17-⑧:異世界の過去⑥
彼女を失い、任地から帰ったテスは、ふらふらと呼び寄せられるかのように、かつての故郷を訪れた。そこには前とあいも変わらず、教会があった。
しかし、中に入ると、祭壇の前に見知らぬ女が立っていた。ふわふわとした金髪を蔓草でゆるく束ねた、水色の瞳の美しい女性だった。
彼女は泣きながら言った。『ごめんなさい。大切な人たちを救えなくて』と。
テスはその言葉で、彼女が今までここにいた神だと気づいた。だからこそ、気づくなり、テスは彼女を責めはじめた。
存在していたのならどうして救ってくれなかった
ずっと見ていたのならどうして救ってくれなかった
どうして町を救ってくれなかった
どうして父と母を救ってくれなかった
どうしてリアンを救ってくれなかった
どうして彼女を救ってくれなかった
どうして
どうして
どうして
どうしてこんな腐った世界を創った
どうしてこんな地獄を創った
どうして
どうして
どうして
どうして
貴様は俺を救ってくれなかったんだああああ!!
女神はうなだれながら、怨嗟の叫びとなっていくテスの言葉を聞いていた。
何も言えずに、ただただ涙を流す女神に、テスは叫ぶ。
「貴様なんか神じゃない」
テスは憎々しげに女神を睨みつける。そして吐き捨てた。
「こんな世界に、神などいない。居るはずなどいない。居るとしたら、貴様は神の役目を放棄したただの傍観者だ」
「……」
ぐすっとしゃくりあげた女神を置いて、テスは教会を飛び出した。そして、彼がここに来ることは二度となかった。
**********
それから数年後、テスが、自身が最期を迎える戦地に降り立った時、もうテスの国はほとんど原型をとどめていなかった。守るべき民も守るべき国土もほとんど何もかも失っていた。
そして、テスのいた部隊は、敵の急襲を受け壊滅した。今更、上官下士官の差別なく、皆等しく物言わぬ死体となった。
「……」
荒れた大地、辺りには物と成り果てた人間の体しかない中で、テスはぼんやりと目を開けた。いつの間にか夜になっていた。目を上げ空を見れば、今日はこんな地上の惨状に似つかわしくない、素晴らしい晴天の夜空だった。
体中に銃弾を受けたはずなのに、それでもまだ生きている自分に呆れると、テスは唯一動く右腕をそれに伸ばした。そして、口元に持ってくる。
―これで、終わりか
冷たい土の上、満天の星空は瞳に映っていても、もうテスの感情は何も動かなかった。
無機質な感情で手榴弾の金具を噛み、一息にそれを引きぬく。やっと終われるという安堵のその後で、虚しい望みが一瞬だけよぎった。
「もういちど、会いたい…」
リアンに、そして彼女に。
死んだら終わりだから、もう無理なのはわかっているけれど。
澄んだ静けさの中に、爆音が響きわたった。