エピローグ
【狂戦士】とはどうやら血に飢えた戦士のようなもの。
血肉を求めて満足するまで戦い続ける。
ミラの場合は僕の血を求めてしまう。
だから【狂戦士】を抑え込むために朝、昼、晩の食事の前にミラに血を与える。
「うふふふふ。ご主人様の血は今日も美味しいです」
第二関節までチュパチュパ吸いながら言う。
僕は血を吸われる行為に特別な性癖があるわけじゃない。
でも、可愛い女性が頬を染めながら上目遣いで舐めている姿はグッとくる。
これを始めてから二週間経つが、あれ以来一度も【狂戦士】のアビリティーは発動していない。
今では指先を切るとミラは僕の指をくわえるようになった。
「次に取得する能力は間違いなく【吸血】のアビリティーを覚えそうだな……」
使用頻度の高い行動からアビリティーやスキルなどの能力が覚醒すると言われている。
毎日最低三度だからな。
「吸血鬼が『他者の生き血を飲む』と教わった時は、なんて野蛮な種族だと思っていましたが、いざ自分がその行為をしてみると興奮が止まらないです。……あ、誤解しないでくださいね、誰の血でもいいってわけじゃないですよ? ご主人様の血がわたしの中に入って、頭から足の先まで巡るのです!」
ミラは新しい性癖に目覚めてしまったようだが……。
「今日から少しずつ慣らしていこうと思う」
「えっ?」
「ブリーダーギルドの依頼を行うには毎日お昼に家に戻るのは難しくなりそうだ。小瓶に僕の血を入れる。昼食の時にでも飲むようにしてくれ」
「……そうですよね。ご主人様がわたしのせいでお仕事に集中できていませんものね。いつも、すみません」
小瓶にはいつも吸血している量の二倍入れる。鮮度が落ちるとどこまで効力が下がってしまうのかわからない。
ミラは早速小瓶の蓋を開けて中身を確認した。
「えへへへへ。ご主人様の血の匂いがします。午前中はこの匂いだけで過ごせそうですよ。昼食で半分飲んで、三時のおやつ、休憩時間のたびに小瓶を舐めれば、きっと勝てると思います!」
【狂戦士】アビリティーの発動過程を正確に把握できたわけではないが、少しずつ思考回路に影響を与える。
イメージでは思考にモヤがかかり始め、気が付くと【狂戦士】アビリティーに支配されるそうだ。
血の匂いと吸血行為で、そのモヤを退ける事ができる。
今のところ、これ以上の解決策を見つけられていない。
しかし、ズルい考えを言えば、ミラは僕なしでは数日と生きられない。
奴隷紋より強力な鎖でミラを縛り付けている。
「僕はミラが吸血鬼になっても愛するから……」
ミラを後ろから抱き締めて言う。
「えへへへへ。ありがとうございます。でも、わたしの方こそ、ご主人様に捨てられないか毎日ビクビクしているのですよ?」
ミラの『ご主人様』呼びは抜けないが、他の人がいる時は『旦那様』と呼んでくれるから、特に何も言っていない。
――――――――――
時は遡り、ミラの【狂戦士】のアビリティーが一段落した後。
図書館の町で大暴れしたため、Aランク試験どころではなくなってしまった。
正直Aランク試験よりもミラと結婚できた事の方が嬉しくて、試験などどうでもいい。それが本音だった。
必ず幸せな家庭を築く。
そう心に誓い、シルバーレインに帰宅する。すぐに冒険者ギルドのハゲ爺さんに図書館の町で暴れた事を謝罪した。
さすがに苦い顔をしていたが、やってしまったものは仕方ない。
町を半壊させた僕らは莫大な借金を背負う事になった。新婚早々だと言うのに返済に追われる。
正式な額はまだ出ていないが、カリテに渡した火竜のドロップカード三枚程度では足りなかったのだろう。
でも、ヴァルキリー装備だけは何としても手放したくない。僕は翌日からクエストに奮闘した。
――――――――――
ランクアップ試験当日。
冒険者ギルドの大型モニターが設置された部屋ではなく、ギルドマスターの執務室で一緒に見ようとハゲ爺さんに誘われた。
トーナメントの決勝戦は昼過ぎに行われるらしいので、午後に冒険者ギルドを訪ねる。
建物に入ったところで、カウンターの向こうからミラが出てきて「イルさんですね? ギルドマスターがお待ちです。こちらへどうぞ」と丁寧に対応してくれた。
ほんの一時間前、僕の部屋で嬉しそうに指を咥えていた姿がフラッシュバックする。
プライベートを知っているだけに、何だかむず痒い。
ミラも最後まで演じればいいのに、僕の反応を見て吹き出す始末。仕事中の真面目モードはどこへいった?
ミラはシルバーレインに帰宅した翌日から冒険者ギルドの受付業務に復帰している。
指にはめられた結婚指輪はどうやっても外れないため、隠しようがない。
ミラにはたぶん騒がしくなるから冒険者ギルドに顔を出さない方がいいですよっと自己評価の低いコメントを頂戴した。
一応業務用手袋をして出勤したようだが……。その程度で誤魔化せるほど、ミラへの関心は低くない。
僕の予想通り一瞬でバレて大騒ぎになったそうだ。僕はもちろん現場に居合わせてはいない。だから初日はミラが誰かと婚約したとしか広まらなかった。
ちなみに【ヴァルキリーガントレット】のような手に装着する装備を身に付けた場合は指輪が装甲の上にくる。装備と認識されない業務用手袋はそれに該当しない。
ハゲ爺さんと僕とミラの三人で執務室の椅子でモニターを見る。
次に試験を受けた際に最もライバルになりえるのは決勝戦で負けた相手だ。
決勝戦の対戦カードの一枚はカリテ。
【回復魔法(大)】を使ったけど、完治するまでには数日かかる。さすがに二日では間に合わない。
そのため足に違和感があるのか、足首を回す動作が多かった。
カリテ自身は〈モンスターカード使い〉という職業でモンスターカードを操って戦闘を進めるタイプ。
怪我をしていてもあまり関係はなかった。
それよりもモンスターカードの紛失の方が痛手だ。
二日前に失ったモンスターカードはリッチとヘル・ゴーレムがAランク、トロールがBランク。どれもランクが高い。
これだけの戦力を失って決勝まで勝ち進んだのは素直に……カリテの操るアイスファルコンと青い虎の氷コンビが凶悪だったからだ。
アイスファルコンは言わずもがな。青い虎はカールだから対峙できた。
カリテはここまでの試合、圧倒的な火力で他を寄せ付けなかったらしい。それは決勝でも同じで本当にあっさり優勝してしまう。
「俺と二日前に真剣勝負をしたDランク冒険者、見てるか? 今度はぜってー負けねーぞ」
っと優勝コメントで語ってしまった。
Sランク冒険者になるための登竜門で優勝したカリテがDランク冒険者に負けた事実を全冒険者ギルドに配信されている映像でやってしまった。
それだけじゃない。二日前の僕とカリテの戦闘の記録映像が放送される。
万が一、Aランク冒険者が真剣勝負で亡くなった場合の証拠の品として冒険者ギルドが残していたそうだ。闘技場の使用料の大半はこの映像を残す代金らしい。
全世界に僕の戦闘が無許可で放送されている。
Sランク試験でも大活躍だったアイスファルコンの【氷の息吹き】。
試験には召喚されていなかったトロールの【ぶっ叩く】とリッチの【虚脱の目】。
無様に倒れる僕……。初見で防げって方が無理な戦術だ。
二度目の【氷の息吹き】を左右に切り裂いた矢が破裂した時は、ハゲ爺さんですら『ん?』って顔をしかめた。
この二日間であの現象に竜力が関係していた事がわかった。その検証作業に練習用の矢を一セットダメにしたが、今ではいつでも再現できるようになった。
底無し沼でキュウちゃんが登場した時はハゲ爺さんが豪快に笑う。火竜から幼竜をドロップする可能性があったから、持っていてもおかしくないと思っていたらしい。
僕も隠し通せるなら隠しておきたかったよ……。
ウルフの登場とカールの消失。
記録映像の視点から逃れたようにも見えたが、もちろん全体映像でもその姿は映っていない。
「君もすごいが、君のモンスターカードもすごいのぅ。ブルータイガーの接近に気が付いただけじゃなく、一対一で凌ぎきりおった。それだけじゃない。ブルータイガーの索敵技術を偽装で騙しおったぞ」
「爺さんは、カールがどこにいるのかわかったの?」
「グルッと闘技場を一周した後に、君の胸ポケットの中じゃろ?」
「……あぁ」
僕の何気ない視線の回数が特定された原因のようだ。
カールが胸ポケットにいると安心してカールを探すように辺りを見渡す動作が、胸ポケットをチラチラ見るようになった。
片足での飛翔にはハゲ爺さんもビックリしていた。
あれは単純に豆粒サイズのカールを空中で踏み台にしていただけだ。面ではなく点でバランスをとる。【社交ダンス】がそれを可能にした。
右足限定でジャンプしていたのは、カールの負担を減らすため、右足の靴の裏に【飛行】で追尾するだけで良くするためだ。
カリテの足に刺さった矢を抜いて【回復魔法(大)】を使ったところで映像が切り替わる。
今度は僕がずっと隠してきたタウルスの『モンスター大進行』の討伐リストが経歴として表示された。次に黒豹、最後に火竜の名前がデカデカと映し出される。
火竜の名前が出た時点でキュウちゃんを隠せていても大して変わらなかった。
「君の詳細データが欲しいと問い合わせがあったんじゃよ。迷ったんじゃが、どうせBランク冒険者資格を得るには世間にも公開せんといかんかったしのぅ。遅かれ早かれギルド新聞で知れ渡っておったよ」
「昔のギルド証はずっと僕が持っていましたよ? どうしてタウルスの討伐リストが……」
ミラの方を向くが、答えたのはハゲ爺さんだ。
「ミラが読み取り機でギルド証を読み込まなかったかのぅ?」
「読み込みましたけど……」
「いちいち誰のギルド証を処理したかメモするのも手間じゃろ? じゃから、あの機械は自動で読み込んだギルド証の情報を送信するんじゃよ。旧IDはカルア村に問い合わせればすぐにわかったしのぅ。レイヤードが君の成長を確認して喜んでおったぞ。守秘義務があったから、今の放送が終わるまでは誰にも喋っておらんはずじゃが」
「レイヤードさんが僕の事を覚えていてくれたのですね……」
ヴェールさんは元気にしているかな?
あの人の後押しがなければ僕の人生は大きく違っていた。
ハゲ爺さんがギルドの大型モニターではなく、わざわざ執務室で観戦するように言った理由がわかった。
地元の冒険者で三本足のウルフと言っただけで誰かわかるぐらいには有名だ。
「これはカリテ君なりの意地の勝利じゃよ。試合前にギルド本部と交渉したらしいぞ」
「交渉ですか?」
「『俺より強い奴がDランク冒険者の中にいる。もし俺が優勝したらそいつとSランクをかけて勝負させろ』とな」
あの馬鹿は……それは交渉じゃない。
「ギルド本部もまさか優勝コメントと映像の放送で逃げ道を塞がれたようじゃしのぅ。対決日時は三日後じゃ。それまで君はSランク冒険者(仮)という立場になる。君が勝てば正式なSランク冒険者になるぞ」
「はぁ。仮ですか……」
「それと君が気にしておった図書館の町の件じゃが、もう何も心配せんでいいぞ」
「…………?」
「Sランク冒険者の力じゃよ。いくら図書館の町の初代町長が寄贈したステンドグラスの正面玄関のガラスを割ろうが、お咎めなしじゃな」
またもハゲ爺さんが豪快に笑った。時系列が逆だったら、賠償責任は免れなかったらしい。
僕が壊したのは町の象徴とも言われる図書館の窓。それも入口の一番大きくて目立つ高価なガラスを破壊してしまった。
どうも今の話を聞く限り、ミラよりも僕の方が器物損壊をしていたようだ。
本来であれば僕とミラは町への出入りが禁止になる。しかし、今回仮とは言えSランク冒険者になったので、それを使えば簡単に出入りができるそうだ。
「きっと向こうは苦虫を噛み潰したような顔をするじゃろうがな」
っと嬉しそうに笑った。
――――――――――
三日後のカリテとの再戦。
ギルド本部の闘技場には大勢の観客が詰めかけていた。
舞台は正方形のキレイな石造り。
「カリテ。僕たちはこれから新婚旅行なんだ。早く終わらせてもらう!」
「けっ! やれるもんなら、やってみやがれ! 油断してた前回とは違うぜ!」
『はじめ!』の合図と共にまずはアイスファルコンを狙う。
「ダブル【炎の息吹き】」
「ばう!」
「キュッキュキュ~」
さすがのアイスファルコンも二人分の、それもキュウちゃんの放つ火炎が加わっては競る事も諦めて瞬時に回避を選択する。
青い虎が吹雪に紛れて接近しようと動くのはわかっていた。
《邪魔だ!》
主にサンドスネークが覚える【威嚇】を声に乗せて浴びせる。
急停止した虎は多くの冒険者を降参させた虎とは思えない怯えようで逃げていった。
毛むくじゃらのモンスターは無視してカリテに詰め寄り、お腹を殴る。
体をくの字に曲げてリング上を吹き飛んでいく。
「よし! 試合終了だな。ミラ、新婚旅行に行くぞ!」
「はい! 海が見たいです!」
「海か……。いいな。海に行こう!」
入場ゲートで試合を観戦していたミラから返事があった。ギャラリーは相変わらず静かで僕たちの会話がよく響く。
審判の判定前にリングを下りたため、リングアウトになったかもしれないが……、いつまで経っても審判がコールしないから仕方ない。
――――――――――
僕たちは今回、新婚旅行という名の一週間の休みをもらってギルド本部を訪れた。
普通は一週間程度では隣町を往復して終わる程度しか休みがないのだが、僕の移動速度なら一日で大陸の北の端まで行って、戻ってくる事ができる。
海の帰り道にギルド本部を訪れるとSランク冒険者のギルド証ができあがっていた。
最上位のギルド証で色は金色だ。
さらにカリテに渡していたはずの火竜のカード三枚と、図書館の町の宿屋に忘れたミラのギルド証が戻ってきた。
試合の後に返そうと思ったら、目覚めた時にはもう僕たちは新婚旅行に旅立った後だったらしい。
いつ戻るのかわからないから、ギルド証と一緒に保管されていたそうだ。
「なんかみんなの反応が変わって、怖いのだけど……」
僕とカリテのエキシビジョンマッチの映像は全冒険者ギルドに放送されていたため、シルバーレインではお祭り騒ぎになっていた。
他にも僕がアパート暮らしだった事もあり、シルバーレインの市長からはお祝いと称した家が贈られてくる。
少し都市の中心街からは離れていたが、その代わり作物を育てられる土地付きだ。
裏事情を言えばSランク冒険者を都市に引き留めておきたいという話。
長いこと家を留守にすれば作物が枯れる罠がある。
ミラにこっそり裏事情を説明された時『市長、あんたすごいな。よく考えているよ』って思った。ただし、一つ残念なのが、僕らに作物を育てる知識も暇もないってところかな。
ミラとの結婚は正式に発表した。発表しなくても放送された映像にミラが映っているのだから言い訳のしようがない。
普通は寿退社をするそうなのだが、Sランク冒険者に情報を渡す架け橋としてギルド側が引き止めた。そのためミラは仕事を辞めずに冒険者ギルドの受付嬢を続けている。
ストレスを溜めていたが、あれはあれで楽しいらしい。
ミラは新居に備え付けられていたクイーンサイズのベッドの掛け布団を投げ飛ばす。お気に入りの耐熱耐寒属性の付与された布団と交換した。
寝具の調和なんかは完全に無視している。
本人が大満足しているので、良しとした。
「この街に定住して、良かったの?」
「日帰りでも結構遠くまで行けるし、問題ないんじゃない? それに僕の本業はブリーダーだよ。そこに育てるモンスターがいればどこでだって仕事はできるよ」
「でも、この周辺にSランク冒険者はいないのよ? 何かあればすぐに泣きつかれるわよ?」
「この辺の強いモンスターを独り占めできるって事だよ」
「もうっ! せっかく心配してるのに……。早く帰ってきてね。あ・な・た」
ご愛読ありがとうございました。
これにて第一章『相棒と最強へ』が終わりです。
ブックマーク一〇〇〇以上で続投。
ブックマーク一〇〇〇未満で打ち切りを予定しておりましたが、今の段階では残念ながらという結果になってしまいました。
もし、続きをご希望される方がおりましたら、清き一票のブックマーク、評価等よろしくお願いします。
北海道に住んでいますが、やっとライフラインが復活しました。
ラジオでしか情報がわからないというのをライフラインが失って初めて知りました。
後書きで書くことではないですが、同じく被災した方頑張りましょう!




