対カリテ
闘技場は一〇〇メートル程度の円形のフィールド。地面は土、障害物はなし。天井が被われていないからところどころに雑草が生えているぐらいか……。
闘技場のイメージが正方形の石のリングだったけど、石で覆われた地形で戦った事はないし、土で良かった。
観客席との間には壁。ギャラリーは高い位置から屋台で買った食べ物を持ち込んで盛り上がっている。
見世物じゃないのだが……。
カリテの所持するモンスターのうち知っているのは、アイスファルコンだけだ。
きっとこの地域のブリーダーギルドから購入したのだろう。
「ルールは相手を気絶もしくは戦闘不能、降参させたら勝ちです。リングアウトはありません。準備はいいですか?」
「あぁ……」
「ふん。こんなクズ相手にダラダラと準備なんかいらねーよ」
「それでは……はじめ!」
ミラが右腕を上げた体勢から腕を振り下ろした。
「アイスファルコン【氷の息吹き】」
「カール【炎の息吹き】」
互いの中央で吹雪と火炎がせめぎ合う。
最初はカールに軍配が上がっていたが、均衡は破れ徐々に本職のアイスファルコンの吹雪が火炎を飲み込み始めた。
カールの体の構造では火を扱うのに限界がある。威力を出そうと火の勢いを上げれば逆に毛皮に引火して己を焼きかねない。
この【炎の息吹き】は鳥の嘴だから羽毛を燃やさず最大出力で放てる。
「なんでウルフが火炎を吐けるのか知らんが、俺のアイスファルコンの方が優秀だったようだな」
「息吹きで勝ったぐらいで威張るなよ。カール【火竜の防壁】」
「ばう」
大声でカリテに言い返した後、カールには小声で指示を出す。
僕やカールが【火竜の防壁】を使っても、効果は低いし時間は短い。
それはたくさんのスキルを見て、実際に使用して、適性の有無がステータス値より大きな影響を与える事がわかったから言える事だ。
それでもないよりは全然違うし、スキルを何度も使えば体が慣れるのか、その威力がどんどん上がる。
ステータス値は言わば慣れるまでの一時的な補助に過ぎない。
防壁をもらった僕はカールを庇うように前に移動。片膝を付いて腰を落とし、腕をクロスにして吹雪に備える。
ヒュロム氷山で一度食らっておいて良かった。野生のアイスファルコンの【氷の息吹き】よりは強いが、これなら耐えられそうだ。
吹雪に視界を奪われたため【気配察知】を行う。するとモンスターが左右に分かれて移動している反応があった。
当たり前だが相手はアイスファルコンだけじゃない。
左右に展開したモンスターが突進してくる。
「一気に決めろ! 肉片も残すんじゃねーぞ! トロールは棍棒で【ぶっ叩く】だ。リッチは【虚脱の目】」
布切れパンツに上半身裸の大男がトロール。ローブを被った幽霊のモンスターがリッチ。両方初めて見る。
トロールの方は足音がすごいから近付いているのが丸わかりだ。リッチの方は空中に浮かんでいるため、正確な距離が掴みにくい。
急に力が抜けてガクッと体が沈んだ。
片膝を付いていなければ、今頃は前のめりに倒れていただろう。
さらに首に重い一撃が入る。
「がはっ!」
僕は衝撃に耐えきれず地面にばったり倒れた。腕はクロスしたまま凍結して動かせない。
悲鳴が聞こえたので、顔だけで前を向く。
「旦那様!」
「来るな!」
近寄ろうとしたミラを声で制す。
助力は即失格だ。
こんな情けない姿のまま終わっては何のために売られたケンカを買ったのかわからない。
「くぅ~ん」
カールにまで心配されている。
【状態異常回復】
自分を対象に選んで凍結をこっそり解除。
うつ伏せになっているため、何が起こっていても見えないだろう。
手で地面を押した反動を利用して立ち上がる。
リッチは一定の距離をキープするために離れていった。トロールは再び振りかぶって待機中。
「へぇー。Dランク冒険者にしてはタフだな。トロールの渾身の一撃を食らって死なないのかよ」
「カールの蹴りに比べたら、余裕だったよ」
トロールに叩かれた首を擦りながら言う。
「けっ!」
正直、甘くみていた。
どんな攻撃が来てもどうせ火竜よりは弱いだろうという先入観があった。
だが、実際にはモンスターと人間の行動パターンは全然違う。
モンスターは目の前の敵をただ排除すべく動くが、人間にはより高度な頭脳が存在する。
駆け引きの過程で何通りもの必勝パターンを組み上げて、相手を追い込む。
これは強いモンスター一体ではなく組み合わせだ。
広範囲の【氷の息吹き】からの【虚脱の目】のコンボはヤバい。
野生のアイスファルコンとは息吹きの練度が違う。直線上だけなら僕も横に避けたが育成とは奥が深いな。
今度はリッチの【虚脱の目】だ。
リッチの方を向いていなかったのにも関わらず、対象をバッドステータスにできるとか強力すぎる。てっきり目と目が合うとスキルの発動条件を満たせる類いのものかと思っていた……。
そして二体に体勢を崩させて最後は動けなくなったところにトロールの強力な一撃。
単体の【ぶっ叩く】なら簡単に避けられたと思うが動けない状態にしてから確実に当ててきた。
「アイスファルコン【氷の息吹き】」
げっ! まだ対策を思い付いていないのに、また同じ戦術かよ。
「後ろに引くぞ」
「ばう!」
二人でサッと後ろにジャンプすると【氷の息吹き】が直線的に伸びてくる。
「くっ!」
広範囲の息吹きだけじゃないのか……。
息吹きを集束させた方が吹雪の層に厚みがある。これは一瞬でも触れれば即凍結の恐れがあるな……。
横からは獲物を追い詰めるトロールとリッチ。よく訓練されている。
僕は矢筒に手を伸ばす。
肩にかけていた弓を構えて矢を放つ。
【風魔法(大)】
放つ矢の推進力を上げるため、矢の周りに風を発生させた。
《絶対に撃ち破ってみせる!》
矢に強い意志を込めると、今までとは違った感覚がある。
鏃が光ったような……?
放たれた矢は吹雪を左右に切り裂いて進む。
吹雪の先にはもちろんアイスファルコンの嘴がある。
矢はアイスファルコンに当たる直前に鏃の限界を迎えたようでバンッと大きな音を立てて破裂した。アイスファルコンは破裂の衝撃に耐えきれず後ろの壁に激突する。
なんだ、今の……。
何も細工をしていない矢が破裂したぞ?
「貴様っ! 何をしやがった!」
カリテが叫ぶが無視だ。
自分でも理解していないのに説明なんてできない。
とにかくこれでやっかいだったアイスファルコンにはおねんねしてもらえた。
「ばう!」
鳴き声のした後方を見るといつの間にかカールと青い虎が一騎打ちをしている。
音もなく接近を許していたのか……。カールが気付いて引き受けてくれなければ、今頃は後ろからバッサリやられていた。
この青い虎も氷系を操るようだ。
虎が足を置いているポイントの周りだけ白く凍結している。
「可愛いウルフが負けそうだよ? 助けなくてもいいのかい?」
カールは前足を地面に付いた状態で【引っ掻き】攻撃ができないため、いちいちジャンプして攻撃を凌ぐしかない。
踏ん張る事ができないので、ステータス上は勝っていても、圧倒されている。
「ぐっ」
また【虚脱の目】か……。鬱陶しいな。
一度経験していれば下げ幅は理解できる。
「よっと!」
トロールの巨大な棍棒は横に飛んで回避。
同じ手をアイスファルコンなしで行うとか、単純すぎるだろう。
「うわ! なんだこれ!」
「かかったな!」
着地した瞬間、足が地面に膝まで沈んだ。
土がドロドロに溶けて液状化している。
足を動かそうにも誰かに掴まれたみたいに動かせない。
最悪な事に範囲は徐々に広がり、手の届く範囲は全て液状化した。
体は今もなお沈み続けている。
これほどの事象を引き起こすには膨大な魔力が必要だ。
【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】
いた。すごいスピードで魔力を消費しているモンスター。
カリテのすぐそばの穴に体を隠して顔だけ出している。
僕は急いで弓を構えた。
「狙わせるかよ!」
カリテが小声で指示を出すと毛むくじゃらのモンスターが挑発するように『バイバイ』っと泥だらけの手を振ってゆっくり避難していく。穴の中に逃げられてはもう狙えない。
引いていた弓を静かに戻した。
液状化の広がりは止まったが、ドロドロの地面はそのままだ。液状化させるにはそのポイントの目視が必要で、きっと今は維持に専念させているのだろう。
なぜ立っていた場所を直接狙わなかったのかは謎だが、今はここから抜け出す事を考える。
「テメェに降参はさせねーぞ! 【声封じ】」
「!」
声が出せなくなった。
ミラは止めるべきか悩んでいる。
止めればそこで試合終了。
僕の敗北が決まり、ミラはカリテが連れて行く。
だが、そんな事は絶対にさせない!
とは言っても、カールに助けを求めたいが、虎の相手で忙しい。
すでに太ももまでが飲み込まれている。
早く手を打たねばミラが試合を止めてしまう。
トロールがもっと近付いてくれれば、弓で攻撃して足場にするチャンスだったのに……。理解しているのかカリテの近くに立っている。
何かないか? 何でもいい。周りで使えそうなもの……。
リッチから再び【虚脱の目】が飛んできた。
三回目にしてやっとレジストする事ができたが、四回目の【虚脱の目】がきっちり決まる。
リッチの仕事は相手の弱体化に絞っているのか?
「くぅ~ん」
カールが僕を気にして目の前の虎に集中できていない。
声が出せないからジェスチャーで伝えるしかないが、ジェスチャーで指示した事があるのは、指を二本前に出す『行け』と手のひらを広げて止める『待て』ぐらいだ。細かい指示は出した事がない。
念話で指示を出したいのに【声封じ】は念話の声も封じるらしいな。
カールは僕の指示を見逃さないように何度もこちらを見ている。
別々に行動した事はあったけど、敵に阻まれて助けにいけない状況になったのは初めてだ……。
カールを呼べば虎が自由になる。そうすれば更なるピンチを招きそうだ。
そうこうしている間にとうとう腰までが泥沼に沈んでしまった。
「感謝しろよ。特別に重ねがけだ。【声封じ】」
ミラが唯一の希望を奪われて唇を噛む。
きっとあと数秒でスキルの効果が切れたのだろう。メリーさんが切らさずに補助をかけていたのを思い出す。カリテも自分のスキルが切れるタイミングを理解している。
悔しいがさすがAランク冒険者だ。
ぽっと出の僕たちとは全然違う。
僕もカールも必要な時しか補助を使わないから、いきなり途切れて慌てて使い直す事がよくある。
腰を通過すると『黒限』が泥沼に触れそうなので、仕方なく泥沼の外に放った。
矢を射てもどうせ防がれるなら、あってもなくても変わらない。
僕はフリーになった左手を前に突き出し、右腕を後ろに引き絞る。僕の右腕は矢だ。今から貯めた力が一気に放出されるイメージ。
【声封じ】を食らっているとスキルも使えない。スキルなしで頑張るかっと思っているとカールから【身体強化】が飛んできた。
ありがとう。声は出せないが心の中でカールに感謝する。
「何をするのか知らないが、泥を吹き飛ばしても無駄だぜ?」
気合いを乗せて泥沼を殴った。
液状化しているせいで水と同程度に殴りにくいが、殴った部分が吹き飛んで周囲に飛び散る。しかし、すぐに周りの泥が流れてきて穴が塞がった。
体を動かしたために沈む速度が上がった気がする。瞬く間に胸まで埋まってしまった。
「旦那様……すみません」
ミラが謝ってくる。でも、本当に謝るべきは僕の方だ。
最初から全力でカリテを殴りにいけば、結果は変わっていた。
もう両腕と顔しか泥沼から出ていない。
顔が埋まってから止めたのでは生き埋めになってしまう。
ミラが意を決して息を吸う。
「キュッキュキュ~」
えっ? キュウちゃん?
「火竜の赤ちゃんだと? Sランクモンスターを使役しているのか! 貴様はいったい何者だ!」
「…………」
問われても声が出せない。
キュウちゃんが僕の真上に来て、尻尾を振っている。僕はその尻尾を掴む。【虚脱の目】の効果で思っている以上に力を使わされる。
「キュッキュキュ~!」
キュウちゃんが僕を泥沼から引き抜くために、小さい羽をパタパタ懸命に動かして上へ上へと飛ぶ。
首まで埋まっていたから相当頑張ってくれている。
「リッチ、まとめて沈めてやれ!」
どうせまた【虚脱の目】が来るよな。
今邪魔されるわけにはいかない。
右手で握っていた尻尾を両手で握って体を持ち上げる。
頑張ったかいもあり、一気に背中が泥から抜け出せた。
右手で背中にある矢筒の蓋を開けて、矢を一本取り出す。それをリッチに向けてクナイのように投げた。
命中率は落ちるが、それなりの速度は出るはずだ。
リッチは矢を慌てて横に回避する。
「キュッキュキュ~」
続いてキュウちゃんが【炎の息吹き】をリッチに向けて使う。
体勢が崩れていたリッチは避ける事もできず、火炎に飲み込まれた。
「どうして声を発せずにモンスターにスキルを使わせる事ができるんだ!」
それは僕も知らない。キュウちゃんが勝手に行動をしている。
きっと教育が行き届いていないだけです……。
リッチが火炎を耐えきれずに地面に落ちた。すると、そこにはリッチの姿はなくなりモンスターカードだけが残されている。そのモンスターカードがボンッと音を立てて煙になった。
絶命して二度と復活できない。
死んで復活すると傷が治るなら、僕はカールの右前足をすでに治している。
「キュッキュキュ~」
キュウちゃんはモンスターを撃破して喜びの声をあげた。
僕は元気よく飛んだキュウちゃんのおかげで、やっと泥沼地獄から抜け出す。
泥はスキルで再現されていたためか、泥沼から抜け出すと全く付着していない。
「けっ! 幼体かと思って甘くみてたぜ。【ヘル・ゴーレム】、オープン」
モンスターカードがやられて空いた枠に別のモンスターカードを召喚してきた。
再び二対六。いや、三対五か……。
こちらにはキュウちゃんが参戦。向こうはアイスファルコンが離脱中だ。
アイスファルコンを下げないのは、復帰を待っているのだろう。下手に狙って別のモンスターカードと交換されても面倒なので、トドメは刺さない。
「あーあーあー」
よし。【声封じ】の効果が終わって声が出せるようになった。
出し惜しみはなしだ。奥の手を一枚切る。
「【ウルフ】、オープン」
名前も付けていないモンスターカードを何枚か所持している。
ブリーダーギルドでは同じ種族のモンスターを二体以上所持する事は基本だ。
互いに競わせて能力を上げる事が主な理由だが……。
同族を複数出すと『共鳴』という現象が起こる。この裏技は猫かぶり先輩が得意気に教えてくれた。
なんでも、弱い方が強い方のステータスに近付く。
この『共鳴』を利用すれば、今ある能力値の限界突破を経験させて上限を解放できるという論文まである。
今回は撹乱目的のただの目くらまし。
召喚されたウルフが後方に飛び退く。
「ウルフ、カールと一緒に虎狩りだ」
指示をするとウルフが動き出す。
しかし、指示した内容とは異なり、ウルフはフィールド全体を駆け出した。
今のウルフにはカールとのステータスの差分の半分が上乗せされている。
具体的には一五しかなかった素早さが『共鳴』で二一五になっているぐらい能力値がアップ。二一五も能力値があればAランク冒険者といい勝負が期待できるはず。
はずなのだが、このウルフは信じられないほど臆病者で、納品された後に返品された売れ残り……。
『共鳴』で強くなった体にも怯えて全力で逃げるため、今度は観客席との仕切りの壁がすごい勢いで迫ってくる。突然の壁に驚き、方向転換をしてまた逃げ出す。
液状化はどうやら僕の周りだけじゃなかったようだ。ウルフが疾走した後に地面が次々に崩落して下から泥沼が現れる。
「けっ!」
これは予想外の掘り出し物だ。
このウルフは全てのトラップ位置がわかっているみたいに進路を変えた先には必ずトラップが存在した。今では複雑なルートでトラップの点繋ぎをしているようにさえ見える。
幸いな事にどのトラップを踏み抜いても作動前に駆け抜けてしまうため無傷で切り抜けられている。
『共鳴』様々だ。
「何なんだよ、あのウルフ。わざとトラップを踏んでいるんじゃないのか?」
どんどん破壊されていくトラップにカリテが怒鳴る。
「無視だ! あんな逃げ回るウルフは無視しろ!」
本人は目的なく怯えて逃げているだけなので、先回りがしにくい。
さすがAランク冒険者。あのウルフが臆病者でただ逃げ回るだけの存在だと瞬時に気が付いてしまった。
「くぅ~ん」
カールから真面目にやってよ。っと非難の声まで届く。
「ごめん、ごめん。カールは体当たり!」
「ばう!」
逃げ回るウルフを指差し、カールに指示する。
虎狩りを中断してカールはウルフに近付いていく。
ウルフが逃げようが、こちらから近付けば戦闘に参戦させられる。
カリテは横目でカール、ウルフ、虎の攻防を見守った。
「ウルフが一体消えただと? どういう事だ?」
指示した体当たりはスキルの【体当たり】を差しているわけではない。
ウルフに衝突する刹那、カールが姿を消す。
虎も目の前で起きた現象に驚き、追っていた足が止まった。
足の本数でカールかウルフかすぐに判断できるだろう。だが、カードを残さず消えたカールを探してこちらへの注意力が散漫になっている。
臆病者のウルフが消えたならここまでの動揺はしていないはずだ。
『黒限』を拾い、透かさずカリテに向けて一射。カールにばかりいいところを持っていかれるわけにはいかない。
残念ながら牽制の矢はヘル・ゴーレムの盾に簡単に防がれた。
「憎たらしい野郎だ。邪魔しやがって……。ヘル・ゴーレム【鉄壁】」
カリテはカールの奇襲を恐れて、味方全員の物理防御力を底上げさせる。
ヘル・ゴーレムは守備重視のモンスターらしく、カリテを守る騎士のようにそばを離れない。
虎の顔が上を向いて止まっている。
カールは上にいるのかな?
姿を消す時は必ず【隠密】と【誤魔化し】を併用させるから追えないはずだが……。
もしかしたらあの虎は蛇のように特殊な感覚器官を持っているのだろうか?
僕はトロールの棍棒と足場に注意しながらタイミングを計る。
――――――――――
三〇秒じっくり待った。見えないモンスターを探して、そろそろ集中力が切れてきたか?
ミラには腕を大きく横に払って、もっと下がれと指示を出す。
何もない空間に向けて声をかける。
「カール、そろそろいいか?」
「ばう!」
「なら【社交ダンス】行くぞ!」
「ばう!」
「くそっ! 声がしやがる。やっぱりどこかに隠れてやがるな……」
僕もカールから譲り受けた【社交ダンス】を使う。
『1・2・3! 1・2・3! 1・2・3!』
最初だけはどうしてもタイミングを合わせる関係で声を出さなくてはいけないが、あとは胸の中で三拍子を刻みながら、空中を右足のみで蹴って闘技場の空を駆け上がる。
カリテに聞こえないようにカールには念話でスタートの合図を伝えた。
「…………」
カリテが上昇を開始した僕を見上げている。
「移動できるのは縦方向だけじゃないぜ」
「なんだと!」
【社交ダンス】は何も踊るだけのスキルじゃない。スキルを使う事で一定時間バランス感覚とテンポ感、二人の親和性を一気に上げる事ができる。
この立体的な移動術は火竜戦で編み出した。
通称【火竜の息吹き】は地面を瞬時に溶岩に変えてしまう。そのため今回同様、足場が段々減ってしまい、上手く動けなかった。
「本日は晴天なり。ところにより矢の雨が降るでしょう……」
「まずい! みんな防御態勢を取れ!」
「遅い! 【レインアロー】」
横方向へジャンプ移動しながら地上に向けて矢を放つ。
カリテを中心に僕が所持する矢が一気に降り注いだ。
ヘル・ゴーレムはカリテを包むように覆い被さり、盾を頭の上に掲げて主人を守る。
しかし、盾の大きさと体の大きさが全然違うため、矢の大半をその身に浴びた。
盾は後付け装備だったのか、ヘル・ゴーレムが消滅してもカリテを守るように残った。
ウルフと虎、アイスファルコンは範囲外。トロールは僕が空を蹴ったタイミングでカリテのそばに移動したため反応もできずに串刺し。地中に隠れている毛むくじゃらモンスターは不明。きっと無傷だ。
キュウちゃんは気楽なもので、僕の後を追いかけて遊んでいる。
「キュウちゃん、地上に降りるから支えてくれ」
「キュッキュキュ~」
キュウちゃんが僕の右足を足先から咥えて支えたため、逆さ吊りのまま地面にゆっくりと到着した。
もっと普通の降ろし方はなかったのか?
空中でジャンプできる右足が気になるのか、解放した足をペチペチ踏むのもできればやめて欲しい。
「キュッキュキュ~?」
足裏を覗き込んで疑問の声をあげた。
「キュウちゃん、ありがとう。泥沼の時も助かったよ」
「キュッキュキュ~」
矢の雨が終わったのを確認してヘル・ゴーレムが持っていた盾の下からカリテが這い出てくる。
僕は地面に刺さった矢を一本抜いて弓に矢をつがえた。
「僕の手が滑る前に何か言う事は?」
「参った、俺の負けだ」
カリテが両手を上げて降参する。
「そこまで!」
ミラが嬉しそうに終了の宣言をした。
だが、ギャラリーは茫然自失。とても静かだ。
「あんたバケモンかよ。ほとんど無傷じゃねーか。名前は? どこを根城にしてるんだ?」
「名前はイル。シルバーレインでブリーダーギルドに所属している」
「けっ! 『増し増し冒険者』かよ。道理で強いわけだ。【レインアロー】でトロールとヘル・ゴーレムまでやられちまったか……。試験前なのに、大きな痛手だな」




