おまけ話⑤:家族旅行~ただいま~
―そして、家族旅行もついに、終わりを迎える時が来た
「ふう~、やっと帰ってきたぁ」
ノエルは、門を駆けてくぐると、ラングシェリン家屋敷―自分の家を伸びをしながら見上げた。
「ただいま~、おばあ様~、ロイ~、ノルン~」
ノエルは、屋敷に向かって呼びかけた。後から追い付いたセシルが、「こら、大声出すな、みっともない」と、ぺしんとノエルの頭をはたく。
「ノエル~!」
少しして、玄関の方から駆けてくる者があった。その子は、ノエルにどんと抱きつくと、すりすりと頬をノエルの肩に擦り付ける。
「ノエル~、おかえり~」
「エリン、ただいま」
その子は、くせっけの茶色の髪をふわふわと伸ばした、ノエルより少し年下の少女だった。
「ノエル、おみやげ、かってきてくれた?」
「うん、買って来たよ。髪飾りが良いんじゃないかって母上が言ったから、一緒に選んだんだ」
ノエルはごそごそと荷物を漁ると、小さな紙袋を取り出し、それをエリンに渡した。
エリンは、待ちきれないと言わんばかりに、封を開けた。すると、中から桃色と赤の花のついた、可愛らしい髪留めが出てきた。
「わあっ、かわいい!」
エリンは、髪留めを両手で抱くようにして、きゃっきゃと跳ねて喜んだ。
「ありがと、ノエル、だいすき!」
エリンは、ちゅっとノエルの頬に、キスをした…
「の~え~る」
…と同時に、おどろおどろしい唸り声が、少女の後ろから聞こえて、ノエルは恐る恐る顔を上げた。そこには、額に青筋を浮かべた、ロイがいた。
「貴様ぁ、オレの娘を誑かすなと、毎日のように釘を刺していたのに…しばらく旅行の間釘を刺されなかっただけで、この有様とは。今度はでっかい釘が必要なようだな…」
ロイは、ひきつった笑みを顔に湛えながら、ぺきぽきと拳を鳴らす。
そんな父親を前に、エリンは勇敢にもノエルをかばい、言い放った。
「おとうさん、ノエルをいじめないで!あと、わたし、おっきくなったらノエルのおよめさんになるから、ちゅーぐらいしても、べつにいいでしょ!」
すると、ロイは、酷く傷ついたような顔をして―しかし一転、ぎろっとノエルを睨むと、言い放つ。
「誰が、お前なんかにエリンを嫁にやるか!絶対、絶対、やらないからな!お前が地べたに這いつくばって嫁にくれって言ったって、絶対にやらない!」
「…僕、別にエリンをお嫁さんになんかしないよ。だって、僕、おっきくなったら、母上と結婚するんだから…」
ノエルは、ロイに半ば呆れながら言う。すると、「ふええぇん」と小さく泣き声が上がった。ノエルが驚いて見ると、エリンが泣き出していた。
「…えっ、なんで泣いてるの?」
「ノエルが、ノエルが、わたしのことおよめさんにしないって、いったぁ。そんなの、いやだよぉ…、ひどいよぉ……ふえぇえぇぇん」
ぽかんとするノエルの前で、ロイが慌ててエリンの元に行き、抱き上げた。そして、エリンをあやしながら、ロイはノエルを睨む。
「酷い奴だ。オレの娘を誑かした挙句、今度は捨てようとするなんて。お前には責任を取って、オレの娘と一緒になってもらうからな」
「……」
ノエルは、もうやってらんないと、丁度ロイの後ろにやって来ていたノルンに、助けを求めるかのように視線を合わせた。
「うぎゃっ」
すると、ノルンは即座にロイの頭に、げんこつを落としてくれたので、ノエルはほっと一息ついた。
「ロイ、あなたはエリンが落ち着いて泣きやむまで、引っ込んでなさい」
「けど、オレ、まだノエルに言ってやりたいことが…」
「ノエルに言って聞かせる事よりも、大事な大事な娘の涙を止める事の方が先決だと思いますが?」
ノルンは、『大事な大事な娘』の部分を幾分か強調して言う。すると、娘にめろめろの親馬鹿ロイは、「それもそうだな!」と、回れ右をしてさっさと屋敷の方へと駆けて行ってしまった。
「……さて、馬鹿が行ってしまったところで、改めてですが」
ノルンは、かしこまった後、ふふっと微笑んだ。
「お帰りなさい、レスター、セシル。ノエルも」
「「ただいま」」
セシルとレスターは、微笑みながら返した。
「…ジゼルは、どう?元気にしてる?」
セシルが問うと、ノルンは頭をポリポリと書きながら、「ああ~、そうですね…」と歯切れ悪く言ったので、何か問題があったのかとセシルは急に不安になる。
そんな、セシルの心情をくみ取ったノルンは、「いえいえ、違うんです」と首を振った。
「実は、その…。あなた達が旅行に行っている間、あなた達と言う制御役がいなくなった奥様が昼も夜も自由に、ジゼルに自作の幼児服をとっかえひっかえ着せたりしていましたので…。ここ3日ほどは、ぐったりとぐっすり寝てばかりで…。エリンも着せ替え人形にされてたのに、なんであんなに元気なんでしょう…。そして、今はジゼルが抜けた代わりに、私の息子が被害者に…。「ぼく、おとこのこなのにぃ!」と泣きながら、朝も夜もレースのふりふりとした服を着せられております…」
ノルンは、ああ頭が痛いとでも言うかのように、額に手をやった。
「それは…気の毒だな…」
レスターは、それ以上何も言えず、「ははは」と苦笑いを返した。
「僕、家に残らなくて良かった」
ノエルも、心底ほっとしたかのように、呟いたその時…
「せ~し~る~さ~ん、お帰りなさい!あなた達の旅行中に、セシルさん用の新作10着作ったのよ!早速着てぇ!!!」
屋敷の方から、両腕に大量の服を抱えたユリナが駆けてくる。
「ひいいいいぃぃ!!」
なので、セシルは勢いよく、その場を逆方向に駆けだしたのだった。
―何気なく楽しい、幸せな毎日が、これからもずっと続きますように
これで、この物語は終了となります。今まで長い間、お付き合い本当にありがとうございました!
次回からは、後書き的な物を投稿していって、書き終ったら、完結にしたいと思います。