ハイゴブリンの集落
テイムが成功すると目の前のウルフが光ってカード化された。
カード化されたモンスターは休眠中となり、自然回復が強化される。
カードの絵を見るとそこには右前足を失ったウルフが表示されていた。カード化していると部位欠損が治るという話は聞いた事がないためやはり無理なようだ。
レベルは一でステータスは高くない。三本足の最低ランクのウルフが役に立つとは思えない。
それでもカードホルダーにモンスターカードを装着して装備すると能力が備わるそうだ。しかし、その状態でモンスターを倒しても装着モンスターには経験値が入らない。経験値を与えるにはあくまでもカード化を解除する必要がある。
あいにくカードホルダー自体が入手困難なため僕は持っていない。
せっかくモンスターカードを手に入れたのだから、カード装着最大五枚のカードホルダーじゃなくてもいいから、欲しいところだ。
カルア村に戻るとまずは冒険者ギルドに向かった。
通常の受付窓口は三つあり、受付嬢が忙しくクエスト帰りの冒険者の相手をしている。
僕は二番人気の受付嬢の列に並ぶ。
なぜ二番か……。
一番人気の受付嬢はこんな辺鄙な村の受付嬢をしているのが不思議なぐらい綺麗だ。人気があるのもわかる。それは言い換えれば長蛇の列を作る。
三番人気、いや残りの窓口は……おばさんだ。昔は人気受付嬢だった……本人曰く人気受付嬢だったらしい。並んでいる最中に漏れ聞こえる会話は面白いんだろうが、モンスターと戦って帰ってきた身としては潤いが欲しい。
おばさんの列は並ぶ人が少ないので時間がない人には需要がある。
僕が並んでいる窓口の女性は淡々と仕事をこなすタイプだ。ただし、可愛い顔が台無しになるぐらい微笑まない。
『是非、俺のためだけに笑顔を……』っと熱望するファンが多い。
この村にはないが、大きい町の冒険者ギルドには通常窓口とは別にBランク以上窓口が存在するそうだ。あとは専属受付嬢なんかも噂で聞いた事がある。
やっと僕の番だ。席に着く。
「こんばんわ。お待たせ致しました。クエスト報告でよろしいですか?」
「はい。いつも通り【ウサギの肉】の入手クエストを受けてたんですが……規定数に届かず失敗してしまいました」
【ウサギの肉】の規定数は一枚からだ。
【ポーション】の材料である【薬草】は五本からと品によって最低受取規定数が決まっている。
「わかりました。それではギルド証を更新致します。ご提示ください」
毎日同じやり取りをしているため、ギルド証はすでに用意してある。
それよりも受付業務がいつもより流れ作業な気がする。冒険者に成り立ての新人が行う【ウサギの肉】すら集められなかったのだ。この対応でも仕方ないか……。
「それではクエストの更新が終わりました。クエスト失敗の違約金はクエスト報酬の二割です。五日以内にお支払いください」
【ウサギの肉】は常時貼り出されているクエストだから失敗しても問題にはならないが、本来クエストの達成の成否はもっと重要だ。
例えば民間人から冒険者ギルドに【薬草】採集五〇本の依頼が届く。クエストを一人、もしくは一パーティーに全て任せて失敗した場合、それは冒険者ギルドの責任になる。
そのためクエストは複数で行われるのが一般的だ。
複数で行われる以上メリットとデメリットが存在する。
メリットはもちろん冒険者の負担が減る。
デメリットは【薬草】五〇本集めて戻ったら、クエストが他の人によって達成済みになっている場合だ。
そのためクエストを受ける前にクエストを行っているパーティー数は常にわかるようになっている。
クエスト中は買取価格が上がるだけで、通常価格での買取は行われている。だから仕事の達成率を上げたい人気受付嬢は可愛くこう言う『私のためにお願い』っと……。
「わかりました。明日また挑戦してきます……」
【ウサギの肉】採集クエストを受ける紙を受付嬢に渡す。クエストを受けずに【ウサギの肉】を売るよりもクエストを受けて売る方が儲けが良くなる。
一枚残して売れば次回安全だがそんな利己的な奴は最初から冒険者生活に向いていないと非難される。
あとは素材を持っているという理由だけでクエストを受けてすぐ売る奴も嫌われる。冒険者ギルド的には何も問題はないが、他に同じクエストを受けている奴が多々いるからだ。
冒険者同士も持ちつ持たれつ。
そんな暗黙のルールを守れない奴は冒険者ギルドで先輩冒険者の洗礼を受ける。
帰る前に明日のクエストを受注したのは、こうすると裏技で明日の朝、ギルドに寄らなくていい。翌日寝込むと即失敗というデメリットはあるが……。
「僕だって一〇体を超えるウルフに囲まれたり、ハイゴブリンに会わなければ……」
僕はクエストを失敗した。でも、理由はちゃんとある。少しぐらい話を聞く素振りを見せてくれたっていいじゃないか……。
今日の稼ぎは満足する出来だった。でも、モンスターに邪魔されたんだ。
やるせない気持ちから心に余裕が無くなっていた。そんなところにトドメを刺すような流れ作業な対応に言うつもりじゃなかった言葉が漏れてしまう。
僕が慌てて立ち上がり逃げようとすると、彼女に腕を掴まれた。
「えっ?」
驚きで思わず声が漏れた。
僕よりもかなり強い力。それもそのはず冒険者ギルドで働く者はモンスター知識が必要なため元冒険者だ。
最低でも暴れた冒険者を抑える力を持たねば採用されない。
普段感情を表に出さない彼女が、怖いぐらい真剣な顔になった。
「待ってください! 一〇を超えるウルフの群れに遭遇したんですか? その中に指揮をしているウルフはいませんでしたか? それとハイゴブリンにも会ったって言いましたよね? ハイゴブリンの象徴のモヒカンヘルムは確認されたという事ですか?」
喧騒の中、普段の彼女からは想像もできない大きな声に周りがシーンっとなる。
「……は、はい。ウルフを束ねるウルフがいました。あとモヒカンヘルムも見ました」
たくさん質問されたが、いきなりすぎて戸惑いを隠せない。
急になんだと言うんだ。突発的に迷いモンスターと遭遇する事なんて冒険者生活ではよく聞く武勇伝だ。
それを酒の肴にして盛り上がる。冒険者とはそんな生き物だ。
さっきまで負の感情に支配されていたが、彼女は僕の声に耳を傾けてくれた。それだけで胸の奥にあった蟠りがスッと消えるのがわかった。僕は誰かに今日あった事を聞いてもらいたかっただけなんだ。
「ヘルプお願いします!」
対応に時間がかかる案件ができた時に受付嬢がギルド職員に業務を代わってもらう合図だ。緊急事態の合図でもあるため月に一度どころか田舎の村ではそうそう聞くことはない。
「みんな、すまないね。今日は緊急事態みたいだよ。お金の清算で急がない人は後日支払うから、おばさんの列に並びな! ヴェールの真剣な顔が見られたんだから満足だろ?」
おばさんが僕の後ろに並んでいた人に声をかけて移動させた。
さらに奥から二人の男性が出てきて受付業務を手伝う。
受付に座らないとデータベースを操作できないため、アナログで対応している。一番時間のかかる金額の清算は次回にまとめるようだ。
一人一分もかからずに流れていく。このおばさん、凄腕かも……。
僕の腕を掴んだ受付嬢はヴェールさんと言うらしい。
「えーっと、イルさんの狩り場は……」
データベースから名前を読み上げた。こんな【ウサギの肉】のクエストしか受注しない冒険者なんて名前を覚える価値はないだろう。
でも、ヴェールさんが冒険者の名前を口にしているのを初めて聞いた。
ギルド証の提示があれば通常業務をする上で名前は必要ない。
やっとギルド証しか見なかった状態から、相手の顔を見た状態に彼女の中でランクアップしたようだ。それだけで今日の不幸が帳消しになった。
「場所は東の門を出てすぐの山道を登った山です。『冒険者のてびき』に載っているオススメの山です」
野ウサギは村の近隣の山や草原に出没する。僕が普段からお世話になっている山は『冒険者のてびき』で一番歩き易いと書かれている山だ。
歩き易かろうが、歩き難かろうが野ウサギがいるような人里近くにハイゴブリンは現れていいモンスターランクじゃない。
僕は何度も読んで、ぐちゃぐちゃになった冊子を鞄から取り出す。
「東の門がここだから……。この道を歩いて三〇分ぐらいの場所です」
地図が載っているページを開いて……移動経路をなぞった。
もともと冒険者ギルドが配っている冊子だ。受付嬢が知らないはずがない。
「なるほど。事情はわかりました。これから真偽を確かめる必要はあります。ですが、村からすぐの場所にコマンドウルフとハイゴブリン。それも新人が採集クエストをする山に……。ちょっと待って頂けますか?」
「……はい」
コマンドウルフ?
ボスウルフの正式名称かな?
ヴェールさんは他の窓口担当に話しかけている。
美人とおばさんが顔を横に振ってから、二人の視線が一瞬だけこちらを向いた。
そしてヴェールさんが戻ってくる。
「本日、山に採集クエストに向かった冒険者のうち、三組七名の冒険者がまだ戻ってきていないようです。戻ってきたパーティーには急いでどの山に入ったか確認をしますが……きっとイルさんが入った山とは別の山でしょう」
生きて戻った事が奇跡の生還扱いになっている。
今日の出来事を掻い摘まんで説明した。
「ウルフに囲まれて【ウサギの肉】を囮に木の上に緊急避難。一時間ほど睨み合って……」
「睨み合ってないです。突破口がなく、木の上で死を覚悟していただけです」
説明した直後なのに変な着色が入る。
緊急事態だとやる気が出るタイプだったのか……。
「おおよそでいいんですが、何時頃かわかりますか?」
「お昼におにぎりを食べたあとすぐなので、一時には木の上、ハイゴブリンの出現が三時前ぐらいだと思います」
「確かに時間的に他の冒険者さんがウルフの群れまたはハイゴブリンと遭遇している可能性はありますね。あ、今回のクエスト失敗は緊急処置として扱われる場合があります。その時は違約金は免除されます」
二割の違約金がなくなった!
「それとこれからすぐにハイゴブリンの緊急討伐パーティーが出発します。現場をよく知るあなたに参加してもらえないでしょうか?」
「今からですか? 外はもうすぐ暗くなりますよ? 夜はモンスターが活発になるんですよ?」
村に戻った時点ではまだ日は落ちていなかったが、受付に並んでいる間に夕方を迎えた。
元冒険者の受付嬢が夜間の狩りが昼間の何倍も危険だと知らないはずがない。
「こちらのギルド職員がイルさんに随行します。私も最後まで見届けます。お力を貸してくれませんか?」
気が付いたらヴェールさんの後ろに武器を持った人が三人も立っていた。
「話は聞いていたぞ。ラビットボーイに戦えとは言わん。お前は木の上に避難出来て助かったかもしれん。しかしだな、全員が生き延びれたとは限らんのだ。事態は一刻を争う」
えっ? 僕……ラビットボーイって呼ばれてるの?
そりゃ【ウサギの肉】クエストを延々と繰り返してたけどさ……。
ガシッと体格のいいハゲたオッサンに右腕を掴まれて立たされた。
「レイヤードさん! 強引な連行はギルドの規約違反になりますよ!」
「ヴェールはお堅いな。今も新人が俺たちの助けを待ってるんだ。速くしろ。お前もボケッとするな。行きたくないって言うなら仕方ねーから、ギルドマスター権限だ。ほら、行くぞ」
このハゲたオッサンの名前はレイヤードというらしい。こう見えて役職はギルドマスターだった。
権限を行使して超超超超超超超強引だ。人の話を聞かないタイプか。逃げられそうもないわ。
「それとラビットボーイ……」
「……なんですか?」
「本来いるはずのないモンスターを目撃したら、並ばずに緊急報告してくれや……」
「あ……、すみません」
一刻を争うような事態にしたのは僕だったのか……。素直に謝った。
――――――――――
最後まで見届けると言ってたけど、ヴェールさんも戦うんだ。
矢筒を斜めがけにして、弓を持っている。
僕のより大きい白塗りの弓で持ち手の部分には滑らないように黒革が巻いてある。
ギルドマスターは手に金属製のグローブ。
さっきから左右の手を打ち合わせてガンガンガンガンうるさい。
あとは欠伸をして暇そうな短剣持ちの盗賊さん。
別に泥棒、略奪をするから盗賊と言われているわけではない。姿を隠して任務を行ったり、情報収集が得意な人の総称だ。今夜は人探し要員らしい。
最後の一人は杖をギュッと握っている女性。なぜか震えている。
「顔色が悪いんですが……」
「彼女の事は気にしないでください。優秀なヒーラーであり、バッファーです。ただ……生粋の引きこもり患者で……外が苦手なんですよ。普段は金額の計算を担当しています」
ヒーラーとは回復魔法を扱える人。バッファーとは支援魔法を扱える人。それを一人で行える人材らしい。
それだけのスキル構成にも関わらず、生粋の引きこもりという超が付くほどのデメリットを抱えているようだ。
冒険者のクエスト代金はこの女性が計算していたのか……。そりゃ引きこもれて最高の職場だと思う。
ただ、今回は現場での回復役として駆り出されたのであろうが、とにかく顔色がヤバイ。
口に手を当ててオエッオエッって吐き気をもよおしている。
頼むから出発前に吐かないでくれよ……。
むしろ自分に回復魔法をかけて体調管理をして欲しい。
「気になるか? まぁ綺麗な顔立ちをしてるからな」
いや、そこじゃない。気になっていたのは確かだ。でも、そこじゃない。
全力で否定したい。強く否定すると余計に誤解を招く事を僕は理解している。
「さぁ準備はいいな? 二列縦隊で山まで駆け抜ける。途中のモンスターはヴェールが弓で射抜け。ドロップは帰りにでも拾えばいい。今は人命を優先する」
「「「はい!」」」
ギルドマスターの言葉に職員が返事をした。
ふざけた人かと思ったが部下に信頼されている。
――――――――――
まず、ヴェールさんがすげぇ。
闇に乗じて接近してくるモンスターを月明かりだけで射抜いていく。しかも走りながら……。
僕の目ではモンスターを確認する前に終わる。なぜ終わったとわかるか……。それはモンスターが次々に短い悲鳴をあげるんだよ。
日の出と共に周辺を探索したらドロップ品がわんさか見つかると思う。
どこに落ちたかなんてわからんが……。
「へぇ~。【ウサギの肉】だけじゃなく【ラビットアイ】までドロップしたのか」
なぜか先頭を走るレイヤードが突然声をあげた。
いつの間にドロップ品を拾いに行けたんですか?
【ラビットアイ】は野ウサギのレアドロップ。
山に入ってからわかった事だが、盗賊の大柄な男性が矢とドロップ品を拾っていたらしい。
移動速度を僕に合わせてくれたから、暇だったんだと。
こちらは長距離マラソンの気分で必死に走っていたのに……。
山を登り始めたところで盗賊さんに話しかけられた。
「あんたが避難した木っていうのはどの辺りだ?」
「暗いから確実にコレっていうのは……。あっ! ちょっと待ってください。今モンスターカードから【ウルフ】を呼び出します」
「ほぉ。意外だな。ラビットボーイはモンスターカード持ちか」
田舎の村ではモンスターカードを所持している者は珍しい。ギルドマスターが会話に参加して感嘆の声をあげた。
ラビットボーイのモンスターカードが【野ウサギ】じゃないというツッコミのおまけ付きで……。大きなお世話です。
「今日拾ったばかりですし、怪我をしてるんです。戦力としては期待できませんよ」
このメンバーと一緒なら僕ですら、すでに足手まといだ。
「【ウルフ】オープン」
手に【ウルフ】のカードを持ってカード化を解除する。
「今日ハイゴブリンと遭遇した場所はわかるかい?」
ウルフは自分の足で立ち、鼻をスンスンさせた。周囲に知らない人がいても気にしていない。
「ばう」
この辺りはまだ山道の途中だ。僕ももっと上の方で襲われた記憶がある。
予想通りウルフは前方を向いて歩き出した。
その足取りはぎこちない。まだ足を失って数時間。カード化された時間を抜くと一時間も経っていない。
頭や体に付いた土はカード化を経由すると綺麗になるようだ。
「足が一本ないんじゃ上手く走れないな。悪いがあんたが抱えて走ってくれや」
「はい!」
盗賊さんがウルフを気遣って助言する。少しわかってきたが、この盗賊さん言葉はキツいが根は優しい。
僕の仕事は道案内として、これ以上足手まといにならない事だ。
先頭は相変わらずレイヤードだが、チラチラ後ろを確認している。
僕も毎日入っていた山だけあり、見覚えのある木はわかった。ただし、昼間と夜間では雰囲気が違うため絶対の自信はない。
ウルフの嗅覚はやはりすごいな。迷いが全くない。
「まぁなんだ。ハイゴブリンの臭いもわかったら教えてくれ」
モンスターカードは主人以外の命令は聞かない。そのためレイヤードの言葉もどこ吹く風でスルーした。
「頼めるか?」
「ばう」
これは仕方のない事なので、レイヤードもウルフの行動を気にしていない。
「ばう!」
「あっ! この木です!」
僕は木に近付き幹を手のひらでペチペチする。
この木が大きくて助かった。
もしウルフの猛攻を耐えられない太さなら、切り倒されて襲われていただろう。
「ハイゴブリンはあちらの正面奥から現れて、右の方に逃げたウルフの群れを追いました」
盗賊さんが足元の土を確認する。
「本来この山にはいない強いモンスターの痕跡がある。住処は正面奥で間違いない」
この盗賊さん【気配追跡】という珍しいスキルが使えるそうだ。
なんでもこのスキル、色々と危険らしい。
「スキル自体は優秀なんだけどね。好きな女性を付け狙った結果発現したってところが怖いのよね……」
ヴェールさんがこっそり教えてくれた。
隣にいたハイスペック引きこもり女性もコクコクっと頷いている。
この盗賊さん、女性の敵か! いい人そうなのに……。
人命救助を優先すると、この盗賊さんの力が必要なのだとか……。
ハイゴブリンの住処に向けて走り出す。
「ばう」
カールの小さな鳴き声に皆が足を止めた。
「まだ俺の索敵範囲にも入ってないが、もうすぐなんだろうな……」
盗賊さんが呟く。
さすがの僕でも『お腹が減った』の鳴き声ではない事はわかった。
もう少し進むと何かを焼いたような焦げ臭いニオイがしてくる。
ウルフは持ち前の嗅覚で異常なニオイを嗅ぎ取り、僕たちに注意を促したようだ。
「どうやら遅かったみたいだな。ラビットボーイには見せたくないが、俺たちから離れるなよ。特にヴェールはラビットボーイを守ってやれ!」
「わかってますよ、ギルドマスター。ご武運を……。イルさんは私が必ず守ります。離れないでくださいね」
「……はい。よろしくお願いします」
ここで格好良くヴェールさんを守ってあげられたら最高だったが、道中の彼女はまさに無双状態。
矢がなくなればわからないけど、矢筒はほぼ満タン。
ゴブリンの集落は山頂付近の窪地にあった。周辺の木や土、山肌を切り崩して広場になっている。
奥には洞窟のような穴がいくつも見えた。
今は木を燃やして宴会の最中だ。
火の灯りが周囲を照らし、想像を超えた数のモンスターを映し出す。
広場の火の近くには、もとは人間であろう物体が巨大な棒に垂れ下がっている。
服が残っていなければ僕もそれが人間だとはわからなかった。何ヶ所も刺され色々ともげている。
気持ち悪い……。
「イルさんにはまだ早すぎますよ。無理しないで、私とお話でもしながらやり過ごしましょうね?」
そう言いながら微笑むヴェールさん。初めて見る彼女の笑顔は太陽のように眩しい。
「……へぇ~。お嬢ちゃんはその頼りないのが好みなのか?」
「今は緊急事態なんですよ! ジェイドさんはなんて事言うんですか!」
「ヴェールさん、すみません。僕吐きそうです」
「【状態異常回復(小)】、回復はこれしか使えないんです」
ヴェールさんが僕に抱きつきながら回復をした。接着面が多いほど癒やしの効果がすぐに出るとされている。でも、女性が男性に気軽に抱きついちゃいけないと思う。こんな状況なのにヴェールさんって僕のこと……?
「マスター、お嬢ちゃんが新人に色目を使ってるぞ?」
「……そんな事は後でいい。生き残りを確認しながら殲滅する」
「確認しながらかよ。こりゃ大変だ。メリー、支援と回復は怠るなよ! 支援を途切らせたらお仕置きだぞ! っておい、メリー! 聞いてるのか? 早くこっちに来い!」
「ひゃい!」
こちらを見て呆けていたメリーさんがジェイドさんに首根っこを掴まれて連れて行かれた。
「あの魔法使いの人、大丈夫ですか?」
「戦闘が始まれば別人のように頼りになるから大丈夫よ」
戦闘面の心配をして聞いたんじゃない。きっとこの場にいるって事は僕なんかよりも立派な戦力になるんだろう。
僕が気になったのは直前に見せた呆けた表情だ。
ヴェールさんを見ていた? それとも僕?
考えても結論はでない。
きっとじっくり話す機会はないから、理由はわからないで終わるだろう。
「……行きます。【身体強化】、【フレイムウエポン】、【フレイムボディ】」
「この補助魔法は?」
「すごいでしょ? 【身体強化】で肉体面のパラメーターを上げて、【フレイムウエポン】で武器に火属性を付与するのよ。極めつけは【フレイムボディ】ね!」
「ね! って言われても効果を知りませんが……」
「イルさんはもう少し勉強が必要よ。野ウサギ狩りばかりして安寧な生活に慣れすぎたのね。火属性が付与された武器は水属性以外のモンスターには攻撃力が上がるのよ。抵抗なくバッサリね。さらに相手が生きてれば稀に追加効果で『火傷』の状態異常になるわ。持続的に体力を削る上に痛みで動きが鈍くなるの。【フレイムボディ】は体に火属性を纏って防御力を上げるのよ。こっちもやっぱり水属性は苦手だけど、それ以外の属性相手だと三割は防御力を上げてくれるわね」
「あの人……優秀なんですね……」
「そうね。さらに【回復魔法(大)】まで扱えるから、反則よ。一人で三役以上こなせれるもの」
さっき固まっていた人間と同じ人物だとはとても思えない。バトルスタッフという魔法の威力を上げるだけじゃなく、打撃も可能な少し太い杖で目の前のモンスターを殴り飛ばす。
【身体強化】がなければ到底できないが、自前の補助で支援しながら自分の身は自分で守れる後衛らしい。
支援魔法はイメージした対象に同時にかかる。自分への魔法が切れたら他の人も切れた事になるので、普通はその都度魔法をかけ直す。
ただ切れる数秒前からかけ直す事が可能なため、効果を切らせずに補助魔法を使う事は優秀なバッファーの必須条件になるそうだ。
メリーさんが戦場を支配している。
もちろん単騎でゴブリンの群れの中で戦っているレイヤードさんも凄いと思う。ただ、それが霞むぐらいメリーさんの活躍が目立つ。
さっきから補助が途切れない。
「私も少し戦闘に参加しておくわね。それと今回のギルドへの協力報酬はドロップカードの売却金、及び、経験値よ」
「僕は何も……」
「協力に対する報酬をきちんと支払わないと誰も協力してくれなくなるの。もらってくれないとギルドとしても困るのよ。ウルフちゃんには報酬の先払いね。【ウサギの肉】オープン」
「くぅ~ん」
お腹は減っているはずなのに、ヴェールさんの差し出す【ウサギの肉】を顔を振って拒否した。
「あらあら、イルさんの手からじゃないと食べたくないそうよ?」
ヴェールさんの手から【ウサギの肉】を受け取って食べさせる。こんなに贅沢をさせて明日から大丈夫だろうか……。
「ばう!」
ウルフの顔が向く方を見ると茂みからゴブリンが出てくるところだった。ヴェールさんが振り向き様に矢を放ち即座に倒す。
「へぇ~。そのウルフ今の間にレベルが上がって【気配察知】か【嗅覚上昇】の索敵系の何かを覚えたようだな。足が一本無かろうと、モンスターを見つけられるだけでお供に置く価値はあるぞ。せっかくだ名前を付けてやったらどうだ?」
ジェイドさんが死角から迫るゴブリンを察知して戻ってきてくれたようだが、僕が抱っこしているウルフに出番を奪われたらしい。
「カール、前髪が少しカールしてるから、君の名はカールだ!」
「ばう!」
カールは嬉しそうに返事をした。