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18-①:例え、中の人が変わっても

「……」

「……」


 微妙な空気の中、患者の診察をするセシルとアンリ。2人は、言葉少なに淡々と診察を終わらせていく。

 セシルはもうこのまま、この時間が永遠に続いてくれることを祈っていた。しかし、時は無情にも過ぎ、やがて最後の患者を診察し終わってしまう。


「…セシルさん、お疲れ様です」

 アンリは振り返り、にこりと笑ってくれるが、どこかぎこちない。

「うん…」

 そんなアンリの気持ちはよく理解できたので、セシルもただそう頷いた。




 セシルがレスターと再会してから、一週間が立った。



 レスターとの再会をきっかけとして、セシルは自身の自我というものを取り戻した。何故消えたはずの自身が、またこうして生きているのかは全く分からない。

 しかし、セシルには前世―テスの記憶がしっかり残っていた上、セシルの体をテスが使って生活していた間の記憶もしっかりと残っていた。


 訳が分からないながらも、セシルはそれらを現実と認めるしかない。なぜなら、夢や妄想と笑い飛ばすにしては、その記憶はあまりにも鮮明だったからだ。

 そして、実際、テスがセシルとして生活していた間に、起こった出来事も、交流のあった人間も、現実に全てそのまま存在していた。

 しかし、だからと言って何もかもが全部、一緒という訳ではなくて。



「…いい天気ですね」

「…そうだな」


 セシルは、どうしてもアンリとの関わりあい方がぎこちなくなる。それは当然だ。テスはアンリとは友人であったが、セシルにとってはアンリは赤の他人みたいなものだったからだ。


「……」

 それはアンリも同じであった。アンリは、そわそわとどこか落ち着きなく器材をまとめると、立ち上がる。セシルもそわそわと、その後ろに続いた。



 そして、セシル達は、次の仕事場へと向かって廊下を歩く。


「…レスターさん、今日はこないですね」

 セシルが『何か会話をしないと気まずくて落ち着かない。だけど、何を話せば良いかまったく分からない』と思っていた所に、丁度アンリが思い切ったように話しかけてきた。


「…そうだな」


 レスター達はセシルを置いて、今はホリアンサのどこかで色々と調査中だ。彼らはすぐにでもセシルをツンディアナに連れて帰ろうとしていたが、セシルは患者たちを置いて帰ることが気がかりだったから、しばらくは無理だと断った。自身は貴重な人手でもあるし、テスが見ていた患者たちとは言え、放って帰るのはあまりにも無責任な気がしたからだ。


「それにしても、すごい偶然でしたね」

「そうだな…」


 前代未聞の、街を一瞬にして壊滅させた爆発事件。レスター達は救援しにきた人々に紛れて、その事件について調査しに来たのだ。もしも、ロイが足をくじいていなければ、セシルはレスターと再会することもなかっただろうし、自身の意識が戻る事すらなかっただろう。


「レスターさん達、君の話を聞いてどう言っていましたか?」


「レスターは始めからオレの事を信じてくれていたよ。前にそういう類の夢を見たことがあったみたいだし、オレの話を聞いていても何だかしっくりきたからって。けど、後の2人はずっと生まれ変わりと異世界については懐疑的だったな。だけど、あの爆弾の話をしたことで、急に信用しだしたよ。なんたって、今回の爆発は、あの爆弾が原因かもしれないんだからな」


 CLOVER2085。テスに意識を乗っ取られるまで、自身は全く知らなかった異世界の兵器。その最悪の兵器を、あの初代王妃が手に入れたかもしれないのだ。


「それにしても、異世界、か」


 セシルは、はあとため息をつく。最初はマンジュリカだけだったはずの自身の悩みの種。いつの間に、ここまでスケールが広がったんだ?という気になる。セシルは考えるだけで眩暈がする気がした。否、実際にしてふらついた。どうやら色々と疲れが来たらしい。


「セシルさん!」

 アンリは慌ててセシルを支えると、待合に連れて行った。長椅子にセシルを座らせると、アンリは自身の白衣を脱いでセシルの肩にかけた。


「ごめん、ありがとな」

 セシルはしばらくの間、頭を抱えて座っていた。座っていると、眩暈は大分とましになった。落ち着いてきて、セシルは一息ついて顔を上げた。その時、セシルはふと思う。


―あれ?そう言えば、案外普通に話せたじゃないか


 そして、色々と気を使う必要なんてなかったかもと、セシルは思う。



「案外普通に話せましたね」

「…お前もそう思っていたのか」


 セシルとアンリは顔を見合わせる。そして、くすくすとおかしそうに笑った。セシルはなんだか今までの気兼ねが、馬鹿馬鹿しくなった。


「なあ、アンリ。もう別にオレの事、セシルでいいぜ。後、改まらなくても」

「そうだね。じゃあ、ありがたく呼ばせてもらうよ、セシル」


 もう一度、2人はくすくすと笑いあうと、他愛ない話をし始めた。


 セシルは、マナの診療所のおば様方に聞かされた愚痴の話や、患者さんにお尻を触られたといった、患者さんの困った行動について等、仕事の中であったことを色々と話した。


 セシルにとって、医療の仕事と言うのは、テスとして生活を送るまでは触れたこともなかったから、物珍しいことばかりだったのだ。その感想と感動をうきうきとして、そしてたまに落ち込みながら、セシルはアンリに話していく。後、セシルが、マナが実は腹筋が割れていることを言うと、アンリはとても驚いていた。


 アンリもアンリで、仕事の中で起こった面白い話や感動したことを色々と話した。ただ、患者のおばあちゃんに迫られた時の事―ベッドに押し倒されて唇を奪われてしまった時の話だけは、アンリはどんよりと落ち込みながら話していた。



 そうしてしばらくした時、




「セシル」

 セシルとアンリは、その声にはっと顔を上げた。


「レスター」

 レスターが立っていた。どうやら調査途中に、セシルの顔を見に来たらしい。

 レスターは、昨日も何度もセシルの元へと来ていた。しかし今日は、レスターは朝から一度も自分の所へ来ていなかったから、セシルは忙しいのだろうと思っていた。


「来てくれたの!」

 レスターはなんだか複雑そうな顔でセシルを見ていたが、セシルははしゃいでいて気にも留めなかった。セシルは嬉しそうに、レスターに抱きつく。そして、甘えるかのように、レスターの胸に顔を擦り付ける。



「……」

 実はレスターは、セシルに声をかけるまでの結構な時間の間、会話に夢中で自身に全く気付かないセシルを―そしてアンリを見ていた。そして、自身以外の男―それもロイでもノルンでもない男と、楽しそうに会話するセシルの姿を、はらはらとしながら見守っていた。



 だから、レスターはそのままセシルの唇を口で塞ぐ。


「う…む。ちょっと…アンリがみて…ん」

 もがくセシルにお構いなしに、レスターはセシルの口を唇でふさぐ。お仕置きと言わんばかりに。そして、アンリに見せつけるかのように。


「……」

 アンリは顔を真っ赤にして、視線をあさってに逸らしていた。そんなアンリを、レスターはセシルに口づけしながら、ちらちらと睨んでいた。



「……」

 どうやら妬いているらしい、そしてどうやらアンリを牽制しているらしい、というのにセシルは気がついた。そんな心配全く必要ないのに、とセシルは思う。


 だが、そんなことをレスターに言って、もし変に勘ぐられてはたまらない。アンリには悪いが、そのままレスターの気が済むまでさせてやろうと、セシルは内心でため息をついた。



「セシル、やっぱりまだ帰る気はないのかい?」

「ああ…すまない」


 やがて気が済んだレスターは、アンリとセシルの間に割り込むかのように座った。


「いくら、テス(あいつ)が診ていた患者だとはいえ、オレの患者でもあるから。責任は最後まで持ちたいんだ。それに、」

 セシルは右手のひらを見た。とてもうれしそうに。


「今まで命ばっかり奪ってきたオレが、誰かを助けられるんだ。誰かの役に立っているんだ。だから、もう少しここにいたいんだ」

「そっか」


 レスターは優しい目でセシルを見ると、頬に小さく音を立ててキスをする。そして、アンリを振り返った。


「…自身としては色々と不安で不安でたまりませんが、()の意思を尊重したいと思います。だから、しばらくはあなたの元に私の()を置かせてもらいたいのです。私の()を何卒よろしくお願いします」


 レスターはにこにこと笑顔の仮面を張り付けて、アンリの白衣を突き返す。そして、今度は自身の上着をセシルに着せた。


「わ、分かりました…」

 アンリはそこでやっと自身が牽制されていることを理解した。そして、目だけ笑っていないレスターの怖い笑顔に恐縮して、頷く。そんなアンリに、更にレスターは続けて言う。


「ですが、今日は一端連れて帰っても?」

「は…?」

「え…レスター?」


 戸惑うアンリの前で、レスターはセシルを抱き上げ、そのまま病院の外へと向かう。外にはノルンが待機していた。




「レスター?セシルを連れて帰るのですか?」

「今日だけね。ちょっと色々と積もる話をしたくなったんだ。入院中の一時帰宅みたいなものだね。楽しみだよ」


 レスターは、「ははは」と楽しそうに笑って見せた。ノルンはそれが完全な作り笑いだという事をすぐに見抜いたが、そうするに至る何か暗い事情があったこともすぐに見抜いた。だから、ノルンは余計な事には関わらないでおこうと、深くつっこまないでおいた。



「ちょっと!レスター!オレ、帰らないって言ったのに!」

 セシルは足をばたつかせるが、レスターは頑として降ろさない。


「大丈夫、明日には帰してあげるから。だけど、今日だけは帰さない」


 レスターは「念のためだよ。君に自分は誰の男のモノか、しっかりと教えておかないとね」と、ぼそりとセシルの耳元でささやく。その言葉には、暗い男の劣情が見え隠れしていて、セシルは身に迫る危険を察知して震える。


「レスター!オレ、明日も仕事があるんだ!だから、お手柔らかに…」

 うるうると懇願するセシルにレスターは安心させるかのようにほほ笑み、しかし目元に暗い影を作りながら言った。


「できたらね。だけど出来そうもないよ。あのアンリとかいう男のせいで」

「……」


 セシルは終わったと思った。レスターがノルンに「移動を頼む」と言い終わった時には、セシルはどこかの宿屋の部屋にいた。きっとレスター達が滞在している、ホリアンサ近郊の街の宿屋だろう。

 セシルは助けを求めてノルンを見るが、そこにはいなかった。きっと気を利かしたのだろう、自分だけは別の所に転送したようだ。しかし、こんな時に気など、利かして欲しくはなかった。



「セシル、早速お勉強しようか?」

 レスターがセシルの視線を促した先には、ベッド。

「……」




 そして次の日、生まれたての小鹿のように足のおぼつかないセシルが、アンリの元に帰されたのだった。


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