20②-④:陥
「僕をそんなに馬鹿に見せたいの?!そんなに自分をえらく見せたい?!それどころか、大の大人のくせに、子供の事まで馬鹿にしたいなんて、あんた最低の人間だよ!」
ついにある日、リアンは、部屋にやってきたクロエに怒りのままに怒鳴った。
今までリアンは、嫌がらせと言うには確たる証拠が無かったために、どうせ言い逃れされるだろうと、クロエに言い返すことすらしなかった。
だが、その日。大事な息子が部屋で、泣いて突っ伏していたのを見て、もうリアンは我慢できなかった。
「何の事ですの、王妃様」
クロエは、口を押えてふるふると震えた。急に怒鳴られたのが怖い風に、目を涙目にして。
しかし、リアンは、きっとこれも芝居だという事が分かっていた。
「とぼけないで。あんた、僕とシリルの事が気にくわないんでしょ?だから、そうやって僕たちの至らないところをみんなに見せて、自分が僕たちよりもユウシュウだって見せてんでしょ?それで、僕たちのことを、みんなから馬鹿にされるように仕向けてるんでしょ!」
「そ、んな、こと」
クロエはしくしくと泣き始めた。それもきっととぼけるための演技だと、リアンは思う。
だが、リアンはそれが演技だという事に気が付いていても、それがとぼけるためだけの演技ではないことに気づかなかった。
「どうしたんだ?!」
リアンの怒鳴り声を聞いて、テスファンが部屋に飛び込んできた。
「テス「お兄様!」
リアンが事の次第を説明しようとするよりも先に、クロエは、涙のままにテスファンに抱きついた。
「王妃様がひどいんです。私の事を、私の事を…」
クロエは、込み上げる嗚咽に最後まで言いきれず、テスファンの胸で泣きじゃくり始めた。そんなクロエの高等な演技に、テスファンはまったく気づかず、リアンを睨んだ。
「リアン、お前、クロエに何をしたんだ?」
「テス、その女は嘘泣きをしているんだ、だまされないで!何度も言ってたでしょ?その女は僕の事をみんなの前で散々コケにして、自分が王妃にふさわしいという所を見せつけてきたんだよ。そうして、自分が王妃になって、テスを自分のものにしようとしているんだよ!それどころか、シリルの事まで皆の前でバカにしたんだ!シリルがどれだけ傷ついているか!」
テスファンはめったに声を荒げたことの無いリアンに驚きつつ、クロエを見た。だが、クロエは白々しくも、しくしくと泣いた。
「お兄様、前にも申し上げましたけれど、私は知らなかったんですの…。まさか、王妃様が刺繍ができないなんて、シリル様がお琴を弾けないなんて…。何も知らずに誘ってしまった私が悪いんですの。だから、私は申し訳ないと思って、王妃様とシリル様のために、色々と教えて差しあげましたのに…。それに王妃の座を狙うなんて、そんな畏れ多い事、私は思ったこともありませんのに…ひどいですわ!」
「…」
よくもそんな戯言をのうのうと言えるな、とリアンは思う。そして、ここまで言ってやったのだ、今回こそテスファンは自分の事を信じてくれるはずだと、リアンはテスファンを見た。
「…リアン、お前、思い込みが激しいぞ。クロエはお前を王妃にふさわしい女性にするために色々教えてあげているんだって、毎日僕に嬉しそうに報告してくれているんだ。そんなクロエが王妃の座を狙うなんて、ありえないだろ?それに、シリルの事だって、将来国王となった時に恥をかかない為に、教えていると聞いているんだ。好意を素直に受け取れないなんて、お前どうかしてるぞ」
「テス…」
リアンは絶句した。テスファンはリアンを戒めるかのように睨むと、顔を手で覆って泣くクロエの肩を抱き、部屋の外へと出て行く。
部屋の扉が閉まるその時、顔を覆った手の隙間から、にやりと歪められたクロエの唇を、リアンは確かに見た。
「……」
国王の部屋は王妃の部屋の隣。きっと、クロエはこの部屋で騒ぎになれば、テスファンが駆けつけることを見越していたのだ。そして、彼が妻の言う事よりも自身の事を信じると、踏んでいたのだ。
「……テス」
リアンは、混みあがる絶望感のままに、愛おしい夫の名前を零した。
その日から、テスファンは、リアンの心無い言葉のために塞ぎこんだと言う、クロエの傍にばかりいるようになった。そして、テスファンは、クロエの気分を晴らす為と言って、クロエを連れて出かけることが多くなった。
そして、クロエは、リアンに言いがかりをつけられて罵声を浴びせられたという事を、侍女たちに泣きながらに言ったために、あっという間にその話が城中に広まった。
そのために、リアンは、クロエの好意を無下にしたという事で、城の皆から冷ややかな扱いを受けるようになった。そして、それは息子のシリルも同じだった。