21②-④:良き友人
「テス…おい、テス」
「…ん?」
ぺちぺちと頬を叩かれて目を開けると、目の前にカイゼルがいた。
「カイゼル…」
「ふう、良かった。まったく、死んだみたいに眠ってやがるから」
カイゼルは、一息つくと立ち上がる。
テスは、体を起こすと辺りを見渡した。セシル達は、少し離れたところに居る。皆無事なようだった。
テスは立ち上がる。辺りは草木どころか雪すら残っていない、裸の荒れた土地と山が広がっていた。
「…リアン」
テスは、ふらふらと歩き始める。大猿がいた場所には、クレーター状の大きな穴ができていた。テスはその穴のふちに立つと、下を覗き込む。そこには大猿の肉片どころか、焼け焦げた煤すら残っていない。
「…傲慢だったのか?俺たちは」
テスは、吐息のような声で呟いた。その声は小さすぎて、すぐ傍のカイゼルにも届かない。
何も知らないカイゼルは、穴の底を黙って見下すテスを、きっと傷心しているのだろうと、そっとしてあげることにした。
「これで、終わったんだな…」
やがてテスは、顔を上げてカイゼルに言った。
「…ああ。ただ、倒したのはいいが、この様子だと、ここいらに住んでいたジュリエの民たちは全滅だな…。ああ、そうだ」
カイゼルはテスの視線を促すようにして、ナギ山を見た。ナギ山は赤い火を噴き、赤い溶岩を流していた。テスは、目を見開く。
「なんで赤色…」
「驚いたろ。どうやら、さっきの王家の最悪の事態で、ナギ山の神の涙の魔力が全部吸収されたみたいだ。それで、元の火山に戻ったってとこだろ」
カイゼルは、「なあセシル」と振り返る。しかし、セシルは聞いていない様子だった。セシルは、アンリと一緒にレスターの足を診ていたからだ。
「セシルの原子魔法で、怪我の程度を軽くしました。向うに戻ったら、ちゃんとしたところで治療してあげます。ロイさんとノルンさんも魔力不足で危ない所でしたが、セシルが魔力を補給してくれたおかげで、もう大丈夫です。しばらくしたら目が覚めるでしょう」
アンリは、にこりとレスターに微笑みかける。
「オレは3人とも完璧に治せたってのに、アンリが止めろって言うんだ。ケチだよなあ?」
セシルはつまらなさそうに口をとがらせ、レスターに同意を求める。すると、アンリは戒めるかのように、セシルを見た。
「セシル。君は、きちんと自分の体の事も考えるようにした方がいい。君だって無理をした後なんだから」
「へいへ~い、分かったよ」
セシルは、けっと言って、アンリから視線を逸らす。
「全然分かってないだろう?」
アンリは険しい顔をして、セシルの肩を掴む。
「分かってる」
セシルは、アンリの手を肩から払うと、ふんと顔を背ける。
「絶対分かってないじゃないか」
「分かったったら、分かったの!」
セシルは意地になって言い返す。すると、これまたアンリも意地になって、何とか分からせようと言い返す。しまいには、胸倉をつかみ合う様態となった。
「ふふっ…」
レスターは、そんな2人のやり取りが何だか面白くて、つい吹きだしてしまった。そして、思う。アンリは純粋に、友達としてセシルの事をとても大切に思ってくれているのだ。レスターは、今までアンリを警戒していた事が、何だか急に馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「何笑ってんだよ、レスター!」
「いや、別に」
セシルがアンリの前髪を掴みながら振り返ったのに、レスターは慌てて首を振る。
「レスターさん!この馬鹿にどうにか分からせてやってください。この人、いつも無茶ばっかりするんですよ!」
セシルの手を前髪から引きはがそうとしながら、アンリがレスターに叫ぶ。すると、レスターは、小さく笑いながら、一言言った。
「ありがとう…」
「へ…」
アンリは間が抜けたように、ぽかんと口を開けた。そんなアンリを可笑しく思いながら、レスターは続ける。
「手当てしてくれてありがとう。後、ロイとノルンも診てくれて」
「…どういたしまして」
アンリは、あっけにとられた心地のままに、言った。しかし、ふとアンリは、これがレスターから優しくされた初めての事ではないだろうかと、気づく。
「どしたの?レスター。急にアンリに優しくなって。熱でもあるの?」
セシルは急に不安な顔をすると、アンリを解放し、レスターの額に手を押し当てようとした。その手をレスターは「失礼だよ」と言いながら取り、セシルに少し罰が悪そうに笑って見せた。
「俺だって、いくら気にくわない相手でも、助けられればお礼ぐらいは言うよ。そこまで馬鹿じゃない」
レスターは、アンリを向くと、頭を下げた。
「ありがとう」
そして、頭を上げると、アンリに微笑んだ。
「アンリさん、これからもセシルと良い友達でいてやってください。彼女は、いつも無茶ばかりして、俺とロイ達では止めきれない事もある。あなたが彼女の抑え役に加わってくれれば、俺もこれほど力強いことはない」
レスターは、アンリに手を差し出した。
「……」
どうしたものか。アンリは戸惑って、セシルを見た。すると、セシルはぶすっと膨れていた。
「なにさ、人を暴れ馬みたいに」
セシルはぼそりと言うと、ふんと顔を背けてしまった。
「…」
アンリは、思わず吹き出してしまった。そして、思う。
―彼女と友人でいることを認められたのなら、それを断る筋合いなんてない
アンリは、不貞腐れているセシルを見つつ、微笑んだ。そして、レスターに向き直ると、頷いた。
「ええ、彼女の良き友人でいましょう。ずっと、一生」
アンリは、レスターの手を取った。そして、固く握りあった。