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おまけ話②-3:家族旅行~カイゼル編③~

「…え」

 突然の告白に、レスターは少々間の抜けた顔でカイゼルを見つめ返した。


「…1年ほど前に、俺の家に侍女として入ってきた()なんだ。田舎の方からやってきたから色々と礼儀作法とか知らなくて、毎日先輩の女の子たちから怒られてるんだ…」


 カイゼルは空を見上げると、小さくほほ笑みを浮かべ、話し続ける。


「けどいつも、叱られても落ち込みもせず、愚痴一つ言わず、一生懸命仕事しているんだよ。大人しくて、ちっこい動物みたいな子なのに、どこにそんな根性が隠れてるんだろうかって、俺、感心しちゃって。それで気になるようになったんだ」

「……」


「…歳を聞いたらさ、俺よりも十歳も年下で。家が貧乏で、やっとありつけた仕事だから、いくら怒られようが、絶対に辞められないんだって。ご飯が食べられない苦労に比べたら、叱られるぐらい痛くもかゆくもないって…。なんだか、年下の子に、俺すげえって感心して、この子はどんな子なんだろうかって、もっと興味を持つようになった」

「……」


「…それから、その子とよく二人で話すようになったんだ。その子、おいしい野菜の見分け方とか、ヤギの乳のしぼり方とか…故郷の事とかをいっぱい話してくれた。後、兄弟の誰が、口うるさいとか、泣き虫だとか、色々話してくれた。……他の奴らからすれば、どうでもいい話の筈なのにさ、何だか俺、その話がとても面白いって思うようになったんだ」

「……」


「…それでさ、俺、そのうち気付いたんだよね。その子の話を聞くことが好きって言うよりももっと、その子が話す時の笑顔を見るのが好きなんだって」

「……」


「だから、俺、もっとこの子の笑顔を傍で見ていたいって思った。毎日、ずっと、誰よりも一番傍で見ていたいって…そのうち、俺がこの子を毎日笑顔にしてやりたいって思うようになって…」

「……」



 レスターは、ただただカイゼルの横顔を見ながら、話を黙って聞いていた。

 カイゼルは、頬をほんのり染め、遠い所の誰かを見つめているような―人を想う顔をしていた。



―これが恋をしている…と言う顔か



 レスターはふと、カイゼルの表情にそう思った。

 そして、自身もかつて、セシルに恋したばかりの頃、こんな顔をしていたのだろうかと思う。



 だが、カイゼルは、急に苦しそうに顔を歪めると、地面を向いた。



「だけど、そのうち、俺、はっと気づいたんだ。俺、もしかしてこの子が好き―この子に恋をしているんじゃないかって。……俺、一生、ずっとアメリーだけを想って生きていくと決めたはずだったのに、なんでアメリー以外の人に心を奪われているんだって、自分がすごく情けなくなって」


 カイゼルは、唇を噛むと、下履きの膝をぐっと握りこんだ。


「…だから、俺、頑張ってその子の事を、何とも思わなくなろうとしたんだ。…だけど、そうしようとすればするほど、その子への想いは強くなって…。…それどころか、その子と、家庭を持てたらどんなにいいだろうかと、そんな妄想が頭をよぎるようになってしまった…」

「……」


「こんな事、お前に言うのも苦しくて…。だって、言葉にすると、俺は今、その子の事が好きで、アメリーの事を裏切っているんだって、本当に自分で認める事になる気がするから…。小さい時からずっと一緒にいて…来世で絶対に、幸せにしてやるってぐらい好きだったのに…」


 カイゼルは、やりきれないというように、ぎゅっと目を閉じた。


「俺は情けない事に、今、現にこうして、他の女性と幸せになりたいと思ってしまっている…」

「…カイゼルさん…」


 レスターは、何も言えなかった。なぜなら、その苦悩はかつて自身が経験したものによく似ていて、誰かに何を言われたところで、解決できるような問題ではない事をよく知っていたから。


「レスターさん、俺は、あなただからこそ質問したい。…レスターさんは、かつての恋人に何を思って、セシルと結婚したんだ?」

 カイゼルは、救いを求めるかのような瞳を、レスターに向けた。





「……」


 レスターは、カイゼルの泣きそうな―拠り所を失った幼子のような顔を、ただただじっと黙って見つめていた。


「……」


 だが、やがて、ふっと息をつくと、口を開いた。


「…俺も、今の君のように、悩んでいたよ。ずっと、かつての恋人だけを想って、生きていくって決めていたのに、セシルに恋してしまった…。そして、その挙句、セシルさえいなければ、かつての恋人―イルマだけを愛せると、セシルを殺そうとまでした…」

「……」


「だけど、セシルを失いかけて、初めて気づいたんだ。自身がセシルを愛したのは、イルマがいたからだって。イルマが居なければ、人を愛することを知らなかったって。……俺の人を愛する心は、イルマがいたからこそ生まれたものだったんだ」


 レスターは、ふっとほほ笑むと、空を見た。カイゼルもつられるかのように、空を見る。そこには、やわらかな綿雲をふわふわとたなびかせた、初夏の空があった。


「イルマは今も、俺の感情を形作った―俺と言う存在の一部となって、俺の中で生きている。だから、俺は、彼女と一緒に、セシルを愛し守っていこうと、思っているんだ…」




「……」

 カイゼルは、レスターの言葉に、しばらくの間、感心したかのように惚けていた。

 だが、少し思案する顔をした後、レスターに向き直ると、少し遠慮がちに口を開いた。


「すまん、気分を悪くするかもしれない事を承知で言わせてもらうけど……(てい)の良い言い訳だよな、その考え方って」

「……」


「テスに出会って分かった、死んだ後の魂は存在するってことが…。だったら、イルマの魂だってどこかに居て、セシルと結婚したお前に怒っているかもしれない。この裏切り者って…」

「……」


「そうだったら、お前はどうするんだ?」


 カイゼルは、相手の気分を甚だしく害する質問だと思いつつも、聞かずにはいられなかった。そうでなければ、自身の今の、どうしようもないこの感情を、晴らすことができないと思ったからだ。



 だが、レスターはと言うと、残酷な質問を突き付けられても、なぜか穏やかな顔で、黙ってカイゼルを見つめている。


 レスターの、すべてを達観したようなその瞳が、何だかカイゼルは見下されているようで腹ただしくて、つい語気を強めてしまう。


「もし、彼女がお前の事を恨んでるって、夢枕に立ったらどうする気なんだ?」



「……そうだね、言い訳かもしれないね」

 レスターは、少し可笑しそうに微笑む。

「だけど、俺が本気で愛した人だもの。例え遠くに離れようが、死が俺達を引き裂こうが、イルマが今何を考えているかぐらい、手に取るように分かるつもりだよ」

 レスターは、遠くを見つめるような視線をした後、何が面白いのか、ぷっと吹きだした。


「何がおかしいんだよ!」

 だが、必死なカイゼルは、レスターのその笑いが、自分を馬鹿にしたものだと勘違いを起こしてしまう。



「違うよ、君がおかしいんじゃなくて、イルマが可笑しくてね」

「は…?」

 訳が分からないと声を上げるカイゼルに、レスターは、挑戦的な目を向ける。


「君もアメリアの事を、本気で愛していたんだろう?本気で愛していたというのなら、彼女が今、何を考えて、君を見ているのかぐらい、手に取るように分かるはずだよ」

「……」



 そんな事、分かる訳がないだろう、とカイゼルは思う。目の前にいる相手―この男が今考えている思惑すら分からないのに、遠くにいる相手の―それどころか、死んで見えすらしない相手の事等―




「ち~ち~「こらっ、お忍びなんだから、大声で父上言うな!!」

「はっ、忘れてた!ごめんなさい、母上!」

「まったく…」


 カイゼルが、はっと顔をあげると、セシルがノエルを肩車して、広場に戻ってきたところだった。


「父上っ!模型買って来たよ!リトミナ式の馬車の模型だよ!宿に帰って、組み立てよー!!」

 ノエルはぴょんとセシルの背から飛び降りると、レスターに見せるように、模型の部品の入った箱を両手で掲げる。


「おおっ、良い物買ってもらったね!じゃあ、早速宿に帰って組み立てよう!」

 レスターは、カイゼルを放置してノエルの方へと駆け出そうとした。

「おいこら、まだ話は終わってな…」

 カイゼルは、慌ててレスターの服の袖を掴んだ。


 すると、レスターは、穏やかな表情でカイゼルを振り返って、口を開いた。


「君も、思いっきり悩んで、悩みぬいたらいい。そうやって出た答えは、きっと君自身、とても納得がいくよ」


 レスターは、カイゼルに微笑みかける。


「人生は、有限だけど、長くて。そんな人生の中で悩むのも、意外にいい経験だからね」


 そして、レスターは、セシル達の元へと、駆けて行ってしまう。




「こらっ、お前ら、組み立てるのは家に帰ってからな!」

「えっ、別にいいじゃないか」

「駄目だ。レスターお前は、地味な作業が得意過ぎて、時間忘れて夜更かしするからな。おまけに、ノエルまで夜更かしさせるからな」

「今日は、絶対夜更かししないよ!だから、僕、はやく組み立てたい!」


「お前らな、カイゼルと飯食いに行ってから、観光する予定忘れてるだろ。それに、旅行先で模型なんて組み立てたら、100パー、いやメガパー部品無くすからな。しかも、大体なくすのは1個だけだ。そして結局、また全部買いに、旅行先まで来なけりゃいけないからな」

「そう偉そうに言う君は、経験者かい、セシル?」

「うっ…」




 放置されたカイゼルは、レスターの言葉の意味が分からず、ただただ家族三人が、わちゃわちゃと騒いでいるのを見ていた。


 だが、ふと、なんとなくその家族がとても幸せそうに見えて、カイゼルは自身がとても遠い所に置いていかれたような、寂しいような気分になった。


―俺も、幸せになりたい


 カイゼルは、自然に、その欲求を呟いていた。あの子と共に、あのような幸せな家庭を築きたいという欲求が、口先をついて出たのだ。

 しかし、カイゼルは、慌てて首を振った。


―俺は、アメリーを愛し続ける。例え、寂しくても、辛くても―



『めんどくさい奴やなー』



「え…?」

 カイゼルは、愛しい人の声が聞こえたような気がして、はっと後ろを振り返った。

 しかし、誰もいない。


 空耳かとカイゼルは思う。だが、それと同時に、その声は、鮮明にアメリアと言う人物について思い出させた。



 彼女は、いつでもあっけからんとしていて、

 彼女は、細かい事を考えるのが苦手で、

 彼女は、くよくよといつまでも落ち込むのが嫌いな人だった。


 彼女は、落ち込むぐらいなら、失敗してもいいからさっさと前に進めと言う人だった。




―彼女が今、何を考えて、君を見ているのかぐらい、手に取るように分かるはずだよ

――ああ、そういう事か―




「カイゼルー、おい、何ぼさっとしてんだ!さっさと、飯食いに行くぞ!」

「ああ!」

 カイゼルは、元気よくセシルに手を振る。

 そして、後ろをちらっと見て、小さく「ありがとう」とつぶやいてから、駆けだした。




「ふふっ」

 そんなカイゼルを、レスターだけは、物知り顔で微笑んで見ていたのだった。


土下座はどこへ行った…。



家族旅行編、もう少しだけ続きます。


ちなみに、おまけ編のレスターは、息子に焼きもちを焼いたりする情けない大の大人(笑)でしたが、普段はちゃんと息子を大事にしてます。休日には一緒にガンプラで夜更かしして、一緒にセシルに完成したものを自慢しに行ったものの、セシルから「夜更かしするな、させるな!」と一緒に説教されるぐらい仲がいいです(ガンプラは大ウソ・笑)。


ただし、レスターはセシルを奪おうとする男は、例え息子でも許しません(笑)。

だから、ノエルが「母上と結婚する!」発言をしたり、今回みたいに二人っきりの旅行に水を差しにきたら容赦なく苛めます(笑)。…といっても、実は苛められて泣きそうになったりするノエルが可愛らしいから、いじりたい…という気持ちも多少あったりなんかします。


…と、シンカワ様への感想返信から、一部引用記載してレスターの生体系説明(笑)としておきます。

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