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16-④:平和

「……」

 仕事を上がって帰る頃には、あさってが冬至だということもあって真っ暗だった。朝から降っていた雪は昼前には上がっていたが、木枯らしは肌を刺すように痛く冷たい。テスはショールの前を押さえ直すと、手袋をはいた手を揉み揉み歩き出す。


―今日の晩飯は、何にしようか

 テスは、家にある食材を思い出しながら、できそうな料理を考える。


 生き返った当初は、腹が空くという生きていれば当たり前の現象を煩わしく思っていたが、思ったところでどうにもならないのだから仕方がなかった。だから、最初の頃は腹が膨れれば何でもいいと思って、適当に具材を鍋にぶち込んだ料理ばかりしていた。しかし、それから数日もしないうちに「飽きた」という当たり前の現象に、悩み始めることとなった。

 前に生きていた時は、日々の食糧が手に入るか入らないかといった生活をしていたから、飽きたなどという現象を感じた記憶があまりなかった。だから、その現象を感じ始めた当初のテスは、平和ゆえの現金な現象に、うれしいような虚しいような奇妙な心地になったものだ。


「今日は、寒いからな…」

 寒くてたまらないのだから、温かいスープでいい。後は、温野菜と、肉の香草焼きにしよう。確か、冷蔵保管庫の中に、買っておいた鶏肉があったはず。


 テスは料理はできたが、料理のバラエティは貧弱なものだった。何しろ、元々食材自体が手に入らない状況下に生きていたのだから、塩で煮るか焼くかぐらいしか知らなかった。

 だが、セシルは王族にしては珍しく、料理ができた。屋敷に仕えていた料理長の元へ遊びにいくがてらに、色々と教えてもらっていたらしく、飛び切りおいしいという訳でもなかったが、毎日食べるのには問題ないぐらいの腕前だった。だから、そのレパートリーの記憶を探りながら、テスはメニューを決めていく。


―さっさと作って、さっさと食べて、さっさと寝よう。…明日とあさっては仕事が休みだから、明日はホリアンサの市街地に遊びに行こう。あさっては一日ごろごろとしたいから


 テスは仏頂面に心なしかうきうきとした期待をにじませつつ、自身の借りている部屋までの道のりを急ぎ足で歩き出す。


 いつ自身の命がなくなるかという不安と恐怖に、つかの間の安らぎもなかった前の世界。そんな世界では、余暇というものはほとんど皆無だった。

 だからテスは、平和すぎて出てきた余暇というものに、当初は素直に享受して良いものかと戸惑いを感じていた。しかし、今では余暇を思いっきり楽しみたいという、生物の生存に本来必要ないはずのその欲求に、テスはありがたく従っておくことにしていた。何といったって、その欲求を満たすことは、真新しく、そして心躍ることだったから。


―明日は何を買おう。冬物は一通りそろえたから服はもういいかな。本当は男物が欲しかったけれど、この見た目じゃ仕方がないし。よくセシルはこの顔で男として生活できていたな。男のリアンでさえこの顔じゃ、男と言ってもアレを見せない限り誰からも信用されなかったのに。…とりあえず明日は、本屋で面白い本でも探すか


 いそいそと歩いていたテスは、いつの間にか帰路を駆けだしていた。軽くリズムを取りながら。



 空は月がなく、星のきれいな夜だった。そんな夜空をふと一筋、星が流れる。そして、二筋、三筋と、それに続いて海の方へと流れて止んだが、心が浮ついているテスは全く気付かなかったのだった。

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