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お付き合い

「ミラ、ミラ」

「はい、何でしょうか?」

「お酌してくれる?」

「もちろんいいですよ、ご主人様」


 ミラが僕の右横に腰掛ける。

 僕は成人したてでまだお酒を飲んだ事がない。だから、部屋にはお酒を買い置きしていないため、お酌と言っても飲料水がコップに注がれるだけだ。

 こういうのは雰囲気が大事。


「きちんとコップを持っていてくださいね?」

「……うん。ミラはお酒を人に注いだ事あるの?」

「そりゃありますよ。ギルドでも忘年会や新年会、送別会や歓迎会、寿退社の送る会、などたくさんありますし。でも、一番多いのは冒険者さんへの()向けのお酒でしょうか」

「そっか……。手向けのお酒か……」


 緊急クエストの場合、そこが死地と分かっていても冒険者を送り出さなくてはいけない。

 送り出さねば更なる被害を招くからだ。

 タウルスのワイバーン戦がまさにそれに当たる。選抜メンバーはギルド職員が選ぶのだが、冒険者を一番理解しているのが受付嬢なため、受付嬢の推薦が重要視されるとか。

 自分で選んだ冒険者がその戦いで命を落とすと、一晩中泣きはらす者もいるらしい。

 華やかそうな仕事だと思っていたのに、現実はかなり神経をすり減らしそうな職種だ。


「ちょっと、ミラ。注ぎすぎ注ぎすぎ」


 コップを持ち上げるがミラはそれに合わせて飲料水のボトルをそのまま上にスライドさせて注ぎ続ける。

 僕は急いでコップの縁ギリギリまで到達した飲料水を飲む。傾けると零れてしまうため、そのままの角度で飲むのだが、ミラが飲んでいる最中も注ぐのを止めないため、飲み続ける結果となった。

 結局飲料水のボトルの約半分、二五〇ミリリットル程度を一気飲みした。いや、させられた。


「隠し事していたの怒ってる?」

「ご主人様はまだわたしを信じていらっしゃらなかったという事がよくわかりました」


 空のボトルをテーブルに置くと、今度は僕の枕を胸に抱いてご機嫌斜めな感じだ。ギュウギュウ締め付けられて枕が可哀相。


「ミラは僕に隠し事はない?」

「……まだ知り合って数日です。お話しきれていない部分はあると思います。ですが、ご主人様が隠していた事は《冒険者》という括りの部分です!」


 専属受付嬢の申し出は断ったが、僕が並ぶ受付は今後もミラになる。それ故、冒険者ギルド職員として万全のサポートをするため僕の正確な強さを把握しておきたかったらしい。


 ミラだって僕が『増し増し冒険者』じゃなければ、ここまで苦労はしなかっただろう。だが、『増し増し冒険者』はランクと実力が釣り合わない。

 僕の場合はさらに特殊だ。

 昨日カードホルダーを使う前と使った後では別人のような力を手に入れた。


 本来Dランクで格上のBランクモンスターを倒す事などあってはいけない。そんな事が横行すれば冒険者は誰も生きて帰ってこなくなる。

 だから、受付嬢の取る選択肢は一つ。ヴェールさんが僕に行ったように説明をして行いを改めさせる事。


「僕はミラの《恋愛》の部分が知りたいな。ミラはこれまで何人の男性とお付き合いしてきた?」

「…………お二人です。次はご主人様が答える番ですよ! どうやって『モンスター大進行』を壊滅させたのですか?」


 二人。ミラが二人の男性とこうやって語り合った……。

 手を繋いで町中をデートしたり、仲むつまじく一緒に座って食事をしたり……。


「って、ご主人様? わたしの質問聞いていました? どうやって『モンスター大進行』を壊滅させたのですか? もしもーし、ご主人様? …………まさか、嫉妬されているのですか?」

「……ダメか?」

「いえ、ダメじゃないです。どんどん嫉妬しちゃってください」


 変形した枕を振って元の形に戻すと、枕を定位置に返す。

 フリーになった体で僕の腕に抱きついてくる。


「えへへへへ。でも、どちらの方ともお食事に一回行っただけですよ? その時『この人だ!』って思えなかったのです。(やま)しい事は何もありませんでした」


 さっきハゲ爺さんに言われた。

 ミラを娶る気はないか? っと……。

 もし娶る気がないなら、他の誰かをミラに近付けるそうだ。しかし、ミラが僕に向ける視線が一介の冒険者を見つめるそれとは違っていたという。


 ミラは僕の奴隷だ。僕の命令なしに他の誰かに嫁ぐ事などあるはずがない。

 だが、それは主従関係が公になっている場合だけだ。

 いくらミラが拒否をしても、しつこく迫る輩は出てくるだろう。冒険者ギルド内なら他の職員が助けてくれるとは思うが……。


 ハゲ爺さんの件もある。ミラが二人と食事をした事があると言った。

 もしかしたらハゲ爺さんが紹介した男だったと考えると納得がいく。

 その場合、最低一回は食事に()()()()()しなくては体面が保たれない。

 僕の質問のお付き合いとミラの答えたお付き合いでは意味合いが違う気がする。


「えーっと、『モンスター大進行』をどうやって壊滅させたのか。だっけ?」

「そうですよ! オークジェネラルも三体倒しているじゃないですか。火竜を討伐しているので、今さらBランクモンスターって感じですが、ジェネラルはキングの護衛です。三体だけ倒すとか無理だと思うのですが……」

「オークジェネラルを何体倒したかは覚えていないけど、あの日は確か……」


――――――――――


 僕が新生活のためにオーク狩りに行こうとしたら、北門でレイヤードさんに止められた。

 話を聞くと隣町のタウルスに『モンスター大進行』が迫っているという。


 タウルスと言えば、つい先日ワイバーンの襲撃を撃退したばかりで冒険者が疲弊している町だ。

 傷は回復魔法やポーションで治せても、流した血や疲れはどうしようもない。


「カール、『モンスター大進行』を見に行くか!」

「ばう!」


 冒険者ギルドの職員が総出でオークの森へ続く北門で警戒態勢を敷いている。そのため現在は完全に北門を閉鎖した状態だ。

 近付けば『危ないから下がっていろ』っと止められる事だろう。


 仕方なく野ウサギ狩りをしていた東門をくぐってタウルスへ向かう。

 ジェイドさんの索敵範囲に引っかからないようにかなり大外を回った。



 森の中を走ること二時間。

 カールの【気配察知】が『モンスター大進行』を捕捉する。

 囲まれないようにカールの後ろ足を掴んで、空から全体像を見た。


「オーク、オーク、オーク」


 視界を埋め尽くすオークの群れ。いったい何体が(うごめ)いているのかわからない。


「これは予想外だ。こんな数を相手にタウルスの町を防衛するなんて不可能だぞ……」

「くぅ~ん」


 一〇〇〇や二〇〇〇で利かないかもしれない。このまま見過ごして町と衝突すればきっと一両日中には滅ぶだろう。


「カールに能力を与える時に約束したんだ。『いつかこの力で恩返ししてみせます!』って……。まさかこんなに早く機会が訪れるとは想像もしていなかったけどな」

「ばう!」


 最後尾に近付くと、一〇〇メートルを切ったぐらいで、三〇体程のオークが群れから離れて戦闘態勢に入った。

 周囲の木々はすでになぎ倒されて更地と化した森は視界が広い。


「通常の察知範囲よりも七倍は広いな……」

「ばう」


【隠密】を使っていなかったとはいえ、後ろを振り向いたわけでもないオークに感づかれたのは少々ショックだ。

 それだけ『モンスター大進行』のモンスターは強化されていると考えるべきか……。


「分裂してくれるなら『ヒット&アウェイ』で行こう」

「ばう!」


 剥がれ落ちた一小隊の群れの左右に広がっていくオークから狙う。奴らは明らかに囲もうと動いている。

 一〇〇メートルとかなり距離があったので、僕の弓では当てられない。


「最初から飛ばしていたら、途中でガス欠になるぞ」

「ばう!」

「カール、【風魔法(大)】」

「ばう!?」

「自然回復ってものがあるんだ。最大魔力のまま戦ったらもったいないだろ?」

「ばう!」


 カールが【風魔法(大)】を放つと手前にいた小隊だけじゃなく、本隊の新たな最後尾部隊も巻き込んで吹き飛ばした。

 目立った外傷はなく、ただ単に怒らせただけだ……。


「強くなっているな」

「くぅ~ん」


 カールの放った【風魔法(大)】は野良オークを一撃で倒せる。

 複数同時、それも三〇体を超えるモンスターに使用した事はないが、幾分か数を減らせるとは思っていた。


 攻撃を仕掛けた事で今度はごっそりオークの群れが本隊から剥がれ、こちらに向かって動き始める。

 さっきまでゆっくり囲むように距離を狭めていたオークたちは、怒り心頭して襲いかかってきた。


「一旦引くぞ」

「ばう!」


 オークは足が遅いから簡単に逃げ切れる。はずだった。


「誰だよ。オークの足が遅いって言ったの……」


 距離を広げるどころか、逆に狭まっている気さえする。

 轟音にも等しいオークの叫び声。我先にと迂回を試みたために起こる新たな木々のなぎ倒し。加えて反撃とばかりに魔法や手裏剣、矢までが飛んできた。


「仕方ない」


 カールの背に跨がり【飛行】スキルに乗って地上を離れる。通常サイズでは乗れないため、【拡大縮小】の拡大を使用中。


「一時はどうなる事かと思ったな」

「ばう」

「これはなかなかに強敵だ」

「ばう!」


 一〇〇体は付いて来たと思ったが、二〇〇体はいたようだ。空へ逃げると状況がよくわかる。


「……うそだろ」


 上空への攻撃手段の乏しいオークは、大進行の最後尾へと戻っていく。

 僕は『モンスター大進行』の本質を見誤っていたのかもしれない。

 奴らの……否、オークキングの目的地はあくまでもタウルス。

 邪魔する者は排除するが、範囲外に逃げれば追わないようだ。その範囲は縦方向と横方向で距離が異なる。

 モンスターの種類でも追う範囲が違う。オークの中でも杖、弓、クナイや手裏剣の暗器持ちはこちらを攻撃しようと、なおも上を向いている。


 通常のオークと比べて特殊個体の数は少ない。

 弓を引き絞って首の根元に矢を刺して沈めていく。垂直方向に射る場合、ここが一番矢の消耗が少なくて済む。


「矢なら一撃か……」

「くぅ~ん」

「カールの風魔法は強かったって。きっと威力が広範囲に分散したんだろ」

「くぅ~ん」


 ここからは『モンスター大進行』ならではのアプローチが必要だ。それも最後尾から安全かつスピーディーに数を減らせる方法が……。


「まずは遠距離攻撃手段を持つものを優先的に倒したい。地上一〇メートルを【飛行】して対象モンスターだけを引っ張って来てくれ」

「ばう!」


 通称『釣り』という手法で、カールを餌に特定のモンスターのみを選別しておびき寄せる。

【隠密】で待機し、上を向いて近付いてくるモンスターの首筋を順番に射抜く。最初の矢が放たれたと同時にカールがモンスターに急接近した。

 突然の行動にドキッとしたが、僕の方へ注意を向かせないためにカールが囮になったようだ。


「お疲れ」

「ばう!」

「モンスターを探し回らなくていいって楽だな。……あ、そうか。タウルスって外壁がしっかりしていたから外壁の上から一方的に矢を放てたんじゃないか?」

「くぅ~ん」


 今さら気が付いた悲しい事実。

 いくら壁がしっかりしていても、壁を破壊して町に侵入される事だって考えられる。


「できるだけ頑張ってみようか」

「ばう!」


 後方組みの遠距離部隊の排除が終わった。

 ここからは少し大雑把に暴れる。


「【レインアロー】」


 そもそも【レインアロー】は一本目の矢の威力と同じ威力で所持する矢を全て射出するスキルだ。

 スキルの発動条件が極めて面倒。

 雨のように矢が降り注ぐ。という意味から、矢の向きが垂直に近くなるように山なりに射る必要がある。

 山なりに放った矢の威力が一番火力が出る。なんて射手はきっといないと思う。


 だから地上で使う【レインアロー】と上空から地上に向けて使う【レインアロー】ではその威力が全く違う。

 さらに所持する矢というのも実はかなり曖昧だったりする。

 矢とは大きく分けて鏃と軸と羽根からなる。羽根がなくても矢にはなるが、さすがに軸がなくては矢にはならない。鏃はなくても射出されるが、それでは逆に殺傷力がかなり落ちる。


 ここからは実験だった。

 岩に棒を付けただけの、どう見ても矢には見えない代物は果たして射出されるのか?


 実験は成功し無事射出された。

 岩を矢の速度で射る事は不可能だが、スキルは見事それを可能にする。


 背負った岩がオーク集団のど真ん中に放たれて大きなクレーターを作った。


「うまくいったぞ」

「ばう!」


 難点を上げるとするなら、地形が大きく変わってしまう。



「カール、次の作戦に移るぞ」

「…………ばう」


 岩を背負っての【飛行】はカールの体力を一気に削った。


「疲れが出てきたな……。少し休憩するか」

「くぅ~ん」

「気にするな」


 矢の回収が最難関かと思われたが、最後尾から順序よく攻撃すれば、軍が勝手に前に進むため、あとにはドロップカードと矢が地面に取り残されている。踏みつけられる心配もないので、ゆっくり拾う事ができた。


 地形の心配をして岩の【レインアロー】は使用を避けようかと思ったが、オークに踏みつけられた道は整備しないとどうせ使えない。


「ばう!」

「もう元気になったのか?」

「ばう!」


 次の作戦は空中ブランコ。

 カールの背に乗馬で使う(くら)を乗せ、そこから二本の紐を垂らす。足下の板の上には予めいらなくなった靴を固定。体は矢を放つ動作に支障が出ないように紐に取り付けたベルトで二の腕を固定する。腰回りもベルトを使って紐と結んだ。


 カールの【飛行】を最大限活用するには跨がって矢を放つより、カールの下方から下に向けて矢を放つ方が威力が高くなると推測できた。

 これは密かにオークの森で実戦済みだ。

 一方的に矢を放てる優れ物。

 ただし遠距離攻撃を左右にしか避けられないという欠点がある。


「最後尾から削っていくから低速で飛んでくれ」


 先に苦手な遠距離攻撃モンスターを釣って貰ったおかげで安全にモンスターに近付く事ができた。

 上空から放つ矢は距離が伸びれば伸びただけ重力の影響を受けて威力を増す。


――――――――――


「僕はそれを矢が続く限り繰り返していただけだ。二〇〇〇体倒したと聞くとすごい気がするが、現実はあまりにも単調な作業で幻滅したか?」


『モンスター大進行』を思い出しながらミラに語って聞かせた。

 静聴していたミラが息を飲む。


「いえ、そんな事はありません。とても貴重な情報です。ご主人様と同じく『モンスター大進行』を後ろから攻撃したという話は過去にもありました。ですが、すぐに囲まれてモンスターの餌になるのが関の山です。あとは進路を強引に変えたい場合に文字通り命懸けで後ろから総攻撃を仕掛けたりはします。話の途中で気になったのですが……カールちゃんって空を飛べるのですか?」

「内緒だぞ。カール」


 話を聞いていたカールが頷いて【飛行】する。

 部屋が狭いため【拡大縮小】で体のサイズを小さくして、手乗りカールが部屋の中を飛び回った。


「うわ、カールちゃんすごい! オークジェネラルに矢が垂直方向に刺さっていたのは、上空から矢を放ったからなのですね」

「……あぁ。射出速度に落下速度が加わるとオークジェネラルの鎧を貫通できる」


 カールが単身で『モンスター大進行』の中を縫うように突撃して一気に五〇〇体のモンスターを蹴散らした件は言わなくてもいいか……。

 黒豹じゃないが、カールの存在に気が付いた時にはモンスターたちは一様に【引っ掻き】の餌食になっていた。



「たくさん教えたし、今度は僕が質問をする番だな」

「お、お手柔らかにお願いします」


 ミラが僕の言葉に身構える。

 最初の質問で《恋愛》に関して聞いたから、さらに深い質問が来ると思っているのだろう。

 過去にお付き合いした経験が『食事だけ』と言うなら、ミラは男と手を繋いだ事もないかもしれない。


「何がいいかな……」


 考えているとぐぅ~ッと僕のお腹の音がなる。

 昼食は食べたけど、朝と夜は食べていなかった。


「うふふふふ。お腹が空きましたね。何か作りましょうか? こう見えて斧の扱いは得意なのですよ?」

「そこは料理が得意って言って欲しいな」


 斧って……。それバトルアックスだよね?


「焼いたり、煮たりはできますよ」

「ミラの作る料理なら何でも食べるよ」

「嬉しいのですが、ハードルが……。自分から言い出して変ですが、自信ないですよ? 食材は…………」


「【豚肉(並)】ならカードにたくさんあるよ」

「カード化されていれば腐らないのでギルドに売るか、非常食として手元に残して置かれてはいかがですか……? もったいないですし、何か材料を買って来ますよ。一階にスーパーがありましたよね?」


「僕ってオーク類を何体倒したんだっけ?」

「うぅ……二〇〇〇体ですね。三割が【豚肉(並)】を落とすとされています。推定カード枚数は六〇〇枚。もしかして【豚肉(上)】も持っていますか?」


「うーんっと……あるよ。【豚肉(上)】オープン」

「ええええええええ。なんでカード化を解除しているのですか! 食材はカード化を解除すると二度とカード化できないのですよ! 腐っちゃうじゃないですか! どうするのですか!」

「食べればいいじゃん」

「でもでもでもでも」


「ほら、カールがいても一回では食べきれないよ。明日も食べなくちゃ腐っちゃうね」

「あぁ……【豚肉(上)】が……」


「ミラが食べたくないなら、他の受付嬢さんを誘おうかな」

「食べます、食べます。今日で食べきれないなら、明日も明後日だって何度でも食べます! だから……冗談でもわたしを除け者にする発言はやめてください」

「ごめん、言いすぎた」


 ミラのウルウル目は反則だ。


「ご主人様は女の涙に弱すぎです」


 イラっとしたので、拳骨を落とそうとして途中でやめる。


「あれ?」

「どうした?」

「拳骨しないのかな? って……」

「きっと拳骨をしたらミラが死んじゃう」

「ばう」


 カールが小さな声で同意すると、ミラに【身体強化】をかけた。


「なるほど。ミラの体を強くすれば耐えられるか……。んじゃ自分には【身体弱化】」

「本当に拳骨で死ぬ可能性があるのですか?」

「仮に拳骨で死ぬ事はなくても、主人を欺いた罪で奴隷紋の花弁が減っているはずだぞ?」

「あ……」


 ミラの顔から血の気が引いていく。


「ご主人様、何でもしますから。謝りますから一回落ち着きましょ? ね?」

「竜を単身で倒せる男の怒りの拳骨を受けてもらうか……」


 僕は拳を握りしめる。


「ごめんなさい、ごめんなさい。もう二度とご主人様を嘘泣きで(あざむ)いたりしません!」

「何でもか……料理を頑張る?」

「はい、もちろんです!」

「……家事も頑張る?」

「はい、もちろんです!」

「……僕と結婚してくれる?」

「はい、もちろんします。何でもします。だから殺さないでください。わたしは今、とても幸せなのです」


「日取りはいつがいい?」

「……日取り?」

「結婚するって言ったじゃん!」

「言いました。えっ? 誰と誰が結婚?」

「僕とミラ。実は昼間の酔っ払いがミラにちょっかいを出しているのを見て嫉妬したんだ。『ミラは僕の物だ。手を出すんじゃねー』って言いたかった」

「わたしはご主人様の物で、身も心も捧げていますけど……?」

「……それは何度も聞いた。僕が聞きたいのは主従関係の契りじゃない。一人の男としてミラが欲しい」


「【狂戦士】のわたしでいいのですか? 奴隷紋で縛らなければ我を忘れて、ご主人様を攻撃するような危険人物ですよ?」

「いいよ」


「うぅ……。ご主人様が良くても、わたしがご主人様を傷つけたくないのです。今の言葉だけでわたしは十分幸せです。ですから、このままの関係でこれからもよろしくお願いします」

「この話はまた今度にしよう。【豚肉(上)】を食べような?」

「……はい」


 結局ミラじゃなく僕が料理をした。

 せっかく豚肉のステーキが焼きあがったのに、ミラは涙を流して食べようとしない。


「ほら、ミラ。口を開けて。あーん」

「……あーん」

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