19-⑨:よろしくな、《おれ》。
翌日。セシルは小さな花束を手に、アンリの病院へと戻ってきていた。あたりでは、瓦礫を片付ける人々が忙しなく動いている。
「…セシル」
「……」
その声にセシルは振り返る。セシルに気遣わしげな声をかけたのは、テスだった。彼もまた、髪の毛をセシルと同じく、煤で汚して灰色にしていた。
「…すまない。俺の患者をお前に任せていたせいで、辛い目に遭わせた」
「別に、いいよ。オレだって、自分の意思でやっていたからさ」
ふいと視線を元に戻すと、セシルは病院の中へと歩みを進めた。その後を、テスは静かについていく。
「……」
そして、セシルはあの場所で歩みを止める。そこはリリアが死んだ場所。あの魔法の矢を受けて、他の化け物たちと同じく溶けてしまったのだろう。そこにはもう、死体すらなかった。
セシルはその場所に花束を置く。そして、膝をついて座ると黙って手を合わせた。その隣にテスもそっと座ると、十字をきって手を合わせる。
二人はリリアへの謝罪と感謝の言葉を心の中で言い、冥福を祈った。そのまま、静かに時が過ぎる。
「……なあ」
やがて、セシルが口を開く。テスは何だろうかと、セシルを振り向く。
「…色々と苦労してるな、オレ達…」
「ああ…」
「…世の中って、色々とうまくいかねえよな…」
「ああ…」
「…オレ達って、色々と不幸だよな…」
「ああ…」
セシルの言うとおりだったし、それ以外何も言う事が無かったので、テスはただただ頷いていた。
「…にしても、色々あったよな…」
「…ああ」
だが、同じ存在である相手から同意を求められると、テスは心の底から納得しながら頷くことができた。なんだか奇妙な安堵感を覚えながら、テスはセシルの問いに頷いていく。それはまたセシルも同じであった。
「…何だか、お前に頷いてもらえると、心底ほっとするよ。何だか心底納得がいくし」
「…そうか。俺もお前の問いには、心底納得しながら答えることができるよ。なんだか安心するし」
セシルとテスは目を合わせて、しばらく見つめ合った。やがて、どちらからともなく、ぷっと吹きだす。そして、くすくすと笑いあった。
「前の世界でも今の世界でも、俺らだけかもな。前世の自分と来世の自分がこうやって生きながらにして、会話し合えた存在と言うのは」
「ああ。なんだか誇らしいような変な気がするぜ」
「前世でも現世でも不幸だったけれど、その不幸のおかげでこんな経験ができて―お前に出会えて良かったような気さえするから、人間って言うのはつくづく恐ろしい生物だな」
「ああ、本当だ。人間っていうのはつくづく恐ろしいな」
セシルは大きく頷くと立ち上がった。そして、テスに向かって手を差しだす。テスはその手をとって立ち上がる。
「今までの経験則に依れば、俺もお前もこれからもっと不幸になる確率が高いが、よろしくな、セシル」
「ああ。一人ぼっちで不幸は嫌だが、お前が隣で一緒に不幸になってくれるのなら悪くはないし、心強い気がする。だから、よろしくな、テス」
「ああ、とことん不幸になろう。そして二人で不幸を分かち合いながら、どこまでも一緒に生きていこう。そうすれば最後の最後で、ちょっとぐらい幸せが出て来るかもしれないからな」
2人はにっと笑いあうと、手を離した。
「…俺らにとってはこんな不幸な世界だけど、他の奴らにとっては幸せな世界にするためにも、協力してくれるか、セシル」
「もちろんだ。っていうか、お前がそんなことを言うなんて意外だな、テス」
「はは、そうか?……俺の事を友達だって言ってくれる奴が、この世界に居るんだ。その世界が壊されるのを、黙って見ているほど今の俺は冷酷じゃないんでね。それに、リリアのような目に遭う者を、二度と産みだしたくはないからな」
「オレも、レスター達とカイゼル、後兄上達がいる世界が、ぐちゃぐちゃになるのを黙って見ているのは嫌だから、同感だ。…どうやら、オレ達にもこの世界で、大切な存在ができていたって訳だな」
2人はもう一度顔を見合わせると、ふふふと、どこか幸せそうに笑いあった。
「さあ、こちらが落ち着いたら、すぐにでもリザントに出発だ」
テスは、リリアのいた場所に背を向けると、歩き始めた。
「ああ」
セシルも頷くと、花束に背を向け、テスに続いた。