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七殺星 流狼戦記  作者: たかもりゆうき
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第四章 衣津納   九 逆襲

「ううおおーぶるるぅうおー! ぶろろおおおーっ!」


 轟き渡る咆哮と共に、地球王であった肉柱からこれまでの蒼光とは異なる、赤茶けた光が迸る。


「まさか……」


 俺と撫子が驚愕の目を向けるその先で、薄汚れた光芒の中に黒い影が膨らんで行く。

 そして光が静まった後、そこに残されていたのは焼け爛れた肉塊などではなく、見上げる程の巨躯で仁王立ちする、毛むくじゃらの獣。

 こいつは!


「狼っ! 退がれっ!」


 撫子の声と同時に、獣がブンッと腕を振るい襲い掛かって来た。


「ちいっ!」


 斬撃を後ろに跳んで逃れつつ、聖剣を構え直す。


「ぶろおおおおうっ! ぐがおううっ!」


 両腕を振り上げ、こちらを威嚇するように咆哮を放つ。それは赤銅色の体毛を纏った、巨大な猿だった。


「これがあ奴の正体か」

「山の民……、確かあいつは自分のことをそう呼んでいた。こういうことだったのか」


 ひとしきり吠えた後、大猿は足元に落ちていた大太刀をゆっくりと拾い上げた。


「ぐぶぶ……。よもや貴様らの前でこの姿を晒すことになるとは思いも寄らなかったぞ。

 もはや此度の試し事はこれまで。目論見通りという訳にはいかなかったが、それ以上の物を得ることが出来たわ。

 今日は大人しくこの場を去ろう。だが儂は、この地の底に儂の真に欲する物が眠る事を知った。

 これより百年、いや千年かかろうとも儂は再びこの地に舞い戻る。そして必ずや、龍神の宝珠を手に入れてみせよう。

 この世の真実を我が物とし、宇宙の全てを丸裸にしてくれるのだ!

 ぐわあっはっはっ……グハッ!」


 耳障りな哄笑が終わらぬ内に、大猿の巨体が吹っ飛んだ。

 猛烈な体当たりを喰らわしたのは、山神の中の一頭。大猪だった。

 続いて黒熊と牡鹿が猛然と襲い掛かる。


「おのれっ! 下等な(けだもの)共がっ!」


 立ち上がりながら大太刀を振り上げ、山神達を斬り捨てようとする。馬鹿か、てめえだって獣だろうが。

 俺はその様子を見つめながら、呼吸を整えた。

 隠形……。

 今度こそ、奴の息の根を止めてやる。


 黒熊が剛腕を横面に叩きつける。

 牡鹿が巨大な角で腕を絡め捕ろうとする。

 大猿は巨体に似合わぬ素早い身の(こな)しで山神達の攻撃を躱しつつ、大太刀を振るった。

 猪が脛に牙を突き立てようと背後から襲い掛かって来た所を、跳び退きざまに一閃。太い首を斬り飛ばし、距離を取って再び熊と鹿に向き合おうと大太刀を構えた。

 その真正面に、十字剣を振りかぶった俺が立ちはだかる!


 大猿はこの瞬間まで、俺の存在に気付いていなかった。

 だが振り下ろすと同時にまたもや聖剣が光を放ち、大猿は驚愕に眼を開きつつも、後ろに跳んで逃れようとする。

 逃がしゃしねえ! 懐に飛び込みつつ心の臓を狙って突き出した剣先を、大猿は左手で掴んだ。


「ちいっ!」


 剣をそのまま跳ね上げ、掌から肘の辺りまでを大きく切り裂く!


「ぐぎゃあああっ! ぎゃうっ! ぶろおおうっ!」


 大猿がドス黒い血を撒き散らしながら地面を転がり回っているところに、黒熊と牡鹿が襲い掛かる。

 大猿は寝転がった体勢から大太刀を突き放ち、黒熊の胸を貫いた。


「ぐお……」


 黒熊が動きを止める。大猿は太刀を斬り上げ、黒熊の脳天を下から真っ二つにした。

 迸る鮮血を全身に浴びてゆっくりと立ち上がる大猿に、牡鹿と俺が並んで向き合う。

 まずいな。この短剣では、心の臓を一突きというのは厳しそうだ。

 だがそれでも、効き目があるのは間違いねえ。大猿は大太刀で牡鹿を牽制しながらも、こいつから目を離そうとしねえでいる。


 無言で睨み合う三者。

 互いに隙を窺いつつ、ジリジリと間合いを詰めようとする。

 その時だった。

 突然、足元の地面がグラリと揺れ、頭の中にイヅナ兄さんの声が響いた。


(狼さん、済まねえ! 仕挫(しくじ)った!)

「なにっ?!」

(駄目だ、これ以上抑え切れねえ。

 オイラ達はもうここまでだ。逃げ……ろ。今すぐ……、ここを……離…れ……)


 驚いて大穴の方に眼をやると、既に宝珠は穴の奥底に沈み、沼があった場所は全体が緑色の光に覆われている。

 無事に収まったかに見えていたが……。

 その緑光に皿が割れるようにヒビが入ったかと思うと、粉々に砕け散ったその下から、橙色の光が溢れ出して来た。


(がああっ……!)

「兄さん!」


 立っていられねえ程の激震が辺りを襲い、同時に大穴を中心に地面に亀裂が広がり出すのが見えた。

 その裂け目からも閃光が迸り、壁のようにそそり立って山々を分断していく。

 亀裂は俺達が立つ山頂へも向かって来た。そして振り返った目の前の地面が突然割れたかと思うと、閃光が行く手を阻み、俺と撫子の間を断った。


「撫子っ!」

「こちらの事は案ずるな! 自分の身は自分で守るゆえ、おぬしは為すべきことを為せ!」


 広がって行く地割れの向こう側で撫子が叫ぶ。

 為すべきこと! 俺は再び振り返った。

 そうだ、今更命を惜しんでいる場合じゃねえ。こうなったら一緒に死んで貰うぜ!


「ぐぁはははっ! どうやら儂の勝ちのようではないか!

 となればいつまでもここに留まる理由もない! 早々にこの地を去り、龍神の暴れる様を心安らかに高みの見物と致そうぞ!

 貴様らは遠慮せず、(ふところ)近いこの場所で神の為せる技を存分に味わうがいい! ぬぐわっはっはははっ!」


 大猿はそう言い放つと、背中を丸めて全身に力を込めた。

 いったい何をするつもりなのか。

 言われてみれば、確かに今の状況はこいつの目論見通りに違いねえ。てことは、こいつは初めから逃げる算段も用意していたってことか!




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