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三ヶ月も雲隠れしおって……。

 念のため酔っ払い男には箝口令(かんこうれい)を敷いたらしいが、人の口に戸は立てられない。でも、もし誰かに話してもどうせ誰も信じないだろうとの事。


 ミラにはたっぷりと説教をされた。


 噂が広まる前に、このまま都市を出た方がいいのではないか。とも言われた。その場合、ミラはどうするのかと思って訪ねると『付いていくに決まっている』そうだ。


 ミラの中では逃避行も辞さない考えのようだ。


【狂戦士】の件で命を絶つ決断に比べたら、他の都市に移住する事ぐらいは大した問題ではないらしい。



 今度は騒ぎを聞きつけた冒険者ギルドのギルドマスターに部屋にくるように言われた。

『ぶたきりん』で聞いたばかりの例の要注意人物だ。

 古い矢は布にくるんで矢筒の中に隠してある。蓋もしてあるし、大丈夫だろう。


 ミラがコンコンッとギルドマスターの部屋の扉をノックする。


「ミラです。お呼びになった冒険者をお連れしました」

「入れ」


 ミラが先に入室してその後に続く。


「「失礼します」」

「来たか、青年」

「あれ……、【イノシシの肉】の爺さんがなんでここに? まさかギルドマスターって爺さんだったの?」


 ハゲ爺さんを呼んでもらった時、ギルド職員の男が僕を品定めするように見てきた。その理由が今やっとわかった。

 ハゲ爺さんの正体がギルドマスターなら納得だ。でも、それならそれで今度は別の疑問が浮かぶ。シルバーレインに引っ越してきたばかりの冒険者をギルドマスターに引き合わせても良かったのだろうか?


「そうじゃよ。ミラに聞いておらんかったのか?」

「いえ、全く……」

「お話中すみません。そもそも、二人はお知り合いだったのですか?」


 僕とギルドマスターとの会話にミラが加わってきた。


「三ヶ月ほど前の……ちょうど『モンスター大進行』のあった頃じゃったかのぅ。ミラに頼んでおった『モンスター大進行』の貢献度の報告書が提出され、その振替休日でミラが二日間ギルドにおらんかった日じゃったかな。青年がシルバーレインに来た日は……」

「そんな前から……」


「いつか君が活躍して顔合わせするのを楽しみにしておったというのに、三ヶ月も雲隠れしおって……。さすが『増し増し冒険者』じゃな。不思議と下からの報告が上がって来んかったのぅ」


 優秀な冒険者の卵を見つけた場合、ギルドマスターに報告するのも、受付嬢の業務の一つ。

 三ヶ月間冒険者ギルドに顔を出していなかったわけじゃないが、目立つ行動もしてこなかった。

 ミラには『口外禁止』にしたから、Bランクモンスターを倒した件はギルドマスターへ報告していないはずだ。


「ギルドマスターはよくイルさんが『増し増し冒険者』だとご存知でしたね。お恥ずかしい話ですが、わたしは受付するまでイルさんの事を知りませんでした」

「ワシが青年に教えた事じゃからのぅ。ワシかてまだボケとらんよ」

「ギルドマスター自ら『増し増し』を広めないでください!」


「ミラの言いたい事はわかるがのぅ。じゃが、青年がブリーダーギルドに所属した時点でいつか『増し増し』を知る事になったじゃろうとは思わんか……?」

「それは……そうですが……」


「ワシじゃって教えた直後のギルド証の更新で、青年がブラックパンサーを討伐したのを知った時は目を疑ったし、己の間抜けさを呪ったさ」

「さすがイルさんですね。Aランクのブラックパンサーを単独撃破するなんて……」

「なんじゃ、ミラは青年の偉業を疑わんのか? 討伐リストの紙を保管してわざわざ残しておったというのにのぅ」

「討伐リストの紙はその場で廃棄するのが原則です。それ規則違反じゃないですか!」


 僕の目の前で僕の話が繰り広げられているはずなのに、どこか他人事のような気分で二人のやり取りを見守っていた。


「聞く話によると、今度は火竜を討伐しおったのか?」

「……はい」

「この辺に火竜は生息しておらんかったはずじゃが、北東のイオルリ火山まで行ってきたという事かのぅ?」

「…………はい」


 ミラが驚きの顔をする。昨日は確かに一緒にいた。昨日別れてからお昼に出会うまでの空白の時間。それがまさか火竜討伐を成し遂げていたとは夢にも思っていなかったのだろう。

 ハゲ爺さんはハゲ爺さんで火竜討伐が昨日以前ではない事をわかっていて質問をしている節がある。


「ふむ。念のためギルド証を確認させてもらおう」

「どうぞ」


 ミラが更新をしてくれると思っていたので、ギルド証はそのまま所持して戦った。

 Dランクと書かれたギルド証をギルドマスターに提出する。


「ミラ、受付で討伐リストを印刷してきてくれんかのぅ」

「わかりました」


 ミラが僕のギルド証を持って退室した。

 ギルドマスターは視線だけで部屋の扉が閉まるのを確認する。


「さて、ミラのいない内に聞いておきたい事があるんじゃが。良いかのぅ?」

「何でしょうか?」

「君はミラをどう思う?」

「どう、と言いますと?」

「君はレベッカの受付ばかり並んでおったじゃろ? 君のギルド証のIDから受付した者の名はわかるんじゃよ」


 ハゲ爺さんの机に置かれたモニターがクルッと回されて画面がこちらに向く。そこには僕のギルド証の情報が映し出されていた。

 受付にあるモニターは正面からしか見られないように覗き見防止フィルターが貼られている。

 きっとこの画面のどこかには、ギルド外に漏れてはいけない情報や、冒険者個人の評価の記載などがあったりするのだろう。例えば『増し増し冒険者』とか……。

 ミラにギルド証の内容を見せてもらったと言えば『ギルドマスターが情報を漏洩させてどうするのですか!』っと怒りそうだ。


 過去に討伐したモンスターが日付毎に表示されている。今まで知らなかったが、ログを閲覧できるみたいだ。

 それと受付した者の名も同時に表示されている。

 印刷された討伐リストばかり気にしていたが、検索機能があれば一回や二回隠せても無駄な努力に終わりそうだ。


 そもそも僕の場合は三ヶ月も前からギルドマスターに目を付けられていたのだから、緊急クエストの際は特例で話が来ていたかもしれない。

 なんたって黒豹の討伐リストを三ヶ月も大事に保管されるほどだ。このハゲ爺さんならそれぐらいやりかねない。


「レベッカさんは印刷された討伐リストを見ずに破棄します。なので、僕みたいに注目を集めたくない冒険者には需要があるのです」


 わざと続けているのか、それが素なのかわからないが、ブリーダーギルド内では有名な話だ。

 ギルド証のランクに合わないモンスターが討伐リストに連なると毎回小言を言われるらしい。『増し増し冒険者』は実力主義の冒険者ギルドから見ると異端児みたいな扱いだからな。


「なるほどのぅ。レベッカから優秀な冒険者の報告を全然聞かんのはそういう理由があったのじゃな……。であるなら君はレベッカを射止めんとする輩の一人ではないという認識で間違いないのかのぅ?」

「はい」


 レベッカさんには今まで通りのレベッカさんでいて欲しかったが、ハゲ爺さんに質問されれば正直に答えるしかない。

 レベッカさん、密告ごめん! これまでありがとう。


「では、本題じゃが……」


――――――――――


 ミラは僕とハゲ爺さんの会話が途切れるのを待っていたかのように話が終わってから戻ってきた。

 コンコンッと入室前のノック音が室内に響く。


「ミラです。印刷した討伐リストをお持ちしました」

「入れ」

「失礼します」


 ミラは手にある討伐リストをハゲ爺さんに提出する。


「うむ。確かに火竜を討伐しておるのぅ……」


 確認の終わったハゲ爺さんが用紙をミラに戻す。

『お前も見てみろ』って意味だろうが、ミラが受付に行って印刷してきただけにいては、かなりの時間が経っている。

 部屋の外で待っている間に討伐リストを一通りチェックできただろう。

 それでもミラは静かにリストを受け取って目を通す。仕事モードのミラは真面目だ。ハゲ爺さんよりも先にリストを見ていない可能性もあったか……。


 リストを見たミラの顔が少し怖い。

 言うなればカンカンミラちゃん再登場。お説教を敢行した時と同じ顔をしている。


「Sランク一体、Bランク二三体、Cランク三七体、Dランク以下多数」


 ミラがリストのモンスター数を読み上げた。

 怒っている顔で淡々と仕事をされると恐怖しかない。

 なぜミラはこんなにも機嫌が悪い?

 お昼に会った時は機嫌が良かったから、きっと酔っ払いの相手でストレスが溜まったのか?



 その後行われたギルドマスターの説教の内容はミラとは違っていた。

 何でも生態系を狂わしかねないので、無闇に竜の討伐はやめて欲しい。

 あとは早急にクエストをこなして、冒険者ランクを上げ、Sランクを目指すように。


「ミラ、今回の騒ぎは君にも責任がある。それは理解しておるかね?」

「責任とは……まさか、クビですか?」

「違うのぅ」


 ハゲ爺さんはイタズラが成功した子供のように笑った。


「ギルドポイントの高いクエストをかき集めて来るのじゃ! そうじゃのぅ、猶予は三日。その間はマスター権限で他の業務を一切しなくてもよい」

「たった三日でDランクをBランクにするのですか?」

「ミラも冗談がうまくなったのぅ」

「ですよね。さすがに三日でBランクとか、ないですよね……」

「Sランクじゃ」


 このハゲ爺さん、意外とお茶目だ。

 完全にミラをからかって遊んでいる。

 何でもAランク以上は数が極端に少ないので、それだけで国の保護対象になるそうだ。

 さっきまで不機嫌だったのが嘘のように、今度は理解できないオーラを出す。


 話が終わると、ミラが僕に目配せをした。

 僕から退室するのがいいのだろう。

 僕がシルバーレインで騒がれずに済んだのは、このハゲ爺さんが黒豹の討伐を黙っていてくれたからだ。


「ご期待に添えられるようにがんばります」


 お礼の意味も含めて布に包んで矢筒にしまっておいた古い矢の束を机の上に置く。

 軽く布を解いて矢を見たハゲ爺さんは驚いた顔で壁の方を向いた。僕も釣られて横を向くとガラス戸の中に竹筒がある。そこにはかつてオークジェネラルの鎧を貫いた矢の羽根部分だけが見えていた。

 僕は言及される前に逃げるように退室する。


――――――――――


 シルバーレインに初めて来た日、ハゲ爺さんが『冒険者のてびき』を楽しそうに読んでいた姿を思い出す。

『それに……ワシ賃貸課の人間じゃないしのぅ』

 ギルドマスターなら全ての課の人間じゃないのか?


 それはさて置き、あのハゲ爺さんがギルドを取り仕切っているとわかったら、なんだかこの冒険者ギルド全体を知った気分になるから不思議だ。


 二人で休憩室に戻ってきた。


「ムリよ、ムリよ、ムリよ。三日でSランクとか正気とは思えない。第一AランクやSランクに上がるためには試験をクリアしなくちゃいけないのよ……」

「試験って?」

「年四回、北にあるギルド本部で行われるの。Aランクになるには技能テスト。SランクになるにはAランク同士のトーナメント試合で優勝しなくてはいけないわ」


 試験施行当時は力の証明が目的だったが、今では優勝した者がSランクになれるらしい。

 なお、性格面を考慮して試験に参加するためにはギルドマスターの推薦状がいる。


「ギルド本部なんてあるんだ。Aランクの技能テストって難しいの?」

「ご主人様なら速さの技能テストできっと楽勝ね……。火山を半日で往復なんて普通の人にはできないわよ。ちなみにわたしは力の技能テストで不合格になったわ」

「バトルアックスを振り回すミラが不合格って……」

「それでわたしはAランク冒険者の道を諦めて、冒険者ギルドの受付嬢をしているのよ。もう二年も前の話だわ」


【狂戦士】のアビリティー発動中のミラは鬼神の如し戦いっぷりだったが、今のミラにあの動きはできない。


「その試験っていつあるんだ?」

「次は火月の第三休日」

「あー、三日後か……」


 もともとは同日開催だったが、Aランク試験に合格した者からトーナメント参加を訴える声が多くなり、今ではAランク試験を前日にも受けられるそうだ。

 だから、二日でギルド本部のある都市に移動しつつBランク冒険者になる。そのままAランク試験を通過。選抜試験のある三日目の午前中に備える。


「なるほど。つまりそれに滑り込んでSランクになれって事か」

「はめられたわね。ギルドマスターは絶対にわかっていて言ったのだわ……」


「僕もブリーダーギルドを休めないし、期間が全部合わせても三日間で丁度良かったよ」

「Sランク冒険者になるのよ? なんでブリーダーギルドを続けるの?」

「それはおいおい……」

「……今度話してくださいね!」

「あぁ、わかった」


 なんで怒っているんだ?


「まずは現状の確認からしましょうか。ギルドマスターの推薦状は貰えるとしても、ご主人様は実績が全然足りていない気がするわね。ギルド証を出してください。今のギルドポイントを調べてみるわ」


 さっきミラから戻ってきたギルド証をもう一度ミラに手渡す。

 ピッと音がなった。スキャンが成功したのだろう。

 いつもは喧騒の中だったので、読み込み音なんて気にもかけていなかった。


「引っ越してくる前に稼いでいた分でどこまで貯まっているかが重要ね……」


 ギルド証を脇に置いたミラが一点を見つめて苦い顔をする。


「オーク狩りをしていた時でギルドポイントの蓄積はやめていたからな……。シルバーレインに来てからは『増し増し』を教わったから全くギルドポイントは加算されていないし……全然ないでしょ?」


 正直蓄積ポイントに期待はできない。

 ギルドポイントの簡単な稼ぎ方は討伐ではなく、ドロップカードの納品量だ。ギルドへの貢献度と言い換えてもいい。極端な言い方をすれば商人と手を組んで納品カードを大量に横流しすればギルドポイントを荒稼ぎできる。

 それでギルドポイントを稼いでも本当の意味での強さは備わらないため、いつか頭打ちになるだろう。


 今回は緊急処置としてレアドロップのカードを大量に納品する事も考えなくてはならない。

 カードがレアなほどギルドポイントは高くなる。


「はい。残念ながら……。あれ? ご主人様ってもしかしてギルド証を紛失した事ある? 四ヶ月前からログを辿れないわよ?」


 ギルドのデータベースには過去五年分が保存されているそうだ。

 ギルド証が変わった時にIDも変更された。

 ログが途絶えたのはIDが変わったからだろう。


「紛失というか……。まぁ再発行してもらったから、紛失かな……」

「……何をしたのよ。正直に言いなさい!」

「怒らない?」

「怒りません!」

「いや、絶対怒るって顔しているじゃん。ミラは笑顔が一番だよ」

「今は騙されませんよ。ギルド受付嬢としてギルド証の紛失は赦せません!」

「そんなにですか……」

「男らしく早く事情を話す!」


 バンバンバンッとテーブルを叩く。

 再びミラがカンカンでございます。



「隣町に『モンスター大進行』が来たの、覚えている?」

「……ええ、もちろん覚えているわよ。ギルドマスターも仰っていたけど、わたしは貢献度を評価するため見届け人として現場にいたもの。ご主人様もタウルス側で参加されていたの? でもご主人様って今でDランクよね? 招集対象者どころか、非難対象者よ?」


「あの『モンスター大進行』ってモンスターの数が少なくなかった?」

「よく知っているわね。当初確認されていたモンスターの総数は約三〇〇〇体。実際のモンスターはスライムやゴブリンなどで、低ランクモンスターを除くとオークキングが一体とオークジェネラルが七体だけ。キングはともかく、ジェネラルは何者かと争った形跡があったわ……ね……。まさか?」

「その……まさかです。最初は軽い気持ちで……」


 ミラは僕のメイン武器が弓である事をもちろん知っている。

 ギルドマスターの側近として参加していたなら、オークジェネラルに矢が刺さっていたのは当然確認しただろう。


「軽い気持ちですって? あれは一人でどうにかなる規模じゃないわよ。いくらご主人様でも『はい、そうですか』とはいかないわ。証拠を見せてちょうだい。証拠を……」


 証拠……証拠……。


「ギルド証を部屋に取りに行ってもいい?」


 僕のアパートは冒険者ギルドで紹介されたわけではないので、ブリーダーギルド寄りに建っている。

 都市内部を直線的に全力疾走すれば数秒でたどり着ける距離に建っていたとしても、道を歩けば片道で二〇分はかかる。もうすぐ夕方だから人混みを計算に入れなければならない。その場合は往復で一時間程度みる事になる。

 僕は『ぶたきりん』から建物の上を【隠密】を使ってこっそり移動してきた……。


「うーん……時間がおしいわね。ギルド証の携帯型読み取り機を借りましょうか」

「そんなのあるんだ」

「人が大量に死んだ時に現地でギルド証を認証する場合に使うのよ。いちいち遺体ごと輸送していたら、たらい回しになってご家族に渡す前に腐っちゃうわ……。今回はギルドマスター権限が発令されているし、期間が短いから特例で簡単に貸し出し許可が下りるはずよ」


 ミラがギルドマスターに用途を説明したら、あっさり許可が下りたそうだ。ついでに推薦状ももらってきた。

 その背景では古い矢が最後の後押しをしたかもしれない。


 ヴェールさんがハイゴブリンの集落で遺体の身元確認を行えたのは、ギルド証で調べていたからか……。

 ミラが教えてくれたが、ギルド証は特殊な加工を施した金属で出来ている。

 そのため服が噛み切られようが、火で丸焼けになろうが残るように耐久性を上げて作ってある。


 これは不慮の事故を想定して身元確認が行えるようにとの配慮だ。

 つまり知らず知らずのうちに『認識票』を持ち歩いていたらしい。

 ()()()、『認識票』代わりの物をポンポンなくされては困るとのこと。

 もしモンスターの巣穴でギルド証だけが発見されれば、その持ち主は行方不明者に登録。遺体と一緒に見つかれば、死亡として処理される。


――――――――――


 二人で僕の部屋に移動した。


「はい、これ」

「無造作にテーブルの上に置いてあったギルド証が、そうだったとは……。これからスキャンしますね」

「うん」


 ピピピッピッと音がなった。さっきの読み込み音とは異なった音が流れる。再発行手続きが終わっているはずだから、このギルド証自体は身分証としては使えない。

 きっと読み込んだ時の音で受付嬢は使用可能なギルド証かそうでないかを判断できるのだろう。

 そして紛失したはずのギルド証が読み込まれれば今の音色が聞こえるようだ。


 ミラが無言で画面と僕の顔を交互に見てくる。


「もうデータ見たよね? 何か言ってくれない?」

「『モンスター大進行』のMVPに贈られるドロップ品がなかったのですが、お持ちですよね? 武器とか防具とか能力覚醒カードなんかです」

「きっと能力覚醒カード【モンスターの揺り籠】かな。もう使ってしまってないのだけど……」

「使用済みなら結構です。ここまで証拠が揃っていれば、ご主人様の話を信じます。それにしても圧巻ですね……。先ほど見た討伐リストも一日の……いえ、半日の戦果としては絶句ものでしたが……」


「倒した総数ってわからないんだよね?」

「ウルフやボア類が三〇〇体、オーク類が二〇〇〇体ですね。数字で言うとゴブリンは狩っているような狩っていないような。どういう事でしょう、隣町にはスライムやゴブリンが大量に流れてきましたけど?」

「攻撃がそれたのもあるが、ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジ、ゴブリンプリーストを中心に倒したんだ。遠距離攻撃と回復職が邪魔だったからな」


「……わかりました。この携帯端末は読み取りしかできないので、ギルド証の更新はできませんが、ご主人様は一つの町を救った英雄として実績は十分です。わたしが保証します。あとは胸を張って試験を受けて来てください!」


 チュッと頬にキスをされた。

 驚き過ぎてミラの顔を見る。すると、その顔はどんどん赤みを帯びていく。


「何か言ってくださいよ。これでも初めてキスをして恥ずかしいのですから……」

「あ、ありがとう。試験まで何しようかな」


 過去の行動が今になって花開いた。

 これだけの偉業を成せた者をDランクのままにしておくのは勿体ないという形でギルドのランクを上げるそうだ。

 その場合は討伐リストの開示が必須になる。

 この際それは仕方ない。どうせAランク以上になれば世間の注目を集める。


 僕を一番探していたハゲ爺さんは矢の持ち主を知ったのだから、これ以上嗅ぎ回ったりはしないはず。ぶたのおっちゃんにはあと数日だけ沈黙していてもらおう。

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