17-⑪:科学とオカルト②
「…」
テスは、ふうと疲れた息をつく。対照的に、アンリの顔には4時間ほど前の憔悴しきった様子などどこにも残っていない。頬を紅潮させて、嬉々としていた。
「やっぱり一度死んだから、そういうあの世の仕組みが分かるんですか?」
「分かるっていうか、死んでからある程度立つと、その仕組みを思い出すってことだな。死んでも思い出さない限り、魂の本体には帰れないから、そんな奴らはずっとそのままこの世を放浪している。思い出してもこの世に未練があるから、この世から離れられない奴らもいるらしい。そう言う奴らは、そいつに付いていた守護霊とかが何とかしようとするらしいけど、これもまた波長が合わないと知覚されないから難しいらしい。俺の場合、その仕組みを思い出してはいても、それよりも破壊的衝動を由来とする感情が暴走していて、理性など微塵もなかったから、帰ろうと思うこと自体が無かった」
テスはかつての怨霊時代の自分を思い出しつつ、言う。あの頃は運命が、世界が憎いと思うばかりで、それ以外の人間的な感情や理性を持ったことすらなかった。一度消された今、何故か、かつての人間らしい感情を持てているのだ。
「ねえねえ、やっぱり神様っているんですね」
「…そうだな」
うきうきとして聞いてきたアンリに頷きつつも、実はテスはまだ、あの女が神だとは信じていない。
―神だというのなら何故、前の世界で俺達を助けてくれなかったのだ
神の存在意義は人を救うことにあるはずだ。なのに、今の世界でも、不幸に次々と見舞われる来世の俺―セシルを知りつつも、助けてはくれなかったのだ。
今となっては、魂を磨くため、そして何らかの業を清算するためだとは理解している。ただ、魂を磨くことには一体何の目的があって、何の得があるのかさっぱりわからない。それに業の清算だと言っても、そんな業を背負わせるに至らしめる運命を与えた神に、責任があるとテスは思う。…と突然、あっとアンリが声をあげた。
「そう言えば、セシル…あっこれからはテスって呼んだ方がいいですね」
と言いつつも、何だかアンリは微妙な顔をした。それを不思議に思いながらも、テスは頷く。
「実は僕ね、実家がリトミナのリザントでして。今はジュリエの民とリトミナは全く交流していないんですけれど、その地域では昔、ジュリエの民と交流があったんです。で、僕、小さい頃、よくジュリエの民が残した古文書なんかを読んでいたんです。その中に、『女神さまの嫁入り』っていう、ジュリエの昔話があって。そこにさっき君が話してくれた『神の涙』が出て来るんですよ。…で、その物語、1300年程前に、ジュリエの民たちの前にとある女神が現れて残した物語なんだそうです。テスが話してくれたその神様の容貌が、その物語に出てくる女神にそっくりだなって。それに、その話の中に出てくる男の人も、何だか君っぽいし」
「…え」
アンリは、その物語についてテスに話した。そして、聞き終えるなりテスは頭を抱えた。
「どう見ても、そこに登場する男、俺じゃないか…」
「やっぱりそうなんですね。君の話を聞いていたら、そんな気がしたんですよ」
自身の予測が当たり嬉しそうにしているアンリ。そんなアンリに見向きもせず、テスはその物語をもう一度思い返す。そして、理解する。あの女神は前の世界で自分たちを助けなかったんじゃない。助けられなかったんだという事を。
―あの女神もつらかったんだ…
テスは、自身の今までの行いを省みた。そして、彼女への配慮など一切ない、自身の傲慢な態度を反省した。あの女神もまた、自身と同じであったのだ。神は万能などではなく、人と同じく無力な事もあるのだとテスは知った。
―…にしても
その物語が事実だとするとあの女神は、テスがいた前の世界を滅ぼしたという事だ。そして、男神と共にこちらの世界へ来たという事なのだろう。それはきっと2000年前。その男神とはきっとこの世界の神―イゼルダ教の神だろう。自身が消される直前に、彼女がイゼルダの名を口にしていたのを覚えていたから。
そして、彼女がどうして怨霊と化した自身をこちらの世界に連れてきたのか、テスはその理由と感情を何となく理解できた。きっと責任を感じていたのだろう。だから、それが自身の異世界転移…と言うよりも異世界転生の仕組みだと、テスは理解する。
―『神の涙』はあの女神が作ったというより、副産物という事か…
更にテスは考える。物話を聞くに、あの女神の涙が石―『神の涙』になったという事だろう。ただ、アーベルは何か変性を受けた魔晶石だと、科学的な事実を言っていた。それに、あの女神が教会で泣いていた時、普通の涙を流していた気がする。
「……」
物語という物は、基本的には創作の代物であるから、その点に関しては作り話なのかもしれない。ただ、真実の部分も、虚構の中に隠れているものだ。だから、その『女神さまの嫁入り』と言う物語をよく熟考すれば、何か本当の事が分かるかもしれない。
―そう言えば、
リザントのハーデル村の村長の家には、ジュリエの民が残した古文書があると聞いていた。それを調べれば、まだまだ知らない事が出てくるのではないか、とテスは思う。例えば、異世界―かつてテスが居た世界とこの世界の関わりについての情報が、存在しているかもしれない。
―その古文書を一度洗いざらい調べた方がいいかもしれない
テスは思う。なぜなら、今回の街が一瞬にして壊滅した事件。テスは、きっとこの事件はあの女―初代王妃が企てたに違いないと思っていた。そして、今日アンリからジュリエの物話を聞いて、テスは半ば確信していた。あいつがあの爆弾―CLOVER2085を使用したに違いないと。
あの女は海溝の底から、目覚めて出てきたに違いない。
空に穴が開いて青黒いものが落ちてきて爆発したという目撃証言があるが、きっとそれが爆弾で、空に穴が開いたように見えたのはノルンから奪った転送魔法を使ったからなのだ。
そして、ホリアンサしか破壊できていない小規模な爆発にしろ、あの光は紛れもなく、あの工場爆発の日に見たものと同じだった。
今日までテスは、この世界で核爆弾は当然、あの爆弾が作れるはずはないと、その可能性を否定していた。だから、よく似た別の爆弾を使用したのだろうと思っていた。だが、アンリの話してくれた物語が事実だとすれば、その山の火口はテスのもと居た世界につながっていることになる。そして、その山で『神の涙』を集めていたらしいあの女が、その事に気づき、異世界に行ってCLOVER2085をこちらへ持ってきた可能性があってもおかしくはない。
滅んだ世界に、爆弾を含めて物体が残っているとは思えないが、現実に見に行ったことがない以上そうとも言いきれない。
ただし、燃え盛る火口に飛び込んでも、きっとあちらにはいける訳がないし、即座に死亡するだろうから、何か隠れた方法があるはずだ。
そして、テスは思う。あんなものがこの世界で使われるようになれば、きっとこの世界もあの世界と同じことになる、と。
テスは今まで厄介事からは隠れて暮らすことばかりを考えていたが、こうなった以上ぬくぬくと隠れてはいられないと思った。この世界の行く先などテスにとってはどうでもよいことだった。だが、自身はあんな絶望を、再び味わうのはもうごめんだった。