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奴隷の花弁

「城壁の上からでもあんなすげー【レインアロー】を放てる奴はいねーぞ。うお、いってー」


 盾から左足が出ていたのか、足首の近くに矢が貫通している。位置がふくら(はぎ)よりのため骨は無傷だろうが、血がダラダラ流れていた。


「誰かカリテを医務室に運ぶのを手伝ってください!」


 ミラが静まり返ったままのギャラリーに声をかける。

 しかし、観客席から闘技場に移動してカリテを運ぼうと動き出す者はいなかった。


 カリテの命までは奪わないように【レインアロー】を放つ前に声をかけたのだが……。

 ギャラリーと目が合うと顔を背けられる。

 保護対象のAランク冒険者を傷付けたから、警戒しているのか?

 そういえばギャラリーの大半がカールの足を見て笑っていたな。とばっちりを受けないように過ぎ去るのを静かに待っているだけか……。


「少し痛いけど、我慢しろよ。ミラは羽根付近の軸が動かないようにしっかり持っていてくれ」

「わかりました」


 カリテの後ろに回り込み、足元にしゃがみ込む。

 おっちゃんが作る矢の軸には向きがあり、向きに沿って力を加えると()()()簡単に折れるようになっている。

 ただし、折ると逆に抜きにくくなるため、絶対にやってはいけないと教わった。

 ぶたのおっちゃんの矢を見た時も同じ構造をしていたのは確認済みだ。


 さらにデタラメに折って二つに引き千切ると、外側に施されたコーティングがささくれのようになり、それが返しの役割になってしまう。

 これは矢を引き抜く際に傷口を如何に広げるかを考慮された技術だ。


 矢の軸に短剣の刃を斜めに寝かせて当てる。足への負担を減らすため、左手で軸の根元を強く握った。矢が外側から内側に向かって刺さっているので、腕がクロスするが仕方ない。

 まずはゆっくりと短剣を引く。手に伝わる感覚を頼りに今度は刃を少し起こしながら引く。そしてまた斜めへ……。それを何度か繰り返す。


「よし、成功した」

「…………」


 切断面は階段のようにガタガタで汚いが、コーティング膜も残さず、指で(へり)を触っても木のトゲが刺さる事はない。

 これは矢を扱う者として、誤って矢が刺さった時の対処法。

 おっちゃんに習った軸の切り方の知識が役に立った。


「太ももを圧迫して血の流れを抑えてくれ」

「…………お、おう」


 あとは鏃側の軸を持って、真っ直ぐ引き抜く。抜いた瞬間、止血代わりをしていた棒を失い、一気に血が吹き出す。

【回復魔法(大)】

 傷口がみるみる塞がって、元に戻った。

 どうせ回復魔法を使うなら、小さな傷が増えても変わらないように思えるが、抜く時の痛みが段違いだ。


 それに回復魔法は手を(かざ)した部分を中心に回復が行われるが、回復量が余れば他の部分も回復してくれる。

【回復魔法(大)】は回復量がとても多い。その代わり一回使っただけで全魔力の一割程度が消費する。


 この魔法は伯爵様が所望した能力の片割れだ。

 レベル五や一〇のモンスターにこんな魔力消費の激しい魔法を選んでどうするのだろう。正直今でも理解に苦しむ。

 かと言って、魔力消費にさえ目を瞑れば【回復魔法(大)】の有用性は折り紙付きだ。

 それでもこんなの一回の戦闘で一回どころか数時間に一回唱えられたら、そのモンスターはとても優秀な部類だと思う。


 僕やカールじゃなければ、他人にほいほい使うような魔法じゃない。


「…………けっ! 試合中は回復魔法なんて使ってなかったじゃねーか。医務室に行けば回復魔法を使える職員が待機しているはずだ。どうしてわざわざ手の内を晒すような真似をした」


 怪我をした場合、冒険者ギルドにお金を払えば医務室担当の職員が治療をしてくれる。需要は多いため、それだけで食べていけるほど優遇される職業の一つだ。

 メリーさん、あなたは本来、勝ち組ですよ。引き籠もりにはキツい職種でしょうけど……。


 隠しておきたかった手札だが、これだけ衆目を集めた後なら変わらない。どうせ色々な尾ひれも付くだろう。


「Sランク試験の前なのだろ? 僕のせいで試験に不合格したとか言われたくないしな……」

「けっ!」


 モンスターカードを三枚も失っただけで、かなりの被害を負っているはずだ。その上、怪我をして本気が出せなかったと逆恨みをされても困る。

 それにこの男、モンスターカードに慕われている。そうでなければ毛むくじゃらのモンスターが危険を犯してまで挑発するような『バイバイ』はしないはずだ。ヘル・ゴーレムだってそうだ、自分の身が消滅するのを覚悟してカリテを守った。

 ミラの事を抜きにすれば、別にそこまで悪い奴にも思えない。


 回復魔法で恩を売ったように見えるだろうが、実はそうじゃない。

 ブリーダーギルドを続けている理由と同じで、僕には能力を【捕食】経由で覚えてより強くなるという目標がある。


 今回カールは、カリテ、ブルータイガー(青い虎)、アイスファルコン、トロール、ヘル・ゴーレムから能力をこっそり貰い受けた。

 その中でも僕が目を付けていたのはカリテの持っていた【テイム】と【調教】の能力。ブリーダーの僕にとってこの二つは喉から手が出るほど価値がある。

【レインアロー】で傷を付けれていなければ、盾から這い出てきたカリテを容赦なく攻撃する事も考えていた。


 ちなみにカリテのアイスファルコンはアイスバードから進化させてレベル一から育成し直している。

 時間と手間が非常にかかっているが、その分能力数が多い。

 カールは特殊進化だから、レベルを引き継いでいる。これは例外中の例外だ。レベル一からやり直さなくても【捕食】があるから能力の保持数は桁違いだが……。



「ほら、約束の【ヴァルキリーアックス】だ」


 そういえばそんな条件だったな。

 ミラを奪われないために戦っていたから忘れていた。

 受け取った【ヴァルキリーアックス】はそのままミラに渡す。


「このカードはミラにあげるから大事に使うといい」

「わたしの自由にしてもいいのですか?」

「あぁ……」


 ミラが自分の手にあるカードを見る。


 そしていきなりビリビリっと破った。

 カードの八割以上が欠けると、そのカードは機能を失うと言われている。

 破ったカードは煙になって…………消えた。


「わたしは旦那様が用意してくれた装備がいいのです! なんでわたしの気持ちがわからないのですか!」


 パチンっと平手打ちの音が響く。


「お願いします。わたしは旦那様と共にいたいのです。他の誰かの用意した装備なんて嫌なのです」


 そうだ。ミラはそういう人だった。

 仕事熱心で、甘えん坊。嫉妬深くて、怒りん坊。

 常に僕の事を優先して自分の事は二の次だ。

 でも、ヴァルキリー装備なら何でもいいわけじゃない。


「ごめん…………僕が悪かった。【ヴァルキリーアックス】は用意できないかもしれないが、これからも僕のそばにいてくれ」

「もちろん!」


 ミラがギュッと抱き付き、チュッと頬にキスをする。


「カリテ、元気でね……」

「けっ! 見せつけやがって。どこにでも行きやがれ。泣きついて来たって知らねーからな。あ、そうだ。お礼を言い忘れた。回復サンキューな」


 カリテは恥ずかしかったのか、モンスターカードを回収して闘技場を出ていく。

 いつの間にか泥沼はキレイサッパリなくなっていた。


――――――――――


 大注目を浴びながら闘技場を後にする。

 建物の外には人だかりが出来ていたが、僕たちが歩くと人垣が左右に分かれる。

 誰一人声をかけてくる者はいない。

 まるで腫れ物扱いだな。


「ミラ……ビンタされた頬が痛い」

「うぅ……、きっとご主人様に手を上げたので花弁が数枚失われました」

「ミラがこのまま奴隷だったら、近い未来に死ぬと思うな……」


「それは脅しですか?」

「僕たちがこの町に来た目的を忘れちゃいけないって事だ。早く結婚しような?」

「やっぱり脅しじゃないですか!」


 奴隷のままなら【狂戦士】のアビリティーを抑えられるけど、奴隷の花弁の関係で死を迎える。

 結婚すれば奴隷の花弁で死なずに済むが、今度は【狂戦士】のアビリティーが精神を乗っ取り、自分ではいられなくなる。

 究極の二者択一だ。


「口答えしたら花弁が減るぞ?」

「ひぃ」

「すでにあと一枚かもよ?」

「あのご主人様提案なのですが……一度宿屋に行きませんか?」

「花弁のチェックか?」


 ミラは神妙に頷いた。



 宿はまだ決まっていない。図書館に向かっている最中だったので、その近くで借りる事にした。

 しかし、この時期はBランク冒険者で宿が繁盛するらしく、一パーティー一部屋に制限をしているそうだ。


 どうにか二部屋にしようと抗議をしたが、町全体の取り決めでそうなっているから変えられないのだとか……。僕も試験参加組だからこれ以上の文句は不毛だ。とにかく時期が悪い。

 知っている者は別々に宿に来て部屋を借りる。


 ベッドは二つあるそうなので、一部屋で了承した。ミラが同じ部屋でも問題ないと強く主張したからだ。


――――――――――


 部屋のベッドに腰をかける。

 ミラの奴隷紋は目立たないように背中に付けた。自分では見ることができないため、僕が代わりに確認をする。

 ローブを脱ぎ【ヴァルキリーアーマー】をカード化して外す。

 インナーは着ていなかったのか、鎧をカード化した瞬間、ミラの白い背中と青いブラ紐がいきなり目に飛び込んできた。


 さてミラの背中にある奴隷の花弁を見たわけだが……。


「ミラ、正直に言っていいか?」

「もちろん……です」

「あと一枚だ」

「ひぃ」


 ミラが恐怖する気持ちもわかる。

 あと一回命令に背いたり、拒否をすれば奴隷紋が罰を与えて、その命を刈り取ってしまう。


 これは従順な奴隷が欲しい場合の教育の一つだが、無理なお題を七回出して奴隷の花弁を最初から一枚にするという方法がある。

 死にたくない者は必死に生き、従えない者はその場で息絶える。

 今のミラはそんな奴隷たちと同じ立場に立たされた状態だ。


 言葉の選択を誤ってミラの命を奪うとか万に一つもあってはいけない。

 慎重に慎重を重ねて会話をしなくては……。


 そもそも奴隷の花弁って増えないのか?


「……どうしよう」

「ミラ?」

「ご主人様、わたしが死んだら布団にくるんでもらえますか? 死んでもわたしはご主人様の物に包まれていたいのです」

「死ぬ未来ばかりを考えるな」

「だって、たった数日で八枚が一枚になったのですよ? わたしは奴隷として失か……」

「はーい。ミラ、ストップしようか」


 ミラの口を手で塞ぐ。ミラは上目遣いでコクコク返事をした。

 窮地に立たされて後ろ向きになっている。


「答えは『はい』だけね」


 口を塞いだままなので、コクコクと頷く。


「今から奴隷解放をしよう」

「でも……」

「でも、じゃありません。答えは?」

「……はい」


「『僕は生涯ミランダを奴隷とする事を誓いましたが、これからは妻にするため奴隷の身分から解放する事をここに誓います』」


 ミラの顔を見ると涙目でフルフル首を振る。

 これ以上拒絶すると最後の一枚が散ってしまう。

 顔を左右から押さえて目を見る。


 それでも逃げようとするミラの顔を力強く抑えて唇にゆっくりとキスをした。ミラの目が大きく見開き、静かに目を閉じると涙が零れ落ちる。


 小さく目を開いたミラがしゃべり始める。


「『わたし……ミランダは……イル様の奴隷から……妻になる事を…………誓います』」


 ミラが限界を迎えて倒れた。

 ミラの背を急いで確認する。

 奴隷の花弁は砂が流れ落ちるようにその形を崩す。


 代わりに夫婦の誓いを表す指輪が二人の左手の薬指にはめられた。


 奴隷紋を確認するために鎧を脱いだので、ミラの上半身は下着姿だ。薄い布をかけてやる。


――――――――――


 ミラが寝ている間、抱き上げて、髪の毛を手櫛でとく。

 サラサラの長い髪が気持ちいい。

 何時間でもといていられる。


「バカ!」


 ミラが目を覚ました第一声だ。


「本当にバカなの? わたしがどれだけご主人様のためを思って行動していたと思っているのよ!」

「僕の事が嫌い?」

「そういう事を言っているわけじゃないの! わたしは自分の手で大好きなご主人様を殺めたくないって言っているの! 何が妻よ! バッカじゃないの!」


「ミラ、好きだよ」

「誤魔化すな! もうヴァルキリー装備なんて着てあげない!」

「んじゃカード化して破ってもいいんだね?」

「あ、いや。それは……」


「そうか。ミラが着ないなら他の子に着せればいいのか。そうですか、そうですか」

「もう頭にきた! どうせわたしの話なんて聞かないんだから、好きにすればいいでしょ!」


 カード化したヴァルキリーカードを投げつけてきた。

 僕は大切なカードを一枚ずつ拾う。


「ミラ」

「聞こえません」

「んじゃ独り言を言うね」

「……」

「僕はミラの【狂戦士】の解決法を見つけるために、ここまで来た。だから僕はこれから図書館で調べてくる。ミラは僕が帰ってくるまでに機嫌を直しておくように……」


「勝手にすればいいじゃん」

「お願いだから、ストレスを溜め込まないで」


 ミラを後ろから優しく抱きしめる。


「ご主人様はズルいよ……」

「僕は行ってくるね。好きだよ、ミラ」

「……」


 ミラはヴァルキリー装備を外してしまったため、下着姿でうずくまっている。

 僕は扉が閉まるギリギリまでミラを見ていたが、最後まで顔を上げる事はなかった。


――――――――――


 図書館で調べた【狂戦士】についてまとめる。


【狂戦士】はとても希少だが、戦闘能力を飛躍的に向上させてくれるアビリティーである。しかし、一度(ひとたび)発現してしまうと異常興奮状態に陥り、動くものを見境なく襲う。

 呼びかけても応答はなく、何かを探し求めているように歩みを止めない。


 近付く事さえ許されない状況では、食事を与える事もできず、ただ野垂れ死ぬのを待つ他にない。

 残念だが、このアビリティーは発現したら最後、死ぬまで克服できない。



「どうやら研究機関が匙を投げる案件らしいな。アビリティー自体が希少で、ミラのように【狂戦士】を認識した上で誰かの奴隷になった人がいなかったのか? 奴隷契約の記載すらないし……。一度発現すると二度と正気に戻らない書き方だ」


 次のアビリティー関連の本を読もうと席を立った時だった。

 建物の外から悲鳴と、それをかき消す怒声が聞こえてくる。

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