21③-③:ただただ試験を解いていけ。
「…そう言えば、俺とセシルは一度、お前に消されたはずだったよな。なのに、何故俺たちは、未だに存在し続けているんだ?それに、セシルの体だって元に戻ったし」
テスはふと、思い出したかのようにナギを振り返る。すると、ナギは困ったかのように、指先で頬を小さく掻いた。
『それが…よく分からないのだよ。あの時、私はお前を、取り込まれたセシルごと消したはずだった。そして、セシルの肉体も消えたはずなのに…いつの間にかお前はセシルの肉体で甦っていて、普通の生活を送っていた。その事を後日知って、私もイゼルダも仰天していたのだから』
「へえ、神様にも分からないことがあるんだな」
『神だからと言って、万能と言う訳ではないのだよ、セシル。力を使う際に制限がかかる事もあるし、分からないことだって沢山ある。例えば、何故イゼルダが私に惚れたのか、だとか。泣き虫で優柔不断で、そのくせ意地っ張りで頑固。こんな女のどこがいいのやら、未だに不思議なのだよ』
惚気かい、とセシルは頭の中でつっこむ。
『ただ、セシルの中から追い出されてしまったテスに、新たな肉体を与えたのは私だ。…あの後セシルに訪れる絶望も、お前と共になら、乗り越えられると思って』
「そんな気遣いも良いけど、奇跡も起こしてほしかったよ。例えば、爆弾を不発にして、ホリアンサを救うとかさ。今なら、ある程度の信仰の力はあるんだろう?」
テスは、口をとがらせながらナギに言う。すると、ナギは、少しだけ暗い顔をした。
『さっき言っただろう?神は万能じゃない。未来が視えて変えたくても、制限がかかって地上に干渉ができないこともあるんだ…』
「制限…?」
『そんなものを一体誰がかけるのだ?』と、テスは不思議に思う。神という存在が例え万能じゃないとしても、世界の真理の頂点に立つ存在という事に変わりはないはずだ。そんな存在が為そうとする事に制限がかかると言うのならば、神以上に偉い誰かが存在しているという事なのだろうか?
「…そう言えば、イゼルダさんは、なんで次元の穴をほったらかしにしていたんだ?そのせいで、テスが一肌脱ぐ羽目になったんだけど」
次元の穴を開ける力があるのなら、次元の穴を塞ぐこともできるはずである。それを放置しておくなんて、なんて無責任な男だろうとセシルは思う。
『……』
すると、ナギは暗い表情となった。
『…昔、ジュリエの民に接触した時には、すべて真実を伝えたんだ。だが、物語にされたせいで脚色が入ったみたいだし、その物語も時代を経るごとに、少しずつ変わってしまったみたいだ…。…実はあの穴が開いたのは、私のせいなんだ』
「え…?」
どういうことだと、テスはナギを見る。
『あの世界が滅びる直前の時期と言うのは、どこもかしこも戦争、と言うよりはゲリラ戦のような有様の酷い状態だった。守るべき者も守るべき国も失った人々が、憎しみに身をまかせて、ただただ毎日戦い続けていた。愛する人を奪い、国を滅ぼした者達に、復讐を遂げる事だけを目的に生きていたんだ…』
ナギは目を伏せる。
『…そんな世界と人間達に絶望して邪神となった私は、そんな人々の間を憑りつきながら渡り歩いた。かつてのお前と同じようにな。…そして、人間を、世界を滅ぼそうとした…破壊衝動の赴くがままに人間を殺したんだ』
「…俺と同じ…」
『ああそうだ。そして、ある時、戦闘機の操縦士に憑りついた私は、あの物質―トリフォリウムを使用した兵器で、敵方の機密であった地下施設を爆破した。得ていた情報では、そこは、避難民を保護する地下シェルターだった。だけど、爆破した瞬間に気づいたんだが、保護されるべき人間なんてものは、既にそれまでの戦で皆死んで、存在していなかったんだ。代わりにそこは、トリフォリウムを使用した武器の備蓄庫になっていた…』
「…それで、どうなったんだ…?」
テスは、そこから先の話は説明してもらわずとも、ほぼ分かる気がした。しかし、問わずにはいられなかった。
『…すさまじい勢いで爆発が起こったよ。自身が憑りついた人間は、一瞬で蒸発して…CLOVERの惨劇の時以上のものだった。地上の人間は、その爆発でほとんどが死んでしまってね…生き残った人々も、皆飢えて死んでいった。…つまり、その備蓄庫のあった場所の時空が、その爆発の衝撃で歪んで、こちら―今はナギ山と呼ばれる火山と繋がったんだ…』
「…」
テスは、今まで知らなかった異世界の末路に、ただただ何も言う事が出来なかった。
『それから後、我を取り戻した私はイゼルダと出会い、こちらの世界へと連れてこられた。その時イゼルダは、こちらの世界の時空が歪んだ事の、原因を調査するためにナギ山まで来ていたんだ。そして、あちらの世界の存在に気づいて、様子を探りに来て、たまたま私を見つけたらしい。……その後、トリフォリウムがこちらの世界に悪影響をもたらす事に気づいて、時空の穴をイゼルダと共に何度も埋めようとしたんだけどね、どうにもならなかった。だから、北の地に住む人々に、せめて注意喚起をしてあげようと、滅んだ世界の話をしたんだ……だけど、』
ナギは、テスからリアンに視線を移した。そして、頭を下げる。
『…私のせいで、君にも迷惑をかけた。君が神の娘と呼ばれ、差別された原因の根本は私にある。すまない、ジュリアン』
「別に、いいよ」
リアンはナギに、にこりんと笑った。
「確かに、キミのせいで不幸になったかもしれないけど、そのおかげで出会えた幸せもあるもの。それに、そのおかげでできた、大切な人や仲間もいる。だから、神様の事、恨めないよ。神様だってたくさん辛い目に遭ったんでしょ?だから、許す」
『……』
リアンの言葉に、ナギは驚いたかのように目を見開いた。しかし、ふっと口元を緩めると、目頭を指で拭った。
『……お前達は、本当に強いな…いいや、強くなったんだな』
ナギは、少しかすれた声で、嬉しそうに笑った。そして、続けて言った。
『セシルとテスも、本当に強くなったな。あんな業がある中、よくぞここまで生きてくれた』
「…そう言えば、前から気になっていたんだけど、テスの業ってなんだったんだ?」
セシルは「テスって前世で悪い事、何もしてないよな」と首を傾げる。確かに、患者や捕虜を殺したこともあったが、上官に命じられてであって、テス自身が望んだ事ではない。
『…』
ナギは口を閉じると、にこっとする。
『それは、お前にはまだ言えない』
「何で?」と口を尖らせるセシルに、ナギは諭すように言う。
『生きているという事は、試験のようなものなんだよ。あの世からわざわざ、魂を磨くために下界に産まれて、人生を送る……業―試験問題の内容すら忘れて、暗中模索しながら生きて、魂を磨くんだ。試験問題の内容が分かってしまったら、答えを出すだけになってしまう。つまり、業の内容を知ると、もうお前が生きる必要はなくなってしまうんだよ』
「…生きていることが試験?」
訳が分からず首を傾げるセシルに、ナギはふふっと苦笑した。
『今は分からなくて当然だ。でも、安心して。懸命に、人生を悔いなく生き抜いた時に分かるよ』
「なんだよそれ」
『はて、なんでしょう?』
ナギは小首を傾げて、とぼけてみせる。