表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

シルバーレイン到着

 隣町のタウルスで冒険者家業を始めれば弓の腕前で注目を浴びるかもしれない。

 そうなればいつか『モンスター大進行』の件に気が付く人が出てくる恐れがある。


 僕は隣の隣にあるシルバーレインの都市に移住を決意した。

 一人の身軽な旅だ。いや、一人と一体の身軽な旅だ。

 服は狩りの際にインナーに着る数着を残し売却。新品を買う習慣のない小さな村では、みんな誰かの古着だった。



「今日は宿屋に泊まって、拠点探しかな」

「ばう!」


 門番にオススメの宿屋を聞くとメイン道路を真っ直ぐ進んで右手にある『銀の水飲み場』という宿屋を紹介された。

 銀の水って飲んで大丈夫なのか疑いたくなるが、都市の名前がシルバーレインという事で『銀』や『雨』を店名に入れるのが多いそうだ。ちなみに『銀の雨』は登録不可らしい。


「こんにちわ。一名とウルフ一体なんですが、泊まれますか?」


 モンスターカードはカード化できるため宿泊無料なのは変わらないが、事前に宿泊名簿に登録すれば食事が用意されるそうだ。これも門番が教えてくれた。

 普段からカード化を解除して連れ回す飼い主は珍しくないようだ。さすが都会。田舎とはえらい違いだ。

 宿までの道すがらモンスターカードと楽しく買い物をしている人をちらほら見かけた。


「あら? モンスター愛好家の方かしら? ウルフちゃんには食事を付ける?」


 受付のお姉さんが慣れた感じで質問してくる。

 モンスター愛好家とは常時モンスターカードのカード化を解除して生活する人を指すそうだ。


「お願いします。僕の大切なパートナーなんです」


 カールが僕の足にすり寄ってくる。建物内では吠えないように言ってある。


「あらあら、可愛いウルフちゃん。とても懐いているのね」

「ありがとうございます!」


 カールは女の子だ。女の子だと気が付いて可愛いと言ったわけではないだろうが、お世辞でもカールを褒めてくれるのは嬉しい。


「部屋は……二階の角部屋ね。一階と二階はあなたのようにモンスターのカード化を解除したお客さん専用のフロアよ。一応トラブル防止で騒がしくしない事になっているから注意するのよ。それと左手に広々したロビーやモンスター専用のシャワー室なんかもあるから利用してね。シャワー室は事前に予約が必要だけど……今日は夕食時しか空いてないわね」


 テキパキと仕事をこなすお姉さんだ。

 危うく大事な事まで聞き逃すところだった。

 僕たちの部屋は二階。そして一階と二階はモンスター愛好家専用フロア。

 一階に大きな休憩スペース有り。

 シャワー室が予約?


「部屋のシャワー室を使ってはダメですか?」

「ダメではないけど、狭いわよ?」

「いつも部屋のシャワー室で洗ってたのでたぶん大丈夫です。ですが念のためシャワー室の予約をお願いします!」

「賢明な判断ね。坊や名前は? どこかの町の身分証か冒険者カードはあるかしら?」


 そう言えばまだ名乗っていなかった。

 冒険者ギルドのギルド証は身分証の代わりになる。ランクが高ければ高いほど、信用度が上がる。

 冒険者カードをチャック付きのポケットから出してカウンターに置いた。


「僕はイル。この子はカールって言います」


 カールを持ち上げてお姉さんに見せる。

 抱えられたカールがお姉さんに頭を下げて挨拶をした。


「あら、大変。カールちゃん足がないじゃない! イルちゃん、カールちゃんは女の子なんだから、お腹を見せるような持ち上げ方をしちゃダメよ!」

「はい。すみません」


 いきなり怒られてしまった。

 確かにカールは女の子だ。人間と種族が異なるとは言え恥ずかしい行為かもしれない。

 モンスター愛好家がモンスターの気持ちを考えないなんて失格だ……。


「素直な坊やは大好きよ。次からは気をつけてあげてね? シャワーが終わったらすぐに右手の酒場に来て頂戴。夕食を用意するわ」


 説明しながらもお姉さんは僕の名前とカールの名前・種族・サイズをメモった。

 左手がロビーとシャワー室。右手のテーブルが並んでいる場所が、酒場兼宿泊客の食堂。


「ありがとうございます。あの……カールの食事に【豚肉(並)】を付けるのは可能ですか?」


【豚肉(並)】カードをカウンターに乗せながら聞いてみる。


「モンスターにも好みがあるから大丈夫よ。でも、食材カードを提供する人は珍しいわね。イルちゃんはとても優秀な冒険者さん、な・の・か・し・ら?」


 っとお姉さんが楽しそうに言いながら冒険者カードに記載されている冒険者ランクを見る。


「わ、個人ランクD……。坊やすごいのね……」


 この都市にはAランクの冒険者がいるって聞いた。

 Dランクぐらいゴロゴロいると思うけど……。受付のお姉さん、いい人だな。

 鍵を受け取って部屋に向かう。

 階段は普通サイズだ。

 大きなモンスターの場合は残念ながらカード化しないと二階には上れない。

 だから、階段を行き来できないサイズは一階に宿泊するんだろう。


 受付をしている間にも、ロビーに行くモンスター愛好家が一人後ろを通過していった。

 その男性が連れていた背の高い木のモンスターは……フルーツトレントだったかな?

 その土地の気候にあった果物が実るという話だったはず。実らすためにはカード化のままではダメなのだろう。

 葉が生い茂っていたから、元気いっぱいで美味しい実を付けそうだ。


 部屋は一人部屋。ベッド以外には小さな木のテーブルと椅子があるだけで家具らしい家具はない。その分部屋の大部分を空けてモンスターが寛げるようにしているのだろう。

 カール用の寝床が特にないが、こちらは夕食後までには用意するそうだ。モンスターによってサイズが違うから仕方ない。カールはSサイズ。一番小さい布団だ。


「街並みを見てくるか?」

 カールが静かに頷く。受付のお姉さんの話もあったから五月蝿くしないように部屋でも気を遣っているようだ。可愛い奴だ。

 頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。


 部屋をザッと見た感じ好印象だったので追加で五泊延長する。

 部屋のシャワーでもカールを洗えるが、せっかく予約したしモンスター用のシャワー室を借りることにする。


 宿屋を出る前に部屋の鍵を受付に渡した。

 宿屋は宿泊期間プラス三日まで部屋の荷物を保管してくれる。過ぎると荷物は宿屋の物。これは冒険者の仕事が命懸けであるので仕方ない。

 毎月初めの休日にバザーを開いて売るそうだ。


 カールは三本足で器用に歩く。

 左前足を地面から離す時に軽く浮き上がらせる感じになるので、お尻側に対して前だけ上下に揺さぶられる。

 レベルが上がって、さらにウルバーンに種族が進化した事で、足への負担は有り余る筋力値で補っている。今では長時間走り回っても支障はない。


 夕食は宿屋で用意してくれるからいいが、昼食が問題だ。もう二時ぐらいだから遅過ぎる昼食になるが……カルア村から頑張って走ったのに昼食抜きというのも悲しい。


 カールが雑踏の中でピタッと足を止めた。

 顔の向きを変えて鼻をスンスンさせている。口角から涎が垂れ始めた。どうやら美味しそうな肉のニオイを嗅ぎ取ったようだ。


「昼食を食べ損ねたし、食べに行くか?」

「ばう」


 嬉しそうな顔をして返事をした。声の大きさは周りに迷惑をかけないように、いつもよりかなり控えめだ。



 カルア村を出てシルバーレインにやって来たが特にやりたい事があったわけではない。強いモンスターと戦って死ぬのはバカらしいが、オークを狩れるようになってからは、カルア村で一生を過ごすのも何か違う気がしていた。


 僕に向いた職業はなにか……。

 見つかるまでは近隣のモンスターを退治して過ごす予定だ。


 カールの道案内を頼りに、人混みの中を歩く。メインストリートから外れ、さらに五〇〇メートルほど移動した先に屋台はあった。

 途中何軒も美味しそうなニオイのする屋台や行列のできている料理屋があったのに、カールのお鼻には合格しなかった。

 正確にはニオイ判定第一位を勝ち取れなかったようだ。


「美味しそうなニオイですね」


 空腹という事もあり、屋台に着くとそんな言葉が漏れた。

 カールのオススメ屋台だが、人は全然並んでいない。


「ありがとだじぇ。コイツはボアってモンスターからドロップする【イノシシの肉】なんだじぇ。食材カードだからちょ~っとお高いが、味は保証するじぇ」

「へぇー。ボアか……。食材カードは手に入れた事はあるけど、食べた事はないな。一本いくらですか?」

「一本一〇〇ジェニーだじぇ」

「うわ、たっか!」


【ウサギの肉】の売却額が二〇〇ジェニー。

 マリッサさんの『愛情たっぷりスペシャル定食』が四〇〇ジェニー。

『銀の水飲み場』の一泊と朝夕の二食付きで一〇〇〇ジェニー。

 宿泊費にはカールの寝床の布団代や食事代、シャワー室代も込みだが……。


 サイコロ肉が三つ刺さった串焼き一本に一〇〇ジェニーでは、食べるのを躊躇ってしまう。


「みんな最初はそう言うんだじぇ。ほら、試食用だじぇ。一口食べてから決めるといいじぇ」

「えっ? いいんですか?」

「こうでもしないと売れないんだじぇ。俺もお客さんの顔は覚えているじぇ。試食は一度までだじぇ」

「んじゃ遠慮なく」


 高いと言うだけあって、カールの分はなかった。そして値段は嘘を付かない。


「うまい! 塩とタレを四本ずつ頂戴」


 味は二パターンある。どうせ食べるなら両方を食べて比較するのもいいかもしれない。


「おいおい。そんなにお金あるのか? だじぇ」

「お金ならあるじぇ。いえ……あります」


 なんか変な口調が移った。

 財布から八〇〇ジェニーを出して、先払いする。


「まいどだじぇ。まず二本だじぇ。残りは今から焼くから、そこのテーブルで待っててくれだじぇ」

「ありがとうございます!」


 タレが二本だ。

 カール専用の木皿に串焼きから竹串を外して載せてやる。


「熱いから気をつけて食べろよ」

「ばう」


 湯気が出ているサイコロ状の肉を一つ食べた。


「試食で食べた塩も美味しかったけど、タレも美味しいな」


 そもそも僕とカールは甘ダレのニオイに誘われてこの屋台まで来た。

 タレが美味しいのはニオイからもわかっていた。

 食材カードはどれも食べると力が(みなぎ)る。【イノシシの肉】は【豚肉(並)】と違って歯応えがいい。

 カール好みかも……。


「タレも美味しいですよ!」

「ありがとだじぇ!」


 屋台のオジサンに向けて言ったら、返事があった。

 残りもカールと半分ずつして食べる。


 塩は大丈夫だったが、タレはカールの口の周りをかなり汚した。

 カールのヨダレ拭きでキレイにしてやる。

 ちなみに口拭き用のタオルは僕の古着を切った物だ。モンスターに攻撃を食らって血が付いたり、穴が開いて着れなくなった物を再利用している。


 普段はキレイに食べられるのだが、美味しすぎてスイッチが入ると一心不乱に食べ出す。この辺りはウルフの血なので仕方ない。

 しかも【イノシシの肉】はカール好みの歯応えのある肉。これからも度々【イノシシの肉】は食べようと思う。


「よし。キレイになったぞ」

「ばう!」


 あ、カールが喜びすぎて元気よく返事をした。通りを歩く人がカールの吠えた声に驚いて足を止め、何事かとこちらを見る。

【咆哮】や【威嚇】のスキルが発動していたら今頃は阿鼻叫喚の地獄絵図。必死に逃げ惑う人で大惨事になっていた。

 それに比べれば一瞬注目を浴びるぐらい気にしない。


 それに「くぅ~ん」っと反省しているカールを誰が責めれようか……。


「大丈夫だ」


 頭を撫でてやる。しっぽが嬉しさで左右に揺れる。



 生活の基盤を作るには冒険者ギルドは欠かせない。

 まだ三時過ぎということでギルドも空いていた。

 家賃相場は賃貸課だ。冒険者ギルドの花形業務と異なって端にある。ガラガラだ。

 冒険者を街に定着させるのも仕事の内だから、業務をしている節がある。

 席に着くと手が空いている職員が対応してくれた。


「こんにちわ」

「すまんな、青年。担当できる者が飯に行ったまま、まだ戻ってきてないんじゃよ」


 職員事情はよくわからないが暇な時間帯に休まないと一日いっぱいは持たないと思う。だから、冒険者ギルド職員のお昼休憩は長いのかもしれない。


「急いでませんし、構いませんよ。どうせ家賃相場だけ聞こうと思っただけです」


 身分証代わりのギルド証を提示する。


「ほー、Dランクじゃな。Dランクならまずは男だけでパーティーを組んでオーク狩りなんてどうじゃ?」


 移住してきたのに、またオーク……。シルバーレインまで来た意味なくない?

 Dランクに成り立てはオーク狩りを一人でできないって言ってたな。


「オークはもうソロで狩れるから大丈夫です。この辺りのモンスター分布の資料なんかはありますか?」

「ほー。ギルド証を見る限りまだ新品そうなのに、青年はよほど優秀なんじゃな」


 優秀かどうかは置いといて、ギルド証が新品なのは再発行してもらったからです……。


「モンスターの分布なら『冒険者のてびき』じゃな。今デスクから持ってきてやるぞい。家賃相場の事で来たのに申し訳ないのぅ」


 冒険者ギルドにはハゲが多いのか、この人もハゲている。

 冒険先で身嗜みを整えるのは簡単そうだけど……。


「オーク狩りで資金を稼ぐなら、すぐ近くの森じゃな。パーティーを組めれば岩石地帯で大儲けできるんじゃがな……」


 資料を二部持ってきて、初めて見るようにページを開きながら楽しんでいる。この人、普段は何の業務担当なんだろう……。


「品薄の商品って何かわかりますか?」

「その答えなら知っておるぞ。【イノシシの肉】じゃな。【イノシシの肉】は知っておるか?」

「ついさっき食べてきました」

「それは話が早いのぅ。実は最近屋台で串焼きが流行っておってな。【イノシシの肉】の買取依頼がよく届くのじゃよ。今でこそ買取価格が上がって【豚肉(並)】に迫る勢いなんじゃが。如何せん……」


「何かあるんですか?」

「青年なら『近くて美味しい狩場』と『遠くて不味い狩場』、どちらに行くかのぅ?」

「そりゃ『近くて美味しい狩場』ですけど……」

「じゃろ? 移動に一時間多くかかって、買取価格の安い品をわざわざ取りに行く冒険者は少ないんじゃよ。あの辺を狩場にしておるのはブリーダーギルドの者たちだけじゃな。彼らは品薄の商品ばかり納めてくれる有り難い奴らじゃよ。冒険者ギルドとしてはブリーダーギルド様々じゃな」


「ブリーダーギルドってなんですか?」

「おぉ、すまんすまん。てっきりモンスターを連れておるから、ブリーダーギルドで購入したのかと思っておったわい。ブリーダーギルドっていうのは、モンスターカードを育成する仕事を生業にしているプロ集団じゃよ。弱いモンスターカードを育成するためにたくさんのモンスターを狩るんじゃ。その過程で人気のない狩場ほどモンスターの奪い合いは起こらない。だから冒険者とブリーダーでは旨味ある狩場の意味が違ってくるんじゃな。青年もモンスター愛好家ならブリーダーギルドに興味があるんじゃないかのぅ?」

「モンスターカードの育成には確かに興味があります」


「ブリーダーギルドでも賃貸アパートがあったはずじゃぞ。何回以上仕事をするとか、月に何回以上仕事をするとか、年何回以上仕事をするとか、って家賃条件にあった気がするがのぅ。冒険者ギルドで部屋を借りるより、だいぶ安いはずじゃよ」

「ブリーダーギルドで紹介してもらった方がお得な気がしますが……。冒険者ギルド的にお客を逃してもいいんですか?」

「構わん構わん。続く奴は続くし、続かない奴は続かない。ブリーダーってそう言う職業じゃよ。それにモンスターを倒す以上ドロップカードの納品は冒険者ギルドを利用するしのぅ。切っても切れない関係じゃな。それに……ワシ賃貸課の人間じゃないしのぅ」


 最後の一言が全てを物語っている。

 この人にデメリットはないんだ。

 むしろ品薄商品を補えるという意味では、一人でも多くのブリーダーが育つことを望んでいるのかもしれない。


「ありがとうございます。ブリーダーギルドに行ってみます」

「そうかそうか。期待しておるぞ、青年。今の品薄商品は【イノシシの肉】じゃよ」


【イノシシの肉】を納品するのはブリーダーばかりなのか?



 さっそくその足でブリーダーギルドに行く。

 場所は屋台のオジサンに聞いたらすぐにわかった。相変わらず繁盛はしていなかったが……。


「いらっしゃいませ。本日のご予定は?」


 モンスターカードの買取、売却、育成等を一手に担っているそうだ。

 登録には冒険者ランクE以上が必要。


「では【サンドスネーク】をレベル一〇まで上げるクエストをしてみますか?」

「ただ上げるだけでいいんですか?」


 ブリーダーは育成のプロ集団だと聞いた。能力の覚醒は五の倍数だが、レベルは上がるにつれて徐々に上がりにくくなる。言い換えれば覚えられる能力には限りがある。


「はい、今回は能力覚醒不問での依頼になります。期間は三日間です。その期間が終わるまで次の依頼は受けられません」

「レベル一〇まで上げるのに、三日も必要なんですか?」


 僕とカールならモンスターの発見率が高いからモンスターカードにたくさんの経験値をあげられる。


「モンスターカードは大切な商品です。壊されては困ります。ですので、急がせないための措置になります。その分、成功報酬は高めに設定されていると思いますよ」


 レベル一〇まで上げるだけで一万ジェニー。

 モンスターカードのレベル上げで出たドロップカードは個人のもの。それも報酬に上乗せされる。

【豚肉(並)】の売却額が一〇〇〇ジェニー。【豚肉(並)】の食材カードが一〇枚分だ。

 カールとオーク狩りをすれば一日で一〇枚以上稼ぐ。


 きっと【気配察知】スキル持ちじゃなければ、この金額で十分美味しいのだと思う。

 僕たちでは少々心許ない。しかも三日間、次を受けれない縛りまである。

 でも、こちら側の経験値を重要視しなければ狩りのついでに一万ジェニーが貰える事になるのか?


「とにかく一回受けてみます」

「皆さん一度は頑張るんですよ。二回目からが続かないんですよね……」


 冒険者ギルドでも同じ様な事を言われた気がする。


 ブリーダーギルドに仮登録を済ませてモンスターカードを受け取った。モンスターカードの持ち逃げ防止用に誓約書を書かされた。

 実際にそういう事が起こったのか、起こるのを回避するために事前対策の意味なのかはわからない。


 アパートの件は二回終わらせてまだ続ける意志があったら紹介してくれる事になった。

 今回の狩場は冒険者ギルドのハゲ爺さんにお礼の意味でもボア狩りがいいと思う。


――――――――――


 翌日、ギルド職員のハゲ爺さんから貰った『冒険者のてびき』のシルバーレイン版を参考に狩場まで移動。

 オーク狩りまで三〇分でいいのに対して、ボア狩りは一時間半かかるようだ。

 だが、それは徒歩の場合。


「カール、【身体強化】」

「ばう!」


 カールを胸ポケットに入れる。毎度お馴染みのカールの定位置。顔だけ出して風を浴びるのが好きみたい。

【身体強化】をかけ続けて移動すれば二〇分もかからない。

 途中送迎車のような乗合馬車を三台追い越したが、強化された肉体で走る場合は馬よりも早く走れる。


 都市の中では禁止されているが、外では平然と行われている事なので、やはり都会は冒険者の質がいい。


 狩場予定の草原まで来た。草原と書かれていたが、木も(まば)らに生えている。


「ばう、ばう、ばう」


 平地でのカールの【気配察知】範囲は約一キロ。嗅覚も織り交ぜながら【隠密】を使う者も判断している。その結果周囲には三組の冒険者がいるようだ。

 都市の人口の割りには少ないと判断すべきか、人気のない狩場なのに多いと判断すべきか……。悩むな。


「モンスターはどっちだ?」


 右を向いて三回タップ。

 基本冒険者同士は不干渉。相手に気が付いた時点で、一定の距離を取るのがマナーだ。

 きっとカールは冒険者の位置も気にしてモンスターの選定をしてくれているはず。と言うのも、過去にばったり他の冒険者に会った事がないからだ。



 モンスターを確認できる位置まで移動した。


「【サンドスネーク】オープン」


 小声でモンスターカードを呼び出す。

 今回の目的はブリーダーギルドの依頼を行う事。あくまでも【イノシシの肉】はついでだ。

 召喚が終わると黄色い蛇が蜷局(とぐろ)を巻いて現れた。


「このサイズなら持ち運べそうだな……」


 太さは腕ぐらい、長さは不明だが二メートルはないと思う。

 カールを輸送して狩りをしていた事を考えるとこれぐらいのハンデはあった方がいい。


 ちなみにモンスターカードの再召喚には一五分の制限がある。

 輸送困難なモンスターの場合は面倒でも再召喚を待つしかない。


 僕は屈んだ体勢から弓を横に構えてボアの側面からこめかみを狙う。

 前頭部には顔を守るための岩が張り付いている。硬度は斬撃を防ぐらしいので避けた。

 ボアのランクはオークと同じDランクだが、オークより狩りやすいとされている。

 理由は岩を避ければ斬撃が簡単に肉体に通るからだ。


「予想通り一撃か……」


 オークの時は同じ一撃でも倒れるまでに時間がかかった。しかし、レベルが上がった今では急所を少しズレても一撃で倒せるようになった。

 レベルアップの効果は矢の一撃を重くした。今では短剣は飾りだ。


「カール、次」


 落ちた矢を軽く布で拭く。これを怠ると矢の劣化が早い。モンスターの肉体は消えるのに、物に付着した血は消えない。

 不思議だ。


「ばう!」


 移動した先にはボアが一体いた。


「ばう」


 ボアを狙って弓を引いていると、カールが声を出して胸ポケットから飛び出した。

【拡大縮小】を解除して元のサイズに戻ると、【身体強化】が飛んでくる。

 オークを一撃で倒せるようになってから【身体強化】はもらっていない。


 きっと別の意図があるのだろう。

 引き絞っていた弓をゆっくり戻す。

 狙いを定めていたから放っても良かったが、そんな余裕があれば、カールもボアを倒してからポケットを出たはずだ。


 カールの視線の先を追うと、草が揺れて何かがもの凄い速度で接近している。

 弓で迎撃する暇はない。


 飾りとなって久しい短剣を抜く。


「右か!」


 草むらの動きから本体が右に動いたように見えた。しかし、右を向いても草が凪いでいる。

 慌てて左を向こうとしたが、今度は背中を押されて、前のめりに崩れた。

 ソフトタッチな感じから背中の衝撃はカールのものだろう。


「黒豹……?」


 顔をあげてモンスターを確認すると爪に付いた血をペロッと舐めている黒い豹の姿があった。

 僕に怪我はない。そうするとあれは僕を庇ってカールが傷を負った証拠だ。

 黒豹に意識を向けつつ、チラッと横を見るとカールが倒れている。

 すでに腹部が光って傷が塞がり始めていた。

 自己判断で【回復魔法(大)】を使ったようだ。

 指示できない状況を想定して回復系、補助系、索敵系は任せてある。


【身体強化】をもらってなお、足手まといになったか……。

 黒豹は値踏みしているのかゆっくり僕たちの周りを歩く。ウルフと変わらない戦術だ。


 ウルフに囲まれた時が懐かしい。

 あの時は背中を預けられるのは木だったが、今では頼もしい相棒がいる。


「カール、大丈夫か?」

「ばう!」


 幸い傷は直ぐに塞がり大事にはなっていない。元気のいい返事だ。

 さっきのトップスピードからの変化では黒豹を見失ったが、今はゆったり動くだけですぐに決めに来る様子はない。


 僕はゆっくり弓を構える。

 距離は一〇メートルないが、カールなら接近されても完封できるはず。


「いくぞ!」

「ばう!」


 一番面積の大きい胴体を狙う。

 放たれた矢は黒豹の軽いジャンプで避けられた。簡単に黒豹に避けられたが、気にしない。

 僕は矢を二本準備している。

 次を装填して落下点に速射。命中率はかなり下がるが、そんな事を気にしている場合じゃない。


 着地と同時に迫る矢を前足二本のジャンプで器用に回避した。


 奴は今、捕食者の立場で僕たちが逃げないように見張っているだろう。だが奴には攻撃手段がない。

 考えようによっては奴は弓の腕前を上げるための練習台だ。実際僕はカールの本気の動きに当てられない。

 一応鏃は石にして万が一の事故が起こらないように練習している。


 カールも二射では当てられない……。【身体強化】をもらって今できる最高の矢を放っているのに……カールと同等とは素晴らしい。

 どうしてもカールには試し撃ちをしたくない戦術というのが存在する。


 まずは一射目。

 先ほどとは違い横に飛び退いて小さく避ける。かなり警戒されているようだ。上に飛ぼうが横に飛ぼうが関係ない。

 足が地面から離れている今がチャンス。


 空かさず二射目を放つ。

 来ることがわかっていたのか余裕をもって進路から斜めに飛び退いた。

 矢は黒豹を追尾するように進路を変えて突き進む。きっと初見じゃないと成功しない。

 飛び退いたまま空中で避ける事ができずに右前足の膝に矢が刺さった。

 もっと別のところに刺さってくれれば良かったのに、これではカールを見ているようだ。


 カールは三本足でも僕の矢を避ける。果たして黒豹はどうだ?

 間髪入れずに三射目を放つ。

 一瞬の怯みが命取り。

 今度は胴体左側を真っ直ぐ串刺しにした。あと数センチ横にずれていたら紙一重で矢を避けられていただろう。


「きっと僕だけじゃ君に勝てなかったよ」


 お腹に沿って刺さった矢は動きを阻害する。右側は右前足の膝に矢。左側はお腹に矢。左右ともに足を上手く動かせない。

 これだけ追い込まれても逃げようとしない。敵として天晴れだ。一瞬でも背をみせれば、カールが足を切り落として封じ込めにかかっただろう。

 僕は動けない黒豹にトドメを刺す。


 追尾する矢は三枚ある羽根のうち一枚を意図的に曲げる。

 こうすることで通常とは違う空気抵抗が発生して進路を変える。いくら進路を変えると言っても射出時のエネルギーの進む向きは変えられないようで、途中までは普段と変わらず真っ直ぐに飛ぶ。

 追尾する矢は距離の制限があって使いにくいが、油断している相手への初見殺しには有効だ。

 もう少し改良の余地はあるが、黒豹との一戦はいい経験になった。


「ボアにはいつの間にか逃げられたな……」


 ボアを狙うために位置取りをしていたが、戦闘音に気が付いて逃げたか、或いは黒豹を目撃して逃げ出したかしたのだろう。


「くぅ~ん」

「カールが悪い訳じゃないぞ」


 黒豹に刺さっていた矢を拾いながら声をかける。

 黒豹からはドロップカードが二枚も出た。

 一体から二枚ドロップしたのは初めてだ。ちょっと得した気分になる。


『冒険者のてびき』を見直したが、やはり黒豹の情報はなかった。

 モンスターの生息地域は決まっているけど、絶対に移動しないわけではない。

 かなり強かったが、紛れ込んだモンスターだと思う。


 矢に付いた黒豹の血を指で取ってカールに舐めさせる。

 新しいモンスターと対峙した時は血を舐めるように言ってある。これは【捕食】の力で能力を増やすためだ。


 黒豹からは【身軽】、【俊敏】、【柔軟】を覚えた。強さ的にはもっと能力はあっただろうが、既に覚えている能力は増えないので仕方ない。


「お疲れ」

「ばう!」

「【サンドスネーク】のレベルはいくつになった?」

「ばう、ばう、ばう、ばう、ばう、ばう、ばう」

「もうレベル七か……。黒豹のランクは相当高そうだな」

「ばう!」


 カード化すればモンスターカードのレベルを確認する事はできる。しかしそれをすると単純に再召喚時間を待たなければならなくなる。

 カールには【鑑定】のスキルがあるからそれを使えばいい。


 その後はカールを胸ポケットへ戻す。蛇を腰に巻き付けて狩りの続きを行った。サーチ&デストロイを繰り返す。


「ブリーダーギルド……僕たちに合ってるかもな」

「くぅ~ん」

「わからなかったか? モンスターカードをレベル一〇まで育てれば最低でも二つの能力を覚えるんだ。それを【捕食】のアビリティーで覚えていけば、どんどん覚えていない能力を手に入れられると思わないか?」

「ばう!」


 手始めに【サンドスネーク】に針を刺して血を採取する。カールにそれを舐めさせれば終わりだ。

【サンドスネーク】がレベル五で覚えた能力は【威嚇】のスキル。口を開いてシャアアアアアアアっと言うだけだ。残念ながらこのスキルはオークも稀にだが覚える。オークにとってはレアスキルでもサンドスネークには通常スキルなのかもしれない。ちなみにオークの大半は【威嚇】ではなく【咆哮】又は【雄叫び】を覚える。


 レベル一〇で覚えた能力は【知覚アップ】というアビリティー。

 蛇の種族特性が体温での索敵なので、その能力をより上げるアビリティーだ。

 こちらはカールがまだ覚えていなかったので助かる。



 冒険者ギルドに行ってハゲ爺さんを探す。

 いないな。もう帰ったのかな?


 窓口の外からデスクワークをしている職員さんにハゲ爺さんの特徴を伝えて呼んでもらう。


 一応は奥にいるらしい。

 職員さんには頭から足先まで身なりを見られて怪訝そうな顔をされた。あのハゲ爺さんを呼んでもらうだけなのに……。


「おぉ。誰かと思ったら、昨日の青年じゃな?」

「お世話になりました。なんかお忙しそうで……」


 奥の部屋から出てくるなり、ハゲ爺さんは気さくに話しかけてきた。

 それはいいんだが、なぜか周りの視線が妙に痛い。


 せっかく呼んでもらったし、要件を伝える。


「ブリーダーギルドは僕に合っていたようです。これからも続けようと思います」

「そうかそうか。それは教えたかいがあったというものじゃ」


 ブリーダーギルドを続ける旨を話したら、ギルド証の裏技を教えてくれた。『増し増し』と言われる手法で、ギルドポイントを得られない代わりにクエスト報酬が二割増しされると言う。

 より信用度を獲得するためにはギルドランクを上げる必要がある。しかし、ブリーダーギルド所属の者の多くは冒険者ギルドのランクに拘らない。だから、報酬をアップさせる裏道が作られた。


 ギルド証の更新に行ったハゲ爺さんが焦った顔で戻ってくる。


「お前さん、ブラックパンサーを倒したのか?」


 声を抑えて周りには聞こえないように確認された。


「ブラック……パンサー? 黒豹の事ですか? たまたま矢が頭に当たって倒せましたよ」


 嘘ではない。事実でもないが……。トドメは急所の頭を貫いた。


「あれはAランク級の獲物じゃぞ。草原にいるようなモンスターじゃない。よく無事で帰ってこれたのぅ」


 ハゲ爺さんの慌てようから予想できたが、黒豹……相当ヤバい奴だった。

 空のワイバーン、陸の黒豹と評されるほどだ。Aランクでも被害が出るらしく、下手したらワイバーンより動きが速いのでやっかい。気が付いたら爪で攻撃されていたなんて事もよくあるらしい。

 ハゲ爺さんがこっそり教えてくれた。危うく緊急クエストが発令する案件だったとか……。


 ちなみにAランク以上のモンスターになると、ドロップカードは最低でも一枚は確定しているらしい。あとは何枚ドロップするのか? という話だった。二枚ドロップして喜んでいる場合ではなかった。


 ハゲ爺さんはハゲ爺さんで『Aランク候補を逃してしまった』っと言って苦い顔をしている。ギルド証の更新の前に『増し増し』を教えてしまったばっかりに……。

『モンスター大進行』もそうだが、緊急クエストに参加するには冒険者ランクが必要だ。何も嫌がらせで線引きをしているのではない。戦える戦力が指定ランク以上に限られるという優しさからだ。

 より美味しいクエストを受けたいならギルドランクを上げる他にない。


 食材の【イノシシの肉】カードはハゲ爺さん経由で売却する。

 希少な食材カードの買い付けは職員の評価を上げるとも教えてくれた。

 今回はハゲ爺さんにブリーダーギルドや『増し増し』を教えてもらったので、その恩返しだ。

 僕だって狩りの後は可愛い受付嬢の笑顔で癒されたい。断じて爺さん趣味はない。ましてやハゲ爺さん……。


――――――――――


 青年が冒険者ギルドを出ていった後、ワシは自分の執務室に戻る。


「アポなしで取り次いでも宜しかったのですか?」

「あぁ、構わんよ。ワシはもっと冒険者と気軽に触れ合った方がいいのかもしれんのぅ」

「ギルドマスターが冒険者の呼び出しにほいほい応じていたら我々の立場がありません。極力お控えください。ところで先ほどの青年は? ()ランク冒険者だったようですが……」


 Dランク冒険者を馬鹿にした言い方じゃのぅ。

 確かこの賃貸課の男性職員は元Bランクじゃったかな。職員の中には自分よりランクの低い冒険者を蔑む者もおる。この男は特に頭が固くていかんのぅ。


「さっきの青年は昨日カルア村から移住してきたばかりの冒険者じゃよ。半日でここまで移動するとはすごいと思わぬか?」

「半日で……? お言葉ですが、カルア村はここから馬車で三日はかかります。それはあり得ぬかと……」

「ギルド証の出入記録でも確認済みじゃよ。間違いない。もっと早く気が付いておれば『増し増し』を教えなかったんじゃが……。恩を仇で返すタイプではなさそうなのが救いじゃな」


 買い取りした七枚の【イノシシの肉】を机に並べる。


「七枚も……あり得ぬ」


 世の中にはその『あり得ぬ』事を平然と行う冒険者がまだまだ眠っているというのにのぅ……。


 もし、二人が接触しておれば、青年はブリーダーギルドにもたどり着けずに今頃は迷走しておったじゃろうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ