミ袋をゴソッと持って自分の部屋に向かう。


私の部屋にはあまり物がない。結構、女の子ちっくな部屋だが、ほとんど母が買ってきたものだ。


ゴミ袋を手に取り、まず教科書を入れていく。

分別しようかとも思ったが、そこまでは気持ちが乗らなかった。学校関係のものをほとんど入れて、机の中も空にする。


次の袋に下着とかクローゼットに入っていた細々としたものを入れていく。


洋服はそのままに……母はすぐに違和感に気づくだろうか?母が帰ってくる前に家を出たい。そう思い適当に手当たり次第そこらへんの物をゴミ袋に投げ入れた。


ゴミ袋2袋分が私の17年間。


大袈裟に言い過ぎたな。せいぜいこの家に来てからの5年分かな?

それまでの荷物は引っ越してくる時にたくさん捨てたし、それ以外の持ってきた荷物は母がこの家のどこかにしまっている。


部屋を見渡し捨て忘れがないか確認した。


最後に背伸びして、クローゼットの中の棚の一番上にある、中学校の修学旅行で行ったテーマパーク内で買った四角のクッキー缶を取る。

降るとガサゴソと音がした。


中身は見ずに、学校カバンの中に突っ込む。


制服を着替えはしなかった。

着替え途中でお腹を見たくなかったのだ。

昨日までは見れた。出てきたお腹を。

でも、今日はもう見れない。確信したから。


ゴミ袋を持って家を出て、家の横に備え付けられている大きなダストボックスの蓋を開けゴミ袋を入れる。


遠くから妹のふゆの声がしてドキッとした。


「ねえ、ママぁ。もうお姉ちゃん帰って来てるかな?今日はお姉ちゃん、ベンキョーで忙しくないかな?ふゆと遊んでくれるかな?」


母が何か答えてる。

いるかな?どうかな?遊んでくれるといいねみたいなこと。

私はダストボックスの影に隠れてしゃがむ。


キキィ~ッ。

家の前に自転車が止まった。


「今日のおやつはドーナツだからね。

お姉ちゃん、ドーナツ大好きなんだよ!」


母が妹に話している。


お母さん…

ダストボックスの影から立ちそうになった。


ポコッ


まただ……


動けなくなった。


母と妹の気配がなくなるまでじっとしゃがんだまま動けなかった。弟の秋介の声はしなかったがいつものように抱っこひもの中で寝てるんだと思う。もう2歳を過ぎてそれなりに重くなったのに抱っこひもで抱っこされるのが大好きで困る。40前の体には辛すぎる。と、この前母がぼやいていたのを何となく思い出した。



無言で立ち上がり、駅方面に歩き出す。

一瞬、振り返って、5年住んでた家を見る。

私にはなじめなかった家。もう帰らないであろう家。


「バイバイ」


そう呟いて私は歩き出した。





お母さんへ


お母さん。ごめんなさい。

私は悪い人に騙されました。

そして、嫌な事をされました。

もう、お母さんに合わせる顔がありません。


私はお母さんの子供で幸せでした。

お母さんの前からいなくなることを許してく

ださい。


これからはふゆと秋介をもっと大事にして下

さい。


お母さんの事大好きです。

私が帰って来なくても悲しまないで下さい。

お母さんの笑ってる顔が大好きだから。


お母さん、ごめんね。私、最近あんまり(はなし)

てなかったよね。

本当にごめんなさい。


お母さん、ごめんなさい。


本当に本当にごめんなさい。


ごめんね、先にいきます。


さようなら


真夏実より






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