17-⑨:憑りつくということ
それから後の記憶は、テスは不鮮明にしか覚えていない。
自身が色々な誰かになっていた気がする…と言うよりも、誰かの精神を渡り歩き、その精神が持つ自身とよく似た感情に同化していた気がする。しかし、その時の事は、夢を見ていた後のように、記憶がおぼろげにしか残っていない。だが、それがおそらく、誰かに憑りついていたという事なのだろう。
そしてある時、テスは自身とよく似た気配と感情に引き寄せられて、気がつけば、女の子になっていた。彼女の名前はセシル・ホール。それが来世の自分だと気づくのに、さほど時間はかからなかった。そして、母に捨てられ父に裏切られた彼女の絶望が、テスを呼び寄せたということにも。
彼女に憑りついたその時から、テスの記憶は鮮明に残るようになった。それどころか、彼女の意識と記憶まで、まるで自身のものであるかのように、はっきりと分かった。
更に、それまでふわふわとした原型の無いようなものだった自身の意識も、形を帯びてはっきりとし始めた。きっと自身と同じ魂の欠片を持つ者同士だったから、自然と融合した部分があったのだろうと、テスは今となっては思う。
ただ、セシルに憑りついていた間のテスは、意識ははっきりとしていても、理性は無い感情の化け物のような存在だった。だから、不幸に次々と見舞われる来世を思いやるなんて事は、当然なかった。それどころか再び来世に襲いかかる不幸は、やはり世界は腐っているのだと、さらにテスの絶望と怨嗟の感情を肥大化させた。
だからテスは、セシルの絶望の感情を更に助長させ、自身の宿願―腐った世界の破壊に、宿主を向かわせようとばかりしていた。
そのようにしてテスが、セシルに完全に憑依しようとする度、それを止めようとする守護霊リアンの妨害を何度か受けていたが、テスは知らない。波長が違う―周波数が合わなかったという事なのだろうか、リアンの存在をテスは認知できなかった。だから、度々自身を封じ込めにくるあの憎々しい女神の存在しか、当時のテスは知らなかった。
とにかく、アーベル達と対峙したあの日、テスはついにセシルの精神を取り込むことに成功し、肉体を手に入れることができた。そして、長年の宿願を果さんとした。だが土壇場で、自分はよく知るあの女神に、あっけなく消されてしまったのだ。
なのに、どういう訳か、自身はセシルの体で、生き返ってしまった。
その原因は、未だにテス自身もよく分からない。そして、テスはどうしてだか、かつての理性を取戻し、怨霊ではなくただの人間の意識に戻って甦っていた。
また、テスはセシルとして生き返ってから初めて、守護霊としてのリアンの存在を知った。セシル自身も、夢を見ていたかのように忘れていた事実。だが、今や不思議なことに、リアンが怨霊となった自分を救おうとしていた記憶を、セシルの記憶由来ではあったが、テスはすべてを思い出していた。