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増し増し冒険者

「これからよろしくお願いします。ミラさん」

「こちらこそよろしくお願いします。ですが、奴隷に敬語も敬称も不要です、イル様! いえ、ご主人様!」

「わかった、ミラ。ところでご主人様ってどうにかならない?」


 イル様って呼ばれるのもむず痒いが、ご主人様はもっとむず痒いのだが……。


「ご主人様はご主人様です! それともそれは命令ですか?」

「いいや、これは命令じゃない。ただし、人前では慎むように……」

「はい!」


 ミラに回復魔法をかけるタイミングを失ったため、奴隷契約締結後に行った。

 ウルフが魔法を、それも【回復魔法(大)】を使用したため、驚いている。

 カールが【回復魔法(大)】を取得した方法は【捕食】だが、本来の育成環境では覚えないモンスターに【回復魔法(大)】を覚えさせたい場合は、モンスターカードにポーションを複数回使わせる。そうする事で回復への意識が高まり一割程度の確率で能力が発現する。


 これはブリーダーギルドに保管されているノークザンダイン氏が出版した著書『モンスター育成法(能力覚醒編)』に記載されている内容だ。

 その道では有名な本らしく『ブリーダーなら一度は読まなきゃダメよ』と言われ、あの猫被り先輩に強制的に読まされた。今となっては良い思い出だ。


「口外禁止ね」

「もちろん、わかっています!」


 主従関係が結ばれたから、カールの能力の一つを披露した。

『口外禁止』と言えば、ミラにとっては守らねばいけない掟になる。

 わざわざ口止めしなくても真面目なミラなら誰にも吹聴しないだろうが……。


 ミラの進んできた経路を戻りながらドロップカードを回収する。

 歩き出すとすぐにカールの足が一本ない事に気が付いた。


「わたしが、ご主人様の代わりに抱えてあげますよ。回復魔法をかけてくれたお礼です」

「くぅ~ん」


 自分で歩けるのに……。っと不服そうだ。

 カールを抱えるためバトルアックスは背負う。

 まるでバトルアックスが長剣のように扱われている。


 ミラはドロップカードを見つけるたびに嬉しそうに駆け寄り、拾い終えるとダッシュで僕の隣まで戻ってくる。


「えへへへへ」


 ミラの機嫌が(すこぶ)るいい。

 理由が全くわからない。


 でも、正気に戻らねば気絶させたままシルバーレインまで輸送せざるを得なかった事を考えると今の状況は上出来だと思う。


 シルバーレインにたどり着くと、門が閉まる前に都市に入ろうと列ができていた。

『一般向け』×五、『冒険者用』×二、『それ以外』×一と入口が分かれている。

『それ以外』は要職たちの出入口。基本的に審査がないので素通り。冒険者ランクA以上もここを利用できる。

 ミラは冒険者ギルドの職員なので、自身の在籍する都市に限り『それ以外』を利用する許可が出ている。


 僕はDランク冒険者なため『冒険者用』出入口を使う。混む時間ではあるが、ピークは夕方になる少し前。それに他の街から流れてきた日ならともかく、毎日使っているからミラほど素通りではないが、『一般向け』ほどには時間がかからない。

 ミラには『待たずにきちんと家に帰って休め』っと言い付けておいた。僕が言うと、それ即ち命令になる。

 ミラは捨てられた小犬のような顔をして冒険者ギルドの女子寮に帰っていく。


――――――――――


 翌朝。


 昨日、都市に戻った時点でブリーダーギルドの受付が終わっていたので、これから報告をする。

 内容は預かったモンスターカードを一週間でレベル一五まで上げるというものだ。


 一〇まで上げるだけなら一日で終わるのだが、一五までとなると同じペースでも三日はかかる。正確には二日では終わらない。

 黒豹みたいな強敵を相手にすれば別だが、それでは育成予定のモンスターカードが危険に晒されてしまう。そんなリスクを追う者はブリーダーとしては失格である。

 クエスト期間の一週間というのは十分に休息が取れ、移動時間込みの設定だ。


 昨日報告出来ればギリギリ三日だったのだが、期日前なら変わらないだろう。誰かと競っていたわけじゃないしな……。


 受付にモンスターカードの提出をして報酬を受け取った。


「次はどのモンスターを育てますか?」

「うーん。とりあえず冒険者ギルドに素材を売ってから決めますね。就業規則的にあと四日は受けられないですし……」


 冒険者ギルドと違って期日内に終わっても次々に受けられない。

 理由はいくつかあるが、モンスターを育成中は対象モンスターのカード化を解除する。そのため護衛任務に近い。


 それにモンスターにトドメを刺す時は、トドメを刺した者から離れすぎてもモンスターカードに経験値は分配されない。

 さらにモンスターカード(カール)がトドメを刺しても、他のモンスターカードには経験値は分配されない。


 本来であれば位置取りがとても重要になるので神経をかなりすり減らせる。

 しかし、この辺の事情に関しては、僕のメイン武器が弓であるため、ブリーダーとしてかなり重宝している。


 依頼を受けている間は新たな依頼を予約できないが、依頼完了直後から次の仕事の予約ができる。

 伯爵様の依頼の時は次々受けられたため、今では替えの利かないモンスターカードの依頼も行えるようになった。


 今回の育成報酬は七万ジェニー。

 でも、最近はお金よりも能力取得の恩恵が嬉しい。

 クリヒナのおかげで【持久走】【突進】【力持ち】を覚えられた。



 冒険者ギルドに行くと朝から長蛇の列。これが冒険者ギルド名物の朝に張り出されたクエストの争奪戦。美味い狩場は人気がある。

 人気があるのはなにもクエストだけじゃない。朝を受付嬢の笑顔で迎えたい者たちで列を成す。

 特にミラの受付窓口が一番長い。昨日あんな事があったのに、いつもと変わらず仕事をしている彼女を見ると、昨日の出来事は僕の夢だったようにも思える。


 僕は一番短い列に向かうと、鋭い視線が飛んできた。

 そちらを向くと驚きの顔と、他の受付に並ぶ事への嫉妬が入り()じった顔をしている。いや、嫉妬九割か……。


 ミラの視線の先を追って、並んでいた者が次々そちらへ顔を動かし始めたため、僕も便乗して後ろを見る。

『えっ? 俺?』みたいなマヌケが自分の顔を指差していた……。その後みんなの怒りの矛先がそちらに向いたのは言うまでもないだろう。


 僕はそいつから距離を置くフリをしながら、ミラの列に並び直した。変なところで目を付けられるのはゴメンだ。


 この列の待ち時間……とにかく長い。長すぎる。

 一番短い列が三回も入れ替わった。

 それだけ時間があれば狩場まで移動できるぞ……。なんならドロップカードが出るかもしれない。


「おはようございます。今日はどのようなご用件でしょうか?」


 ミラが僕に形式的な挨拶を始める。

 お前が視線で騒ぎを起こしたんだろうが!

 睨んでやる。


「ご気分でもすぐれませんか? あちらの休憩室をご利用致しますか?」


『わたしが介護してあげますよー』っと小声で言ってくる。なぜか嬉しそうだ。

 僕の睨みはまったく意に介していない。


「依頼の達成報告とドロップカードの売却。これが村長のサイン。ギルドポイントはいらないから、その分報酬を『増し増し』で」


 ギルドポイントを上げるとギルド認可のランクがアップ。

 ランクアップすると受けられるクエストの制限が解放されたり、身分証として使う場合、信用度が上がる。

 いらない人はその分を報酬に上乗せする事ができる。

 将来性を考えた場合はギルドポイントを貯める方が断然いい。


 今回はクリヒナのレベルを一五まで上げるついでにシルバーレインから遠いDランク冒険者でも受注できるクエストを受けた。場所が遠すぎて誰もやらないため、村民が困っていた。

 都市から離れたクエストの場合、移動時間が加わるために期日が長くなる。

 道中で手に入るだろうドロップカードの受注は担当してくれた……レベッカさんが、気を利かして期間延長受注にしてくれた。

【豚肉(並)】とか手に入れても、シルバーレインを出てすぐの森で取れるため、受注期間は本来一日いっぱいと制限がある。それを村のクエスト完了日まで特例で変更してくれたのだ。


【豚肉(並)】集めの方が移動が楽で、夜営がなく、報酬までいいとか……。誰も村を救うクエストを受けないでしょ……。

 討伐対象モンスターは冒険者にとっては大して強くはない。野山に大量発生した野ネズミの間引き。脅威度を示すランクはE、ただし複数同時遭遇の場合はDになる。野ネズミは前歯が長く、噛みつかれると腕みたいな細い部分なら簡単に食い千切られてしまう。そんな野ネズミに農作物を荒らされていた。

 毎年『毒団子』を撒いて追い払っていたそうだが、今年は知恵を付けたのか、見向きもしなかったらしい。


「えーっと、よろしいのですか?」


『お金がないなら、わたしのをあげますよ?』っと心配してくる。

 命も含めて奴隷の物は主人の物だ。もちろん断る。


「いいの、いいの。ブリーダーギルド所属で冒険者家業は副業みたいなものだから」


 Gランクから始まってDランクまでは上げた。というかブリーダーギルドに所属する前に冒険者ランクを上げていて現在はDランクのまま。


「元Bランクのわたしより強いですからね……」


 ミラはBランクだったらしい。通りで僕より強いはずだ。

 強いモンスターと戦うのが冒険者なら、弱いモンスターをたくさん狩るのがブリーダーみたいな住み分けだ。


「村長のサインは本物でした。それではこれより手続きを開始しますので、ギルド証とドロップカードの提出をしてもらえますか?」


 村長のサインをスキャンすると筆跡鑑定が行われ、どこの村長のサインかわかるようになっている。照合された村とクエストの村が一致していれば、確認が完了された事になる。



 僕は腰のポシェットからドロップカードを取り出し、五〇枚の束を提出。

 その上にギルド証も置く。


「はい?」


 ミラがその量に唖然とした。

 視線はドロップカードと僕の顔を行ったり来たりする。


 ランクDだしな。有能な子供なら成人前にランクBになっている。そこからがきついらしいのだが……。

 達成報告の際にドロップカードが多いとそれだけ時間がかかる。

 少しでも職員側の手間を減らすにはランク別、種類別に並べるのが一番。


 ランク帯の関係で提出を躊躇うドロップカードは五〇枚の中には入れていないが、さすがに多すぎたかな?


「『増し増し冒険者』は恐ろしいですね」


 冒険者ランクと実力が大幅に変わってしまうのが、ギルドポイントの貯蓄を止めてしまった人たち。

 通称『増し増し冒険者』と呼ぶ。


 受付嬢が冒険者の強さを覚えていればランクを超えたクエストも受注できるらしい。

 今度ミラにお願いしてみるか……。


「Bランクモンスターまで倒しているんですね……」

「内緒にしておいてくれよ?」

「それは構いませんが……」


 ギルド証のスキャンの際に自動で印刷される討伐モンスターリストを見ながらミラが扱いに困っている。

 逆にじっくり見られると、こちらの方が困るんだが……。


 ちなみにレベッカさんの場合は印刷されたリストを見ずに捨てると有名だ。

 レベッカさんにアピールしたい冒険者からすると(たま)ったものじゃないが、僕からすると騒ぎにならないため、この上なく嬉しい。

 そしていちいちリストをチェックしないから一人にかかる時間が他の受付嬢に比べて極端に短い。っとまさに至れり尽くせりな対応をしてくれる。


 今回はクエストを受けてから日が経っていたために、すでに買取枚数が規定数に達していたクエストがかなりあった。そのため四〇枚は売却できずに返却された。

 ミラが申し訳なさそうな顔をしていたのがとても印象的だったが、僕から言わせれば次回まとめ売りすれば良いだけだ。


――――――――――


 遠征の後だったため、今日は狩りに行かずに都市を散策して過ごす。

 先に面倒な冒険者ギルドへの報告をしたが、お昼から行けば並ばずに終えられたと気が付いたのは、全てが終了してからだ。


 その夜、僕の部屋にミラが訪ねてきた。


 住所を教えたつもりは無いが、ギルド証の更新のために渡したから個人情報はバッチリ見られていたらしい。

 アパートの扉を開けた時、フードを目深に被っていたから不審者かと思った。

 カールは全く警戒していなかったから、匂いでミラだとわかっていたようだが……。


「ご主人様、夜分遅くにすみません」


 入ってくるなり、突然の訪問を謝罪する。

 昨日シルバーレインに戻ったのはもっと遅かったため、ゆっくりと話ができなかった。


「構わないよ。どうぞ」


 ミラを部屋に招き入れる。

 部屋の外を見て廊下に誰もいない事を確認した。わざわざフードを被って顔を隠していたんだから、誰かに見られている可能性は低いか……。


 さっきも利用したが、普段からアパートの二階にある食堂で食事をしている。そのためガス台やキッチンが備え付けられているけど、お湯を沸かす程度しか使った事がない。


 まさか女性が部屋に訪れるとは思っていなかったので、お茶菓子どころか、お茶すらない。


 辛うじて冷えた飲料水があったためコップに注いでミラに差し出す。


「気を遣わせてしまってすみません。本当はわたしがすべきなのに……」

「気にするな」


 お客さん扱いをして椅子に座っててくれっと言ったのは僕だ。

 確かに主従関係を考えれば主人が奴隷の飲み物を用意するのは変な気がする。


「今日は何のようだ?」

「……」


 用がなければ来てはいけないのか? っと言われそう。


「用がなければ来てはダメだったでしょうか?」


 言われてしまった。

 仕事で疲れているだろうから、来なくてもいいのに……。とは思うがもちろん口には出さない。


「僕もミラとゆっくり話がしたかったし、ちょうど良かったよ」


 僕から呼び出せば、ミラはすっ飛んででも参上しただろう。

 それではミラが自主的に来たのではなく、僕の命令に仕方なく従ったようで、正直嫌だった。


「えへへへへ。わたしも実はご主人様とお喋りしたかったんです」


 一脚しかなかったので椅子はミラに譲ってベッドに腰をかけていたが、ミラが椅子から僕の横に移動してきた。


「まずは仕事の話をいいでしょうか?」

「仕事の話?」


 はて? 何かあったかな?

 いきなり仕事の話とは、真面目なミラらしい。


「わたしがご主人様の専属受付嬢になります!」

「それは……」


 メリットはミラがギルドにいれば、並ぶ事なくミラが対応をしてくれる。

 待ち時間がほぼゼロになるのは大きい。

 デメリットはみんなの反感を買う。


「ダメだ。できるだけ目立ちたくはない」

「……そうですか。ご主人様にも事情はありますよね」


 案外物分かりがよく簡単に引いてくれた。


「次はご主人様にデメリットはありませんよ!」

「それはなんだ?」


 勝利を確信した言い方だ。

 専属受付嬢もまさか断られるとは思っていなかったように見えたが……。


「ドロップカードの売却方法です!」

「普通にクエストを受けて売っているが? さらに『増し増し』で……」

「はい。冒険者の事情は知っています。クエストを受けた直後に納品するのはマナー違反なんですよね?」

「そうだな。違約金が発生する恐れがあってもフェアにやるのが冒険者だ。僕もその流儀は嫌いじゃないから続けている」


「冒険者ギルドの考えは依頼の完遂です。そこで提案なんですが、ご主人様のドロップカードを一時的にわたしが預かって、お客様への納品日ギリギリのクエストを消化するという方法です」

「確かにそれならいちいち受注してドロップカードを売らなくても、他の冒険者に迷惑をかけない気がする」


 納品日を過ぎるとドロップカードの枚数に関わらず窓口が締め切られてしまう。そうなればいくらドロップカードを持ち込もうとクエストは期日超過扱いでクリアできない。

 同じ品でも他より報酬額が少ない場合には頻繁に起こる。そのため極端に報酬額の低い依頼は窓口係がその場でお客様に断るそうだ。


「ただし、デメリットもあります」

「デメリット? さっきないって……」

「さっきはさっき、今は今です。デメリットはすぐに売れない可能性があると言うことです。デメリットがお嫌でしたら………………同額でわたしが買い取ってご主人様にはお金を先渡ししてもいいです」


 スカートの裾を握って頑張っている。

 一回で五〇枚を提出するような『増し増し冒険者』だ。一〇〇枚や二〇〇枚のレアドロップカードを隠し持っていても変ではない。

 それに今日はBランクのモンスターを討伐した記録を見たのに、ドロップカードにはそれが含まれていなかった。

 いったいいくらになるのかわからない。それでもミラは僕のために限界まで譲歩する。

 ミラの言う通り先渡しをしてもらえば僕にデメリットはない。

 ここまでして、まだ断られると思っているのか?

 隣に座るミラを軽く抱き寄せる。抵抗しないミラは、そのまま僕の胸に顔を(うず)めた。


「はわわわわわ」

「ミラが無理をする必要はないよ。今日のブリーダーギルドの稼ぎだけでも一ヶ月は余裕で生活できる。僕のドロップカードはミラに預ける。販売できた分だけ僕にくれればいい」


 ミラの頭を撫でながら言う。

 カールを諭しているみたいだ。

 ミラの方は耳どころか首まで朱色に染まった。


 さっきまでわちゃわちゃ暴れていた腕は完全に動きを失い、胸の前で祈るように組まれている。

 反応がないけど大丈夫かな?


 顔を両手で押さえて上に向けると、涙を溜めながら真っ赤なトマトのような顔をしている。


「ダメです。今見るのは反則です」

「動くな!」

「ひゃ、ひゃい!」


 顔を隠そうとしていたミラの手が止まる。

 あがり始めた手は僕の手でミラの足の上に戻す。


「照れるミラも可愛いな」

「それも反則ですよ……。うぅ……」


 動くな! っと言われて逃げられないミラが文句を言う。

 目から一筋の涙が流れ落ちたので、慌てて強く抱きしめた。


「もう動いてもいいぞ」

「抱きしめられてて動けないですよ……。ご主人様、ズルいです。お返しです!」


 ミラの手が僕の背に回される。

 熱い抱擁の後に解放してやった。


 詳しく事情を聞くと、奴隷の物は主人の物なので、ミラの所持金から僕に支払っては、先払いにならないんじゃないかと考えたようだ。

 ミラのお金はミラの物で構わないと言ったつもりだったが、仕事モードのミラは真面目過ぎて困る。

 僕に出会ってからのお金の収支を一ジェニーまで記録していたらどうしよう。


――――――――――


 ゆったりとした時間が流れる。


「実はわたし、すぐにストレスを溜め込んでしまうんです」


 頭を撫でてやるとポツポツッと語り出す。

 昨日会った時もストレス発散のためにモンスターを狩っていたところだった。


「でも、ご主人様に甘えると嬉しくて、ストレスを忘れられるんです!」


 ストレス発散方法は人それぞれだ。

 僕ならカールを思いっきりモフると癒される。

 人によっては美味しい御飯を食べるとか、ベロンベロンに酔っ払って『飲兵衛』と呼ばれる程に酒に溺れるとか。様々だ。

 お酒に溺れたら発散じゃないか?


「こんなこと初めてで……毎日……ご主人様に甘えてもいいですか?」


 そんな中ミラは人に甘える事でストレス発散ができるようだ。


「ミラなら誰にでも甘えられたんじゃないの?」

「ご主人様がいいんですぅ。誰でもいいわけじゃないんですぅ」


 ミラがいじけた。わかりやすい。

 これもある意味では甘えていると言えるのか?


「わたしにできる事なら何でもしますから! お願いします」


 うーん。どうしよう。

 毎日か……。毎日一回は会いましょうと言われているのと変わらない。

 僕もミラには会いたいと思っている。しかし、あまり密会を繰り返すといつか僕たちの関係が露呈してしまう。

 ミラの立場を考えれば、会う回数は減らした方がいい。


「ミラはカードホルダーを持っているか?」

「え? 一枚のなら持っていますが……。お、お使いになりますか?」


 顔がもの凄く真っ赤だ。


「どうかしたか?」

「カードホルダーの貸し借りは危険がいっぱいなんです。カードホルダーの装着カード欄に【毒薬】カードを仕込めば次の装着者を殺す事も可能です。【麻痺薬】カードや【睡眠薬】カードも同様で……。意識がない相手を襲う事なんかも。あ、いえ、ご主人様なのでもちろんそんな心配はしていませんし……。いや、むしろウェルカムというか……。わたしはカードなど使わなくても身も心もご主人様の物で……」

「途中から意味が分からないが、信用している相手以外とは危険がある事はわかった」

「そ、そうです。信用が重要なんです! わたしはご主人様を信じています。是非わたしのカードホルダーを使ってください!」


 普通に使いたかっただけなんだがな。

 ミラが持っていたカードホルダーの形は指輪型。色は白で男女問わない中性的で人気がある。

 物自体が高いため、男だろうが赤を付けるし、女だろうが青を付ける。

 指輪型が一枚か二枚。足輪型が三枚か四枚。腕輪型が五枚。と決まっている。


「今はカードが装着されていないのですが、カードホルダーは外している状態でもカードの挿入が可能です。ですが、カードホルダーを装備するまでカードが挿入されているかはわかりません。カードホルダーからカードを外すには装備が必要です」


 だから、次の装着者を罠に()められるのか。

 いつかカードホルダーを購入したいと思っていたが、怖いな……。


 ミラが僕を嵌める可能性はゼロじゃない。だが、本当に罠に嵌めたいなら、事前に注意を促すような発言はすべきではない。


 ミラが指輪を外す前に指輪からモンスターカードが一枚飛び出してきた。あれがさっきまでカードホルダーに装着されていたモンスターカードだろう。

 指輪型の装着限度枚数は二枚。口で最大一枚と言って外さなかった二枚目で相手を罠に嵌めるという手はありそうだな。

 アビリティーには【状態異常耐性(大)】の能力がある。それならよほどの状態異常がカードホルダーから飛んで来ない限り、平然としていられる。毒や麻痺なら【状態異常耐性(中)】でも完全に受け流せるはず。耐性系はあるのとないのとでは大違いだ。


 そうなると目の前でカードホルダーを外すところを見てもやはり危険は回避できない気がする。


「奴隷がご主人様を害する事はありません。それにカードホルダー購入後は一度奴隷に装備させて安全確認をする。というのもよくある行為です」


 指輪を差し出す手が震えている。

 僕が受け取って装備すれば、それはミラへの信用の証、僕が拒否をすれば不信の証。


「心配させてすまなかった。ミラを信じられないなら、逆に誰なら信じられるんだ。って話になる。僕はミラを信じているよ」

「ありがとうございます」


 一度ミラの頭に手を置いて落ち着かせる。余計な事を考えていたせいで、ミラを不安にさせてしまった。

 震える手から指輪を受け取る。

 カードホルダーを使いたくて持っているのか聞いただけなのに、感謝されるほど大事になるとは思わなかった。


 でも、奴隷を使った安全度の上げ方か……。確かに替えの利く奴隷を購入して試させるのは道徳的には疑いたくなるが……。

 伯爵様や公爵様の方が平民よりも命の価値はどうしても高くなる。所謂(いわゆる)、これは毒味の一種だ。


「カール、血を一滴くれ」

「ばう」


 僕の呼びかけにカールが小さく返事をして左前足を差し出す。その足を短剣で刺して傷付ける。小さな傷口からゆっくりと血が出てきた。

 指の先にカールの血を付ける。

 カールをカード化させて指輪型のカードホルダーに近付けた。すると、スッとカードが指輪の中に吸い込まれる。これで無事カード欄にモンスターカードを装着できたはず。


「初めてカードホルダーを装着する時は横になった方がいいそうですよ! ぜひ、わたしの膝へどうぞ!」


 さっきまで落ち込んでいたのに、指輪を受け取ってから瞬く間に元気を取り戻した。

 スカートからのぞく足を叩いてアピールをする。

 今まで意識しないようにしていたけど、スカートが短い……。膝上一五センチぐらいだった気がする。足の長いミラだから膝上一五センチになっただけか? とにかくギルドでこんなミニスカートを穿いていたら、きっと大騒ぎになるぞ……。

 ベッドに腰掛けていると布が引っ張られてさらに大変な状況になっている。

 本当にここに頭を乗せて大丈夫なのだろうか?


「……失礼します」

「えへへへへ。どうぞどうぞ」


 指輪を左手の人差し指に身に着ける。

 ミラが期待の目で着ける位置を見ていたが、さすがに薬指に着ける勇気はなかった。

 右手に着けなかったのは人差し指にカールの血が付着しているからだ


 カールの能力がカードホルダーを経由して流れ込んで来た。

 初めての時はカードホルダーを寝ながら装備するって言うのは正しい判断だな。体重が一気に軽くなってまともに歩けもしないだろう。

 僕の場合は横になって体験しなかったら、力加減がわからずに、家具を壊していたかもしれない。これはかなりやばいな……。


「どうですか?」

「すごい。自分の体じゃないようだ」


 さっそく本題に移る。


「んがっ!」

「ご、ご主人様! しっか……」


――――――――――


 とてもいい匂いがする。花の匂い? ここは花畑か?

 手はスベスベの何かに触れている。


「ご主人様、大丈夫ですか? わたしの声が聞こえますか?」

「う……。うわ、ミラ。あれ? 僕の部屋か……いったい何があった……?」

「わかりません。ご主人様が指先の血を舐めたら、突然昏睡状態になって……ガタガタ震え始めました」


 昏睡状態? ガタガタ震えた?


「ところでなんで僕たちは……裸でベッドに寝ているんだ?」


 花畑の正体はミラの髪の毛、スベスベの正体はミラの背中。まだ体を動かそうにもうまく動かない。


「許可も取らずに勝手にすみません。ご主人様の体温がみるみる下がってしまったので、わたしの体で温めていました……。下着はちゃんと身に着けています。いきなりの事で、もうどうしていいのかわからず……。わたしは無力な女です」


 雪山では低体温の相手に抱き付いて、自分の体温を使って温めるって聞いたことがある。あれをしてくれたのか……。

 裸に近い格好なのは、直に体温のやり取りをするためだ。肌を晒すのはハードルが高い行為だったはずなのに……。


「そんなことないよ。ミラ、ありがとう。もう少しだけ、このままでもいいか?」

「もちろんです。寒ければわたしがお酒を飲んで体温をさらに上げますが……」


 意識は戻ったが、確かにまだ寒い。ミラの体温をもう少しだけ拝借したい。

 カールの血を舐めた事が原因で生死を彷徨(さまよ)うとか、本当に笑えないな。


「たぶん峠は越えた。もう大丈夫だから。涙を拭いてくれ。可愛い顔が台無しだぞ?」

「このタイミングで言うなんてズルいです! でも、あの、もう一度……」


 肌を触れ合っているから分かる。ミラの体温が急上昇した。まさにお酒いらず。


「ミラ、可愛いよ」

「グヘヘへヘ。あの、もう一度……」


 なんか壊れかけている。


「もう言わない」

「そんな……」


 さっきまで温かかった体温が少し下がってきた。

 ミラの髪の毛からは相変わらず花の香りがする。これはすごく落ち着く。

 肌のスベスベ……。あまり手を動かしたら悪いと思いつつ、手に吸い付くような餅肌をこっそり堪能した。



「よし、動けるようになってきた。ミラ、ありがとう」

「わたしはご主人様の物です。いつでもおっしゃってください」


 こっそり堪能って言っても……そりゃバレますよね……。

 別にミラの態度を見る限り怒っているわけではないようだ。この話はこれ以上引っ張らない方がいいな。


「目のやり場に困るから着替えようか……」

「……はい」


 僕はミラの着替えを見ないように背を向けた。

 服を畳む余裕がなかったようで、ベッドの脇に落ちている。それだけ緊迫した状況だったのだろう。


 服を着直した僕はカードホルダーからカールのモンスターカードを外す。

 装着中はカードの着脱が可能なのは確かなようだ。『外す』って思い描くだけでカードが飛び出した。


「ミラ、カードホルダーありがとう。また借りるかもしれない」

「また……今回みたいなむちゃくちゃな事にはなりませんか?」


 ミラが涙目だ。それだけじゃない。上着を胸の前でギュッと握っている姿は素直に可愛いと思う。


「……た、たぶん」

「たぶん?」

「絶対とは言えないが、きっと期間が短いほど影響は少ないと思う」

「では毎日使いましょ! わたしが毎日通います! 通い妻? いえいえ、通い奴隷? 毎日膝枕をして癒されます。ストレスなんてなんのそのです。わたしの膝枕良かったですよね? 初めてしたので緊張しましたが、素足が一番って聞いたのですけど、良かったですよね?」


 僕、膝枕されていた時って意識なかったよね?

 しかも、膝枕ってしている方が癒されるんだっけ?

 ミラってじっくり話してみると危ない子だ。


「気持ち良かったし、また今度お願いしようかな」

「ほ、本当ですか? 絶対ですよ!」

「あぁ、約束する」

「えへへへへ。次の約束を取り付けちゃいました」



 ミラが服を着るのを待ってから、ずっと気になっていた事を質問する。


「シルバーレインに来た時に初めて泊まった宿屋でギルド証を見せたら、すごいねって言われたんだが……。シルバーレインってDランク冒険者でも珍しかった?」

「ご主人様のギルド証ってパーティーランクが記載されていないギルド証ですよね?」

「パーティーランク? レベル五に上がるまでは冒険者ギルド主催の初心者育成でパーティーを組んだ事はあったけど……。終わってからはずっとソロだったな」


 ハイゴブリンの時は道案内という理由からパーティーを組まされた。でも、あれはパーティーランクの記載されない一度きり用の編成の仕方だった。


「通常冒険者ランクDというのは複数人がパーティーを組んでDランク相当という意味です。個人で見ると一つ下のEランクの集まりであることが普通です。なので個人ランクDはパーティーを組めばCランクを名乗れる事になります」

「Cランク冒険者って聞くと急に優秀な印象があるな」


 そういう事だったのか……。

『銀の水飲み場』のお姉さんは冒険者相手にも商売をしていただろうから、今ミラが説明してくれた内容を知っていたに違いない。



「今日はもう遅いし、家まで送るよ」

「えっ? あ、はい。泊まる準備をしてきたのですが……」

「それもまた今度ね?」


 ミラには悪いが僕は奴隷と一線を越えるつもりはない。



 何度も説得してようやく外に出れた。

 お互いの関係がバレてはいけないので、フードを被り大人しく歩く。


――――――――――


 ミラを送り届けた帰り道。


「カール、夜の狩りに行くか?」

「ばう」


 夜中は門が閉まっているので、通常の方法では外に出れない。

 都市の外壁に続く階段を【隠密】を使って上っていく。

 外壁の巡回兵は全員【気配察知】持ち。

【気配察知】の発現方法は意外と簡単で、鬼ごっこをして遊んだ子供に多く現れるそうだ。

 僕も子供の頃は鬼ごっこをしていたはずだが、残念ながら発現はしなかった。


【隠密】も【気配察知】の前では分が悪い。

 っと言っても視界に入ればバレるというだけで、欠伸をしたり、ゲームをして暇つぶしをしているような連中など簡単に欺ける。


「下まで八メートルぐらいないか?」

「ばう?」


 カールには関係ないようだ。僕の上着の襟を咥えて飛び降りた。

 カールの【飛行】のおかげで、ゆっくりと降下する。


「ありがとう、カール。気付かれる前に離れよう」

「ばう」


 カールは体のサイズを小さくして胸ポケットに収まった。


 走り出すと体の動きとイメージが合わない。走っているだけなのに、何度も転びそうになる。

 これは慣れるまで時間がかかるぞ……。

 さっそくカールがモンスターを発見した。さすが夜。モンスターが闊歩している。最初のモンスターはゴブリンが四体だった。


「狩ってみよう」

「ばう!」


 体を慣らすには実戦が一番だ。

 どうせ格下。


「弓は次だな。まずは体を動かそう。【身体強化】」


 自分を指定して【身体強化】を使用する。


「自分で使えるっていいよな」

「くぅ~ん」

「ごめん、ごめん。カールが集めた能力を一夜で覚える事ができたのが嬉しくて……。ついな。これからも補助はカールの担当だ」

「ばう!」


 カールから【身体強化】が飛んできた。


 使ったスキルは同じなのに、上書きされたという事はより上位の効果になった事を意味する。


「カールには敵わないな。さて最初は己の体だけでいってみますか……」


 離れた一体を後ろから手刀。

 できるとおもっていたが、肩口から胸の中央までが裂けた。手にゴブリンの血がベットリ付く。

 あまりいい攻撃方法じゃなかったな。

 右手が汚れたし、今回はそのまま右手だけで戦おう。


「ギィギィ」


 っと騒ぎ始めたゴブリンのお腹を手を広げて突き飛ばす。


「げっ! うそだろ?」


 手が体にめり込んで、突き飛ばせていない。

 手を引き抜くとゴブリンはそのまま倒れた。


 戸惑っている間にゴブリンに殴られていたようだ。

 子供がポコスカ殴ってくる程度の威力しかない。


「【治癒魔法(小)】」


【治癒魔法(小)】も【回復魔法(小)】も同程度の回復力で、これと言って違いはない。

 モンスターによって覚える回復魔法が違うために複数の種類が存在する。

 似たような効果でも、覚えればそれぞれの恩恵が貰える。


「怪我したって程でもないが、本当に回復したな」

「くぅ~ん」


 カールが仕事を取らないで。って言っている。


「ごめん、ごめん。一回は使ってみたいんだって」


 残りのゴブリン二体は上から拳骨を落とす。さすがに脳天を突き破りたくないので軽くした。

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