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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第一章 狼   九 脱出

「うわっ、びっくりした!」


 俺が驚いてどうする。

 だが、周りの死人どもはもっと慌てたようだ。

 爆発の炎は、すぐ近くにいた別の奴に飛び火し、そしてそいつもあっという間に火達磨となって爆発したと思ったら、また更に周りの連中を巻きぞえにして火達磨に。

 と、次々と爆発を繰り返しながらものすごい勢いで被害を広げて行った。

 どうなってんだ、これ!


「貴様! なんということをする!」


 予想外の大惨事に茫然とする俺の背中に、地球王の喚き声が飛んできた。


「そ奴らは不死の者といえど、火こそは唯一の弱点!

 一滴の血も流れぬその体は枯れ枝のごとく、なおかつ腐れ崩れぬよう蝋と油で処理しておる上、体の中にはそれが揮発した油気がつまっておるゆえ松明よりも燃えやすいのだ!

 その体の真ん中に火を打ち込むとは、なんということをしてくれたのだ!

 この大馬鹿者が!」


 大馬鹿者はてめえだよっ!

 何なんだこのオヤジは、口が軽いにも程があんだろ。

 こっちが尋ねてもいねえのに、わざわざ死人(しびと)の弱点を大声で教えてくれやがるとはよ。

 どうも有難うございます! だよ、まったく。

 俺は地球王に心の中で礼を言いながら、飛び交う炎と逃げ惑う死人で大混乱の中を、塀に向かって一直線に駆け抜けた。


「そういや、指なしの野郎は無事に逃げられたかな。いや、いっそきれいに燃えちまった方が成仏できていいんかな。うーん、まあどっちでもいいや。あらよっと!」


 とりあえず、この場は逃げることだけ。

 俺は塀際に突っ立ってる死人に飛び掛かると、そいつの頭を踏み台にして、一気に塀を飛び越えた。


「おい犬神、どこへ行く! 待たぬか! そっちは!」


 待てと言われて素直に待つ馬鹿がいるかってんだ。


「じゃあな! また来るぜ!」


 空中で一回転しながら、後ろで大騒ぎしている地球王に向かって手を振り、再び前を向いて地面に降り立つ。

 つもりで下を見た俺は、そこにある物を目にして言葉を失った。


「っっっ!!」


 いや、ある物っつうか、あるべき物がそこになかったのだ。

 そう、そこにあるべき地面が。

 塀の外は、断崖絶壁だった。


「ぎいいいいいやああああああーあーっっ!!」


 何もない空中に思いっきり飛び出してしまった俺は、大声で悲鳴をあげながら、そのまま遥か彼方の谷底に向かって一直線に落っこちて行った。

 どうやら、こっち側の塀は崖の端っこに建っていたらしい。

 あっ、さっき地球王のオヤジが叫んでいたのは、このせいだったのか。

 それにそういや、ここに登って来る時も、こっちの方は確かに崖になってたっけ。ああこれじゃいくら何でも登って来るのは無理だったな、やっぱ向こうへ行って正解だったぜ。やれやれ。

 なんて、呑気に考えてる場合じゃねえ!


 俺は手足をバタバタと振って何とか体勢を整えると、大急ぎで上着をはだけ、背中に括り付けた包みをほどいて空に放り投げた。

 くそっ、まさか本当にこの仕掛けを使う羽目になるとは思ってなかったぜ。

 だが、こうなったちまった以上はもうしょうがねえ。出来れば一生使いたくなかった、奥の手だ!


 俺が投げたのは、部屋一つ分ほどもある大きな布地だった。

 それもただの布切れじゃなく、四隅を細綱で縛って、その綱の先端を俺の腹に括り付けてある。つまり、その布地が開けば、俺は大きな帆にぶら下がる恰好になるという訳だ。

 これで風を受けて勢いを殺せば、どんな高いところから飛び降りても平気。って寸法なはずなんだが。


 実を言えば、俺はまだこれを一度も試してみたことがねえ。

 自分の代わりに岩を括り付けてやってみたことはあるが、あの時は高さがちょっと足りなかったようで、帆が開き切る前に地面に落っこちて岩は真っ二つになった。

 でも今回は、高さについては充分なはずだ。

 なにしろ、下の谷川が霞んでよく見えねえ程だもんな。充分どころか、もちっと遠慮しても良かったくらいだぜ。


 って、下を見るのは怖すぎるので、上の方を見上げてみる。ちょうど青い空に真っ白な大輪が開いて行くところだった。

 くうーっ、なんて頼もしい。美しすぎるぜ。

 唯一の心配は、開き切った時の衝撃に帆や綱が耐えられるかということ。その為に素材には金を惜しまず最高級の絹を使っているし、そのうえ蜘蛛の巣の形に刺繍を縫い込んで補強もしてある。

 大人一人分くらいなら全く問題ねえはずだ。

 視界を覆い尽くすほどに大きく開いた白い帆が、ドバンッと大きな音を立てる。

 よっし! これなら大丈夫、計算通りだ。


 と思ったのだが、実はこの時、俺は大きな勘違いをしていた。

 帆が開き切った時に発した、鼓膜が破れるかと思うほどの破裂音。それはすなわち、帆が受けた衝撃が如何に強大なものであったかを物語っているのであって、そして俺の仕込んだ特別性の布地は見事それに耐えきって見せた訳だ。

 まあ、ここまではいい。

 だが帆全体で受け止めたその強大な衝撃が細綱に(くく)られた四隅に集約され、更に綱を伝って最後はその先端のただ一点、すなわち、俺の胴体の真ん中に丸ごと襲い掛かってくることになるということまでは、俺は少しも考えていなかったのだ。

 その結果……。


 ドンッ!!

「ゲボオオオオッッッ!!」


 その衝撃たるや、まるでどてっ腹を斧で思いっ切り殴りつけられたようなもの。一撃で体が真っ二つに千切れなかったのが不思議なくらいだ。

 そう。勘違いとは要するに、一番に心配しなきゃならなかったのは、仕掛けの強さなんかよりも自分の体の強さの方だったってことだ。

 はは、そりゃそうだよな。こりゃひでえや、次に作る時はもっとうまくやらなきゃ。


 てな事を考えたのも、ほんの一瞬のこと。

 細綱で胴体を(くび)り潰されちまった俺は、真っ白い大きな帆の下で白目を剥いたまま、口から胃の中の物どころか臓物まで吐き出した無様な恰好で、暗い谷底へ向かってゆっくりと落ちて行ったのだった。



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