武器の新調
カルア村に唯一存在する武具屋『ぶきりたん』に来た。
ここの武具屋には消耗品の買い付けによく来る。
矢を使い捨てにしているわけではないが、骨に当たると鏃がかなり痛む。
あとはシャフトと言われる軸と羽根だ。
新品を買うのと材料を買って自分で組み立てるのでも費用は違ってくる。
営業中の札は出ているが、店内には誰もいない。
「おっちゃーん、いい弓と矢ってないか?」
「……なんだイルの坊主か」
「なんかトゲのある言い方だな。僕だと何かあるのか?」
子供の頃からお世話になってるから結構気さくに話しをする仲だ。
「いや、すまん。そういうわけじゃないんだ。イルの坊主なら鏃が錆びてても自分で磨くだろ?」
「他の人はしないのか?」
僕は弓の引き方から矢の手入れまで、おっちゃんに習った。てっきりみんなに手解きをしているもんだと思ってたんだけど?
「しないどころか、少しでも痛んだら捨てるってケースが大半だぞ。矢を何だと思ってるんだろうな……」
そんなひどいのか……。
店舗の隅に『廃棄物』と紙が貼られた樽が置いてある。中は矢でごちゃごちゃになっていた。
「あの樽に入ってる矢とか修理すればまだまだ使えそうだぞ?」
具体的には鏃を研磨して尖らせ、軸はあぶって真っ直ぐに矯正、駄目な羽根と使える羽根を取り替え、と手を加えないとならない。
だが、あれは『廃棄物』ではなく『宝の山』だ。
種類別にわかれてないから、鉄だけじゃなく銅や鋼なんかも混ざっている。硬度の高い鏃はそれだけで十分価値がある。
「持って行くか?」
「えっ? いいのか?」
「俺もやらなきゃいけねー仕事が貯まっててな。倉庫に眠ってたゴミの処分を頼まれたんだが、あのままじゃ捨てられないだろ? だからって中古の矢って売りに出しても見向きもされねー。あとは分解してそれぞれゴミに出すしかない。鏃だけはもったいねーから、合金にして打ち直そうと思ってたんよ。でも、女房に早く片付けろって文句を言われてたところだ」
「体よくゴミを押し付けられただけか?」
おっちゃんは女房の尻に敷かれて都会から田舎の村に婿にきた。
実家は代々武具屋を営んでいたがおっちゃんは長男じゃない。だから、家を継がなくても良かったんだと言っていた。
でも、家の手伝いは好きだったらしく、一通りは仕込まれたそうだ。
そして旅先のこの村で武具屋の娘に一目惚れ、見事腕を買われて結ばれた。
「多少手を加えないと使えないだろうが、砥石を買ってくれれば、ただでいいぞ。こっちは引き取る際に処分料をもらってるしな」
「おっちゃん、それ実質ただじゃないぞ。商売上手だな。まぁ、ありがたくもらって行くけどさ」
「あとは弓か……。中古と新品どっちがいい?」
「この子のおかげで弓の使用頻度が上がったからな。奮発して……中古の高級品を見せてくれ」
カールを撫でながら説明する。
胸に抱っこしてるから撫でやすい。
頭を撫でてやると目を細めて気持ちよさそうだ。
「奮発って言ったら普通は新品だろうが……。変な期待をさせるんじゃねーよ」
「中古ってだけで性能を考えたら一級品が安く買えるだろ?」
「そりゃ……坊主、中古だからな……。俺だって客商売で中古を新品の値段じゃ売れねーわ」
予算を言うと、おっちゃんが武器庫から黒い弓を持ってきた。
「大きくないか?」
「やっと弓の本番が始まるぞ」
今まで使っていたのが近距離向けのお手軽な弓に対して、今度のは中距離向けの本格的な弓。
サイズは今までの二割増し。
射程距離を伸ばすために弓を引く力が必要になるそうだ。
店舗裏のスペースで矢を射たが、かなり威力が上がった。
おっちゃんが言うほど弦は重くない。昨日のハイゴブリン狩りの経験値でレベルが上がったおかげかもしれない。
「どうだ、その弓は?」
「手になじむ。気に入ったぞ、おっちゃん!」
「本当は二五万ジェニーだが、イルの坊主だから予算の二三万ジェニーでいいぞ。名を『黒限』という。大切にしてやってくれ」
「『黒限』か……、わかった」
さっき冒険者ギルドでもらった二〇万ジェニーと弓を買うために貯めていた三万ジェニーが泡となって消えた。
が、メンテナンスをきちんと行えば、一生ものの品らしい。
今朝の狩りでカールのレベルが一〇になった。
覚えた能力は【拡大縮小】というスキル。
スキル使用時、体を大きくしたり、小さくしたりサイズ変更が自在にできる。
いつも抱っこをされているカールだからこそ覚えられたと思う。
村の中ではスキルを秘匿するためにも胸に抱くか、カード化の二択しかないが、狩場ではとても有り難い。今ではカールの定位置は胸ポケットになった。
アビリティーやスキルといった能力は、より使う動作がパワーアップするイメージだ。
本来のウルフなら【噛み付き】や【引っ掻き】を覚えるところ、索敵ばっかりしてるから最初が【気配察知】次が【拡大縮小】になったのか?
自身では戦闘に参加していないからか、未だに戦闘スキルを覚えないと言うのも珍しい。
僕も世間一般ではヒドい能力構成をしているが、前衛ポジションのはずのウルフが攻撃スキルを取得しないのは飼い主に似たのかもしれないな。
「ばう?」
カールの方を見て考え事をしてたので、不思議がっている。
「何でもない。今日は僕の弓を買ったからな。カールには高いお肉で贅沢させてやろう」
「ばう!」
しっぽをフリフリさせて喜んでいる姿も可愛いな。
精肉店で肉の価格と睨めっこする。
カールはどれを選んでも文句は言わないだろうが、さっき贅沢させてやるって言った手前……。
一度【気配察知】の恩恵を味わうと今までの狩りには戻れない。贅沢は敵だ。
それを言ったら肉もか……。
「今日は肉選びに時間がかかってるな。いつも【ウサギの肉】カードを取ってるんだろ? 実際に自分が取った肉って食べた事があるのか?」
「売る分を取るだけで食べた事はないです」
目から鱗。自分で取った肉を自分で食べる。確かにそれは考えていなかった。
今までは【気配察知】なんて便利スキルを持っていなかったから探索に時間がかかって生活するだけでいっぱいいっぱいの稼ぎだった。でも、これからはカールがいる。少し趣向を変えてみるべきかもしれない。
今日の狩場での連携を思い出しながらそう決意した。
「実はさっき【ウサギの肉】が半分だけ売れてよ。カード化を解除する前だと腐らないが、カード化を解除した食材カードってカードに戻らないし、段々腐っちまうだろ? 俺も早く売らないといけない。どうだ? 二人で食べるなら半分でも十分だろ?」
「なるほど。買った!」
「まいど!」
【ウサギの肉】を売る場合カードのまま売るため、カード化が解除されている【ウサギの肉】を買う人は少ないのだろう。
多少は安くしてくれたと思うが【ウサギの肉】を冒険者ギルドに売った金額と精肉店で買う半分の代金が大差ない。普通に冒険者ギルドに売らず、丸々一個食べた方がお得だ。
経由した分だけ高くなるのか……。いい勉強になった。
アパートに帰り、調理に入る。
カールは生肉のままでいいので、まずは半分にした。考えてみたらカールは昨日も【ウサギの肉】を食べている。二日連続食材カードとは贅沢な生活だ。
僕は親を早くに亡くしているせいか、料理を習った事がない。
出来るのは買ってきた食材を焼いて、調味料をかけるだけ。
たまには煮たりもするが、あまり料理の勉強をして次の能力覚醒で【料理】を取得したら目も当てられない。
今日は食材の味を楽しむために塩コショウだけにする。
「いただきます!」
「ばう!」
一口食べただけで【ウサギの肉】を売るだけでなぜ、生活できたのかわかった。口の中に広がる肉汁で力が漲る。
これが肉とするなら今まで精肉店で買っていた牧場肉はきっと肉じゃない、あれは偽物だ。とてもじゃないがこの先、肉とは呼べない。
「また食材カードを手に入れたら食べてみような」
「ばう!」
カールも【ウサギの肉】を気に入ったのか、嬉しそうな返事をした。
『冒険者のてびき』に従い次の狩り場を考える。
野ウサギ狩りを終えた冒険者見習いはリザードマンを狩る。
だが、リザードマンがメインに出る砂場地帯のモンスターは食材カードを残さない。稀にいるサボテンというモンスターが【サボテンの果肉】を残すそうだが、サボテンのメインは砂漠地帯なので今回は除外した。
リザードマンを拒否したい理由がもう一つ。弓との相性が非常に悪い。
周囲の警戒の際に顔を振るのだが、これがどうも速いらしい。矢で急所の頭を狙っても外す確率が高いそうだ。
弓での倒し方としては足を射抜いて地面に縫い付け、それからゆっくり倒す事になる。
ハイゴブリン狩りの時にカウンターに忘れていった『冒険者のてびき』に手書きで注意書きが添えられていた。
わざわざヴェールさんが書いてくれたらしい。
普通は一冒険者にここまでしないそうだが『昨日のお詫び』と言っていた。昨日、何かしたとすればメリーさん同様、吐き気をもよおして迷惑をかけたぐらいしか思い浮かばない。
「そうなると……オークか。ヴェールさんのオススメもオークだな」
赤色で目立つように二重丸の印が付いている。
リザードマンの倒し方は突発的に遭遇した場合に備えて書いてくれただけだろう。彼女も弓使いだから同じ道を通ってきたのかも……。
オークは動きは遅いが、きちんと急所を狙わないと【痛覚軽減】という種族固有の特性があるため、そのまま動き続けるそうだ。
『見つかったら全力で逃げれば逃げ切れる!』
『その場合、他の冒険者に迷惑をかけないように!』
と注意書きが……。
――――――――――
翌日から新しい狩場へ。徒歩で一時間程度。
クエストを受けていないので『あいつ今日何をしているんだ?』状態。緊急避難指示があっても、連絡の取りようがない。
村を離れたら、人目がないのを確認してカールを胸ポケットへ移動する。【拡大縮小】は姿を眩ますのにも有効だ。カールの切り札と言ってもいい。だからこそ【拡大縮小】は他人に知られてはいけない能力の一つだ。仮に遠くからモンスターが消えたのを目撃されても、カード化したと思われるだけか……。
山へ行く門以外の出入口を初めて使った。
道すがら周辺のモンスターとドロップ品の買い取り価格の表を見る。
「オークって【豚肉(並)】と【豚肉(上)】の二種類を落とすのか……。うわ、【豚肉(並)】の買取価格が【ウサギの肉】の五倍もするじゃん。【豚肉(上)】の買取価格は書いてないし」
【豚肉(上)】っていったいいくらの値が付くんだよ。
周囲の警戒はカールに任せているので、安心だ。
「ばう!」
「さっそくか!」
カールの【気配察知】にモンスターがヒットしたようだ。
顔の向きを変えて、左前足で四回タップする。
どうやら道路から四〇〇メートル離れた森の中にモンスターがいるらしい。
草むらをかき分けて、進んだ先には二体のモンスターがいた。
「あれは……なに?」
人型だが顔には豚の鼻が付いている。身体的特徴から判断してあれがオークか……。
始めて見るが不気味な顔だ。女性は特に苦手意識が強くなるとメモには書いてあった。ブサイクだからな、仕方ない。
弓を限界まで引き絞って放つ。
矢は一直線に飛び、後頭部から喉に抜けて突き刺さった。
さすがに喉に刺されば呼吸ができないのか苦しそうにもがいている。矢を抜こうと手前に引っ張るが羽根が引っかかって抜けない。それ以前に急所に矢が刺さったのに、即死じゃないとか、どんだけタフなんだよ……。
「ブヒッ!」
仲間が突然倒れたためにもう一体のオークが怒りの声をあげた。
こっちは見つかる前に移動する。オークは動きが遅いから距離を取るのは簡単らしい。
それに僕にはカールがいる。
モンスターの動きを目で追わずとも、カールの視線の先を意識すればいい。
目の前の足場に集中して転ばないように進む。自分の体を隠せて、遮蔽物が少ない場所。そんな狙撃ポイントを探す。
「ここからなら狙いやすい」
再び弓を構える。
「おっ? すぐには死ななかったけど、無事倒せたようだな」
虫の息だった一体目がドロップ品になっていた。
オークはさっきまで僕がいた辺りを捜索して無防備だ。
がら空きのこめかみに矢が吸い込まれた。
崩れ落ちながら消える。
「今度は即死か……」
首と頭では同じ急所でもダメージが違うようだ。これまでは急所に当たればそれだけで良かったが、これからは更なる一射が求められる。
一体目のオークからドロップしたカードには【豚肉(並)】と書かれていた。
「カールと一緒なら狩れない事はないかな」
「ばう!」
「接近戦は正直やりたくないけど……」
二体までなら倒せるようだ。
あまり単体のオークと遭遇しない。二体が最多、次が三体、最後が一体。四体は遭遇しないのか、カールが避けているのか詳細はわからない。
三体の時はカールに囮をしてもらう。注意が一瞬でも逸れればオークはいい的だ。
狩りを終え、意気揚々と冒険者ギルドに戻った僕はヴェールさんに今日の戦果を見せる。
可愛い顔で挨拶してくれたはずが【豚肉(並)】カードを見て動かなくなった。しかも体が震えて顔が真っ青だ。
「あ、ギルドマスター。こんばんわ。ヴェールさんが固まっちゃいました」
「おう。こんばんわ。話は聞こえていたぞ。オークを狩ってきたんだってな。無事で何よりだ。ところで、ヴェール……」
「……は、はい」
「どこの世界に野ウサギ狩りをしてた奴の次の獲物がオークになるんだ? お前はラビットボーイを殺す気だったのか?」
「い、いえ、そんな……滅相も御座いません」
なんかオークを狩っちゃいけなかったみたい。
僕のせいでヴェールさんがギルドマスターに怒られている。
僕の後ろにいた人はスッと隣のおばさんの列に移動した。
また長くなるのか……。
「僕が勝手にオーク狩りに行ったんです! それに、ほら、そうだ。今日はクエストを受けていないじゃないですか! ヴェールさんは全く悪くありませんよ!」
「チッ! ラビットボーイがそこまで言うんじゃ、これ以上は怒れないな。ヴェール、きちんと説明しておけよ!」
ヴェールさんがギルドマスターの言葉に何度も頭を上下している。
「ところで……、オークは初めてだよな?」
「はい。そうですけど?」
「そのカード枚数……お前、何体ぐらい倒したんだ?」
「五〇体ぐらいですかね? 野ウサギもそれぐらい狩ってたんで……」
「そ、そうか。まぁ、無茶はすんなよ」
「はい、ありがとうございます?」
なぜか疑問系に返事をしてしまった。
「いいですか、イルさん。野ウサギとオークでは推奨ランクが三つも違うんですよ」
ヴェールさんがカウンター越しに前屈みをする……。それも小声で言うもんだから顔が近い。でも、僕の意識は彼女の胸の谷間に注がれる。制服から見えちゃいけない物が、見えてますよ!
今日はピンク色の下着ですか。可愛いヴェールさんにとてもよくお似合いだと思います。
「お嬢ちゃん……誘惑してんな」
っとジェイドさん。
それを言っちゃいますか! こっそり見てたのがバレたではないですか……。
「すみません。見るつもりは……」
「私の方こそすみません。迷惑ばかりかけて……」
「青春してんな。ギルド内が騒がしくなる。ここから先は個室に移動してやれや」
二人で顔を真っ赤にして移動した。
「私のせいで目立ってしまってすみません」
「本当に大丈夫です。それに色々と見えちゃうから頭をあげてください」
僕は何を言ってるんだ……。
「コホン。それでは説明しますね。野ウサギは攻撃して来ないのでランク外でもいいんですが、最低ランクのGが形式上付いてます」
野ウサギって稀に攻撃してきますよ? 主な行動パターンが逃走なだけですが……。
「他のモンスターが徘徊しているのでランク外設定にしても変わらないって意味もあります。そしてイルさんは現在Fランクです。ですが、オークはDランクに設定されたモンスターになります。Dランクに成り立ての冒険者でもオーク狩りは一人では控えさせます。理由はわかりますか?」
「タフだから?」
「そうです。いくら攻撃しても【痛覚軽減】の種族固有特性があるため突進して来るんです。私……書きましたよね? 『見つかったら全力で逃げれば逃げ切れる!』って……」
「あれは『距離を取りながら戦える』って意味じゃ……」
ヴェールさんが困った顔をした。
単調な仕事をして心ここにあらずって対応をされた時より冷たい空気が流れている。
「普通に『遭遇したら逃げて』って文面じゃないですか!」
「でも、オークに二重丸が付いてましたけど……」
「赤色は危険を表す印ですよ! オークは危険度レベル二です。この周辺で一番脅威のモンスターなんですよ! 自分が何をしたのかわかりましたか?」
「……はい」
いきなりヴェールさんの説教が始まった。
カールは昨日レベル一〇を迎えたばかりなのに、オークを狩っていると三つ目のアビリティーに目覚めた。妙にレベルアップのペースが早いと思っていたんだ。
知らず知らずのうちに、かなり格上のモンスターと戦っていたなら納得だ。
おかげで僕自身もレベルがいくつか上がったと思う。
「冒険者ギルド職員としてお聞きします。この村を拠点にこれからも冒険者を続けますか? それともより高見を目指すため村を出ますか?」
「えっ? どういう事?」
「この周辺にオークを超えるモンスターはいません。ですので、ここに留まっても、これ以上の成長を望めません。もう一度聞きます。あなたはどうしますか?」
何時もお読み頂きありがとうございます。
第一章は二〇話前後を考えています。
ブックマーク一〇〇〇以上で第二章を、それ以下で打ち切りを予定しています。
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