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おまけ話④:家族旅行~Spring ephemeral~

「帰りたい…」


 ノエルは、辺りを見回すと、はあとため息をついた。

 周囲は、左を見ても、右を見ても、上を見ても、木、木、木…。



 ノエルたちは、森の中を4人(・・)で、ただただ黙って歩いていた。



 ここは、リトミナの最北端に位置する、リザント。家族旅行の最後の3日間は、この町で過ごすことになっていた。

 だが、ノエルは、一日目の今日で、後二日もとてもつまらないものだろうことを確信した。なぜなら、この町に入った時から、ただただのんびりとした、平易な田舎感しか感じていないからだ。


 そして、この町での一日目の日程がこんなつまらない日程―この木以外特に何もない森を訪れる―という事で、二日目三日目の日程は、最早期待できないものだと、ノエルの中では決定事項となっていた。




「ねえ…母上。こんな森に、なんでわざわざ…?」

 ノエルは、うんざりと言うように、先を歩くセシルの背に声をかけた。だが、セシルは「まあね」と歯切れ悪く笑って振り返っただけで、それ以上何も答えない。


「…ねえ、父上…?」

 ノエルは、セシルに相手にされなかったため、同じくセシルと共に先を歩いているレスターに同意を求めるように、声をかけた。だが、これまた「まあね」と、歯切れ悪く笑いを返しただけで、それ以上何も答えず、また前を向いてしまった。


「……」

 ノエルは、何か言いにくい事があるのだろうかと、妙に思った。そして、もう一度、聞こうと口を開きかけた時、


「ノエルくん。君はまだ子供だから分からないだろうけど、大人はたまには都会の忙しさを忘れるために、こういう田舎に来たいと思うんだよ」

「…そうなの?」


 ノエルは、隣を歩いていた灰色頭ののっぽ―アンリを見上げる。すると、アンリは「そうだよ」と、ほんわかとノエルに笑いかけた。


「ふうん…」


 だからノエルは、『そういうものなのかなあ、大人の世界ってよく分かんない』と、しぶしぶ歩き続ける事にした。…だが、




「……ヒマ」




 セシルとレスターは、黙ったまま何やら辺りをきょろきょろと見たり、時折立ち止まっては、とても大きくて太い木を見上げたりしていた。その目は、とても優しくて、でも寂しそうだった。だけど、そんな二人の後ろを、ただただアンリと共について歩くノエルは、父母がどんな表情をしていようと興味はなく、ただただ暇で暇で仕方がない。


「ねえ、アンリおじさん。アンリおじさんは、毎日こんな暇な所に住んでて嫌じゃないの?」

 だから、ノエルは、アンリに声をかけた。



 ノエルは、アンリは父母がヘルシナータのホリアンサで知り合った友人だと聞いている。そして、今回の旅行で、このリザントにおいては、共に行動をする事になっていた。



 ノエルは思う。アンリが元々いたホリアンサと言えば、一国の首都だからきっと都会に違いない。なのに、今ではこんな偏狭な田舎町に住んでいて、嫌気はささないのか。暇つぶしに声をかけたというのもあるが、純粋に興味もあった。


 すると、アンリは、「ははは」と苦笑いする。


「まあ、確かにここに、都会のような華やかで楽しい場所はないけどね。僕の奥さんも、毎日のように『ホリアンサへ戻りた~い、ヒマよヒマぁ、ヒマで頭腐っちゃう。…だけど、あそこに私の居場所はもう…_| ̄|○』なんて言ってるけど…」


 アンリは、頭を上げると、木々の梢の間から見える空に目をやった。


「都会だろうが、田舎だろうが、場所なんて関係ないよ…。この世界には、星の数ほど、沢山の様々な人々の人生があって……その中で、みんなそれぞれ違った、楽しい事、幸せな事を日々感じているんだと思うよ」


「……よく分かんない。けど、やっぱりつまんないよ、ここ」


 ノエルは、『大人の話は難しくてわからないけど、やっぱりヒマなのに変わりはない』と、ぶうたれた。そんなノエルに、アンリはどうしたものかと、「う~ん」と首を傾げながら言う。


「う~ん、例えば…というか、昨日僕が面白かった事だけど、僕の奥さんが君のお母さんに久しぶりに会えるからって、嬉しさのあまり張り切ってスクワットしていたんだけど、肉離れを起こしてね。…結局家で寝込んでいるんだよ。なんだかそれが可笑しくてね。…そういう、小さな楽しい事が毎日あるから、田舎とか場所は関係なくて、毎日を幸せに過ごせるという事かな」


「…それって、楽しい事って言うより、マナおばさんがただ単に馬鹿だったってことだよね?それの何が面白いのさ」


 すると、アンリは「それもそうか」と、苦笑いした。


「まだまだノエルくんは小さいからね。大人になったら、いつか分かるよ」

「大人って、子供の質問に答えられないと、『いつか分かる』ってそればっかり。つまんないものは、つまんないよ」


 ノエルは口を尖らせて言った後、ふんと言うかのように前を見て、歩き続ける。

 アンリも、最近の子供は、変な所でしっかりしているなあと、苦笑いしながらその後ろをついていく。





「…あ」

「どうした?」


 ふと、セシルが小さく声を上げて立ち止まったので、レスターが不安そうに声をかけた。

 すると、セシルは、傍に生えていた小さな草を指差し、言った。


「カタクリだ。もう花は散っちゃって、種だけど」


 そこには、緑色の膨らんだ種の鞘をつけた、カタクリが生えていたのだった。


「スプリング・エフェメラルだね」

 アンリは、「もう花が咲いてないのに、よく気づいたね」とセシルに言う。


「すぷりんぐ、えへめらる?」

 ノエルは、アンリの言った謎の言葉に、訳が分からず聞き返す。


「スプリング・エフェメラル。『春のはかないもの』とか『春の短い命』と言う意味の言葉だよ。森には、春先、木々が葉をつけて光が遮られるようになる前に、芽を出して花を咲かせて、夏になる前には消えてしまう花畑があるんだよ。そう言った花畑を、スプリング・エフェメラルって呼ぶんだ。…一瞬の短い人生しかない、儚いもの達、って意味で。リトミナではカタクリは、そうした花畑の、代表的な花なんだよ。…だから、このカタクリも、もうすぐ消えてしまうんだね…」


 アンリは、どこか感傷的な瞳で、カタクリを見つめた。



「…でも、ちゃんと種を残してる」

「…」


 その言葉に、アンリは、はっとセシルを見た。セシルは優しい瞳で、カタクリを見つめている。


「短かろうが、その人生でちゃんと花を咲かせて、実を結んでる。ちゃんと次のやつらへと繋げて行っている。…人生に時間の長さなんて関係ねえ。大事なのは、どれだけ、懸命に、実を結ぶことを目指して、あがいて生きたかってことだ」

「「……」」


 アンリは、そしてレスターは、黙ってセシルを見つめていた。そして、しばらく間を置いたのち、2人とも「そうだね」とセシルに頷いた。真剣な瞳に、口元に微笑みを湛えて―




「…なんなの?」

 ノエルは、『大人って生物、よく分からない』と首を傾げたのだった。




おまけ話、後一話となりました!最後までよろしくお付き合いお願いいたします!

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