16-⑧:2度目の地獄の序章
「……?」
頬に熱い風が吹きよせている。何よりも焦げ臭い。
テスはふっと目を開けた。そして、息をつめた。
辺り一面瓦礫に埋め尽くされて、あちこちで火の手が上がっていた。空すらも黒い煙で覆われた世界の中に、無事な建物などほとんど残っていない。
あちこちでうめき声が聞こえる。ふらふらと歩く人影は皆、焼けただれ黒焦げた人間ばかり。
それはテスがかつてみた、地獄の序章の風景だった。
「あ…」
立ちつくし辺りを呆然と見ていたテスは、小さく声を漏らす。
瓦礫に埋もれた母親の手を懸命に引く男の子。その姿がかつての自分に重なったその時、上から熱く焼けた瓦礫が崩れ落ち、男の子もろとも埋め尽くす。
「ああ…」
テスはその光景に、呆然と息をつく。その時だった。
「水…水をくれ…」
「え…」
前と全く同じその言葉に、テスはそうじゃないことを祈りつつ、振り返った。しかし、その願いは儚くも打ち砕かれた。そこには全身焼け爛れた人間…かつての父親がいた。
「父さん…」
それはテス自身がつくりあげた幻覚だった。だが、テス自身もそうだと気づいてはいたが、目をそらせない。
現実にテスの目の前に立っていた男も、かつてテスが見た者とそっくりだったからだ。
「うあああああ!!!」
だからテスは駆けだした。発狂しながら。
前の時も、始まりはこの光景だった。
この光景の中で父を失い、母を失った。
ただ唯一残った親友も、ここを源流とした流れに、翻弄されやがて失うことになった。
―また、俺はここから不幸になるんだ…!
テスは焼ける大地の上をどこへとも知れず、駆ける。
―いやだ、いやだ、いやだ
しかし、どこにも逃げ場などない。いくら走れど、あたりは炎と瓦礫の地獄絵図。
この地獄から、生きて逃れる方法などない。
―また同じだ
きっと俺はまた、ここからかつてのあの地獄を繰り返すのだ。
―もうそんなの、そんなの
「ごめんだ…」
「テスさん!!」
ふと肩をつかまれた。はっとして見れば、アンリだった。その後ろでは、マナが心底ほっとした顔をしていた。
「テスさん!良かった、無事だったんですね。君のおかげで僕たちも「黙れ」…?」
テスは暗い顔をしてうつむいた。そんなテスの感情が分からず、アンリは戸惑う。そんなアンリの前でテスは懐に手を入れた。そして、
「…!!?」
テスは護身用の短剣を取り出し、それを自身の首元に勢いを付けて突き立てようと、
「何してるんですか!」
アンリは咄嗟にテスの手をつかむ。しかし、テスは激しく抵抗する。
「俺はここで今死ぬんだ!もうあんな事を、あんな気持ちを、もう一度経験するぐらいなら、今すぐ死んでやる!」
「…?何を、言っているんですか?」
アンリは訳が分からず、しかし、彼の思うとおりにさせるわけにはいかないと、剣を持つ手をひねりあげた。からんと音を立てて剣が瓦礫の地面の上に落ちる。自身の思いが叶わないことを悟ったテスは、狂ったように暴れはじめた。
「死なせろ!死なせろおおお!もう嫌だ!もう生きていたくない!どうせこれからまた俺は不幸になるんだ!それぐらいなら死んでやる!!」
「……」
理由はわからない。しかし、明らかに動転している彼女をこのまま放っておくわけにはいかない。アンリはテスをまっすぐに見据え、一息つくと、
「…?!」
ばちんとその頬を叩いた。
「……」
テスは、驚きに目を見開いたまま、固まった。そんなテスの目を自分に向けさせると、アンリは真剣な目で、重い口調で告げる。
「落ち着け」
「……」
「セシル。君は看護師とは言え、立派な医療人だ。いつでも冷静さを失うな」
「……」
テスは、我を取り戻した。だが、それゆえに、目をそらしうつむいた。テスは、この状況が何なのか、よく知っていたから。そして、一介の人間の手に負えないことだということも。だから、口を開いた。
「冷静になって何ができる?こんな惨状、冷静になったところで俺らの手におえる訳がない。どうしろと言うんだ…?」
しかし、アンリはゆるぎない視線をテスに向け続けた。
「確かにこの状況は、未曾有の惨状だ。おまけに街が一瞬にして壊滅するなんて不可解きわまりない。…だけど、その中でもできることはある。それを僕たちはしなければならない」
「……」
テスは出来ることなんかないとは思いつつも、アンリのその視線を見ていると不思議と何かができそうな気がした。何の理屈も根拠もない直感というものだったが、テスはこの目を見ているとこの男の言う事を信じたくなった。
「…わかった」
直感を信じるなどらしくもない、と思いながらも、テスは開き直り、力強くアンリに頷き返したのだった。
ヘルシナータの首都、ホリアンサの中心部が一瞬にして壊滅した、前代未聞の謎の事件。
死者怪我人共に多数。現段階ではその正確な人数は不明。
壊滅の原因もまた全く不明。しかし、空に穴が開き、そこから青黒い物体が落ちてきて、空中で青白い光を放って爆発したと証言する住民が複数いた。
「そういえば、テス、なんであんた急に若白髪になってるの?それに、セシルって?」
(吹き飛ばされて鬘脱げてた)
「えっ、それは…その…」
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焦るテスに変わり、アンリが簡単に事情説明。