21②-⑨:ありがとう
「ひどいよ、テス。自分を犠牲にしてまで、世界なんて守らなくてもいいのに…」
アンリもぼろぼろと涙を流していた。テスは苦笑しながら、アンリを見る。
「やめろ、みっともない。大の男が泣くな」
「男でも泣くときは泣くよ…。…ひどいよ。友達に何の相談もなしに、勝手に一人満足して逝こうとするなんて…」
ぐすっとしゃくりあげるアンリに歩み寄ると、テスは背伸びしてアンリの頭をなでなでと撫でた。
「お前と友達になれてよかった。お前のおかげで、俺は医者らしいことができた。そして、昔の医者としての志も思い出すことができた。お前がいなかったら、この世界でもやさぐれながら生きていたと思う。お前と出会えて、友達になれて、本当に良かった。ありがとう」
「テス…」
アンリは、テスをぎゅっと抱きしめた。その背に手を回しながら、テスは幸せそうな顔をした。そして、誰にも、アンリにさえ気づかれないような、息のような声で呟く。
―今度は医者になれてよかったな
セシルはもちろん、何よりもこの娘の事を守りたかった。今度こそ。
だから、こんなことをした。あんな酷い世界のように、彼女が苦しめられた世界のように、この世界がならないために。
だから、もう悔いは何もない。
テスはアンリから離れると、レスターを振り返った。
「レスター、セシルの事を頼む」
「ああ。だけど、その代わりに一言言わせてもらってもいいか?」
「…?なんだ?」
何を言われるのだろうと少々不安になったテスに、レスターは微笑むと手を差し出した。
「前と同じことを言うけど…セシルとの縁をつくってくれてありがとう。俺はセシルに出会えたおかげで救われた。前世の俺と友達となってくれた君のおかげだよ。ありがとう」
「どういたしまして」
テスは、ふっと笑ってレスターの手を握った。
「カイゼル」
テスは、カイゼルを振り返る。
「……」
カイゼルはというと、今にも泣き出しそうなのをこらえて、ぐっと唇を噛みしめていた。
だから、何も言葉を発せられなかった。言葉を発せば、涙がこぼれるのが分かっていたからだ。
「お前には多少ひどいことをしたな。色々と我儘も言ったし、暴力を振るったりもした。…お前と一緒にいると、前の世界での親友といるかのような気分になってしまって。つい馴れ馴れしさが出てしまった。ごめん、それとありがとう。なんだかんだ言って、俺と一緒にいてくれて」
「テスううぅ」
カイゼルは、だぱあと涙を流した。そんな情けない男に、やれやれと言いながら、テスはカイゼルの頭をよしよしとする。
その間にも、テスの体はひび割れ続け、最早いつ爆発してもおかしくない状況となっていた。
「じゃあ、そう言う事で」
テスはなんてことはないような軽い調子で言うと、ナギ山に向けて飛び立とうとした。
「待って!」
そんなテスの腕をつかみ、セシルが引きとめる。セシルは幼子のように、ひどく心細そうな顔をして、泣きじゃくっていた。
「オレ、もう一人は嫌だ。お前がいなくなったら、怖くて生きていけない。もし、また不幸がやってきたら、もうオレ、生きていけない…」
ぐすっ、ひくっと泣くセシルに、テスは仕方ないなあという顔をすると、セシルの頬を両手で包んだ。
「お前はもう一人じゃないんだ。お前にはレスターがいる。それにみんなだっている。お前が不幸になろうと、誰かがきっと助けてくれる」
「だけど、だけど…!!」
セシルはテスにしがみついた。テスは、セシルの事を慰めたかった。しかし、自身の体はもう一刻を争う状態だった。だから、テスは寂しげな顔をした。そして、
「…うっ…」
セシルの鳩尾に拳を沈めた。
がくりと崩れ落ちるセシルの体を受け止め、レスターに託すと、テスは空へと飛び立った。