表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/123

19-⑨:よろしくな、《おれ》。

 翌日。セシルは小さな花束を手に、アンリの病院へと戻ってきていた。あたりでは、瓦礫を片付ける人々が忙しなく動いている。



「…セシル」

「……」


 その声にセシルは振り返る。セシルに気遣わしげな声をかけたのは、テスだった。彼もまた、髪の毛をセシルと同じく、煤で汚して灰色にしていた。


「…すまない。俺の患者をお前に任せていたせいで、辛い目に遭わせた」

「別に、いいよ。オレだって、自分の意思でやっていたからさ」


 ふいと視線を元に戻すと、セシルは病院の中へと歩みを進めた。その後を、テスは静かについていく。



「……」


 そして、セシルはあの場所で歩みを止める。そこはリリアが死んだ場所。あの魔法の矢を受けて、他の化け物たちと同じく溶けてしまったのだろう。そこにはもう、死体すらなかった。

 セシルはその場所に花束を置く。そして、膝をついて座ると黙って手を合わせた。その隣にテスもそっと座ると、十字をきって手を合わせる。


 二人はリリアへの謝罪と感謝の言葉を心の中で言い、冥福を祈った。そのまま、静かに時が過ぎる。



「……なあ」

 やがて、セシルが口を開く。テスは何だろうかと、セシルを振り向く。


「…色々と苦労してるな、オレ達…」

「ああ…」

「…世の中って、色々とうまくいかねえよな…」

「ああ…」

「…オレ達って、色々と不幸だよな…」

「ああ…」


 セシルの言うとおりだったし、それ以外何も言う事が無かったので、テスはただただ頷いていた。


「…にしても、色々あったよな…」

「…ああ」


 だが、同じ存在である相手(セシル)から同意を求められると、テスは心の底から納得しながら頷くことができた。なんだか奇妙な安堵感を覚えながら、テスはセシルの問いに頷いていく。それはまたセシルも同じであった。


「…何だか、お前に頷いてもらえると、心底ほっとするよ。何だか心底納得がいくし」

「…そうか。俺もお前の問いには、心底納得しながら答えることができるよ。なんだか安心するし」


 セシルとテスは目を合わせて、しばらく見つめ合った。やがて、どちらからともなく、ぷっと吹きだす。そして、くすくすと笑いあった。


「前の世界でも今の世界でも、俺らだけかもな。前世の自分と来世の自分がこうやって生きながらにして、会話し合えた存在と言うのは」

「ああ。なんだか誇らしいような変な気がするぜ」


「前世でも現世でも不幸だったけれど、その不幸のおかげでこんな経験ができて―お前に出会えて良かったような気さえするから、人間って言うのはつくづく恐ろしい生物だな」

「ああ、本当だ。人間っていうのはつくづく恐ろしいな」


 セシルは大きく頷くと立ち上がった。そして、テスに向かって手を差しだす。テスはその手をとって立ち上がる。


「今までの経験則に依れば、俺もお前もこれからもっと不幸になる確率が高いが、よろしくな、セシル()

「ああ。一人ぼっちで不幸は嫌だが、お前が隣で一緒に不幸になってくれるのなら悪くはないし、心強い気がする。だから、よろしくな、テス(オレ)

「ああ、とことん不幸になろう。そして二人で不幸を分かち合いながら、どこまでも一緒に生きていこう。そうすれば最後の最後で、ちょっとぐらい幸せが出て来るかもしれないからな」


 2人はにっと笑いあうと、手を離した。


「…俺らにとってはこんな不幸な世界だけど、他の奴らにとっては幸せな世界にするためにも、協力してくれるか、セシル」

「もちろんだ。っていうか、お前がそんなことを言うなんて意外だな、テス」


「はは、そうか?……俺の事を友達だって言ってくれる奴が、この世界に居るんだ。その世界が壊されるのを、黙って見ているほど今の俺は冷酷じゃないんでね。それに、リリアのような目に遭う者を、二度と産みだしたくはないからな」

「オレも、レスター達とカイゼル、後兄上達がいる世界が、ぐちゃぐちゃになるのを黙って見ているのは嫌だから、同感だ。…どうやら、オレ達にもこの世界で、大切な存在ができていたって訳だな」


 2人はもう一度顔を見合わせると、ふふふと、どこか幸せそうに笑いあった。


「さあ、こちらが落ち着いたら、すぐにでもリザントに出発だ」

 テスは、リリアのいた場所に背を向けると、歩き始めた。

「ああ」

 セシルも頷くと、花束に背を向け、テスに続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ