ケミカルショータによろしく
【リュータ】
竜太は全裸でエロ動画を見ていた。
膨大なインターネットのエロの中から、好みにあったものを探して再生する。そして自分の中にある暗い性欲が、今日もまるで肉体に影響を及ぼさないことを確認する。竜太はインポだった。通称マジカルリセットを運営に完全に否定された、2017年9月24日、東京ゲームショーの日以来、ずっと。
「くそ・・・どうして・・・」
竜太の巨根はまるで反応せず、だらんと垂れ下がったままだ。気持ちは高ぶっているのにそれを発散できない苦痛は、味わったことがない者には決してわからない地獄であった。
竜太は早々に勃起をあきらめると、ドラテンブログを閲覧し始めた。勃起が無理ならドラテンブログ。これが竜太の長年の習慣だった。
「面白くもなんともないな・・・」
竜太は悪態をついた。僕がブログをやっていたころの盛り上がりは、こんなものじゃなかった。まるすけ、誤クリックのやなう、マハポーシャ、ビジネス、廃プレイヤー、そしてマジカルリュータ。多彩なメンバーが光輝く、まさに宝石箱のようなブログ界。それが今やなんだ。どいつもこいつも同じような内容の、個性も何もない攻略記事ばかりじゃないか。
「しょせん僕がいないドラテンなんてこんなものだなw」
ふと竜太の目にとまったブログがあった。
ブログランキング20位。「化学少年ケミカル☆ショータ」
前のバージョンアップで新しく追加された職業「ケミカリスト」は、手持ちの道具を組み合わせて様々な効果を発揮する「薬品」を武器に戦う職業だったが、評判は最悪であった。まともに戦おうと思うと膨大な数の道具を袋に入れねばならず、しかも薬品の数が200もあり、すべて頭に入れなくてはならない。コマンド操作の困難さも尋常ではなかった。「ケミカリストの失敗で安西は完全に終わった」というのがプレイヤーの一般的な評価だった。
ブログを読んだ竜太は旋律した。
「まさか、そんな・・・」
竜太は震えが止まらない。勃起するために全裸になって寒いからではない。心の底から感じる恐怖と怒りに、打ち震えていた。
>ドラクエ13発売によるドラクエ人口が最大化したタイミングで再びドラクエ10に大量の新規&復帰者を呼び込むための戦略として新生することが、ドラクエ10サービス開始前から決まっていたのです
>たぶん、ここまでバージョン7の姿を書いている人はほかにいないでしょう。ぼくなんて圧倒的格下だけど、負ける気はしない。はたしてどうなるか…
>95%ぐらい自信があったのですが、6.4後期の内容を見て98%の自信へと、さらにパワーアップしました。
>不思議の珍塔、アスフェルド大学、麻雀・・・。もうね、なにをみても、最初期から計画されていた新生への布石としかとれないんです
>「上手くいっているドラクエ10で新生などあり得ない」と言うんだろうけど、ぼくはそうは思いません。ぐだぐだぐだぐだ「過去はこうだった」みたいな理屈を引っ張り出してきたところで、「若者のドラクエ離れを食い止めなければいけない」というスクエニ社の危機感の前には無に等しい
>「〇〇だから仕方ない」「嫌ならやめろ」と言っているオンラインゲーマーは、いずれ「商品だから仕方ない」と逆に煮え湯を飲まされるときがくると思うのです
>ドラクエ13と最大限に連携してちょうど終盤となるドラクエ10を蘇らせよう、と考えるのは当然のことです。というか、そのぐらいのことをしなかったら、はっきしいって企業としてどうかしてる
>最初に書いたように、ぼくは「一度、休止してみる」ことをおススメしています。余計なお世話かもしれませんが、これがぼくのみなさんに対する誠意です
>べつに信じてくれなくてもいいですよ^
「こんなことが起こるなんて・・・」
「魔法少年マジカル☆リュータ」はとっくの昔に閉じている。消したわけではないから、パスワードを入れれば開けるが、大文字・小文字・数字・特殊文字を駆使したパスワードだから、他人に破られる可能性はまずないはずだ。何か特殊な機械を使って破ったのだろうか?しかしそこまでして何故・・・。
いや、そんなことはどうでもいい。殺す。こいつだけは殺す。僕のドラテン最後の仕事として!竜太のペニスは雄々しく天を突いた。
2020年9月。東京オリンピックも無事終わり、テレビでは閉会式が流れている。ドラクエ10は9年目に突入し、最後のパッケージと噂される、バージョン7の発表が控えていた。
【ショータ】
ショータは上機嫌であった。ブログランキングが20位まで上がったのだ。
1年前に「ケミカリスト攻略ブログ!」を始めたころは、その名のとおり、ケミカリストの攻略記事を中心にアップしていた。内容には自信があった。検証を重ねて薬品の暴走率を割り出したり、ボスごとの特効薬品を紹介したり、新規でもケミカリストを気軽に遊べるように立ち回りをテンプレ化したり。しかしブログランキングは100位前後をウロウロするばかりだった。
「せっかく3時間もかけてアップしたのに、これじゃあつまんないや・・・」
ショータが高校を不登校になってしばらくになる。いじめが原因だったが、自分からやめてやったと本人は認識している。勉強は本やネットでいくらでも一人でできる時代に、あんな奴らと一緒に過ごすだけ時間の無駄だ。ショータは毎日そう自分に言い聞かせていた。
時間だけはあり余っていたから、はまっていたドラクエ10でブログを始めてみたのが最初だったが、全然順位が伸びないのは辛かった。
そんなとき、ブログのネタを探すためにツイッターを眺めていると、「マジカルリュータ」という人が昔ドラテン界で大暴れしていたことを知った。何でも「マジカルリセット」という名称の新生説を唱えていた人らしい。
えふえふという名前のツイッターのアカウントは、調べてみると5年も前からずっとマジカルリュータのことだけを呟いている。もはや一つもいいねもRTもついていないしフォロワーも3人しかいないのに、ずっとマジカルウンコだのなんだの言い続けているようだ。
「この人も、たいがい狂人だな。」ショータは哀れに思ったが、マジカルリュータブログを知ることができたことには感謝していた。
ショータはリュータブログをのぞきに行ってみた。
パスワードがかかっている。
「なんとか読めないかな」
ショータは力が欲しかった。たとえ悪名でもいい、ドラテン界で有名になりたかった。ありあまる時間で始めたブログも、まっとうな方法で上位に行けそうになかった。まさかまるすけセミナーに行くわけにもいかない。そんなときに知った、リュータブログの存在。マジカルリセットというあまりにも異端の手法。ショータの若い心が幻惑されても無理はなかった。
ツイッターの断片的な情報ではマジカルリセットの全貌はわからない。リュータ先生のブログを、全て読みたい。読んで、自分のものにしたい。文体も、思考もトレースすれば、僕にもきっとできる、「ケミカルリセット」が。
そんな気持ちでパスワードを適当に入れてみる。5回、10回・・・。ダメ元で思いついたものを適当に入力すること、20回目。
「え・・・・」
ブログが開いたのだ。
そんな馬鹿な、だってこのパスワードは・・・。ショータは疑問に思ったが、ブログが読める嬉しさが勝った。
ショータはマジカルリュータのブログに魅了された。いままでこれほど寝食を忘れて文章を読んだことは一度もなかった。
バージョン4の発売でドラクエ10は「新生」され、レベルもゴールドも引き継げず、種族まで新しくなる。しかもそれは、サービス開始前から決まっており、バージョン3で学園や魔塔などの「振り出しに戻る型コンテンツ」を出し続けたのはその布石である。
これだけなら単なる予想だが、リュータブログの真骨頂はここからだ。今のドラテンをクソゲーと断言し、プレイヤーに向かって「いまだにドラクエ10を楽しんでいる人でさえ、『ドラクエ10を友達や知り合いに勧めたい』って人は、ほとんどいないんじゃないかな?」「ぼくがどうこうのレベルじゃなくて、スクエニ自体、ドラクエ10をマジでお終いにしたほうがいいんじゃないの!?」などと言うに至る。
しかもである。これが全く当たっていない!バージョン4で新生する要素は一つもなく、3からの続きの物語が展開されたのは周知の事実である。
「ものすごいな、この人・・・」
最も驚くべき点は、これだけのことをしたのに、何事もなかったように、「ドラクエ10の光と闇」と銘打って、バージョン4以降もずっとユーチューブ活動を続けていることである。鉄面皮などという言葉では到底追い付かない、ほとんど狂人と言っていい思考である。
ショータはドン引きする気持ちとともに、憧れも抱いた。
僕もこんなふうに吹っ切れれば――。
今でも「マジカルリュータ」で検索すると、昔の多くの記事がヒットする。たとえ悪名であっても、ドラテン界に名前を残したことは確かだ。それでもかまわないじゃないか。無名のままでドラテンのサービスが終了してしまうのは悲しい。間違いだろうが炎上だろうが人を不快にさせようが、ドラテン界に確かな足跡を残したい――。
「理路整然と間違える」という言葉があるが、リュータブログはまさにぴったり当てはまる。新生という結論が外れているのに、いや外れているからこそ、繰り返し繰り返し語られる新生説が、妖しく輝きを増す。全く結果に結びつかない徒労の極致とも言える完璧な論理。リュータブログはほとんど哲学的と言っていいほどの完成度を誇っていた。
全てのブログ記事を読み終わったとき、ショータは自分が生まれ変わったのを感じた。
まさにこれだ。僕がやりたかったのは、これなんだ!
ショータは、自分のブログのタイトルを「化学少年ケミカル☆ショータ」に改めた。記事はリュータブログの文体を真似て、いかに今のドラテンがクソか、クソを招いた運営と「ゲーマー」がクソか、強い口調で罵った。ほんの少しでもリセット要素があれば、それを新生の予兆とこじつけ、「そうとしか考えられないんですよね、普通に考えればwww」と煽りを入れるのを忘れない。そして批判のコメントも、正面から答えず、「どうぞ、やめてください」「あなたがやめなさい」と煽りで返す。
新生説を自ら「ケミカルリセット」と呼び、ネット上に流布させることに成功。まとめブログや大手ブログも取り上げ始めた。ショータのブログのランキングは徐々に上がっていった。
ショータは今日も意気揚々とブログ記事の作成に取り組んだ。
リュータ先生が一時期、ドラクエ関連のいわゆるデスクトップ音楽をアップしていたことを知ったから、それも真似してみた。ショータはドラクエの音楽は以前から好きで興味があったから、勉強し始めると、これが面白くてどんどん頭に入ってくる。新人とは思えないほどのスピードで、すぐに10曲完成した。
「僕ひょっとして、音楽の才能あるかも。ユーチューブもやってみちゃおうかな」
ショータは有頂天になっていた。
ブログのコメントでは毎日膨大な数の反論が載ったが、ショータはすべて無視した。そもそも当たるか外れるかは、本質的な問題ではないのだ。論理的に予想し、ブログ界に確かな足跡を残すこと。それに比べれば、人を不快にさせることなど、なんだというのだろう。そもそも不快なら読まなければいいじゃないか?ショータの開き直りは極限まで来ていた。
そしてある日。一応すべてのコメントに目をとおし、承認せずに閉じようとしたとき、目に留まったコメントがあった。
「ついに来たか・・・」
この日をショータは待ち望んでいた。成りすましでないことはすぐに分かった。パソコンに反映される文字はすでに光輝き、そこいらの人間とは違うオーラのようなものをまとっていた。
「こんばんわ、マジカルリュータです。お話したいことがあります。」
ショータは自分のペニスがエレクトするのを感じた。狂おしいほどに熱くそびえ立つ、天の怒りのごとき怒張であった。
【リュータとショータ】
「えとですね、単刀直入に言います。今すぐブログを消しなさい。君が僕のブログを丸パクリしているのは分かっています。はっきり言いましょうか?法的な対応も辞さないつもりです。もっと言いましょうか?今すぐ消えなさい。」
竜太は全裸で文字を打ち続けた。
「こんばんわ、ケミカルショータです。わざわざリュータさんからコメントもらえてすごく嬉しいです。でもちょっと意味が分からないですねwww だって、あなたのブログは閉じられているんですよ?どうやってパクるんでしょうか。それに法的な対応って、なにwww 何法に基づいて?著作権?プライバシー?厳しいと思うなあwww」
竜太とショータのコメントでのやり取りが何日も続いた。二人は何度も激しく罵りあった。
ショータは完璧なリュータ語を身につけていた。論点先取り、例外の撲滅、疑似相関、二重質問。ありとあらゆる誤謬論理の武器を引っ下げて、竜太を圧倒してきている。
「なんなんだこいつは・・・」
竜太は恐れた。こんな敵には出会ったことがない。まるで自分自身と戦っているような錯覚を覚える。
「どうぞ、訴訟してください。でもどうやるのww 僕がパスワードを破って閲覧すること自体は犯罪でもなんでもないわけだし、どうしても見せたくなければ閉鎖すればよかったんじゃないの?それに僕がパクってるって言うんだったら、まずは再度ブログ公開して反論すればいいんじゃないの?なんでそれをしないのか、逆に教えてほしいww」
竜太は言葉に詰まった。ブログを再度公開することは絶対にしたくなかった。ブログを閉鎖してせっかく世間から忘れられたのに、黒歴史を自らさらすことはしたくない。ブログではスクエニのこともあることないこと散々言ってるから、万が一にもユーチューブ活動に差しさわりが出るのは避けたかった。
ネットでも、「ケミカルリセットはマジカルリセットのパクリである」という意見がぼちぼち出始めた。これもリュータにとっては望ましいことではなかった。ショータのせいで、封印したはずのマジカルリセットを世間が思い出し、再び意地悪なゲーマーたちにバカにされるのは耐え難かった。
「なんとかしないと・・・」
竜太は全裸で考えあぐねた。考えあぐねたあげく、出した結論は警察への相談である。こんなネット上の喧嘩を警察が取り合ってくれる可能性は低いが、なんらかの抑止にはなるかもしれない。ダメ元で行ってみようと思った。
竜太はショータとのやり取りと自分のブログをUSBに保存した。念のために、ショータのIPアドレスも写しておこうと思った。パソコンでやり取りした場合、相手のパソコンには必ずIPアドレスが残り、それを使えば警察は住所や持ち主を特定できると聞く。
再度パソコンを立ち上げ、コメント欄を開き、ショータのIPアドレスを確認する。
無機質なアルファベットと数字の羅列。今まで気にも留めていなかった。
竜太は凍り付いた。
ショータのIPアドレスに見覚えがあったのだ。
嘘だろ・・・そんな、だって・・・
――まるで自分自身と戦っているようだ
偶然に決まってる・・・
――新人とは思えないほどのスピードで、すぐに10曲完成した
だってこれが本当なら、僕は、僕は・・・
――大文字・小文字・数字・特殊文字を駆使したパスワードだから、破られる可能性はまずないはずだ
ぎぺーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
竜太は叫んだ。その声は病院中に響きわたった。
すぐに医師が駆け付けた。
「落ち着いてください。ここは病院ですよ。どうしましたか。大丈夫ですよ、すぐに落ち着きますから」
医師は竜太に鎮静剤を打った。竜太は深い眠りについた。
【エピローグ】
「つまりですね、竜太君は統合失調症の治療の過程にあるんです。」
医師は説明を続けた。
「リュータとショータという二つの人格を分けて、自己批判、贖罪、欺瞞、正当化、忘却、回顧、ありとあらゆる感情の起伏を体験しています。しかも本人が治療行為を自覚しつつあります。これはいい傾向です。治療は順調ですよ」
母親は悲しい顔をして医師の説明を聞いていた。治療が順調だなんて、とても信じられない。昼と夜で人格が切り替わって、お互いにパソコンを通して批判しあうことが、治療だなんて・・・
「お母さん、どうしたの」
竜太は母親に尋ねた。
「なんでもないのよ、お薬は飲んだ?」
竜太は返事をしない。ぼーっと虚空を見つめたままだ。
しばらくすると、竜太は口を開いた。
「そういえば、昨日アップした、『ドラクエ10の光と闇 今だから言える僕のゴールドの稼ぎ方』動画の閲覧数、どうだったかな」
竜太が尋ねると、母親は優しい声で即答した。
「大成功よ、リューちゃん。10万を超えそうよ」
竜太は微笑むと、目をつむった。薬が効いてきたのだろう。
本当は、竜太の動画はあまりに内容がサイコパス過ぎて、ユーチューブ社からアカウントの停止を受けていた。母親はリュータにこの嘘を何十回もついていたのだ。
竜太は目覚めた。次は人気ブロガーのショータだ。
「お母さん、昨日アップした『バージョン7の風はアスフェルド大学から吹く!?」でランキング上がったかな。」
母親は即答する。息子を喜ばせる回答のパターンを200個以上用意している。
「もちろんよショータ。誤クリックのやなうは蹴散らしたわ。もうすぐトップ10よ」
「お母さん、『ドラクエ10の光と闇 安心してください。は?なにに?新生しないドラテンの悲劇』でチャンネル登録者数は増えた?」
「もちろんよリューちゃん。マハポーシャとのコラボ企画も持ち上がってるわ」
「お母さん、『廃人?準廃?インポ?君の名は。』でトップ10に入れるかな?」
「もちろんよショータ・・・」
母親はため息をつきながら、息子と何度目かわからないやり取りを繰り返した。
いつまでも、いつまでも。
・・・これがほんとの終わらないドラクエ・・・なんちゃって・・・・
母親の力のない呟きは、病室の白い壁に吸い込まれていった。
(完)