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17-⑫:正体

「……」

「どうしたんですか、テス?急に黙り込んで」


 不安そうに顔を覗き込むアンリに全く気付かず、テスはあの村長に古文書を借りに行こうと思う。ただ、行けばおそらく、村長はセシルがツンディアナに囚われていることを知っているだろうから大騒ぎになる。どうしたものか。



 テスはため息をつきながら顔を上げた時、顔を覗き込んでいたアンリと目が合う。「どうしたんですか?」と言うアンリの顔を見て、テスは何だか頭の中がもやっとする。そして、ふと思う。この男、なんだかあの村長によく似ているな。


「……」

 そう思うなり、テスの頭の中で情報同士が、ぱちんぱちんと繋がり始める。リザント出身、医者を目指していた村長の息子。生きていればきっと26.7歳ぐらい。


「お前もしかして、ハーデル村の村長の息子か?」

「……!!!」

「おい、ちょっと!!」


 指摘されるなり驚愕して立ち上がったアンリは、危うく屋上のふちから落ちそうになったので、テスは慌てて魔法を使ってアンリの体を浮かせた。


「ななな、なんで知ってるんですか!はっ、まさか君は父さんの回し者!?いいや、もしかしてテスファンの差し金…!」

「……」

 返事を聞かずとも、アンリの言動が、テスの質問に至極分かりやすく答えてくれていた。


「馬鹿。そんなわけがないだろう。昔にちょっとな」

 テスは呆れながら、アンリを床に落とす。そして、テスはセシルの記憶を頼りに、村長とのことを説明をした。すると、「そうだったんですか」とアンリは落ち着いて、再びテスの隣に腰かけた。


「父が失礼をしたようで申し訳ありません」

「いや、俺が…と言うより俺の分身が思い出の森に失礼をしたようで、申し訳ない」


 テスはセシルのいい加減さを思い出しながら、どうして俺の来世だというのにあそこまでのおおざっぱさなのだろうかと頭を抱えた。もし再び会うことがあれば、頭を5発どころか10発は殴ってやりたい。


「後、お前の友達にも会ったんだが…」

 テスはその話ついでに、酒飲み場の主人―テスファンが話していたことを言う。すると、アンリは複雑そうな顔をして目線を下界に落とした。


「テス…テスファンがそう言っていたんですか…」

「ああ、大分と後悔している様子だったぞ」

「……」


 アンリは下界を見たまま黙り込む。しかしやがて、視線をそのままに口を開いた。


「あなたは赤の他人だから、表面だけで彼はそう言っているんじゃありませんか?だって、テスが僕に本気で悪いと思っている訳がない」

 アンリのその口調は、自身に言い聞かせるかのようなものだった。そして、何を今更と言う感情が見え隠れしていた。きっと簡単には許せない事情があるのだろう。


「なんで仲違いをしたんだ?家出をするぐらいなら、よっぽどの事情があったんだろう?」

「……」

 アンリは再び黙り込んだ。しかし、やがてぽそりと口を開く。


「テスは、僕の事をずっと馬鹿にしていたんです」

「え…」

 アンリは膝を抱えると、その上に顎を乗せた。


「昔はね、僕たちはとても仲が良かったんですよ。母親同士仲が良くてね、物心ついた時からいつも一緒にいました。今じゃこんな顔の背高のっぽですけど、昔はチビで女の子みたいな顔をしていましてね。その上、"テスファン"と常に引っ付いていて仲が良かったから、村の誰が言いだしたのやら、いつの間にか僕のあだ名がアンリと言う名前を入れ替えた初代王妃と同じリアンになっちゃって。…まあ、とにかく、それぐらい仲が良かったんです」

「……」


「テスは小さい頃は体が弱くて、何かと病気ばかりしていましてね。ある時、ついに死ぬかもしれない病気になっちゃって。…何とか持ちこたえてくれましたけれど、僕、それ以来テスを失うのが怖くなって。だから、医者を目指したんです。彼を病気から守るために」

「……」


「だけど、僕は頭に恵まれなくて、いくら頑張っても並々ぐらいの成績だったんです。医者を育成する学校の入学試験をあちこち受けたんですけれど、どこもかしこも落ち続けましてね。ある日、テスにもうあきらめるように言われたんです。そして言われたんです。『お前が医者になるなんて、ありえないだろ。お前、自分の頭の事を考えれば、なれっこないってすぐにわかることなのに。昔っから馬鹿だなあって思いながら見ていたんだよ。向いてないんだよ、さっさとやめちまえ』って」


 アンリは、かつて言われたその言葉を、口調を真似して言った。テスはそれを聞いてなるほどと理解した。それはいかにも腹ただしい口調だったし、自分がもしリアンから同じことを言われていたとすれば、今までの友情は何だったのかと絶望していた所だ。


「自分でも思っていたんです、もしかして僕は医者には向いていないんじゃないかって。だけど、そんな自分を鼓舞して、次はきっと受かるって思って努力してきたんです。だけど、その言葉で頭の中の何かが、プツンって切れたんです。元々医者を目指したのは彼のためだったのにその彼に裏切られて、自身の今までの血のにじむ努力もそうでしたが、自身の存在の意味までもが分からなくなってしまって」


 アンリは頭を上げると、足を抱えている手に力を入れた。


「…逃げだしたくなったんです。テスの顔なんてもう二度と見たくなかったということもありましたが、友達と信じていた人間が、そんなことをずっと今まで思っていたことに全く気づけなかった情けない自分も嫌になって。何もかもから逃げ出したくなったんです。だから、その日の夜中、家を出ました。かき集めた小遣いで、できる限り遠い、誰も自分を知らないところまで逃げようと思いました。そして、たどり着いたところが、ここホリアンサでした。そして、身を隠すために、母方の姓を名乗って生活していました」

「……」


「そしてここで、食べていくために看護師の仕事をしていました。他の仕事に就いても良かったんですけど、どこかで医者の仕事への未練がましいものがあったんです。きっと、医学で有名なこの国に来たのも、未練がそうさせたんでしょうね。…そして、毎日その仕事をしていると、食べるためではなくて、やりがいというものが出てきて。元気になった患者さん達からありがとうって言われるうちに、やっぱり僕、この仕事がしたいって思うようになったんです。テスのためじゃなくて、患者さんと自身のために。だから、仕事をしながら、再び医者の学校へ入るための勉強をし始めたんです。そしたら、何故かあっさりと受かりましたよ。あんなに苦労したのが嘘のように」


「人生って本当に分からないものですね」と、アンリはどこかきまり悪そうに照れながら、テスに笑って見せた。


「でもとにかく、彼だけは絶対に許せないんですよ。だから、君の名前を知った時、妙な心地になりましたし、君の名前を呼ぶのも何だか、変な心地がして未だに慣れないです」


 アンリは「君のせいじゃないのに、ごめんなさいね」と苦笑いして謝った。


「…あの日酔っぱらっていたのは、あの日が丁度10年目だったからです。僕が親友に裏切られた日から。毎年の事なんですが、この日は酒を飲むんですよ。やめようと思っても、この日になると自然と酒を手に取ってしまって。お恥ずかしいかぎりです」

 アンリは、「えへへっ」と舌を出し、苦笑いしながら頭を掻いた。



「……」

 テスはそんなアンリを見ながら考える。


 リザントでのテスファンとの会話の最中、彼はアンリを裏切ったことをかなり後悔していたように見えた。赤の他人に友人関係について忠告をする程なのだから、よっぽど反省をしているのだろうと思う。


 ただ、だからと言ってアンリに仲直りしろと言うのも、酷だろう。アンリにはアンリの思いがあるのだし、赤の他人の自分がとやかく言う資格などない。


 それにいくら反省したところで、テスファンのその言葉がアンリを傷つけたことに変わりはない。最終的にアンリは医者になれたから良いものの、まだまだ若かった彼に、一人で生きていくなどという苦労をさせたことに変わりはないのだ。


 だから、テスは「医者になれて良かったな」とだけ、アンリに言った。


「…ええ、良かったですよ。手を尽した患者さんが亡くなっちゃったりとか、悲しいことも辛いこともいっぱいありましたけど、患者さん達が快復して笑顔を見せてくれるのが何よりもうれしいです。それに、研究も楽しいですし。そもそも、僕が中々学校に受からなかったのは、医学に直接関係のない科目まで、教養として試験科目にあったからですよ。医学の勉強だけなら、いくらでもできちゃうのに。あんな関係のない科目、全部受けなきゃいけないんじゃなくて選択性にしてくれれば、もっと門戸が広がると思うのに」


 しかし、アンリは「でも」と言うと空を見上げた。


「もうそういう文句は言えませんね。君の話を聞いて、自分がとても恵まれていたことに気づけました。君が生きた世界では、選択の自由なんてほとんどないどころか、その選択が命に関わる事だったんですもの…いいや、どれを選択しても死につながるものだったのかもしれませんね」

「…ああ」


 テスはただ頷くと、アンリに続いて空を見上げた。東の空には、綺麗な星々が出ている。日の出まではまだまだ時間があるようだった。

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