おまけ話③-3:家族旅行~ノエルの探検編③~
場所は変わって、セシル達が会話に勤しむ、応接間―
そこには、セシル夫妻とラウル、そして途中から―ノエルが探検を開始した頃に―顔をのぞかせにやってきたラウルの王妃がいた。
「…にしても、兄上。良かったなあ、こんなに綺麗な人、お嫁さんにもらえて」
セシルは感動の泣きまねをしながら、ラウルの肩をバンバンと叩く。ラウルは「やめなさい」と言いながらも、嬉しそうに照れて顔を赤くしていた。
だがふと、セシルは真面目な顔をすると、ラウルの王妃―シャルロッテの方を見た。
「オレ昔、兄上は一生、結婚できないと思ってたんです。いじいじ自分の無能さを気にしているような、根暗兄貴だったから。…だから、ホントにありがとうございます、シャルロッテさん。兄上と結婚して、幸せにしてくれて。いつかちゃんとお礼を言わなきゃって思ってたから…本当にありがとうございました。これからも、兄上を何卒よろしくお願いします」
セシルは、深々とシャルロッテに頭を下げた。
「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方ですよ。幼い頃のラウル様を立ち直らせたきっかけになったのは、あなただったと本人から聞いております。あなたが居なければ、今頃ラウル様は、一国の主などという重荷に押しつぶされていたに違いありません」
シャルロッテは、セシルににこりと微笑んだ。
シャルロッテは、数年前にリトミナの同盟国から、当時王太子だったラウルの元に嫁いできた王女である。彼女は、ウェーブがかったつやつやの金髪に、美しい藍色の瞳をしている、絶世の美女とも言える女性だった。そして、とても落ち着いていて、世の中の男どころか、女性ですら誰もが憧れる、絵に描いたような淑女であった。
だから、そんな非の打ちどころのない美女に優しく微笑まれ、セシルはそれだけでぽうっとなる。
「…セシル、何、みとれているんだい…?君は俺の妻だって事、忘れちゃ駄目だからね」
だから、レスターは慌てて、シャルロッテの魅惑の視線から隠すかののように、セシルを抱きしめた。
「だ、大丈夫だって、忘れてない…」
「嘘つき、目が泳いでいる」
レスターは、セシルを咎めるように見た後、シャルロッテに見せつけるかのようにセシルに口づけをする。
「ふふふ、まるで新婚さんみたいですわ」
シャルロッテは、そんなセシル達2人を見ながら、羨ましそうに微笑んだ。
「私たちも、ずっとあんな夫婦でいたいですわね、ラウル様」
シャルロッテは、ラウルに「ね?」と首を傾げた。
「ああそうだな。ずっといよう、ロティ」
ラウルは、ふっとほほ笑み返すと、シャルロッテの手を両手で取った。
そして、ラウルも、そのまま口づけようと…
「ははうえー!」
した時に、ノエルがどっぱーんと勢いよく扉を開けたので、危うくラウルは椅子から転げ落ちそうになった。
「な、なんだい、ノエル。ちゃんとノックをしなさい…」
ラウルは、咳払いしながら、頬の赤さがごまかせているだろうかと気にしつつ、姿勢を直した。
「あっ、そうだ。伯父上!伯父上は、今は国王だけど、元王太子だから元王子だよね?」
「そうだが、一体それがどうしたんだ?」
ラウルは、ノエルのこういう所は、セシルに似たのだろうかと思う。今年2歳になる自分の息子は、銀髪と水色の瞳以外は妻にそっくりだから、性格もきっと妻に似て、このように落ち着きがないことはないだろう。
……と思っているラウルに、ノエルは質問すべく口を開いた。
「ねえ、伯父上。王子って王女とか令嬢と結婚するんだよね?」
「ああ、そうだな」
「王子って王子と結婚することはないよね?」
「ああ、そうだな…って、は…?」
ラウルは答えてから、その質問の不自然さに、顔を上げてノエルを見た。ノエルはというと、手に本を持っていて、ぺらぺらとページをめくっている。
「そうだよね。王子は王子と結婚しないよね。だけど、この本、王子が王子と抱き合ったり、キスしてるんだよ、ほらココ」
「え…」
ラウルは訳の分からなさに頭が半分混乱しつつ、ノエルが指し示すままに、その挿絵を見る。確かに、王子…男同士が抱き合って、口同士をくっつけている―いわゆるキスをしている。
「後ねー、ほらこのページ。なんでか、裸で抱き合っ「ノエル、その本で見たことは全部忘れるんだ!」
ラウルよりも一早く事態を察知したセシルは、慌ててノエルの目を手で隠し、ノエルの手から本を奪い取って床に投げた。
「こんな本、どこに置いてあったんだ?…まさか、兄上がこの本を…」
セシルは、前に兄がノルンに恋慕していたことを思いだし、疑いの目を真っ先にラウルに向けた。その目は、『子供の目のつくところにこんな本を置くなんて』とゴミを見るかのような目で、ただただブリザードが吹いてくるかのように冷たかった。
「ち、違う…私はこのような本、一時期興味があって、お忍びで立ち読みしに行った事があるだけ…買った事なんて…」
「はあっ?兄上、読んだことがあるのか?!こんなに幼いノエルまで沼にはめようとしやがって。さいってーだな」
セシルは、ノエルをレスターに任せると、すたすたとラウルの前に歩み寄り、その襟ぐりを掴んだ。
「だから、違うって…。私のものじゃない…」
ラウルは、首を絞められて息も絶え絶えに弱々しく否定するが、大事な子供に教育衛生上よろしくないものを見させられたセシルの怒りは収まらない。
「シャルロッテさん、こんなさいってーな衆道野郎とは別れてください!シャルロッテさんには、もっといい人がいるはず…ってあれ…?」
セシルはシャルロッテを振り返って、そこで初めて、彼女がうつむいて何やら震えている事に気づいた。
「シャルロッテさん…?」
セシルがまさかと思うのと、シャルロッテが真っ赤の顔を上げたのは、同時だった。
「それは…それは…」
シャルロッテは、羞恥のあまり、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「申し訳ありません、私の物なのです―――!!」
「え……」
セシルは泡を吹いているラウルの首を絞めたまま、顔を両手で覆って泣き始めた絶世の美女―もとい、ただの一介の腐った奥様―を前に、絶句した。
そんなラウル夫妻と、セシルをしり目に
「へえ…、世の中にはこんな本があるんだな。どこで拾って来たんだい、ノエル?」
「2階のお部屋で見つけたんだ。僕もこんな本、初めて読んだよ」
…と、公爵家の跡取りとして産まれたために、今までそう言う俗物に触れたことの無かったレスターは、興味津津といった風で息子と共に本のページをめくっていたのだった。
ちなみに、ラウルのノルンへの初恋ですが、ラウルが純情だというのと、性別的にも立場的にも叶わない恋だと、最後までノルンに想いは伝えてません。結局、青春(ハタチ超えてるけど・笑)の美しい+切ない思い出の1ページとして、胸にしまってます。そして、出会いは政略結婚だったものの、今ではシャルロッテと幸せな家庭を築いて…今回の夫婦の危機です。嫁さんの意外な趣味発覚に、ラウルは一体どうするのか。
あっ、そう言えば、リトミナの豚野郎ですが、生活習慣からくる病のために数年前に急逝されたため、ラウルが王位を継ぎましたとさ…めでたしめでたし。