18-⑦:綺麗事はいくらでも言える。
「マナ…!」
セシルは腕で涙をぬぐいながら、外へと駆けだした。がしゃんどしゃんという騒がしい音と、数々の悲鳴がはっきりと聞こえ始める。
「…」
やがてその音の発生源にたどり着き、セシルは息を飲む。4.5匹の人型の魔物が、人間―獲物を探してテントを破壊していた。
「いやあああ…!」
その悲鳴にセシルがはっとして見れば、化け物につかまれたマナが口に運ばれて、今まさに食べられようとしていた。
「マナ!」
セシルは氷の刃を飛ばし、化け物の腕を切り落とした。絶叫する化け物。マナは解放されるなり、ほうぼうのていでセシルの元へと駆け出す。
「セシル…!会いたかった!」
そして、マナは、セシルに唇を突きだして抱きつこうと
「嘘つけ!」
したので、セシルはさっと避けるとマナの背に、かかとを落とした。
「痛~い、何すんのよこの馬鹿!それがあやうく死にかけてた、可愛い娘にする挨拶?」
「あれ、いつの間に目が悪くなったのかな?どこに可愛い娘がいるんだろ?」
セシルは霞目をこする真似をした。
「むっかつく、あんたってほんとむっかつく…って、きゃああああ!」
マナは、後ろに近づいてきていた化け物と目が合い、悲鳴を上げた。
「まったくうるさい事、至極だっての」
セシルはその化け物を一瞬にして氷砕すると、今度はしつこくマナに迫ってきていた先程の化け物も同じく氷砕した。それを見て、マナは慌ててセシルを止めようとして、腕にすがりつく。
「ちょっと、あんた待って!殺しちゃ駄目!あの化け物、人間なの!さっき私を食べようとしてたあいつ、私が診察している患者だったの!診てる最中に急に巨大化して、あんな風になっちゃって!」
「…わかってる」
「ならどうして…」
マナは驚いたかのようにセシルを見た。セシルはそんなマナに、暗い目で笑う。
「元に戻せないのも分かってるから、せめて楽なように終わらせてやってるんだ」
その言葉に、マナは唖然とした。しかし、はっと我に返ると、セシルを睨む。
「あんた、それでも本当に看護師なの?医療に携わるものが言う事じゃない!無理だと分かっていても、何とか元に戻してあげようと考えるのが普通でしょ?」
「…お前は今まで、のほほんと暮らしてきたから、そんなことが言えるんだ」
「意味わかんない…けど最低、あんたなんて医療人として最低よ!」
「…なら、マナ。お前はあの化け物を元に戻す方法を考えつけるのか?」
「……」
「…考えつけないなら、殺すしかないだろ。それが、オレ達に出来る、患者にとって最善の医療だ。…お前は、自分が人を殺める化け物になって、元に戻れないと知ったらそれ以上生きることを望むか?やりたくもない事をして―喰いたくもない人を食欲が求めるままに喰って、例え家族や親友を殺してしまっても、それでも生きることを望むか?」
「……」
マナは何も答えられない。セシルはそんなマナをあざ笑うかのように見た。それは自嘲めいた暗い感情が産みだした笑いだった。
「…答えなんてわざわざ問わなくても分かる。だから、化け物になってしまった者達を殺して、苦しい生から解放してやることが、オレ達に出来る唯一の救いだと思わないか?」
「……わけわかんない。だけど、あんたが医療人として屑なのはよくわかったわ、人間としてもね。もう知らない。私はやっぱりあんたのことが嫌いよ」
マナはセシルの妥当な言葉に、何も言い返す言葉がなかった。だから、感情に任せるがままに、そう言うしかなかった。そして、セシルに背を向けると掛けだした。
「……」
そんなマナの背を、セシルはどこか影のある無表情で見つめていた。しかし、いつまでもそうしてはいられない。セシルは増えつつある化け物たちに視線を戻すと、そちらに向かって駆けていったのだった。