対ミラ
《わたしのご主人様はどこ? どこに行ったのよ!》
「ミラ……」
『このアビリティーは発現したら最後、死ぬまで克服できない』
僕の脳裏にこのフレーズが繰り返される。
どうやら今回は町中で【狂戦士】のアビリティーが目を覚ましたようだ。
『カール、今行く』
『ばう!』
ミラを一人にしておけなかったので、カールを見張りに付けておいた。
カールなら素手のミラを完封できるはず。
【気配察知】で周辺を調べるとミラの気配がこちらに近付いてくるのがわかった。
「この方角はまずいな……」
ミラがこのまま真っ直ぐ向かってくれば、ミラに図書館の壁と大きな柱二本を破壊され、蔵書どころか建物全体がダメになってしまう。
僕は図書館のガラス戸を三枚突き破り大通りを目指す。
後ろから職員が叫びながら追いかけてくる。
今はミラの確保が最優先だ。
なんたってこの町にはBランク冒険者が多数いる。中には今回の試験でAランク冒険者に昇格する者も含まれていると思っていいだろう。
その両者が衝突すれば被害の拡大は否めない。
【身体強化】【隠密】【誤魔化し】
自分を対象に選んで一気に三つのスキルを使った。
これで職員がどんなに凄腕だったとしても僕を追う事はできない。
せっかく身体能力を上げたし、遠回りになる正面入口から出る必要もないか……っと思い至り、図書館を囲む三メートルの塀を飛び越える。
「よっと!」
ついでに塀の上を蹴って平屋の屋根に着地した。
『念話の有効範囲を調べておけば良かったな』
『ばう!』
ミラまでの直線距離、およそ二〇〇メートル。
メインの大通りを建物の上から見通すと、人影はなく閑散としている。
路上に並んでいたはずの屋台は破壊され、壁には何かを投げ込まれたような大穴が空き、街灯は根元から引き抜かれ半分に折り畳まれている。
これをミラがやったのか……? 凄まじいな。
【気配察知】を再び使うも【隠密】を使用しているらしく、カールの気配は捕捉できない。
しかし、逃げる住民と一ヶ所に集まる冒険者たちの強い気配は拾えた。
その方向を見ると少し離れたところに緊急クエスト発令の招集命令である赤色の狼煙が上がっている。
狼煙の位置は冒険者ギルド。赤色は緊急性があり危険度が高い印だ。
町並みの破壊度合いを考えたら赤色以外ないと思うが……。その上を作る事をオススメするよ。
「それにしても位置取りがうまいな……」
集合場所から推測してミラが大通りに戻ってきたら、側面から強襲する作戦であるのはすぐにわかった。その攻撃対象のミラだが、今はなぜか横道をジグザグに進んでいる状況だ。
両者の衝突を阻むすべが思い浮かばない。
カールが大通りに並ぶ建物の壁に大穴を作って飛び出してくる。
大穴はカールの仕業か!
無闇に破壊するカールじゃないからミラに吹き飛ばされたのだろう。体中砂だらけだ。
目立った外傷はないが、カール自身で回復魔法を使えるから実際にはどうだったのかわからない。
相当大変な役を押し付けてしまったな。
予想通りミラもカールの後を追って、大穴から出てきた。
「あ……ミラ……」
下着姿のままだ。
塞ぎ込んでいた時に【狂戦士】のアビリティーが発動してしまったのか。
だから、あれほどストレスを溜め込まないようにって言ったのに……。
「何か左手に持っているな……。まさか掛け布団か……?」
布団を引きずっている姿はまるで乞食のようだ。
音を聞きつけた冒険者二人が路地裏からハンドサインでやり取りしながら進んできた。壁に隠れてミラの様子を窺っている。偵察か……。
相手を見つけてから【隠密】を使ったのではもう遅い。
ミラは即座に視線に気が付き、屋台を冒険者に向けて投げた。
片手で屋台を放るとか……。
現実離れした行動に、乾いた笑いが漏れる。
カールがそれを上から蹴って地面に落とす。
壊れた屋台の破片が冒険者の隠れていた壁を崩した。
「やばい。退くぞ!」
「おう」
ハンドサインをする余裕もなく、冒険者たちが慌てて逃げ出す。一人が足を滑らせて逃げ遅れたが、もう一人は気が付く事なく一目散に走っていった。
カールはミラの足止めをするため、両者の間に立ちふさがる。
「す、すまねぇ…………。そしてさっきはごめん!」
なぜか二種類の謝罪を言って去っていった。あの冒険者も闘技場のギャラリーの一人だったのか……?
ミラの前ではBランク冒険者もAランク冒険者も変わらない。どちらも赤子同然だ。
次が来る前に行動しよう。
「お待たせ」
「くぅ~ん」
カールの視線の先に逃げ遅れた住民がいる。
次はあれを助けるのね。
カールがミラに向かって走っていく。
僕はその間に住民の避難を行う。近付いてわかったが、屋台に押し潰されて身動きがとれなくなっていた。
屋台の持ち主なのか、料理人が着る白衣を身に付けている。本人はすでに気絶して意識がない。気絶していると【気配察知】で拾えないのか……。初めて知ったな。
屋台を脇に移動すると、血だまりができていた。どこかを怪我しているようだ。
【回復魔法(大)】
冒険者でないなら、体力の最大値は低いだろう。全身を回復するイメージで魔法を放つ。
すると、体のあちこちに付いていた小さな傷まで癒えた。これで出血多量で死ぬ事はないはずだ。
料理人を路地裏の奥まで運んで大通りに戻ってくる。
《やっと見つけた。同じ匂い……。グヘヘヘヘ》
まだ距離はあるが、出会い頭にミラと遭遇してしまった。いつの間にか【隠密】の効果が切れて簡単に捕捉できる状態にあったようだ……。
大通りを挟んだ向こうの路地に完全武装した冒険者の集団が見える。その中から見覚えのある顔が走ってきた。
「あ、丁度良かった。僕はこれから町の外に彼女を連れ出します。町の修繕費はこれで支払ってください」
火竜のドロップカード三種類をカリテに手渡す。
「黒髪の女と三本足のウルフが暴れてるって報告があった。まさかと思って駆けつけてみたが、あれが……本当にミラなのか?」
「僕がそばにいないとダメみたいです。もてる男は辛いですよ」
「けっ!」
急接近してきたミラがカリテに右ストレートを放つのを割って入り左手で払う。
お返しにお腹にカウンターのパンチをお見舞いすると、左膝で防がれた。
そのまま無理な体勢から回転して左手に持った布団で身を包んで隠す。次にミラが見えた時には右足の上段回し蹴りがきた。カリテを押して下がらせながら頭を低くしてやり過ごす。
かわした瞬間ミラの顔が嬉しそうに笑った。
このまま少し相手をしてやるか……。
ミラの回し蹴りを避けた後は、お互いに目にも留まらぬ攻防を繰り広げる。
今目の前にいる【狂戦士】は手加減なしで戦える数少ない強者!
僕の攻撃を右へ左へ上へ下へ縦横無尽に華麗に避ける姿は、まるで演舞。
「避けてばかりで楽しい?」
《邪魔をするな!》
邪魔? 何のことだろう?
僕が挑発するとミラのギアが一つ上がった。その途端、攻守が一気に逆転する。
踏み込んだ足は地面に波状のひび割れを作り、気合いを乗せた攻撃は衝撃波を生み直線上の障害物を粉砕した。
実はそれに巻き込まれたのは僕じゃない。集まっていた冒険者たちだ。
「町が廃墟になっちまうぞ!」
仕方ない。遊びは終わりだな。
「カール、ミラに【状態異常回復】をかけ続けてくれ」
「ばう!」
《そんなもん! 効くか!》
体を一度小さくして溜めを作り、体を大きく広げて【状態異常回復】を弾く。
カールが再び【状態異常回復】をかけた。
僕は【状態異常回復】を弾くモーションに入ったミラの胸元を右手で押し上げる。足が宙に浮き、上に吹き飛ぶミラのお腹にさっきミラが行った上段回し蹴りを叩き込んだ。
ミラは商店街の店舗の壁を突き破って、建物の中に消えた。
弾きモーションが成功しなかったため、意識が戻るのを期待したが、普通にレジストされている。
これで解決するなら研究機関が解決しているか……。
「少しは静かになってくれればいいのだけど……」
路上に落ちた布団を拾い上げながら言う。
窓越しにもう起きあがろうとしている姿が見える。あまり効いていないな。
《それ返せ! わたしの!》
走って詰め寄ると右腕を伸ばして布団を奪いに来る。
いや、あげてもいいけど、これ僕のアパートの掛け布団。お気に入りの布団を奪われて全力で取り返しにきた。
筒状に丸めて左脇に挟む。
ミラの手が布団しか求めてないので、動きがわかりやすい。
右手の手首を下から掴んで手前に一気に引っ張る。
普段ならこれぐらいでは絶対にバランスを崩さないだろうが、布団しか見えなくなったミラは足がもたついた。
体を滑り込ませて片手だけで投げ技を決める。
受け身も取らずに背中から落ちて肺の空気が吐き出された。
空気がなければさすがの【狂戦士】アビリティーも形無しか……。これは使えるな。
「あ、Sランク試験頑張ってください! 応援しています」
「けっ! 俺よりてめえ等の方がつえーじゃねーか。そもそも貴様は後衛じゃねーのかよ! 何だよ今の体術は……」
「偶然?」
「…………」
【狂戦士】のアビリティー発動中は戦闘能力が飛躍的に向上するって書いてあった。
元Bランク冒険者が土台だと上昇幅も大きそうだ。
前回はミラに完敗だったが、今回は勝ち越してやる。
暴れるミラを右腕で小脇に抱えた。
冒険者が追ってくる前に外壁の外を目指す。
「カール、足場」
「ばう!」
いつの間にかもらった【身体強化】で外壁の半分までジャンプできた。残りは一瞬だけ【飛行】を使ったカールの背を踏んでさらにジャンプする。
後ろを見る余裕がないから【気配察知】で確認すると、カールは三角跳びの要領で建物の壁を利用して越えてきた。
こっそり【飛行】を使ったかまでは知らない。
壁を越えたところでミラを地面に向かって投げる。
ドンっと背中から落ちて再び肺の空気を吐き出した。
「世話のかかる妻だ」
「ばう!」
ミラが呼吸を整える前に抱え直して走り出す。
森を駆けている最中、暴れるたびにミラを木に投げつけて張り付けにした。予定がくるって一度だけ木をへし折って地面をゴロゴロ転がったのは内緒だ。
「ばう!」
「あぁ、もう町からかなり離れたな」
【状態異常回復】
人目がないからカールに任せないで使ってみたが、スキルが不発に終わったように反応がない。
《ぎざま……ゆるざない!》
まだしゃべる元気があるのか……。こちらは昨日から徹夜なのだがな……。
涎まで垂らして、まるで獣だよ。
「どうするか……」
「ばう!」
「どうした? 鎧? 【ヴァルキリーアーマー】の事か?」
「ばう!」
ミラから回収したカードの両面を見た。
「ん~【ヴァルキリーアーマー】のカードには『状態異常回復』みたいな記載はないな」
「くぅ~ん」
仮に記載があったとして、これだけ襲ってくる相手にどうやって着せるのか。って問題がある。
息は荒いが手刀や突きの動作は早い。
「怪我をさせずに無力化をするとか無理か……。よっと」
隙をついてお腹を押すと吹き飛んだ。
動きは早いんだが単調なのがいただけない。
「ミラ、そろそろ戻っておいで。ぐが」
声をかけながら近づいたら、お腹にパンチを食らった。しかもアッパーのおまけ付きだ。
やるな。
普通にトロールの一撃より強いぞ。
カリテの文句もあながち間違いじゃない。
【狂戦士】のアビリティーも意識があれば欲しいな……。
――――――――――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ミラの体力だって無限じゃない。僕の体力だって無限じゃない。お互いに動きが徐々に鈍くなってきた。
「徹夜で連戦はキツいな……」
「くぅ~ん」
カールも徹夜でシルバーレインから図書館の町まで走っている。
ミラを拘束して、それでいて仮眠の取れる方法は一つしかない。
「ミラ、一緒に寝よ?」
上に着ている皮鎧を外してミラを抱き寄せる。
殴ろうとしてくる腕を手で押さえた。
幸い掛け布団だけはあったため、横向きに地面に敷いて二人で寝転がる。暴れるミラの足を足で絡め取り、強く抱きしめた。
ミラの顔は僕の胸に押し付けて固定する。
下手に動かれると噛みつかれそうだ。
唸り声をあげながら暴れていたが、二分ほど抵抗して全く身動きが取れなかったため諦めたようだ。
急に大人しくなった。
拘束に使っていた手を恐る恐る離しても暴れる様子がなかったので、代わりにミラの頭を撫でてやる。
木くずや土が髪の毛に付いていた。
これでは自慢の髪が台無しだ……。
相変わらず唸り声をあげているが、怒鳴っていないので、何を言っているかはわからない。
足は布団の外に投げ出されているが、掛け布団を真ん中で折り返して体にかけた。
布団の足側が引きずられたせいで布が破れて、綿が少し飛び出してきている。帰ったら、新しい……綿を買うんだろうな。きっと布団は継続だ。いや、だってミラだもん。
お気に入り布団を捨てるとは思えない。
「ミラ、おやすみ」
おでこにキスをした。
――――――――――
「まさかこんな状況なのに、ぐっすり寝られた……。ミラは最高の抱き枕だな」
目を覚ますと、ミラからも僕に腕を回して、お互いに抱きしめ合っていた。
未だに小さく唸り声を出しているから【狂戦士】のアビリティーに打ち勝ててはいないようだ。
「ミラ、おはよう」
返事はない。
抱き締めていたせいで、僕の寝相に巻き込まれ、ミラの髪の毛が乱れ放題だ。
手櫛でといて元通りにした。
珍しくカールも目を閉じて休んでいるな。
キュウちゃんはまた勝手に出てきて……布団の上で寝ている。君はカードの中で存分に寝ているだろ? その睡眠必要か?
違う違う違う。今考えなくてはいけないのはキュウちゃんの事ではなかった。
なぜ一回目はすぐに【狂戦士】のアビリティーがオフになったかだ。
今の大人しさもオフのようなものだが、ミラの意識がないならそれはオフとは言えない。
「カール、おはよう」
「ばう」
「お腹空いたな……」
「くぅ~ん」
ミラのカバンを入れたリュックに食べかけの【豚肉(上)】を入れたままだ。そのリュックはここにはない。きっと宿屋だ。
あれだけの騒ぎを起こしたのに、のこのこ取りに戻れないよな……。
しまった。ミラのギルド証もきっとカバンの中だ。いつもはケースに入れて首から下げていたはずだが、戦闘中に見た記憶がない。
考え事は腹拵えをした後にする。
ミラを離そうとすると強く反発した。
下手に起き上がってミラが暴れたら大変だから、寝ながらカールに指示を出す。
「カール、その岩を横に【引っ掻き】でスライスしてくれ」
「ばう!」
【引っ掻き】を使う時に任意に爪を伸ばせる。っと言っても五センチ程度だが……。
カールが近場の岩に【引っ掻き】を使うとスパッと斬れる。
「もう少し、こちらに寄せてくれ」
「ばう!」
岩を抱えて【飛行】で輸送する。贅沢なスキルの使い方だ。
細かい位置調整を指示しながら、調理台を確保した。
岩を【炎の息吹き】で熱する。
その上に【豚肉(並)】を乗せて、焼きながら短剣で切っていく。油がないため、岩に肉がくっ付くが仕方ない。ここは肉から出る油に頑張ってもらおう。
味付けは塩コショウオンリー。旅先だからな。贅沢はできない。
「ミラ? 食べなきゃ死んじゃうぞ。あーん」
ミラを胸元から解放してやり、肉を口に当てるが、頑なに口を開こうとしない。
寝る前は歯を剥き出しにして噛みつきそうな勢いだったのに、肉にかぶりつこうとしないとは……。
肉を僕の口に入れて咀嚼する。
ミラの口にキスをしながら優しく肉を舌で押し込む。
さっきと違い、スルッと受け入れられた。
吐き出さないように口を手で押さえたが、吐き出す様子はない。
少し汚い気がするが、どんな形でも食べてもらわなくてはいけない。
同じ要領で今度は口に水を含んで、仰向けに寝かせて口移しをする。
ゴクゴクッと喉が動くのがわかった。
「いい子だな」
カールがいい子にできた時みたいに頭を撫でてやる。
口移しなら何とか食べさせられる事がわかった。僕も食べながらミラにも食べさせる。
でも、ずっとこのままってわけにはいかない。
キュウちゃんも起きて食事に参加したため、【豚肉(並)】の丸焦げが二つできあがった。キュウちゃんに火力調整の才能はない。
初めて見たが、キュウちゃんでも落ち込むらしい。涙ぐんでいた。
「睡眠も食事も取った。そろそろ【狂戦士】について思い出そう……」
冷静に考える事ができるのはミラが胸の中で大人しくしていてくれるからだ。これが戦闘しながらだとそうはいかない。
知らなかったとは言え、なぜか一回目は結構素早く【狂戦士】がオフになった。
今回はすでに一時間以上ミラと殴り合っている。
では、あの時なにをした?
ミラを山の中で発見した時はすでに【狂戦士】のアビリティーに体を支配されて暴れていた。つまり、今と同じ状況だ。
そのあと僕は二回バトルアックスで殺されかけた。
僕が正確に思い出さなくてはいけないのはきっとこの後だ。
カールがお腹を殴って、僕が怯んでいるところを殴った。
気絶を装ったミラに近付くと、突然ミラに蹴られる…………そうしたら意識を取り戻した?
なぜ?
僕が蹴られたら意識を取り戻す?
ないない。今日は何度も攻撃をもらっている。
「ミラが一回目に意識を取り戻した時ってカールが何かした?」
「くぅ~ん」
あの時僕はミラに蹴られてミラの様子は見れてない。
「カールがミラの意識を刈り取ったんじゃないの……?」
「くぅ~ん」
「違うのか……」
『呼びかけても応答はなく、何かを探し求めているように歩みを止めない』
そんな文面が確かにあった。
では、ミラは何かを探し求めていた。
そして図書館の町で僕と会った時にミラは言った。『やっと見つけた』っと。
ミラが探し求めてたのは僕だ。だから自分から抱き付いて離そうとしない。
ミラから見ると僕を捕らえているから、離れようとすると逃げようとしていると勘違いしてミラが暴れる……。
そう考えると辻褄が合う。
「なら、抜け落ちているのはあれか……。あまり試したくないけど、やってみるか……」
僕はミラを再び仰向けに寝かせた。
ミラの頭に左腕を回してロックし、手でおでこを押さえる。右手の人差し指を噛んでからミラの唇に当てた。
すると、今まで大人しかったミラが暴れ出す。
【身体強化】
自分を対象に選んでステータスを上げる。
「ミラ、少しの辛抱だ」
指を退けようとするが、僕の全力の前では如何にミラと言えども屈服するしかない。
どれだけ殴られようが、今だけは我慢する。
「ゲホゲホ。ご、ご主人ひゃま」
咳き込んだミラがいつものミラの声を発した。
前回同様すぐに気絶してしまったが、確かに今のはミラの声だった。
――――――――――
「ご主人様!」
「ミラ、おはよう。カール、一旦休憩にしよう」
「ばう!」
今回も二時間ぐらい経ってからミラが目覚めた。
ミラを簀巻きにして絶賛帰還中だ。
「ミラ、僕の言ってる言葉がわかる?」
「……はい。この状況はいったい……」
暴れる様子もないし、意識ははっきりしている。
うん、大丈夫だな。
布団を解く。
リュックは図書館の町の宿に置いてきてしまったため、ミラの着替えがない。そのため今も下着姿のままだ。
町に着いたら、僕が一人服屋に行ってミラの着れそうな服を買ってくる他ない。
「ミラはまた【狂戦士】のアビリティーに体を支配され、暴れていた」
「やはり……。だから、わたしがあれほど言ったじゃないですか。それをご主人様がわたしの話を聞かないから、こうなるのですよ!」
「ミラも僕の話を最後まで聞こうな? ミラの【狂戦士】のアビリティーを抑え込む方法がわかったよ」
ミラを優しく抱き寄せる。
「本当……ですか?」
「あぁ。まだ予想の範囲を越えないが、試してみる価値はある」
耳元で聞こえた返事に頷き、頭を撫でてやる。
だが、残念な事にミラは僕から体を離す。
「早く教えてください! わたしなら何だってします!」
「なら、僕と結婚してくれる?」
「えっ?」
「ミラは僕を信じてくれなかったからな……」
「うぅ……。すみませんでした」
ミラの両肩を掴んで真剣な顔で声をかける。
「ミラ!」
「ひゃ、ひゃい!」
「僕と結婚してください」
「でも……まだ大丈夫か……」
「そうじゃないだろ? 答えは?」
「…………はい。わたしでよろしければ……」
「ミラ、愛してる」
「わたしもです!」
ミラを強く強く抱き締める。
そして唇にキスをした。




