21-③:ネズミとり
「…テス・クリスタ。キミが何者かはいまだによくわからないけど、ボクにとって一番の邪魔者だということはよくわかったよ」
ウイルスのせいでぐらつく重力魔法の魔法陣の上で、王妃は心底憎々しげに、テスを睨んだ。そして、手を振る。すると、吹雪の白い景色の中、遠くの方で緑色の光が走った。
王妃は、うえっとえづいた。きっと、先程の魔法で、新たな器を呼んだのだろう。近くに呼べば、あっという間にセシル達の標的となるから、あえて遠くの方に呼んだようだ。そして、ウイルスに感染した器を捨て、次の新たな器に入ろうとしているのだ。
だから、レスターは王妃に気づかれないよう、手に隠し持っていた通信用のピアスを指で小さく叩く。それで地上に隠れているノルンとアンリが、用意をしたはずだ。
「おえっ」
もう一度えづくなり、王妃の本体が口の中から出てきた。器となっていた肉体は、それと同時に地上へと落下を始める。
だが、王妃の本体が丸だしとなったその瞬間、その周囲に小さな緑色の魔法陣がいくつも展開した。そして、その魔方陣から放たれた銃弾が、本体に向けて、四方八方から襲いかかる。
『…ッ!』
本体はその攻撃を数発受けて、少しだけ欠けた。しかし、割れることもなく、また銃弾は本体に食い込むこともなかった。本体は、すかさず吸収魔法で、転送の魔方陣を破壊した。
「…くそっ」
地上のノルンは悪態をついた。せめて割れてくれれば、弱体化したはずなのに。
「後は、保険がうまくやってくれるかどうかですね…」
結局、保険頼みになった事を、ノルンは忌々しく思いつつも、仕方ないとため息をついた。
『貴様らああ、ネズミのようにちょこちょことおちょくりやがってえぇぇ!!』
本体の石は強く瞬くと、人の姿となった。それは、リアンと瓜二つの姿。しかし、透けていて、本体の石が胸にあるのが見えていた。
王妃は、おどろおどろしい表情で、唸るかのように声を放った。
『もう許さない。皆殺しだ!』
王妃は手を振るう。それと同時に、セシルたちの周辺に小さな魔方陣がいくつも展開する。それは吸収魔法の魔法陣だった。
『死ね!』
魔方陣から、青白い蔓草が爆発的に生え、それがセシルたちに向かって襲いかかる。
「…っ!」
レスターはすかさず、手を振るう。金色に光る小さな球体が幾つも表われると、蔓草に向かっていき、ぶつかってはそこかしこで小爆発が起こる。その小爆発の中を、セシルたちは掻い潜り逃れる。
『そんなんで、いつまで続くかな――?』
王妃は更に追加と言わんばかりに、ほいほいと魔方陣を出現させ、蔓草を増やす。そして、駄目押しと言わんばかりに、氷槍を上空に大量に出現させた。
『さあ!これで終わり…』
―ばしゅん!
『…!!?』
王妃は背から受けた衝撃に、はっと振り返る。すると、本体である石に、深々と銃弾が突き刺さっていた。
「…保険がやってくれましたね」
ノルンは安堵半分、忌々しさ半分の息をついた。
王妃は、その銃弾の弾道の起点、建物の屋上部分に目をやる。そこには積る雪に紛れるために、白い布をかぶったアンリが、長い銃を構えていた。
「僕、狩りが得意で、ちょこちょこと動く鼠でも当てられるからね。君みたいにでかい鼠なら、造作もないことだよ」
もしもノルンの攻撃が通用しなかった時は、アンリが、長距離型の魔法銃を改造したもので、ウイルスの銃弾を発射する。アンリを保険として、あらかじめ配備していたのだ。
『このやろおお!!まだもう一匹いやがったのかああ!!』
王妃は、アンリに向かって手を振るう。しかし、ウイルスに感染している身では、放たれた氷槍はぼろぼろと崩れ、吹きすさぶ雪と共に消えていく。王妃は本体から銃弾を抜きとろうと手を伸ばしたが、その実体化した姿さえ、揺らいだ後、消えてしまう。
『…』
石に戻った王妃は、もう物を言うことも叶わず、地上へと落下していく。
「…やった」
アンリは、本体が通りへと落ちたのを確認すると、傍に置いてあったリュックを引っ掴み、その現場へと向かった。
すでに現場にはセシルたちが、王妃の本体を警戒しながら、取り囲んでいた。
「…テス!」
「アンリ、来たか」
アンリもその輪に加わって、本体を見る。本体は銃弾をくいこませたまま、弱々しく揺らぎながら発光していた。
『…さて、これからが僕の仕事だね…』
リアンは緊張した面持ちで、すっと前へ進み出た。そして、本体に手を伸ばそうとした。