17-①:心得
あれから2日が立った。半壊したアンリの勤める病院の建物。寒い木枯らしが吹くその中で、アンリは仕事仲間やテス達と共に、ひっきりなしに押し寄せる怪我人たちの治療に取り組んでいた。
「アンリ先生!包帯がもうないです!」
「清潔な布を探してきて!」
「そんなもの、あるわけがないです…どこもかしこも焼け野原で」
看護師はやりきれなさそうな顔をして、俯いた。
「……」
「アンリ先生!消毒薬がもう…」
マナが切羽詰まった顔でアンリを見る。
「…マナ先生」
アンリは何も言えない。度の強いお酒が転がっていればいいのだが、そんなものあるわけなどない。
「……」
アンリは、数多の患者たちを前に、額を押さえ押し黙る。
何もかも足りなさすぎる。そんな中で、怪我人だけはどんどん膨れ上がっていく。
資材はもちろん、人手すらまったく足りない。上司、同僚先輩たちの中には行方すらわからない者も多い。
「……」
出来ることをやるといったが、本当にできそうなことなど何も…
「馬鹿かお前」
「…?」
その声に振り返ると、テスが焼け跡を探してかき集めてきたのだろう。ぼろきれやら布やらを抱えていた。その後ろには、重力魔法で浮かべているのだろう布の塊がふよふよと浮いている。
「俺らにはできることしかできないんだ。今は、衛生第一などという医療の基本にこだわる必要などない。妥協をしろ」
「だけど…」
アンリは戸惑った。衛生は医療の基本中の基本だ。それを怠れば、患者の怪我の治りが悪くなるどころか、生死にかかわる感染症を起こす可能性がある。そんなアンリの両肩にテスは手を置いて自身を向けさせると、口を開く。
「それで死ぬ患者は、ここまでしか運がなかったということだ。こんな誰の手にも追えない状況の中、本当ならそのまま路肩で死んでいくはずだった患者たちだ。ほっぽかれて死んでいくよりはましな思いをさせてあげられたと思えばいい」
「そんな事…できるわけないじゃないですか」
アンリはテスを睨み返した。しかし、テスはそんなアンリにひるまず、強い調子で続ける。
「全員を助けたいなどと綺麗ごとを思うな。できるわけがないという事を認めろ。そして、自分は無力だという事を認めろ」
「……」
「全員を助けたいというこだわりと行いと使命感が、体力と気力を分散化させ、助けられるはずの少数の患者を殺すことさえもある。助けられる命のために、捨て置かなければならない命があることを分かれ」
「……だけど」
テスの告げる言葉は説得力があり、とてもよく理解ができた。だからこそ、アンリは苦しげに顔を背けた。頭ではわかっても、医者という者の良心が納得を許さないからだ。
テスはそんなアンリの様子をじっと見つめていた。彼の姿が、かつての自分に重なる。だからこそ、アンリに布を押し付けて渡すと、テスは続けて告げた。
「やれ、やるんだ。お前がそうして悩んでいる間にも、人間は死んでいく。助けられたはずの人間も含めてな」
「……」
「良心の呵責と後悔は、何もかも全部終わってからにしろ。その時に自分の無力さを思い出して泣け。自身ができなかった事を思い出して苦しめ。助けられなかった患者たちの顔を思い出して懺悔しろ。そして生涯、お前は助けられなかった命と同じ分だけ患者の命を救って、その罪滅ぼしをしろ。だけど、今はその時じゃない」
テスは、救いを求めるかのように自身を見たアンリを、しかし非情な目で見つめ返す。そして、言葉を放った。
「それが戦場の医者の心得だ」