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モンスター大進行

 執務室の机に届いたワシ宛てのメッセージを読んで考える。


「二日後か……。ミラはおるか?」


 部屋の扉を開けて冒険者ギルド内に声をかけて目的の人物を呼ぶ。

 まだ昼時という事もあり、それほど忙しそうではない。

 ギルドが混む時間帯はクエストの受注と報告の朝と夕方、それから夜じゃ。


 呼んで少しするとコンコンッと執務室の扉がノックされた。


「ミラです」

「入れ」


 扉をくぐってきたミラは入口に立つ。


「ギルドマスター、お呼びでしょうか?」

「受付業務中なのにすまんな」

「他にも受付はいますので、大丈夫です」

「入ってソファーに座りなさい」

「失礼します」


 ミラがワシの正面のソファーに腰かけた。

 緊張はしておらんじゃろうが、背筋を伸ばして手を太ももの上で添える仕草は他の職員も模範にして欲しい。

 ただ座っているだけなのに、ミラには受付嬢としての花がある。


「前置きは良いじゃろう。またタウルスで事件じゃ」

「またタウルスですか。先週のワイバーンに引き続き連続ですね。言いたくありませんが……」

「皆まで言うな」


 さすがのワシでも呪われてるんじゃないかと疑ってしまう。

 ワイバーンの襲撃事件だけでも数年に一度聞く程度しか起こらない。

 こればかりはタイミング次第じゃから、重なる時は重なるのかもしれんがのぅ……。


「今回はどのような事件でしょうか?」

「『モンスター大進行』じゃ。総数はおよそ三〇〇〇体と報告があった」

「三〇〇〇体ですか……」



 ワイバーンの襲撃から七日。

 タウルスの町に再び悲劇が襲ってた。

『モンスターの大進行』と名付けられたモンスターの大量発生。毎回規模や構成は異なるが数千体のモンスターが一気に現れる。

 それがタウルスの町からたった二日の距離に確認された。


「オークが大量に確認されておる。ボスはおそらくオークキングじゃろうな。今は周辺のモンスターを巻き込んでの大移動中じゃ」


 主力はオークキングを頂点に護衛のオークジェネラル。王を守る騎士は必ずセットで出現する。

 大進行の主軸はオークじゃが、周辺のモンスターは喰い殺されるのを嫌がり、オーク軍団に付き従う。


「部隊の構成からカルア村側に出現したが穂先はタウルスに向いていたと推測されておる」


 タウルスは鉄壁な壁に囲まれておるため籠城戦を選択した。ワイバーンのように空を飛ばれなければ壁は頑丈な守りを担う。

 そのような壁があれば、誰も白兵戦は選択せんじゃろう。


「今回は地上戦じゃ。進行経路を予測し、事前に無数の罠を設置するらしい」

「わたしはどうすればいいですか?」

「ワシと一緒にタウルスまで行って欲しい。そしてタウルスとシルバーレインの冒険者の架け橋をしてくれ」

「わかりました。その仕事お引受け致します」


 ミラが頭を下げて了承した。

 ミラに断られたら、他の受付嬢を同行させる事になったじゃろうが、ミラが仕事を受けてくれて助かった。

 冒険者の八割以上が男じゃ、男である以上未婚の女性は恋愛対象になりえる。一部既婚でも対象にする不埒な者もおるが……。


 ワシの知る限り、ミラはとても人気があるが、特定の誰かと付き合っているという話は聞いた事がない。

 冒険者ギルドの受付嬢の出会いの多くは冒険者の男衆。他での出会いは極端に少ない。そのため嫁ぎ先の第一位が冒険者になるのは仕方のない事じゃ。ワシの妻も元は冒険者ギルドの受付嬢じゃったし……。


 色恋沙汰が起こっても咎める気はもちろんない。むしろ仕事熱心なミラには幸せになって欲しい。そのためなら優秀な冒険を宛てがってもいいとすら思っておる。


「よし、緊急クエスト発令じゃ!」

「はい!」


 ミラがワシの指示を受けて部屋を出て行く。

 ギルドマスター権限で緊急依頼のクエストが直ちに掲示。緊急を要するため、口頭でも告知される。

 数が最も多いと予想されるオーク。そのランクはD。それを難なく討伐するためにはCランク以上の実力がいる。

 今回はCランク以上の冒険者に制限を設けて通達を出す。


――――――――――


 その夜。冒険者ギルドの会議室には多くの冒険者が集まった。


「皆もわかっておる通り、タウルスは交易の重要な拠点の一つじゃ。もし『モンスター大進行』で滅びれば南側からの物流は完全にストップし、経済に大きな打撃を与えるじゃろう。その影響は一般市民だけじゃない。冒険者は鉱山から鉱石が届かなくなり、武器のメンテナンスができなくなるぞ」


 タウルスが陥落するという事は、他から品物を取り寄せなくちゃいけなくなる。

 交易を円滑に進める上では都市や町、村といった休息ポイントが何より重要になってくる。


「皆も知っておると思うが、タウルスは先週ワイバーンの被害を受けておる。今は動ける冒険者の数が極めて少ない。これは報酬額の低い緊急のクエストじゃ。しかし、今この時だけじゃなく未来を救うつもりで参加を考えて欲しい」


 残念じゃが、いくら緊急クエストと言えども、強制参加ではない。

 強制参加になるのは自身のいる都市が直接危機に瀕している場合のみ。

 そうでなければ遠くの都市の緊急クエストにも参加せざるを得なくなる。


 緊急クエストは多くの冒険者を確保するため、どうしても一人頭の報酬が下がってしまう。

 もちろん貢献度によって報酬は増減するが、自身のランクで一日に稼げる期待値よりは下がると考えていい。

 冒険者としてのモラルが試されるのが緊急クエストじゃ。


「わたしもギルドマスターと共に現地に赴き、皆さんの活躍を見届けようと思います!」


 ミラがあいさつをすると会場に集まった冒険者から歓声があがった。

 さすが人気受付嬢。冒険者を動かす発言力に重みがある。

 ワシはただただ歳を取るばかりでいかんな。


 ミラの本当の仕事はそれぞれの貢献度を贔屓目なしに正確に判断する事。

 受付嬢に直接戦闘シーンを見せられる機会は少ない。冒険者の立場からすればミラへのいいアピールの場になるじゃろう。

 そういう意味ではお金を支払ってでも参加し、自分をアピールしたい冒険者は多いかもしれん。


「出発は明日早朝。移動はブルータルを使用する。各自準備を整えて南門に集合して欲しい」


 馬車を使えば二日かかる道のりも、ブルータルを使えば長時間休みなく走れるために半分の時間で移動ができる。


 タイミングとしてはギリギリじゃが、『モンスター大進行』とは大量のモンスターを相手にする。必ず疲弊を誘うために弱いモンスターからぶつけてくるのがセオリーじゃ。

 三〇〇〇体と言えどもGランク~Eランクが一割以上を占めておる。きっと今回もGランク級のモンスターから始まるはずじゃ。


――――――――――


 翌朝の南門。


「Aランクパーティーのブネユーノが参加じゃな。これは心強い」

「ちょうど南回りの仕事で向こうまで行くんでな。ブルータルでタウルスまで乗せてもらう駄賃代わりだ。気にすんな!」

「それでも助かるよ」


 Aランクパーティーが居てくれれば、Bランクパーティー五組分ぐらいの活躍を見込める。

 ブネユーノは主に行商人の護衛任務をしながら各地を見て回る女性五人のパーティー。

 そのため同じところに長くは留まらない。

 シルバーレインには二週間ほど滞在しておったが、それは武器のメンテナンスや食料の買い付け、次の目的地までの護衛任務の依頼探し等に時間がかかっていただけじゃ。


「レッドフォックスはやはり現れないようですね」


 昨日の会議にはリーダーの男だけが顔を出しておったようじゃが、最初からレッドフォックスには期待しておらん。


 現在、シルバーレインに滞在が確認されておるAランクパーティーは二つ。

 ブネユーノとレッドフォックス。


「奴らは金でしか動かんじゃろ……」


 どこの世界にも金の亡者は存在する。

 命のやり取りが行われておる以上、少しでも利益は欲しい。その気持ちは理解できん事はない。



「朝までに届いた詳しい資料じゃ。移動中に目を通しておきなさい」

「わかりました」


 ミラに数枚の紙を手渡す。

 今は参加者の名簿作りと馬車の手配で忙しい。

 本当はワシも手伝ってやりたいところじゃが、下手に手を出せば逆に迷惑になる。

 優秀な部下を持つと上司は楽ができるのぅ。


――――――――――


 道中の食事周りは冒険者ギルドの仕事になる。

 同行する料理人に関しては、冒険者ギルドの賄い料理を作ってくれるおばさんが担当。

 ミラが自発的に給仕に参加したため、何度もおかわりをする冒険者が多数。予定していた以上の食料が減った気がする。この辺りは正直、善し悪しじゃな。

 参加してくれた者が喜んでくれたなら、今後の緊急クエストでも参考にしようと思う。



 三度の飯を経て、タウルス近郊に到着する。


「どうやらまだモンスターは到着しておらんようじゃな」

「妙ですね……」

「妙じゃな」


 予想された進路には脇道らしい脇道はない。

 寄り道できる場所がないなら、到着予想時刻が大幅に狂うというのも変な話。


 タウルスの冒険者が罠を仕掛けたようじゃが、それがうまいこと足止めになったのかのぅ。

 ギルドを離れていたため、一日近く新情報は届いていない。


「タウルスの冒険者とは別に、モンスターの様子を探る者を送りましょう」

「そうじゃな。敵の情報が見えてこないと作戦は立てにくいじゃろう。して、誰を送るつもりじゃ?」

「モンスターの情報収集と言えば『ガンブル』パーティーにお願いするのがよろしいかと……」

「悪くない人選じゃな。モンスターカードの【コンドル】や【サンダーバード】も活躍に期待できそうじゃ」

「はい。では、そのように指示しておきます」


『ガンブル』パーティーはギルドランクはCじゃが、ギルドへの貢献度でギルドポイントを稼いだだけじゃ。一般的なCランクパーティーと比べると、どうしても戦闘力は落ちる。それでも適材適所。モンスターカードを駆使して敵の位置を探るのは得意。

 本人たちも【隠密】のスキル構成にこだわっただけあり、全員が所持しておる。生還率は折り紙付きじゃな。

 集団戦では縁の下の力持ち的存在じゃ。


 タウルスの町に着くと、まずはタウルスの冒険者ギルドマスターと挨拶をする。

 人の島で暴れるわけじゃが、荒らしすぎて交易に支障が出ても困る。

 仮にも隣町。恩は売っておきたい。


「矢は五〇〇〇本用意しています。ただ射手があまり集められませんでした」

「そうじゃろうな。ワイバーン戦では一番の被害は後衛じゃったと聞いておる」

「お恥ずかしい話で……」

「突発的な襲撃で被害が出るのは仕方のない事じゃよ」


 参加者リストから予め戦闘配置は決めておる。

 人選に関してはミラが行い、ワシがそれを見て問題なさそうだったのでそのまま承認した。

 弓の名手が三名参加しておるから大丈夫じゃろう。


「問題はどのタイミングで出撃に出るかじゃな」

「……そうですね」


 タウルスのギルドマスターの反応を見る限りでは前衛にも被害が出ていて期待薄じゃな。


「『ガンブル』からの情報です。あと五分程でモンスターが見えてくるそうです。先陣はスライムやゴブリンです」

「わかった」


 ミラがタウルスのギルドマスターに聞こえないように気を遣って戦況を報告してくる。

 タウルス側ももしかしたらこちらが冒険者を派遣して情報を集めている事には気が付いておるかもしれん。

 それはそれ。これはこれじゃな。


 こちらはあくまでも援軍という立場。タウルスだけじゃ勝てないと判断したからこそ、昨日の時点で詳しい情報が送られてきたとみるすべきじゃろう。



 外壁には射手を中心に魔法使いも並べる。

 遠距離攻撃に備えて盾職も配置した。

 集団戦では別のパーティーとも協力して貰わないと困るので、食事のたびに馬車を入れ替えさせて、作戦会議をさせておいた。


「モンスターが全然来ませんね」

「最初じゃからな……」


 ミラと一緒に戦闘状況を見る。

 最初とは言ったが、モンスターと衝突してから、すでに三〇分が経過した。

 ここまで一分間に五体ずつ倒せば外壁まで到達されない程度しかモンスターが流れてきていない。


「間延びしておるようじゃな」

「……やはり変ですね」


 どこかで詰まって、一気にモンスターが流れてくるんじゃろうか?

『モンスターの大進行』とは途切れる事なく襲いかかるモンスターの物量が有名じゃ。

 これでは一人の冒険者でも十分に対処ができてしまう。


 三〇分もの間、雑魚ばかり流れてくるせいで、冒険者たちが痺れを切らす。

 いつしか持ち場を離れ身勝手な行動を取り始めた。

 ある者は手柄を焦り町から出撃。

 ある者は出撃した冒険者を止める口実で追いながら手柄を稼ぐ。

 集団戦において指揮官に従わない者はそれだけで害悪な存在じゃ。

 ただし、これだけモンスターが少なく、待ちくたびれればわからんでもない。


 そんな中でも、自分たちに与えられた任務を全うする者たちがいた。

『ガンブル』パーティーじゃ。


「ご報告申し上げます。一〇キロ先でオークキング一体、オークジェネラル七体を確認。ですがどういうわけか、オーク二〇〇〇体以上の消息が不明。現在急ぎ行方を捜索中」

「なんじゃと? 厄介な取り巻きがいないと申すのか? これは何かの罠か?」


『ガンブル』パーティーの情報はおそらく正確じゃろう。実績から考えても疑う余地はない。


「やはり変ですね……。こんなにモンスターの少ない大進行は初めてです」

「ワシもじゃな」



 一〇分後


「再びご報告申し上げます。オークを隈無く探しましたが、二〇〇〇体ものモンスターが移動した足跡は発見できなかったようです。ただ……不思議な事が……」

「なんじゃ?」

「オークジェネラルが何者かの矢を受けている模様」

「矢か……。先行したバカ共に射手はおらんかったよな……どういう事じゃ?」


 射手は籠城戦ですでに手柄を立てておる。わざわざ安全な外壁の上を放棄してまでオークジェネラルと戦う理由はない。

 では、招集に応じなかった弓を扱える者が挑んだ? それもまた有り得ない。この町にいる弓の名手は全員この場にいる。いないのは負傷して参加できないか、Dランク以下の冒険者たち。この規模では戦力外なため、今回は避難指示が出ておる。

 だとすると近隣のカルア村から一当てした? こちらもやはり有り得ない。あの村にいるのは冒険者の卵たちじゃ。


「それと……」

「まだ何かあるのか?」

「どうもその矢は垂直方向に刺さっているみたいです。ですので、矢の角度から【レインアロー】のようなスキルか、山なりに射られたか、はたまた高い位置から低い位置に放たれたものと推測されます」


【レインアロー】は広範囲に所持しておる矢を雨のように一斉掃射する。点ではなく面のスキル。

 雑魚相手ならともかく、オークジェネラル級の防御力を貫通するには力不足。

 それでなくても全ての矢を一回に使い切ってしまうため、得策とは言えん。

 今回必要なのは面ではなく、点の高威力射撃スキル。それも正確無比な精度が要求される。

 そのような豪の者、Sランク冒険者でも聞いた事がない。


「見間違いじゃないかのぅ。普通の者が、山なりに矢を放ってオークジェネラルの鎧を貫通させて傷を付けられるわけがなかろう。そうなると高所からとなるが……。今回の『モンスター大進行』の移動経路には、この外壁よりも高い場所はなかったはずじゃが……」

「わたしもそのように把握しております」


 今まで『ガンブル』パーティーの報告を静かに聞いていたミラが周辺の地形を思い出して同意した。


 急造の足場を作る事は出来る。しかし、戦闘後に囲まれてしまえば逃げられない。

 オークジェネラルの鎧に矢を刺せるほどの実力者が、一回の『モンスター大進行』で散るような軽はずみな行動を取るとも思えん。

 崖上から崖下に一方的に攻撃ができれば別じゃが、そんな好条件な場所はなかった。


「レイヤードの娘、名をヴェールと言ったか? あの者なら天高く矢を放ち、オークジェネラルの鎧でも矢を通せそうじゃが……」


 タウルスのギルドマスターに話を振ってみる。

 近隣で最も弓の腕が立つと名高いのはその者だ。彼女の右に出る者は聞いた事がない。


「レイヤードさんと言えば、カルア村のギルドマスターですよね? 現在カルア村は厳戒態勢で警戒に当たっています。単身で挑むとは思えません。私もレイヤードさんを存じておりますが、無謀な戦術を実行させる人物ではなかったと記憶しています」


 タウルスのギルドマスターが即座に否定した。


「それもそうじゃな。そもそも矢を放つなら真っ直ぐ狙った方が威力が出るはずじゃし……。不可解すぎてわからん」


「ギルドマスター、そろそろ指示をお出しください」

「わかった。不思議な事はあるが、ワシが動揺しては士気に関わるのぅ」


 ワシは目先のキングとジェネラルの処理に集中する。


 キング包囲網を完成させるため、キングに張り付いて守るジェネラルを一体ずつ引き離す。

 それぞれBランク以下の冒険者たち四人一組で対応に当たらせる。ジェネラルのランクはAに近いB。Bランク二人が力を合わせれば簡単に処理できるはずじゃが、Bランクの参加者の数にも限度がある。

 そこでサポート役も含めて四人一組で対応に当たらせた。戦闘が長引けば、ジェネラルを倒し終えたパーティーが加勢。最終的に全員がキング包囲網に参加する。


 剥き出しのキングは外壁に近付けて、魔法による一斉射撃を行い怯ませる。続きはAランクパーティーのブネユーノを中心に割り振った。


――――――――――


「こちらがオークジェネラルに刺さっていた矢です」

「ほぉ。一本は鉄鋼の矢か。これは珍しいな」


『ガンブル』のリーダーが戦場から三本の矢を持ってきた。

 冒険者ギルドのギルドマスターをしておると、仕事柄武器を見る機会は多い。

 その扱い方を観察すると使い手の性格がある程度わかる。

 矢も例外ではない。


 どの矢も軸の根元まで血の跡が付いておる。それほどまでにこの者の矢の威力が高いという事じゃな。だからこそ、オークジェネラルの硬い鎧に矢を刺すことができた……。


 羽根の部分がへし折られて存在しない矢が一本ある。抜けないように鋭い返しが付いておる。詳しく見ると軸にはあぶった痕跡があった。

 これは矢を使い捨てにしていない証じゃな。


 鏃の状態も悪くない。

 きっとモンスターの血が付くたびに、キレイに拭き取っておるのじゃろう。


 この者の矢の扱いはとても丁寧じゃ。

 しかし、欠点もまた存在する。

 同じ鉄の矢でもシャフトの色が全然違う。

 通常矢は矢筒に入れて持ち歩くため、全部引き抜く前に鏃の種類が分からねばならない。だから鏃の種類別に軸の色を塗り直し目印としたり、羽根付近に小さな傷を付けて手探りでどの矢かわかるように工夫する。

 それがこの者の矢からは読み取れない。

 それどころか……三本の矢にそれぞれ別の持ち主がおると言われた方が納得がいく。それ程までに一貫性というものが感じられない。


「鉄鋼ですか?」

「鉄よりも硬度が高いため威力は上がる。じゃが、その分脆く扱いが難しい。剣なら肉を斬ればいいが、矢ではその突貫力故に骨に当たる。さすればすぐに使い物にならなくなるじゃろう。じゃから武器屋では強度の下がる矢は作られない。これはきっと自作した矢じゃな」

「矢を自作するのですか?」

「ワシも(にわ)かには信じられんよ」


 新品の矢でも貫くのが難しいとされるオークジェネラルの硬い鎧を、寄せ集めの材料から作った矢で貫くとは……。

 防御力だけで言えばオークキングの方が低い。キングは裸の王であるが、ジェネラルは鎧武者。



 今回招集された中にオークジェネラルに矢を放った者はいない。

【痛覚激減】の種族特性を持つオークジェネラルには下手な攻撃は逆効果。

 怒りを買って後衛が狙われれば一溜まりもない。それにオークジェネラルはオークキングから引き離していたため、外壁から安全に矢を放つ事もできなかった。



 ブネユーノのパーティーがキングにトドメを刺すと歓声があがった。

『モンスター大進行』のボスを倒すとモンスターたちは地理尻に解散する。野に解き放たれたモンスターたちは今までの統率された動きをなくし、他種族のモンスター同士で縄張り争いの小競り合いを開始する事もある。

 そのためボスを倒す前には二次災害を最小限にするため必ず数を減らしておく。


 二〇〇〇体以上のオークの消息は気になったが、キングが狙われているのに助けに来なかったところを見ると、案外この矢の持ち主が倒してしまったのかもしれんのぅ。

 きっと誰かに仮説を話しても笑い飛ばされるほど荒唐無稽じゃろうが……。


 この三本の矢も回収できれば再び使えたじゃろう。

 可能であれば是非一度この矢の持ち主に会ってみたいものじゃ。


「ミラ、ワシらの仕事は終わったようじゃな。ギルドを長く空けるわけにもいかん。急いで戻ろう」

「はい。ギルドマスター」


 不可解な事は起こったが、『モンスター大進行』は防げた。防ぐことが困難と言われる程に難易度が高いはずじゃが……。

 五〇〇体程度は倒したと思うが、その大半は低級モンスターたちじゃった。

 実質オークキング一体、オークジェネラル七体だけじゃな。


――――――――――


『モンスター大進行』の翌日。

 カルア村の冒険者ギルド。


「冒険者ギルドのギルド証をなくしたんですか?」

「引っ越しの準備をしている時に、なくしちゃったみたいです……」


 現在冒険者ギルドの受付嬢であるヴェールさんに小言を言われている。


「イルさん、もう一度よく探してみませんか? ギルド証は再発行可能です。ですがギルド証は身分証でもあるんですよ。それをなくすというのは信用をなくす事と同じになるんです。ポンポンなくされては困りますからね!」

「……はい、すみません。これでも何度も探したんです」

「発行に伴い新ランクで貯めたギルドポイントはリセットされます。イルさんの場合はDランクで蓄積したポイントがゼロになってDランクのスタートに逆戻りです」

「わかりました。再発行手続き、よろしくお願いします」


 最近、喜怒哀楽がハッキリしてきたヴェールさんだが、怒ると怖い。

 再発行の手数料自体は千ジェニー。高いと言えば高いが【豚肉(並)】程度だ。



 あと数日で生まれ育ったこの村を出る。

 理由はオーク狩りではこれ以上の成長が難しくなったからだ。

 資金だけは【豚肉(並)】を売って順調に貯める事ができた。


 (くだん)のギルド証だが、きちんと保管してある。

 武具屋のおっちゃんからもギルド証をなくすような奴は信用ならねーっと子供の頃から散々愚痴られているので、そういう物かと思って育った。

 おっちゃんの場合、客を選ぶ事ができないため、渋々商売はするそうだが……。


 ギルド証には討伐したモンスターを自動で記録する機能が付いている。

 大物を倒した場合の揉め事を減らすために設けられた機能だが、今回はその機能がどうしても邪魔になった。

 身分証であるため村の出入りに持ち歩かないわけにはいかないし、基本は肌身離さず持っている。


 岩の下にでも隠してモンスターを倒せば良かったんだろうが、ギルド証の有効範囲が全くわからなかった。

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