報酬
ハイゴブリンが築いた集落を壊滅させた。
時間にするとわずか一五分。
少数で囲いができなかったため、結構な数のゴブリンが地理尻に逃げていったが、ハイゴブリンさえ潰せば問題ないそうだ。
むしろここからは通常クエストとして駆け出し冒険者の仕事にすればいい。
開けた広場の中から人の亡骸を発見できたが、状態が酷すぎて誰か判別できない。
しかし、ヴェールさんには調べる方法があるようで丁寧に遺体に名前を添えていく。
血が付いたビニール手袋を外しながらヴェールさんがこちらにやってきた。
「お待たせ致しました」
「……どうなりましたか?」
「身元確認は六名まで終わりました。あと一名は見つからなかったので、行方不明者扱いになるかもしれません。イルさんのおかげで被害の拡大を抑えることができました。ご協力ありがとうございます」
「……そうですか」
ヴェールさんの言葉は冒険者ギルドの受付嬢として本心だろう。
僕はモンスターに食いちぎられた遺体を初めて見たので冷静ではいられなかった。
無論『君のおかげで被害の拡大を抑えることができた』と言われても正直困るし、被害が出ている以上どうしても素直には喜べない。
僕も昼間に同じ運命になりかけたと思うと気が気じゃなかった。
それでも新人冒険者七名で被害を食い止められた事は不幸中の幸いなのだろう。
見つかった遺体はその場に土葬された。
本当は町まで運んでやりたい。だが、顔が判別できない上に体のあちこちが千切られてなくなっている。腐敗臭こそしていないが、こんな状態を家族に見せても悲しみが酷くなるだけだそうだ。
せめてゴブリンの集落から離してあげればいいのに……っとも思ったが、冒険者が死んだ場合、通常はモンスターのお腹に収納されるだけだから、土葬されるだけでも十分立派な送り方になるらしい。
遺品は冒険者ギルド登録時の遺言通りに処理される。無記入可なため家族がいる者は家族へ。身よりのない者は冒険者ギルドの運営資金にまわるそうだ。新人育成にも金がかかるんだよっとギルドマスターが嘆いていた。
ボスウルフこと、コマンドウルフはジェイドさんが一人で討伐に向かう。コマンドウルフの逃げ足を考えると、単身の方が早く終わるらしい。
それに彼には【気配追跡】のスキルがある。何人たりとも逃げられない。
翌日。
右前足を失ったカールを抱えて村の中を歩く。
昨日石鹸で必死にカールの体を洗ったから相当綺麗になった。今では獣臭さよりも石鹸の香りがする。
三本足では左前足の一本に負担がかかりすぎる。仕方なく抱っこするための布を巻いて、肩から斜め掛けにして前抱きした。
村の人は珍しい光景に笑っているが仕方ない。
「くぅ~ん」
「これからもっと逞しく生きなくちゃならないんだ。これぐらいで弱音を吐くな」
「ばう!」
昨日の一件で心構えが備わった気がする。もう一年以上毎日野ウサギ狩りをして、安寧な暮らしに満足し過ぎた。いつ何時危険と隣り合わせになるのかわからない。その前に強くなる機会があるなら逃さずに掴み取りたい。
でも、今日までは野ウサギ狩りを予約しているので、クエストをこなそうと思う。
冒険者ギルドへは夜行けばいい。
山に到着するとすぐに行動を開始する。
「カール、【気配察知】」
「ばう!」
昨日ジェイドさんの言葉でカールが索敵系スキルを覚えているだろうと言われて確認したら確かに【気配察知】のスキルを取得していた。
能力は使用頻度の高い行動がより性能アップするように覚醒すると言われている。
カールがモンスターカードになってから行った行動は僕が避難した木への誘導とハイゴブリンの臭いの嗅ぎ取り。【気配追跡】を覚える可能性もあったと思うが、ゴブリンの巣で警戒していた行動が決め手になったのか【気配察知】を覚えた。
カールには野ウサギを中心に探してもらう。あとは近場のモンスターがいればそれも教えてもらう。
早速カールが右を向いた。その方向にモンスターがいるようだ。
慎重に草むらをかき分ける…………カールさんや、モンスターがいないのだが……。
「くぅ~ん」
僕の疑いの目にカールが悲しそうな声を出す。
さらに一〇〇メートル進むと野ウサギがいた。
いると思って探すのと、いきなり横に見つけるのとでは話が変わってくる。
弓を引く時にカールを前抱きしているのはさすがに邪魔だ。
もっと早く気が付くべきだった。帰ったら改良しよう。今はカールを布ごとグルッと回して背中側に移動させる。
茂みから弓を引き絞って矢を放つ。
無防備な首の付け根に深々と刺さった。
「こんなに早くモンスターを見つけられたのは初めてだな。次いけるか?」
「ばう!」
カールには一〇〇メートルを教えて顔の向きと左前足のタップ回数で大まかな距離を教えてもらう。
さっきの無駄な長さの緊張感がなくなっただけでもかなりの進歩だ。
今度は山頂側に一〇〇メートル。
「僕も【気配察知】欲しかったな……」
モンスターが次々と見つかる。
しかもこちら側から必ず先制攻撃が行えた。カールがいるだけで今までの何倍も効率がいい。
これなら戦えなくても貢献度だけで毎日肉を食べさせてあげられる。
お昼前に【ウサギの肉】カードが五枚になった。これは僕が野ウサギ狩りを続けてきて初めてだ。枚数もそうだし、討伐数も……。
「カールのおかげで大量だ。報酬で肉を買ってやるからな」
「ばう!」
【ウサギの肉】が高級というわけじゃないが、庶民は安価で売られている牧場肉を食す。
冒険者ギルドに顔を出すとまだお昼を迎えたばかりでガラガラだった。
日の高いうちに狩りを終える方が少ない。
「あ、イルさん。お待ちしてましたよ」
「今の時間帯ならゆっくりお話ができるかと……」
「昨日の今日でお嬢ちゃんをナンパしに来たのか。今日のお嬢ちゃんの上がりは二〇時だぜ」
「ちょっと、ジェイドさん。何を言ってるんですか!」
「照れるな照れるな。お嬢ちゃんにもやっと春がきたってもんよ」
僕は二〇時にヴェールさんを迎えにくればいいんでしょうか?
彼氏でもないのに、バカな考えが頭を過ぎった。
「私は冒険者ギルドの受付嬢としてイルさんを待っていたんです! そりゃお話したいって言われた時はドキッとしましたが……、って違いますよ。今のは忘れてください」
今までのヴェールさんの無表情キャラはどこへやら……。顔を真っ赤にして慌てるヴェールさんは素直に可愛い。
こんな子が彼女なら、彼氏は嬉しいだろうな。
「昨日のハイゴブリンの報酬は用意してあります。それと昨日カウンターに忘れていった『冒険者のてびき』です。お返ししておきます」
「あ、『冒険者のてびき』はここに忘れてたんですね。ありがとうございます」
冊子を受け取るだけなのに、二人で見つめ合ってしまった。
「お嬢ちゃんをからかうのは楽しいな。イルって言ったか? あんたに死なれたらお嬢ちゃんをからかえなくなる。絶対に死ぬなよ」
「えーっと……はい」
やはりジェイドさんにからかわれてただけだった。危ない危ない。本気にするところだった。
「私たちギルド職員の消耗品の購入、武器のメンテナンス代。夜勤と残業代と言った労働に対する対価は差し引いています。本当はそれを引いちゃうと全く残らないため、定額の報酬というのが付くんですが……。今回は売却額が大きかったので、遠慮なく引かせてもらいました」
「はぁ……。でも、僕は何も活躍してませんでしたから、もらえるだけで十分ですよ?」
さっそく昨日の報酬をもらった。麻袋に入っているが袋の口から見えるコインの色が普通じゃない。
受け取ってすぐにがっつくのもはしたないのでグッと我慢する。
「ドロップカードは通常時の買取価格で計算されています。もろもろ引いて……ギルドマスターが端数を切り上げにしてくれたので二〇万ジェニーですね」
二〇万ジェニーだって?
チラッとギルドマスターのハゲ頭を見ると親指を立ててニカッと笑う。
「ハイゴブリンがレアドロップを出したんよ! 最低額の五万ジェニーが一気に跳ね上がったんだ。ラビットボーイは運がいいな」
定額って五万ジェニーだったのか。道案内しかしてないし、正直五万ジェニーでも十分すぎる報酬だ。
二〇万ジェニーと言えば、僕の一年分に当たる稼ぎ。
「貰い過ぎでは?」
「そんな事ないぞ。村に被害が出かねないモンスター量だっただろ? もし実際に村に攻めいられ田畑を荒らされる被害が出ていたら二〇万ジェニーなんて額じゃ収まらない。これは村の被害を未然に防いだラビットボーイへの報酬だ」
「そう言われるとそうかもしれませんが……」
「まだ納得できないですか? でしたら、これは冒険者ギルドからイルさんへの先行投資だと思ってください。そのお金で装備を新調して少しずつ返してくれればいいですよ?」
「先行投資……。装備の新調……」
自分の弓とヴェールさんの白塗りの弓を思い浮かべる。
いくら逆立ちしてもこの弓のままでは、あの弓は超えられない。強くなる機会を掴むなら、強くなるための武器がいる。
ヴェールさんに説得されるとスッと納得できた。
「わかりました。そうします! あ、今日の【ウサギの肉】のクエスト報酬は皆さんで食べちゃってください!」
「あ、ちょっと。イルさん?」
「さすが、ラビットボーイ。【ウサギの肉】カード、ありがとよ!」
走ってギルドを飛び出した。ヴェールさんが引き止めようとしていたが、ギルドマスターはお礼の言葉を述べていたし、大丈夫だろう。
――――――――――
イルが冒険者ギルドを飛び出した後。
「それにしてもお嬢ちゃんは気付いているか?」
「何がですか?」
「昨日【ウサギの肉】クエストを失敗したって事は、昨日の時点では在庫がなかったんだろ? 朝から昼までで五枚も集めるほどの実力になっているって事だ」
「そこはカールちゃんがいい感じに噛み合っているんでしょうね」
「それもあるだろうが、あいつ……もしかしたら……」
「もしかしたら何ですか?」
「服の汚れが全然なかった。今日は弓しか使ってないかもしれん」
「全部初撃で致命傷を与えたって事ですか?」
「あぁ。もしかしたらだが【隠密】の能力を得たのかもな」
「【弓術】、【気配察知】、【隠密】ですか……」
「なんでそんな奴がFランクにいるんだ?」
「イルさんは『ラビットボーイ』って言われるぐらい山しか行かないようですから……。蓄積された経験値は相当だと思いますよ」
――――――――――
その日の夜。
冒険者ギルドのギルドマスターの部屋。
「ジェイド、本当に報酬はいらんかったのか?」
「あいつに十分過ぎるぐらいの報酬をもらったからな。俺の分はあいつにあげるって発言に二言はない。そういうマスターもだろ?」
「あぁ、そうだな」
「何がハイゴブリンからレアドロップだよ。よくそんなデマかせを思いついたよ」
「ヴェールもメリーも奴にあげてくれって言ってきたからな。額が額だから理由がいるだろ?」
「メリーもお嬢ちゃんの幸せを願ってたって事だな。俺はお嬢ちゃんに出会って五年だ。マスターは?」
「俺は引き取ってからだから八年か……」
「お嬢ちゃんは、もう二度と笑えないのかと思ってたぜ……」
「無理もない。両親が目の前でモンスターに殺されたら誰だって笑えないさ……」
「でも、あいつが俺たちにはできなかった事をしてくれた」
「俺は明日半休を取って、ラビットボーイがくれた【ウサギの肉】をヴェールの両親のお墓に供えてくるつもりだ」
「お嬢ちゃんを心配してるはずだからな。きっと喜ぶだろうよ。俺はカードを財布に入れてお守りにさせてもらうぜ」