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おまけ話①:ラウルと一騒動

「はあ~~」

 何かと巻き込まれ体質なラウルは、今日もまたテーブルに座り頭を抱えていた。


 ラウルは、テーブルの向かいに座るセシルを恨みがましげに見る。しかし、セシルは、夢中で甘栗の殻をむいては口に放り込んでいて、全くこちらの視線に気づいていない。


「はあ~~」

 頼り…と言うよりも、あてにならない妹に、ラウルは再び頭を抱えて盛大にため息をついた。



 2人が現在いるのは、リトミナの、リートン家の別荘。

 ホリアンサでの事件後、1年程が過ぎていた。



「なあセシル、いい加減甘栗食べるのやめてこっちを向いてくれないか?お前、さっきから…と言うよりも一時間も前から、こっちの話には生返事で、甘栗ばかり食べているじゃないか」


 ラウルがもう一度小さくため息をつきながら、テーブルの端に目をやると、そこには甘栗の袋と皮が、小山のようになっていた。


「いいじゃん、久しぶりの甘栗なんだから。サーベルンじゃあ、リトミナからの輸入物が入る秋以外、お目にかかれないんだもん。食べられる機会に、とことん食いだめしなきゃ」


 そう言うとセシルは、剥き終った甘栗を5.6個手のひらに乗せると、口に一気に放り込んで咀嚼する。もきゅもきゅと頬を膨らませて食べている様子は、さながらリスだ。



 セシルは、リトミナに里帰りをしていた。…と言うよりは、正確に言うと、ラウルがレスターに内密の手紙を送り、頼み込んで、セシルを帰らせたのだ。他の誰にも公に相談なんかできない、とあることを相談するために。


 なのに、その肝心の相談相手は、来てからずっと甘栗にしか目をくれていないという調子だった。




「セシル、頼むから私の話を聞いてくれ、お願いだから!そしてこれから私は一体どうしたらいいのか、相談に乗ってくれ!!」


 ついにラウルは、ばんと机に両手をつくと、勢いよく頭を下げた。その勢いで、ラウルの額がテーブルの板に直撃するが、今のラウルにはどうでもいいぐらいの事だった。


 セシルはというと、さすがにその激突音に驚いて、甘栗から視線を外してラウルを見る。

 だが、一瞬後には、めんどくさそうな顔をして、だるそうに言った。


「ある程度はレスターから事情を聞いたからさぁ、別にもう話さなくてもいいよ。…もういい加減諦めて、認めちゃえば?全員私の子です、責任とりますって」

「…セシル…お前、してもいないのにそんなことをしたら、私は最低最悪の節操なしの王太子になるだろう…?」


「だってめんどくさいじゃん。やってない事を仕方なく『やりました』と認めて金で解決するより、やってない事を『やってません』と言い張って証明する方が時間かかんだよ?これ、人類普遍の痴漢の法則。…という事で、あーゆーおっけ~?きゃんゆーあんだーすたんど?」


 セシルはそう言うと、ラウルに指差しウインクした(要するに決めポーズをした)。そして、『さあ、話はこれで終わり!』と、再び甘栗の皮をむき始める。



「……」

 ラウルは呆れて怒るのを通り越し、泣きたくなった。

 現在、ラウルはある嫌疑をかけられていた。そして、その事はリトミナ王家に関わる重大な事だった。



―リトミナ王家の落胤が、数か月前から、ホリアンサを中心として、ヘルシナータの各地で生まれている。



 ヘルシナータでは、2ヶ月ほど前にホリアンサでとある女性が、銀髪の女児を出産したことを皮切りに、次々と銀髪に水色の瞳の子供が誕生していた。


 銀髪に水色の瞳という特徴を持つ子供達が次々と生まれていることは、則ちリトミナ王家の特徴を持つ子供達が次々と生まれていることになる。だから、世間では、リトミナ王家の人間が、ヘルシナータでそういう事を女性たちにしたのではないかと思われている。そして、その子供の数は現在、確認されているだけで30名を超えている。


 …要するに世間では、リトミナ王家の豚野郎(現国王)と、ラウルが、その子供たちの父親ではないかと疑われているのだ。



 もちろんそんなことはない。ラウルは生まれてよりこの方、未だに女性とそういうことをしたことがない。となれば、疑わしいのは、豚野郎の方になるが、いくら馬鹿王だとはいえ、わざわざ他国でそんな短期間に30名以上の女性に手を出す訳がない。


 だが、いくらそうラウルが言ったところで、銀髪に水色の瞳はリトミナ王家の象徴。ラウルが必死になって、論理的に無理があることを説明しても、周囲の冷たい視線が変わることはない。




「…うう…」

 ラウルは薄情な妹を前に、ついに寝不足眼から、涙を流し始めた。

 今回の落胤騒ぎでほとんど寝ていない目に、涙がしみて、また次の涙を誘いだす。


 ラウルだって、今回の騒ぎの原因は分かっているのだ。

 トリフォリウム。異世界の物質が、原因なのだ。


 初代王妃が消えマンジュリカ事件が解決した後、ラウルは、レスターと共に自分に会いに来たセシルから今までの事情を聞いていた。突拍子もない話ではあったが、妹が真剣に話す内容に、ラウルは嘘はないと信じたのだ。


 そして、それから十月ほどが経って、今回の騒ぎが起こった。ラウルは確信した。ホリアンサでの爆発時、トリフォリウムから放出された放射線が、赤ん坊の父親もしくは母親の遺伝子に何らかの作用をもたらしたに違いないのだ。また、カイゼルが魔法でトリフォリウムの崩壊を早めた際に、放たれた放射線も原因であろう。


 だが、原因は分かっても、それを正直にいう事がラウルにはできなかった。

 何故なら、『トリフォリウムが原因です』だなんて、本当の事を正直に言うのならば、異世界についての事も話さなければならなくなる。そうしたら、絶対に周りの者達から気がふれたのかと思われるだろう。

 また、異世界の爆弾の事を正直に言うのならば、リトミナの初代王妃についても言及しなければならなくなる。そのような国家の威信に関わる事を、むやみに口にすれば、その情報が万一王府の外に漏れた時に、リトミナに混乱を引き起こすだろうことは明白だったからだ。



 …だが、今でも十分混乱は起こっている。子供を出産後、夫に不貞を疑われた妻たちが、泣きながらリトミナの王城に押しかけてくることも度々あるからだ。それ以外にも混乱に乗じて、子供を認知しろと、そして私を王妃は無理でも妾にしろとのたまう女性達まで現れている。




 だから、ラウルはしかたなく、事情をよく知るセシルの知恵を借りようと、人里離れたリートン家の別荘に内密に呼んだわけだが…。



 その肝心のセシルは、兄が涙を流しても尚、甘栗に夢中であった。



「セシル…お前、兄がこんな風になっているのに、よくもそう呑気に甘栗を食べられるな…」

 ラウルは、目の前の妹の体には、はたして赤い血が通っているのだろうかと思う。


「だって~、可哀想だとは思うけど、めんどくさいんだもん。だから、カイゼルにでも相談しろよ。あいつも事情よく知ってんだからさあ」

「…だから、カイゼルは、今回の騒ぎを治めるために、ヘルシナータに行ったきりで相談なんてできないと手紙で伝えただろう……?なあ、お前、一体何のためにここへ来たんだ。相談に乗るのが嫌なら、わざわざ来なくても良かったんだよ…」


「だって、甘栗が食べたかったんだもん」

「……」


 ラウルは妹の冷たさに、ついに、ぼろぼろと断続的に涙を流して泣き始めた。


「えっ、ちょっと…冗談だって…。久しぶりに会ったから、ちょっといじりたくなっただけだって…、え…マジで泣いてるの、兄上…」


 そんな兄の姿に、セシルはやっと焦りだした。慌てて立ち上がり、必死にあれやこれやと慰める言葉を言い始めるが、ラウルは机に突っ伏したまま、嗚咽を上げて泣いている。


「兄上、ごめんって。オレが悪かった!お願いだから泣きやんでよ…」

 しかし、いつまでたってもラウルは泣きやまない。どうやら、この一件でたまりにたまったストレスが、涙となって噴出しているらしい。セシルは、こんなことになるなら、からかう事なんて考えず、最初から真面目に話を聞いてあげればよかったと、ため息をついた。


「誰か助けてぇ」

 セシルはついに匙を投げて、椅子に座りこんで頭を抱えた。…と、


「まったく、見てられませんよ。このお馬鹿」

 緑色の光が部屋に走ったかと思うと、現れたのはノルンだった。


「ノルン!」

「セシル、あなた、唯一のご身内が困っているというのに、随分薄情な事ですね」

 ノルンは、呆れながらセシルを見る。


「…ってことは、オレのこと、監視してたの?」

「ええ、最初から。もしかしたら、あなたの兄が相談と偽り、あなたを取り戻そうとすることがあるかもしれないと疑っていましたからね。ですが、それは杞憂だったようです。代わりに、あなたにはほとほと呆れる結果となりましたが」

「……」

 セシルは何も言えない。そんなセシルの横を、ノルンはすたすたと通り過ぎ、ラウルの元へと向かった。


「ラウル殿」

「…?」

 ラウルは、呼びかけられて初めてノルンに気づき、涙でずぶぬれになった顔を上げた。


「…あれ、レスターさんの従者の、ノルンさん…でしたよね。何故ここに…」

「それは後で説明します。この度は、うちの馬鹿がご迷惑をおかけしたようで大変申し訳ありません。後できっちりと説教しておきますので。それよりも、今回の落胤騒動の件ですが…」


 ノルンは、以前のメルクト教会爆発事件後の事を思い出しながら言う。


「ジュリエの民の事について、情報を流布すればいいんじゃないでしょうか」

「…え」

 ラウルは訳が分からず頭を傾げた。そんなラウルに、ノルンは続けて言う。


「リトミナ王家だけではなく、ジュリエの民も同様に銀髪に水色の瞳の人間です。その事を民衆たちは、今回の事件を考える際に考慮しておりません。だから、ジュリエの民も、同様の外見であることを民衆たちに知らせればいいと思うのです。そうすれば、トリフォリウムの事を知らせずとも、勝手に民衆たちが勘違いしてくれる」


 ラウルはなるほど、と思う。しかし、すぐに考え直して首を振る。


「現在大量に産まれ出ている銀髪の子供は、リトミナ王家ではなく、ジュリエの民の者達の子ではないかと、疑いの矛先をずらすという事ですよね?…そんなことをリトミナ王家の者が言ったところで、言い訳がましいと思われるだけですよ。それに、北の地までホリアンサからどれほどの距離があると思っているんですか?そんな人たちが、ホリアンサの女性達に手を出すなんて考えられないと誰もが思うでしょう」


 そんなラウルの言葉に、ノルンは、「そういうことではありません」と首を振った。


「頃合いを見計らって、ジュリエの民が、かつて銀髪の民族ではなかったという情報を流すのです。このままいけば、後半年もしないうちに、100人以上も銀髪の子供が生まれているでしょう。そうなれば、いくらなんでもさすがに、人々は全部が全部、リトミナ王家の者が原因だとは思わない。…その時に、かつてはジュリエの民が銀髪ではなかったという情報を流すのです。…ホリアンサにいるアンリ医師に手伝ってもらって、医学的な立場から、この事件に対する見解を世間に流してもらいましょう。その際には、銀髪の子の父母についても調査してもらって、どちらかがホリアンサの爆発時にホリアンサ、若しくは近隣に居たことを証明できれば、あの未曾有の爆発事件を、遺伝情報の変異の原因とすることができます。例え異論がでてきても、その見解を覆すだけの証拠もないはずですから、皆認めざるを得ない」


「…そううまくいくでしょうか…」

 ラウルは、瞳に芽生え始めた希望の光を宿しながらも、暗い声でノルンに聞き返した。すると、ノルンは、なんてことの無いように言った。


「うまくいかなくてもその時はその時ですよ。その時にまた考えればいいんです。…だから、今はもう泣かずに、まず最初の計画を立てましょう」


 ノルンはラウルに、安心させるかのようにふっとほほ笑んだ。




「…」

 ラウルの瞳には、ノルンのその微笑みが輝き、まるで神のように映った。今まで、誰も相談相手のいない城内で一人ぼっちで頭を抱えていた挙句、あてにならない妹を一時間という長時間の間相手にしていたラウルにとっては、突然現れた頼りがいのある男(しかもかなりのイケメン)に、後光が差して見えても仕方のなかった事であろう。


 だからラウルは、惚けた様な顔で、ただただノルン()の微笑みを見つめていた。




「…兄上…?」

 その兄の様子に、セシルはなんだか変な予感が頭をよぎったような気がして、つい呼びかけてしまった。すると、ラウルははっと我に返って、何だか焦った様子で「そ、そうですね」と言っていた。


「…?」

 何だか、挙動不審な様子のラウル。頬が赤い気もするが、何か今までの会話の中に兄が照れる要素があっただろうかと、セシルは首を傾げる。


「……」

 しかし、セシルは一端問題が解決したみたいだし、『まあいっか』と考えるのを止めたのだった。





―リトミナ王家落胤騒動


 ホリアンサの壊滅から、1年ほど後よりリトミナ王家落胤騒動が起こった。

 銀髪に水色の瞳の子供が、ホリアンサを中心として、ヘルシナータで多数生まれた。当初はリトミナ王家の落胤ではないかと疑われていたが、それにしては数が多すぎた。また、子供が銀髪であることを理由に落胤であると、リトミナ王家に認知を迫る者達もでてきて、混乱を引き起こすに至る。


 ジュリエの民の血が入っているのではないかとの噂も出たが、それもまた、ジュリエの民が閉鎖的な民族だという事と、北の地がかなりの遠方だという事で、否定されることになる。


 だが、ホリアンサの医師、アンリ・エーメリーは、ジュリエの民の者はかつて銀髪に水色の瞳ではなかったという記述がある古文献を元に、遺伝的な突然変異の可能性を上げた。また、彼は、銀髪の子供たちの両親もしくは片方が、ホリアンサの壊滅の事件当時に、ホリアンサもしくは近郊に住んでいたということを、共通点として上げた。


 そして、彼は、ホリアンサの事件以降、十月ほどが経ってから、そのような子供達の出生が発生していることからも、その時の爆発がなんらかの作用を親たちの体に引き起こし、突然変異としてそう言った子供たちが生まれたのではないかとの見解を出した。


 異論を唱える者もいたが、アンリ・エーメリーの見解に反論できるだけの情報もなく、落胤事件は一気に沈静化へと向かった。


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●その後●


「セシルー、君の兄から手紙が来たよ」

 レスターは、先程内密に受け取ったばかりの封筒を、セシルに渡した。


「落胤事件も収まったし、その事についてかな?…ん?」

 セシルはうきうきと、手紙の封を開けて読み始める。しかし、その表情は、だんだんと不安そうな顔になっていく。


「どうしたんだい、セシル」

 その表情にレスターは、何かラウルに重大な問題が起こったのではないかと不安になる。


「いや…うん、気のせいだとは思うんだけど」

 言いにくそうに言うセシル。


「なんだかさ…オレへというよりは、ノルンへの内容なんだよ…。『ノルンさんにもこの感謝を伝えておいてください』ってのは意味が分かるんだけど、『ノルンさんはお元気ですか?』とか、『ノルンさんの好きな色は何色ですか』とか、挙句の果てに『ノルンさんには今、付き合っている女性はいるのですか』とか…」


「え…」

 固まるレスター。


「……まさか、な」

 「そんなわけないよねえ」と、あははと乾いた笑いをするセシル。




 しかしその後、ラウルが(政治的な事情でしかたなく)王太子妃を迎えるまで、セシルへの手紙には毎回必ず、ノルンへの贈り物が、『以前大変お世話になったから』との言い訳がましい理由で、添付されるようになったのであった。


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