発熱
私は我慢出来ないぐらいの尿意を感じて目が覚めた。
最近は尿意が酷いせいで夜中に何回か起きることもあった。
「目が覚めたのかい?」
すぐ側から声をかけられ、そちらを見るとリンさんが座っていた。
「リンさん……」
「ん?水飲むかい?」
「あっ……。ト、トイレに。」
私がそう言うと、リンさんが立ち上がって私の背中を起こそうとしてくれた。
「じ、自分で……。」
そう言いながら起きようとしたけれど、体に力が入らず、結局はリンさんが私を支えてくれた。
「そんな体で無理しすぎたんだね。まだ熱が高いから体がフラつくだろう?ほらっ、倒れないように支えてあげるから。遠慮なんかしなくていいんだよ?」
あの後、リンさんに浴室に案内してもらって、体の汚れを落とした。
リンさんが私の故郷のことや家族のことを聞いてきたので、異世界から来たことや、気づいたら捕まっていたことを話した。
話しているうちに、私の事を、成人前(この世界の人間は15歳で成人とされているらしい)の小さな子だと思っていることが分かったので、そこは訂正させてもらった。
身寄りがあるかどうかの話をしていたけれど、私が異世界から来たことを話すととても驚かれた。信じられないのかと思ったけれど、そうではなく異世界から来る人はたまにいるが、そのほとんどは死体で発見されるらしく、妊娠している女性が母子共に無事に発見されたという話は聞いたことがないそうだ。
リンさんの表情が少し険しくなって何かを考え始めたので、何か私はおかしいんだろうか、それともすごく迷惑なことがあるんだろうかと不安になった。
私の表情に気づいたリンさんは、朗らかに笑って、「大丈夫だから、そんな顔しなさんな。」と言ってテーブルに向かい合わせに座っていた私のところに回り込んで抱きしめてくれた。柔らかなぬくもりと声に包まれて、「私たちはマーカスって名前の異世界人に助けられた事があるんだ。何があってもマナミを放り出すことはないし、安心して赤ちゃんを産める環境に連れていって守ってあげる。そんな心配そうな顔しないでいいから。大丈夫だよ。」と優しく背中を撫でてくれた。その優しさに力が抜けた。
“何”があるからリンさんが険しい顔をしたのかはわからない。
でも、リンさんの笑顔とぬくもりに私は大丈夫なんだと安心した。
安心したからか、大人しくしていたポコちゃんがポコポコ動き出した。
「あらっ?赤ちゃん、元気だねっ。」
「そういえば、なんでリンさんは私のお腹の中に赤ちゃんがいるってすぐにわかったんですか?」
「あたしにはね、人のオーラが見えるんだ。」
「オーラ、ですか?」
「そうだよ。オーラってのは体からにじみ出るエネルギーなんだけど生物はみんな発してるもんさ。色は様々で個体の気質でみんな違う色をしている。マナミのオーラは淡い黄色なんだけど、お腹の赤ん坊は赤いオーラなんだ。2人分のオーラが見えたからすぐにわかったよ。感情や体調でオーラの濃度は変化するからね。今、赤ちゃんが機嫌よく元気に動いてるのも分かるよ。でも………」
リンさんが私のおでこを触る。
「赤ちゃんは元気だけれど、ママの方は……熱が出てきたね。疲れが出たんだろうね。夜中なのに長々と悪かったねぇ。寝室に案内するからゆっくり休みな。話の続きは体調良くなってからでもいいんだからさ。」
リンさんが寝室に連れていってくれて、ベッドに寝かせてくれた。
布団を上からかけて、頭を撫でてくれる。
「リンさん、私、もう17歳でこっちの世界では成人してる年なんですよ?」
さっきから子供扱いされてるようだ。くすぐったいような嬉しいような気持ちになったけれど わざと拗ねたような声を出してしまった。リンさんとは会ったばかりなのに、リンさんは何でも受け入れてくれるような雰囲気で、気安い態度で接してしまう。
「何言ってんだい。私迷子です……みたいな顔でずっといるのに。マナミと私は10も年が離れてんだよ?子供みたいなもんだよ。」
ポンポン、ポンポンっとホントに子供を寝かしつけるように胸元を叩かれた。
(お母さん………)
考えないように無意識下に押し込めている思いが浮上しきる前に私の意識は闇の中に沈んだ。
「あの、どのくらい寝てました?」
トイレに行ったあと、またベッドの中に押し込まれて、何か食べられそうか聞かれた。
その返事は盛大なお腹の鳴る音が答えてくれた。お腹の中身をそっくりそのまま出して寝てしまったので、熱は出ていても今なら何でも食べられそうなぐらいお腹が空いていた。
リンさんはすぐにパン粥とクタクタに煮込んだ野菜スープを持ってきてくれた。それを全て(ベッドから出ようとしたらリンさんにベッドの上で食べていいからとベッドから出してもらえなかったのでベッド上で)食べて、お腹がいっぱいになった後ようやくその質問をした。
「7~8時間だね。熱も高かったけど、やっぱり疲れも酷かったんだね。1回も起きなかったよ。」
最近は2~3時間に1回は尿意で起きるのに、そんなに寝てたなんて。1回も起きなかった?
「も、もしかして、リンさん、ずっと側にいてくれたんですか?」
「ん?そんなことないよ。あたしもそこらで寝たし、雑用もしてたし、ちょいちょい様子見てたぐらいさ。」
そこらって、あのたたんだ毛布が置いてあるソファーでしょうか?雑用って、もしかして、私が食べた煮込んだスープを作ってくれたこと?
あっ………
「このベッド、リンさんのベッドじゃないですか!?あっ、ごめんなさいっ、占領しちゃって………」
慌てて起き上がろうとした私をリンさんが押し留める。
「病人が変な気まわすんじゃないよ。ここには客間が一部屋しかなくて、そっちは使ってたかからねぇ。私のベッドで悪いと思ったけど、男が寝ていたベッド使うよりはマシだろ?」
全然、悪くない!冗談めかして言ってくれるリンさんの優しさが益々心に染み込んでくる。
「ほらっ、まだ熱あるんだから寝ときな。」
また優しく頭を撫でられて涙がにじんでくる。
バタンッ
「おい、帰ってきたぞ。」
いきなりドアが開いて、真っ赤な髪の男、ユーリがズカズカと部屋に入ってきた。
条件反射の様に体がビクッと震えてしまう。
「ああ、リン、なに苛めてんだよ?」
私が泣いていたのを見て、ユーリが不機嫌そうに言った。私の体が震えたのには気づいたみたいだが、気にしていないようだ。
「はぁ?苛めるわけないだろ。ちょっと、ユーリ、あんた、レディの部屋にノックもなしに入ってくるとは何様だい?あんたにはデリカシーってもんがないのかい?」
ユーリがフンッと鼻をならし、
「そんなもん、俺にあるわけないだろ。これ、買ってきたからそいつに飲ませたら?そいつが早く良くならないといつまでも移動できないだろ?」
と、偉そうに言いながら、ベッドの隅に紙袋を置いて部屋を出て行った。
「俺、仮眠するから少ししたら起こして。」
と言い残して………