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出会い

 ブルータルの育成依頼の帰り道。


「カール、今日のカード化はギリギリだったな」

「ばう!」


 ブルータルは馬車を引くモンスターだ。カバのように若干横幅はあるが馬以上の力強さと速さ、持久力がある。

 頭には二本の角があり、相手に向けての突進攻撃が得意だ。生まれ付き度胸があるためモンスターが現れても動じない。それなのに餌をくれる人には従順で懐きやすく、戦闘技術を持たない行商人に人気のモンスターカードだ。


 今日はアビリティーやスキルに関係なく単純なレベリングだけを依頼されている。っというかブリーダーの九割以上の依頼がレベルを上げるだけではあるが……。


「カード化で緊急回避させなくちゃ、今頃クリヒナが死んでたけど……。カードの再召喚時間の一五分間が暇だったな」

「くぅ~ん」


 クリヒナは依頼主がブルータルに名付けた愛称だ。繁殖ギルドから指定モンスターを購入してレベルを上げて納める方が多いのだが、今回みたいに依頼主が可愛がっているモンスターを育てる事もある。

 替えが利かない分だけ依頼難易度は跳ね上がる。


「僕が後ろの警戒を怠ってたんだって。カールは前に出て戦ってたじゃないか。何も悪くないぞ」

「くぅ~ん」

「【気配察知】を過信しすぎてもダメって事だ。なら、お互いにもっと精進しような!」

「ばう!」


【気配察知】は周囲の気配を検索するスキルだ。

 常時発動型のパッシブルスキルではないため、定期的に使うのが一般的。さっきはその間が広すぎた。


 モンスターを育成する場合はカード化を解除して召喚しておく必要がある。

 一定以上離れていると経験値が分配されないので、戦闘中は護衛任務のようなものだ。

 今回は後ろからの接近に気が付かずに攻撃を食らった。二発目は何とかクリヒナをカード化して事なきを得た。


「【クリヒナ】オープン」


 カードを持ってモンスターを召喚する。


「【回復魔法(大)】をかけたし、傷も……残らなかったからセーフかな? 歩いている姿も問題ないな」

「ばう!」

「納品前の状態確認終了。【クリヒナ】クローズ」


 モンスターがカード化されているメリットはいくつかある。

 代表的なのが輸送コスト。モンスターによって移動速度が全然違う。そのため足の遅いモンスターに合わせずに済む。

 次は食事と睡眠。カード化されていると食事いらず。冬眠や休眠状態と同じだと言われている。さらに体力、魔力などもゆっくりとだが回復する。


 他にもモンスターカードはカードホルダーと呼ばれる専用の機械を利用することで装着者にモンスターカードのアビリティーやスキルといった能力を上乗せする事ができる。


 あまり知られていないようだが、アビリティーやスキルを取得するとそれに付随したステータスがアップする。


 例えば【殴る】を覚えたオーク。

【殴る】は物理攻撃に分類され、筋力値が三上がる。

 これはレベルアップ時のステータスアップとは関係なくスキルを覚えた事で貰える恩恵だ。

【回復魔法(大)】は回復魔法なので、魔力と回復量を上げる知恵が上昇する。


「今日森で狩りをしてたら昔を思い出したぞ」

「ばう!」

「カールもか! あの頃は……」


――――――――――


 僕はもともと田舎のカルア村で生活をしていた。

 日課は冒険者ギルドの採集クエストをこなす事。

 今日も目的の食材カードを得るために村を出てすぐにある山に来ていた。


「【ウサギの肉】カードが三枚。贅沢はできないけど、矢の補充をしてもお釣りが出るな」


 最近一日山に篭もれば【ウサギの肉】カードが最低一枚、最高四枚手に入る。だから僕は今日の戦果にウキウキして足取りが軽くなる。


 レベルが五を超えて【弓術】という弓を扱う場合に補正がかかるアビリティーを得た。

 慣れれば自分の中にどのような能力が備わったのかわかるようになるそうだが、僕にはわからなかった。

 そこで冒険者ギルドで能力を診断してくれるサービスを利用。

【弓術】のアビリティーを意識してからは本当に矢がよく当たる。


「たまにはマリッサさんのところで食事をしたいな。ダメだダメだ。贅沢は敵だ。『狩人たるもの蓄えは怠るべからず』だ」


 親から子へ、子から孫へ。

 年間通して健康であるのは大切だが、いくら健康に気を使ってもモンスターと戦う以上は怪我をする。

 一年のうち二割程度は狩りに出なくても生活できるように蓄えろ。っと習う。


 この時の僕は少々浮かれていた。

 いつもの山道を歩いているという事もあり、周囲の警戒が疎かになっていたのだ。


「ガルルルルルルッッッッ」


 気がついた時にはもう遅い。

 前後左右、逃げ場を塞ぐようにウルフに囲まれていた。


 僕は近くの木に駆け寄り、背を預ける。

 三六〇度注意を払いながら戦うのは無理だ。

 それを言ったら、群れで狩りをするウルフに狙われた時点で詰んでいた。


 腰に装着した護身用の短剣を前に掲げて牽制する。

 至近距離で悠長に弓を構える余裕はない。

 ウルフはジリジリと距離を狭めるだけで、すぐに襲ってくる様子はない。


「は……はは……」


 死を意識したら何だか笑えてきた。


 ウルフは囲むだけ囲んで一定の距離を保つ。完全にウルフのペースだ。

 隙を見せれば一歩近づき、また離れる。

 相手の集中力が切れるのを待てばいい。

 これはウルフの狩りの典型的パターンに入っている。


「命あっての物種だ」


 僕は左手で腰のポケットから今日ドロップしたばかりの【ウサギの肉】カードを取り出した。


「【ウサギの肉】オープン」


 手に持った三枚のカードが僕の声に反応して実体化する。

【ウサギの肉】は一つ一つが手のひらにずっしりくる重さだが、ウルフの注意を引き続けるには足りないだろう。だって、複数のウルフに対して三つしかないのだから……。


 それでも一瞬、僕が反転する時間を作れれば上出来だ。


「いい子だからこれでも食べてろ!」


 短剣を鞘に仕舞う時間も惜しい。短剣ごと肉を両手で放り投げると同時に反転。ベルトをズボンから引き抜く。頭上の枝に括り付け、ベルトの両端を握った。

【ウサギの肉】に釣られなかったウルフが僕の無防備な足やお尻に向かって飛び付く。


「あっぶな!」


 腕の力で体を持ち上げて『く』の字に曲げる。足を幹に当てて上り始めたところでウルフの【噛み付き】と【引っ掻き】が空を切った。

 真っ直ぐ上に伸びている木は如何(いか)にウルフと言えども上る事はできないようだ。


 諦め切れないウルフが木の周りをぐるぐるぐるぐる唸り声を上げながら歩き始めた。


「三、六、九、一二に一体離れた少し大きい奴で、全部で一三体か……」


 大抵ウルフは三体一組で行動する。今回は一体のウルフが四組のウルフを束ねていると考える方がいいだろう。群れを束ねるボスウルフ。聞いた事ないな。

 一対三ならまだしも、さすがにこの数はどうしようもない。


 矢は五本残っていたはずだが、体を折り曲げた時にでも矢筒から落ちたのだろう。地面にまとまっている。未練たらしく見るが、五本じゃあっても変わらないか……。


 運良く木を離れても、奴らは得意の嗅覚で追跡してくる。それに僕の足じゃ撒く以前に逃げ切れない。


「死ぬってわかってたら、マリッサさんのところで『愛情たっぷりスペシャル定食』を食べたのに……」


 冷静に状況判断ができるからこそ、打開策が見つからないのがわかる。


 この山に来るのは新人ぐらいだ。

 仮に誰かがウルフの群れを見つけても、来た道を引き返す。下手に近付けばウルフの嗅覚に捕まり、二次災害に繋がるだろう……。ウルフに気が付けて、ウルフに気付かれない。そんな新人がいればベストだが……。


 木の幹はとても太い。抱きつくように手を伸ばしても逆の手に触れる事ができなかった。


 太めの枝に腰を下ろして持久戦に備える。不安定な場所では休めない。

 右足首に紐を結び付けて、足首のスナップで左側に紐を送る。


「よし!」


 別に急いではいないが、一度で成功したので、無駄な体力を使わずに済んだ。

 あとは左足の太ももに結び付け、右足も足首から太ももに結び直す。最後に弛みをなくした。

 これでバランスを崩しても簡単に落ちることはない。


「誰か救助に来てくれないかな……」


 ここは村から目と鼻の先にある山だ。当たり前だが、日帰りする予定だった。だから、昼食用のおにぎり以外の食料は用意していない。そのおにぎりも今はもうお腹の中だ。


「夜って冷え込むのかな……」


 いつもあいさつしている門番が、僕の帰りを心配して山まで足を運んで……、ないな。いくら顔馴染みでも、あの飲兵衛が動くとは全く想像ができない。むしろマリッサさんに晩酌してもらうため勤務終了後にダッシュで開店前の店に並ぶだろう。


「お父さんは狩りに行って戻らなかったし、お母さんは流行り病で亡くなっちゃうし……。僕もこのまま終わるのかな」


 一時間経ってもウルフは諦めてくれなかった。

 ただただ時間だけが過ぎていく。


 二時間が経過しようとしたその時。

 ウルフの群れから少し離れて様子を窺っていたボスウルフが立ち上がり顔を山頂の方へ向けた。

 僕から見ると山頂はちょうど、木の裏側にあたる。

 足に力を入れて紐を引く。体を安定させながら、上半身を左にずらす。


「あれは……ゴブリンの群れ?」


 ウルフだけでも厄介なのに、ゴブリンまで加わるとなると万事休すだ。

 ゴブリンは低脳、それ故に得物であるはずの武器でも躊躇わず放り投げてくる。

 投げられた武器をキャッチして投げ返す事ができれば、数を減らす事もできただろう。しかし、今の僕は両手がフリーでも背中ががら空きだ。


「ガルルルルルルッッッッ」


 ボスウルフが牙を剥き出しにして唸る。

 木の上で動かない僕からゴブリンへとターゲットをシフトした。

 ボスの動きに従うようにウルフたちが付いていく。


 チャンスと思ったが、僕は動かない。

 地上に下りれば逆に狙われる。

 どれだけ速く走ろうが、においで追跡されれば隠れようがない。


 冒険者ギルドが作成した格付け表ではウルフもゴブリンも討伐ランクは最低のGランクだ。これはアビリティーやスキルを得てない武器持ちの人間が、三~五人集まれば討伐できるレベル。

 決して高くはない。


 この二種類が戦えば数的有利な方が場を支配する。

 今回はウルフが一三体にゴブリンが五体。

 圧倒的な手数を以て、ゴブリンが蹂躙された。


 モンスター同士が戦うと死骸が残る。しかし、人やモンスターカードがモンスターを倒しても死骸は残らない。


 これはモンスターの死骸に経験値があるとされている。僕たちはモンスターを倒すと経験値がもらえる。モンスター同士では経験値のやり取りがないために死骸が残る。


 知識としては知っていたが、実際に死骸が残るのを目撃したのは初めてだ。ウルフがゴブリンの体を(むさぼ)っている。



 ゴブリンを食べて見逃してくれないかな? っという淡い期待を持って成り行きを見守った。


 食事に夢中になっていたウルフが突然吹き飛ぶ。

 キャンッというウルフとは思えない可愛い鳴き声と共に地面をゴロゴロ転がって動かなくなった。


 再び木の裏側を覗くと、そこにはゴブリンの上位種ハイゴブリンがいた。

 初めて見るが、普通のゴブリンと比べるとサイズが二回(ふたまわ)り以上大きい。頭には趣味の悪い赤毛のモヒカンヘルムをしているのが特徴だ。

 この見た目が発端で子供が言うことを聞かない場合『ハイゴブリンが食べにくるぞ』っとモヒカンヘルムを真似た帽子を被って脅す事はカルア村のどこの家でも行われている。

 まさか実物を見る機会があるとは……。過去のトラウマが呼び覚まされ、身震いが止まらない。


 ウルフは突然のゴブリンの反撃に食事を中断して飛び退いた。

 ゴブリンの一体が上位種だとわかると囲まれないように後退する。


 ハイゴブリンに意識を向けていたウルフが今度は木の陰から姿を現したゴブリンに殴られた。

 前足が変な方向に曲がるがこちらは生きている。


 先ほどから離れたところで指揮を取っていたボスウルフが一鳴きする。撤退の合図か……。

 怪我をしたウルフを捨てて逃げていく。

 ハイゴブリンはウルフの群れを追いかけるようだ。


 獲物回収のために残ったゴブリン三体が一体目のウルフの状態をみる。生死の確認のために頭に棍棒を振り下ろして頭蓋骨を粉砕した。もし生きていてもトドメを刺されただろう。


 ゴブリンたちは次の獲物である怪我をしたウルフに向かう。

 こちらはその場で唸り声をあげるので精一杯だ。

 結果は火を見るより明らか。


 僕は慌てて足を結んでいた紐を解き、木を下りる。

 今なら気付かれずに逃げられそうだ。

 だが、その前に一子報いようと思う。


 地面に落ちた短剣を拾い、静かにゴブリンの裏に回り込む。中央のゴブリンの首を短剣で切る。

 右にいたゴブリンには背中に蹴りをいれて怯ませた。左のゴブリンは振り向いて露わになった左胸を短剣で一突きする。

 三体を同時に相手するのは苦労するが、不意打ちから三体を仕留める分にはさほど苦労しない。

 僕は蹴飛ばして前のめりに転んでいたゴブリンの背後から左胸に短剣を突き立てた。


「ふぅ」


 あとは怪我をしたウルフだ。

 見ると右の前足からは血が流れていて、千切れかけている。


「このまま放置してもいずれ殺される。それは群れに戻れても同じ事だ」


 弱っているモンスターは弱肉強食の世界では生きられない。


「これ以上、苦しまずに死んでくれ」


 僕は短剣を構えて一歩踏み出す。


「くぅ~ん」


 死にたくない。

 そう訴えかけられた気がした。


「【ポーション】を使ってもお前の足はもう治らない。わかってくれ」


 自分に言い聞かせるように話しかけながら、さらに一歩近づいた。


「くぅ~ん」

「はぁ、わかったよ。見逃してやる。【ポーション】は置いていくからきちんと舐めるんだぞ……」


【ポーション】は患部に直接振りかけるのが一番効率のいい使い方だが、体内から体全体を回復させたい場合は直接飲む。


 僕は水筒に使っていた竹筒を短剣で輪切りにする。ちょっともったいないが持ち合わせの中には他に【ポーション】を注げる器がない。

 竹筒の器から【ポーション】を一口だけ飲んで安全な物だと見せてから、ウルフの前に置く。


「ほら。飲んだら傷は塞がるはずだ」


 例え【ポーション】で回復しても数日の静養は必要。その間を乗り切れても想像を絶する過酷な道が続いている。



 ゴブリンのドロップ品はなし。

【ウサギの肉】はウルフに囲まれた時に放り投げたので、今日の狩りは完全に赤字だ。

 いや、モンスターに囲まれて命があっただけでも十分か……。


「元気で暮らせよ」

「くぅ~ん」


 っと返事をしながら、恐る恐る【ポーション】を舐めていた。

 僕は最後まで見届けずに下山する。


 あれからは周囲を警戒していたのもあり、モンスターには遭遇しなかった。



 村まであと少しというところ。


「くぅ~ん」

「えっ?」


 道沿いの草むらから右前足を怪我したウルフが姿を現した。

 動かなくなった足は捨てたのか、なくなっている。

 どうやら【ポーション】による止血は済んでいるようだ。


 僕が立ち止まると、ぎこちない足取りでなんとか近付いてきた。

 頭には砂が付いているから、追いかける最中に山の斜面で転んだと思われる。

 それでも口には竹筒をくわえていた。

 一応警戒はするが、三本足じゃ【引っ掻き】は使えないだろうし、竹筒をくわえているから【噛み付き】も使えない。


「お礼ならいらないぞ」

「くぅ~ん」


 どうも懐かれてしまったようだ。

 足にすり寄ってくる。


【ウルフが仲間になりたがっています】


「役に立たない奴にやる飯はないぞ? それでもいいのか?」

「ばう!」


 ウルフが竹筒を地面に置いて元気よく返事をした。

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