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依頼の納品

「伯爵様、こちらが御要望頂いていたモンスターカードになります」

「うむ」


 僕はブリーダーギルドのギルドマスターと伯爵様のやり取りを『気をつけ』の姿勢を維持しながら聞く。

 モンスターカードは執事を経由して豪華な椅子に座った伯爵様の手に渡った。

 伯爵様はモンスターカードが珍しいのか表と裏をひっくり返して確認する。

 それは薄っぺらいトランプに使うカードと大差ない。


「して、いくらなのだ?」

「はい。手数料込みで四〇〇万ジェニーになります」

「ふざけるな! こんなちんけなカードにそんな大金が払えるか! 今すぐ出ていけっ!」


 伯爵様がモンスターカードを床に投げ捨てながら怒鳴る。なんて声量なんだ。思わず悲鳴を上げそうになる。下手なモンスターよりも伯爵様の方が強いんじゃないだろうか。窓がビリビリ震えたぞ……。

 床に落ちたモンスターカードは執事が拾い上げ、ギルドマスターの手に戻る。


 この都市の(まつりごと)をしているのはもちろん市長だが、それを陰から支配する人物が二人いる。それが公爵様と伯爵様だ。

 伯爵様は公爵様の腰巾着で同じ派閥に属する。


 ご機嫌取りに公爵様が欲しているモンスターを探してみたが見つからず、我々ブリーダーギルドに育成を依頼した。

 公爵様が望む性能だけあって、今回の依頼は手の空いている者が休み返上で対応に当たるほど難儀な案件だった。


 この四〇〇万ジェニーは僕たちの頑張りに対する対価で、正当な成功報酬額。それに決して高くはない。むしろ、相場をかなり下回る額である。



『お偉い人と会っておくのも経験のうちよ』っと言う先輩の言葉にギルドマスターが了承したためにこの場にいるが……騙された!

 ギルドマスター的には一人で行くのは体裁が悪いから、同行者を一人選んだに過ぎない。この場にいるのは誰でも良かったに違いない。


 ただ、黙って空気を読めばいいと言われたのでギルドマスターに倣って頭を下げたり、名前を……名乗る前に無視されたりとアクシデントはあったがなんとか乗り越えた。


 高級だろうハーブティーを飲めたけど、飲めたけど……甘くてリンゴのフルーティーさが美味しかったけど……。先輩……割に合わないですよ。


 もう僕、お偉い人には会いたくないです。


「では、お代の方は……」

「知るか、そんなもん!」


 ギルドマスター、お願いですから怒っている人をこれ以上刺激しないでください。

 僕は空気を読んで、いえ、僕は今空気です。

 こっそり【隠密】を発動する。

【隠密】とは周囲に溶け込んで、気配を消すスキルだ。

 伯爵家の謁見の間とは言っても閉鎖空間である。それもこちら側に視線が向いている状況下では効果は薄い。


「他の方に売ってもよろし……」

「勝手にしろ! もう顔も見たくない。二度と来るな!」


 我慢の限界が来たのか、ギルドマスターが最後まで言う前に伯爵様がバッサリ切り捨てた。

 呼びつけておいて、二度と来るなとは、ひどい言われようだ。


 屋敷の執事が少し困り顔をしている。今回の取引が成立しないと新しい品を探さなくちゃいけないからな。執事が心労で倒れても僕たちのせいじゃない。


 主人の怒鳴り声に最初はニコニコ対応してくれていたメイドたちも、今では部屋の隅で睨む始末……。


 僕とギルドマスターは屋敷を逃げるように飛び出した。

 入口を警護するガードマンが、僕たちの姿を見て「またか……」なんて漏らす。

 相手は伯爵様だ。いちいち平民の機嫌など気にしないだろう。


 外に停めてある馬車に乗り込む。

 速さよりも優美さや乗り心地を優先された格式ある箱馬車だ。ちょっとお高いが、お代は経費で落ちる。

 普段は自分の足で山越え、谷越えをしているが、伯爵様の屋敷に行くためだけに御者付きの箱馬車をレンタルした。さすがに徒歩では貴族の屋敷には行けないそうだ。

 


「あーあ。伯爵様、カンカンでしたね……」

「もともと価値を知らない人が欲しがるモンスターカードじゃないからな。仕方ねーよ」


 馬車に乗ると早速二人とも着慣れないスーツのネクタイを緩めてひと息付く。

 僕は自前のスーツを持っていないので、借り物だ。

 社交場に出る機会が増えれば用意するが、今日みたいな感じなら増えない事を願うばかり……。


「伯爵様とは初めての取引だったんですよね? あれだけ怒ると次は難しいですね」

「……そうだな」


 ギルドマスターも同じ事を思っていたのか、窓から外を見て静かに同意した。


「あ、そうだ。公爵様に売り込みに行くというのはどうですか? モンスターカードって公爵様への献上品の予定だったんですよね?」

「公爵様のところに売りに行ったのが伯爵様の耳にでも入ってみろ。どんな嫌がらせを受けるかわかったもんじゃないぞ」


 確かに……。ネチっこい嫌がらせが待っていそうだ。


「でも、公爵様が喉から手が出るほど欲しいものですし、後ろ盾になってくれませんか?」

「もし公爵様に門前払いされてみろ。俺たちは町を出て行かなくちゃならねー。これ以上、伯爵様を刺激するのはやめよう」

「……はい」

 えらい人との付き合いはよくわからん。



 ブリーダーギルドの執務室に戻り、席に着く。ギルドマスターから依頼の結果を聞くためにギルド幹部たちが部屋に入ってきた。

 ブリーダーギルドは冒険者ギルドと違い人気がない。続く人は続くが、続かない人は一度でいなくなる。途中で投げ出すと違約金が発生するため最低限一度はこなす感じだ。

 登録後すぐにやめる人が多いので、中堅がいなく上と下の垣根がない。相談すれば穴場スポットでも簡単に教えてくれる。


 ただし、この穴場スポットはブリーダーとしての穴場であって冒険者たちが(こぞ)って奪い合う旨味ある狩場ではない。

 そもそも冒険者ギルドとブリーダーギルドには明確な住み分けがある。

 冒険者ギルドは適正レベルのモンスターを紹介して冒険者自身のステップアップを目指す集まりだ。それに対して、ブリーダーギルドはモンスターカードと言われる人に懐いたモンスターを主人に代わり育成する事を主な依頼内容としている。それ故にモンスターに経験値が入ればいいため、質より量を重視して格下ばかりを平気で相手にする。


 依頼の内容で難易度分けはされているが、ランクという概念は乏しい。

 それでも簡単な依頼は新人に回る。次の段階に進むには依頼を五回行う必要があるが、あくまでもそれはブリーダーとしての資質を見るためだ。


 今回の依頼はモンスターの種別不問で指定能力が二つだったので、新人の僕にもお株が回ってきた。

 休み返上で頑張っていたのもあり、今ここにいるのは僕を含めても六人しかいない。


『先輩……絶対に許しませんよ!』

『ごめーん』


 怒りを込めて先輩を睨むと軽いノリで手を合わせて謝る。

 先輩がギルドマスターに余計な事を吹き込まなければ僕はあんな目に遭わずに済んだ。


「イルの態度でわかったと思うが伯爵様との取引は失敗した」

「ところで、マスター。伯爵様にはいくらで売ることになってたんですか?」

「顔繋ぎの意味も含めて、四〇〇万ジェニーだな。金額に関してはギリギリまで悩んだ」

「四〇〇万ジェニー。相場の半値とは……思い切った事をしましたね」

「庶民の一軒家と同じ価格とは言え、相手は伯爵様だからな。ポンっと出す可能性もあった」


「イル、ご苦労様~大変だったね♪」

「先輩……なんでそんなに嬉しそうなんですか? 良ければあとで一発殴らせてください」

「あら嫌だわ~。この子は女性を殴ろうっていうの?」

「コラ、雑談なら外でやれ!」

「「すみません」」


 ギルドマスターに注意されて僕と先輩が素直に謝った。

 先輩はその美貌からチヤホヤされて育った節がある。そのためか何をしても許され、人に悪戯をするのが生き甲斐のような性格をしていた。

 本当に困った人だ。

 僕も猫を被った先輩にコロッと騙されたので何も言えない。今では完全にオモチャ扱い。


 どうもみんなの顔を見ると最初から取引は失敗すると思っていたようだ。そうじゃなかったら僕以外の人が行っているか……。


 モンスターはレベルが五の倍数の時にアビリティーかスキルといった能力を取得する。


 取得する能力はある程度操作が出来ることから、育成専門を生業とするギルドが作られた。


 その名もブリーダーギルドだ。


 今回は伯爵様の御依頼でとあるアビリティーとスキルを持ったモンスターを用意して欲しいというものだった。

 それも貴重な能力を二つも所持したモンスターだ。


「今回は八七体目で目的のモンスターを作る事ができました」


 五まで上げたモンスターと一〇まで上げたモンスターが混ざっているが、八七体は比較的早い方だ。

 通常狙ってスキルを取得させた場合は一割ぐらいの確率と言われている。

 それが二回重ならなければいけなかった。


「繁殖ギルドへの支払いもあるし、さっさとロビーに飾って売り払うか……」


 当たり前の事だが五と一〇で目的の能力を取得できなくても一五で覚える事もある。


 そのため、無名の育成者が育てたモンスターよりもブリーダーギルドが育てたモンスターの方が将来性が高くなる。


――――――――――


 後日。執務室。


「マスター、イルもモンスターを五体育てたわよね?」

「お前よくチェックしてたな……」

「ロビーで売り出すリストに『イル作』がなかったわよ?」


 リストを机に置いてマスターに見せる。


「やめとけ、レーチェル。ロビーで売る場合、俺たちの名前別に置かれるんだ。イルは新戦力だが、まだ売りに出せるほどの枚数が揃ってないんだろ……」

「仲介料とモンスターの仕入れ値を引いた売り上げが来月のお給料にプラスされるのよ? いくら不要な能力が付いて低評価の出来だったとしても売らないって変じゃない?」

「レーチェルの言い分はもっともだな。売らない事にはギルドの資金は減る一方だ。そうなればギルドは立ち行かなくなる……」

「マスター。ん、ん」


 レーチェルは手のひらを前に出して、クイックイっと寄越せアピールをする。

 マスターが観念して内ポケットから五枚のモンスターカードを取り出す。


「わざわざ肌身離さず持ち歩くレベル? ちょっと、ちょっと……」


 レーチェルがそのうちの二枚をかっさらい、他の男たちは一枚ずつだ。


「オークで【状態異常耐性(大)】と【殴る】だな」

「こっちもオークで……【咆哮】」

「マーメイドに【回復魔法(中)】」


「ねー、なにこの【慈愛の心】ってアビリティー……。『戦闘中、五秒毎に小回復(回復量は愛情に比例)』。こっちのモンスターのスキルは【ピュアキュア】だって……。両方とも聞いた事もないんだけど……。マスター?」

「バレちゃしょうがねーな。あいつは俺たちよりもすごいブリーダーになるぞ。あいつには何かある」

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